19、赤裸々に聞かされたけどまだ序の口
<チャラ獅子さんの言い分>
研究成果をあげて1年近く振りに自宅に戻り、部屋に入れば違和感のある冷えた空気。
首をかしげて。
「ものすごい模様替えしたのかと思ったんだけどさ」
それでも初めは何の不安もなく、必要最低限のモノしか置かないライフスタイルにしたのかと思った。
ダイニングテーブルの上にダイレクトメール、重要書類やら仕事関係、私信と3つに分けて郵便物が分けられていて、『6月以降の郵便は研究室に転送手続き済み』のメモ。
実に事務的な内容は、恋人の文字で記されていた。
そしてそこに並んだ1冊のファイル。
それはエネルギー代やら水代の引落口座変更の仕方、ゴミ出しやらご近所づきあいに置ける注意事項等、生活全般についてのマニュアル。
あ、それと何回見ても信じられないんだけど、専用と思しきスタンドからぶら下がったサンドバッグ。
なんでこんなものが寝室にあるんだろう。
ほんっとーに意味が分からなくて。
「マイケルが取りに来るから保管しとくこと」
サンドバッグに貼られたそのメモだけが手がかりで、メモ持参で同僚のマイケルに聞きに行った。
「ああ、男手集めて引き取り行くよ」
上半身が水牛のマイケルはサンドバッグと発言するなりそう言った。
「俺、ニーニャが通ってるスポーツジムと同じトコ行っててさ」
マイケル、君これ以上どこを鍛えるんだよ。
って言うか、え?
ニーニャ、ジムなんて行ってたの?
「ニーニャが引っ越すから要るかって言うからもらう事にしたんだよ。捨てるのも運ぶのも面倒だからって。お前ら別れたんだって?」
恋人の持ち物の一切合切が消えている事に気付いたのは、マイケルと話した後だった。
……って、それ遅すぎないですか夏樹さん。
ツッコミ所満載っす。
<セクシーキャットウーマンの言い分>
相方は研究職で、没頭すると数日帰らないような男。
いつもの事だと思っていたのに、冬ごもりになっても音沙汰がなかった。
相方の同僚の中には共通の知りあいってのもいて、彼等に聞けば済む話だったけど、そこまでこっちがしてやらないといけないのか、とか思って、もうそれをする気にもなれなかった。
━━ああ、うん。ソーデスネ。
……どうしてこの世界に電話的な通信手段がないんだろう。
いや、ハヤブサ便とか昔の飛脚みたいなネットワークがあって、電報とか速達みたいに利用できるんだけど、クリーンエネルギーなんてものすごい技術が発展してるのになぁ。
やっとそんな連絡手段を使って連絡を寄越してきたと思えば、あろう事かそれはニーニャさんではなく千秋さんに宛てだったそうで。
『近いうちに帰るから。数日ヨロシク』
郵便配達員のクルッポー・ツナワタリさんが届けてくれた千秋さん宛ての手紙の内容は、それだけだったそうだ。
そりゃー、千秋さんもニーニャさんもキレるわ。
彼らの話に、思わず遠い目をしてしまった。
そしてなぜ、私はここにいるんだろう。
うん、パンを持参して夏樹さんにお詫びしてたら「奈々が気にする事ないわヨ」とニーニャさんに椅子をすすめられて、千秋さんにコーヒーを出していただいてしまって、正座のままの夏樹さんから「置いて行かないで」の顔をされたからだ。
黒獅子さんに上目遣いでそんな顔されちゃあ無理ってもんでしょ。
帰るタイミングを完全に逸した。
去年の冬ごもり前に突如「ちょっとしばらく行ってくる」とだけ言って研究先に出張した夏樹さんは、こちらの皆さんが大事にしている冬ごもりに戻る事もなく。
行先が分からないから連絡の取りようもなく、一切の連絡もないまま春を迎えた時、ニーニャさんは思ったそうだ。
「ふざけんな、死ね、と」
カッコイイっす。
「もともとキッツイ、ブラック寄りな職場だったのを耐えてきたのは何だったのかと」
夏樹さんと暮らして四年。
仕事がキツイと思いながら、それでも頑張って来れたのは、夏樹さんと一緒にいたいからだと言外に言うニーニャさん。
すごくいい女で、それでいてすごく素直で可愛らしいと思うのは私だけなのかな。
眉間に縦に深い皺を何本も寄せて、鋭い歯を見せる表情は日本の古い妖怪並みに恐ろし気な顔つきではあるんだけど。
「だからって荷物までまとめて行かなくても」
私物はすべて撤去、実家暮らしに不要なものは処分したそうで、戻る気は一切無いと行動で示していた。
それくらい思いきらなければならなかったのかと思うと、こっちが苦しくなる。
「黙れ。新聞停めて、郵便物は研究室に転送にしておいてだけでもありがたいと思エ」
ああ、うん。
ニーニャさん、常識的で優しい。
しかもアパートの隣近所にも挨拶をして出たとか、ほんと良識人。
春はこの世界においてある意味最も重要なシーズンだと、「しっぽのないお客さん」である私でも分かる。
恋の季節に、恋人をほったらかして、連絡の一つも寄越さないとか。
自分がいない間に他の男にガンガンちょっかい出されたらどうするんだとか、そのままその相手とうまく行っちゃったらどうするんだとか、そういう事態を考えなかったのかと、それは無責任で考えなしだと言って千秋さんは責めた。
「いや、ニーニャなら大丈夫だと思って……」
「ああ?」
耳を伏せたままの夏樹さんの言葉をニーニャさんの不機嫌な唸りが遮ったけれど、頬杖をついて明後日の方向を見てふっとため息をつくとともにいからせていた肩がすとんと落ちた。
「まぁ、もういいわヨ」
あ、これは揺ぎそうにないな。
ニーニャさんは、別れるって決めちゃってて、私も千秋さんも「まぁ当然だろうな」と思ってたりするのでこのメンバーだと夏樹さんの味方はいない。
夏樹さんの味方する気にはなれないんだよなー
こういう人って多分、また同じ事すると思うんだよ。
それは別に他に相手がいるとかじゃなくて、仕事なのかもしれないけど、そうなったらまたニーニャさんはさみしい思いするのかと思うと。
これまで連絡の一本も寄越せなかったのですか、夏樹さん、と言いたい。
部外者だから言えないけど。
「というワケで。奈々、ワタシちーちゃんと付き合ってないからネ」
ニーニャさんは突然そう言った。
意地の悪い表情を見せてニッと笑う。
ツンデレ美人のそんな表情は悶絶もんだけどッ!
何を突然言い出すかなぁ!




