梅子お嬢様、私は田中です
『梅子お嬢様、私は田中です』
最近の梅子お嬢様は昔の西洋世界に憧れている。
「セバス! セバス、どこにいるの!」
「はい。ここに。そして、お嬢様、私は田中です」
呼ばれて現れたスーツ姿の男性が訂正すると、梅子はプリプリ怒りだした。
「んもう! それじゃあ、雰囲気でないでしょ! あと、あたしのことを梅子と呼ばないで! クラウディアと呼んでって言ってるでしょ」
梅子はそう言ってセミロングの黒髪をブンブンふる。その黒曜に映える黒髪と黒目を見ながら、セバス……もとい、秘書の田中は困った顔になる。
「……クラウディアさま、ですか?」
「そう! クラウディア! で、あなたはセバス!」
「私は田中です」
「だから! あたしがクラウディアであなたが田中だとバランスが悪いでしょ!」
「はあ……」
バランスと言われても、と田中は気のない返事をする。梅子はむくれた。
「もう、いいわ! あたしお出かけしてくる」
そう言って、背を向けて出て行こうとした梅子を田中は慌てて止めた。
「お嬢様! いけません、そのような格好で」
梅子の今の服装は、ゴシック・アンド・ロリータ。いわゆるゴスロリである。
「服装? かわいいでしょ? 新作よ」
梅子はスカートの裾をもって半回転する。
ヒラヒラの生地が何層にもなっていて、実に重そうだ。
「梅子様、外出なされるのでしたら、お着替えをお願いします」
「はあ!? なんでよ!? この服を見てもらいたいのに」
「いけません。そのようなアホ……、目立つような恰好、お止めください」
うっかり阿呆、と言いかけなんとか呑みこんだ。
「なんでこの可愛さがわかんないのよ! セバスのバカ!」
「私は田中です。いいですか、お嬢様、現代日本でそのような格好で外に出られた、大変目立ってしまいます」
「目立つからいいんじゃない!」
「私が申し上げているのは、良い意味でなく、悪い意味で、です」
好奇な目で見られる。そして笑われる。日本人とはそんなものだ。
「そうかしら? こんなに可愛いのに」
梅子は不満げに着ている服を見る。
服は可愛いのだ。服は。重そうだが。
問題は着ている人間だ。
梅子はお世辞にも西洋顔ではない。純和風顔だ。
人形で例えるなら、フランス人形というより、こけし人形だ。
想像してほしい。こけしのゴスロリ姿を。
そのような格好を見た者は、大概、最初じっと見入ってからすっと視線を外す。友人と一緒ならアイコンタクトをとってから苦笑いをする。容易に想像ができる。日本人とはそんなものなのだ。
お嬢様が笑い者になるなど、田中には耐えられなかった。
かわいそうすぎる。
これで泣いて帰ってきて旦那様にでもばれたら、監督不行き届きでクビになる。
田中は自分を守るため、否、梅子を守るため、決断する。
「お嬢様が私のお願いを聞いていただけるなら、私もお嬢様をクラウディア様と呼び、セバスになります」
「……本当?」
梅子は小さな目を見開く。そして頷いた。
「じゃあ、それでいいわ。あ、でもやっぱり、クラウディアはやめるわ。なんかあたしっぽくないもの」
「左様でございますか」
田中は内心ほっとした。
「エリザベスと呼んでちょうだい」
どっちも同じだ。田中は内心つっこんだ。