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色織  作者: 千坂尚美
6章 黒霊塞編
93/144

再逢

おはなし6-8(93)  


 少女は二人、水の湧く岩場に腰を下ろしている。腰かけるのは、微妙に距離をおいた別の岩々。隣同士で座っているわけではないが、この距離が二人にとって一番しっくりくるものなのだ。

「ねぇさやな。」

白い髪の、トロンと眠そうな目の少女が問う。

「どうして人を殺しちゃいけないの?」

全身色素の抜けた少女は真っ黒の服を着て、真顔で質問する。黒い髪の方は対照的に真っ白のワンピースを着ていて、少し困った顔になる。

「うーん、…生きてるってことは、それだけで尊いことだから。かな。」

白い髪の娘は、よく分からないといった感じに眉をひそめる。黒髪の娘は苦笑して言う。

「何かその質問、どんな答えもウサンくさく聞こえそうで、ズルいよ。」

白髪はそうなの?と首をかしげる。

「でもシオちゃん。」

「?」

さやなはシオの方を向いて笑う。

「シオちゃんが死んだら私、泣いちゃうかも。」

シオはまた?、と首をかしげた。



―さやな…。

栞緒は玉座に座ったまま、昔を思い出していた。


 死上栞緒しにがみ しお、22歳。先代の黒霊王の娘であり、父の命令で一流の暗殺者として育てられた。幼いころから多くの命を殺めてきた鬼才。死神と呼ばれた彼女は、十年前さやなと出会った。同じ年で同じ力量を持ったさやなと心を通わせ、次第に心や命の大切さを知る。十四歳の時、さやなと共に当時の七晦冥のボスを討伐する。そして十八の歳で独裁者である実の父、ならびにその後継者である兄を殺害。その後すぐに六大国の一つ、黒の国の国王に就任する。邪悪な噂の絶えなかった黒の国は彼女の政治で平和な国へと変わり、彼女の偉業と独特の人柄と美貌もあいまり男女問わず多くの国民に愛される王様へとなった。


 黒の国。赤、黄、青、緑、白と同様六大国の一つに数えられる大国。位置としては緑や紫の国の東、赤の国の西に存在する。黒の国は常に暗雲が立ち込めていて、建物、植物、動物もほとんど無彩色で国自体が色彩をあまり持たない。国中に大きな玄武岩の山がたくさんそびえており、鉱山の中では珍しい宝石がいくつも埋まっている。黒の国のシンボルマークは夜をイメージした月と、土地所縁ゆかりの鉱石だ。黒の国の首都には、巨大な玄武岩を積み上げて造られた要塞が立つ。この要塞こそが国のコア黒霊塞こくれいさいであり、多くの兵士と栞緒のホームである。黒の国は他の六大国のどことも協定を結んでおらず、唯一緑の国とは友好関係を持つ独立した国。世界中に新三原教が普及した今だが、この国だけ唯一今日が普及していない。というのも、栞緒が徹底的に教を根絶したのと、栞緒を慕う国民達も教を必要としなかったから。故に教の派生源、白の国とは真っ向から敵対している。


 親友との過去にふけっていると、一人の兵士が王の間に駆けてくる。

「王様、たった今西北西に悪魔の大軍を確認。緑の国に向かっているようです。」

―…緑の国に…!

眉を少しだけあげて驚く栞緒。報告を終えた兵士が彼女の前を去ろうとしたその時、

ズゾゾゾゾ

兵士の目の前、何もない空間にカビの様な裂け目が生じる。カビの中で何かがキラリと光と同時に、悪寒を感じた栞緒は鎌を手に取り猛スピードで兵士の元へ。

キィン!!

カビの中から現れた人間が兵士の首を跳ねるより先に鎌でそれを食い止める。

 斬られた兵士の腕がベトリと落下し、兵士はドサリと気絶する。

「どうも~、こんばんは~。白氷王兼七晦冥の頭領兼あなたの親友をやった朝顔結愛で~す。」

現れた白いドレスの女がニヤケながら言う。広大な王の間一面に敷かれた玄武岩の中に、白のドレスと女の紫眼のきらめきが映える。

 栞緒は鎌で剣をはじいてバク転で倒れる兵士をつかんでぽーんとジャンプで敵と距離をとる。ビリリとドレスの裾を裂いてもげた片腕を止血してやる。

「あら優しい~。一人くらい兵が減ったっていいじゃない~、それとも黒の国って人手不足ぅ~?」

栞緒は立ち上がって鎌を構える。

「あそうそう、それとあなたに会ったら言おうと思ってたことが。いや~、あなたの親友の植物使い、植物使いが植物人間になるあの瞬間、あれは最高だったわ。だって、あれは傑作!笑いが止まらな…。」

途中で笑いをこらえる仕草の結愛。その瞬間離れていたはずの栞緒の、鎌の一閃が結愛の頭のあった位置を切り裂く。

すかさずかわした結愛、近距離で睨みあう二人。

「その程度の挑発、乗ると思った?」

眠いまぶたの奥の瞳は、何より冷たく冴えている。

「ヤダこわーい…て、乗ってるじゃんクズ。」

カッ!

白い球体を手から放つ結愛。

スパン!

切り裂く栞緒。その隙に数十メートル後ろに移動していた結愛の右手に、胡粉、白磁、薄桜、淡紅藤、紫水晶、霞色と紫味の白いカラーが光る。空気中の暗黒物質が片手に凝縮し、黒弾となり放たれる。

 跳んでかわす栞緒の後ろで壁の玄武岩が弾け飛ぶ。結愛はダークバイオレットのクリスタル質の剣で栞緒に斬りかかる。

キャィィィ!!

鎌とぶつかる真剣。すぐにとんで来る栞緒の斬りを素早くかわす。

「アハハ、アハハハハ!」

カンカンキンカンガンギャンカンカンカンカンキンキンカンギョン!キンカンカンカン…

二人は目にもとまらぬスピードで武器をぶつけ合う。

「ウフフ、ウフフフフ。」

笑う結愛。

ピッ

栞緒の綺麗な頬に浅い傷が入る。

「フフフフ、楽しぃーねー♪」

ピッピッピッピッ!

栞緒の体に切り傷が増えていく。

スパンッ!

腕が一本飛ぶ。…飛んだのは結愛の左手だ。

「ヤダー痛いー。」

泣きまねをする結愛に栞緒は構わず斬りかかる。

ガキン!

剣で止める結愛。

「まぁ待てって。」

低い声で結愛はそういうと、左手のもげた部分がモゾモゾとうごめき、ビュッと黒いものが伸びて転がっている左手をつかむ。黒いスライムの様なそれはヒュンと縮んで手は元の位置に戻る。取れていた左手は傷跡を少しもぞもぞさせ、ものの数秒でくっついて無傷の状態になる。

「…さすが、悪魔の王の子。」

「まぁね~♪」

ガッと敵の武器を払ってまた斬り合いを始める栞緒。

―こいつがあの悪魔の子と言うのなら、やはり殺す術はこいつの武器で殺すことのみ…。右手をもいでこの黒い剣で奴の首を跳ねる。

冷静に判断する栞緒。恐ろしい身体能力で斬りかかる栞緒の攻撃を、結愛は踊るようにクルクル回ってはじき返す。

「なんてゆーかー、全く親しみとかはないけどー。一応私の父親殺したのお前らじゃん?母親もバカだよねー。死因が悪魔とsexした後遺症だなんて、マジ笑える。てかどんだけ私が一人で寂しかったと思う。死ね、死ね、死ね、とりあえず死ね!」

ガンガンと振り下ろす刀に力の加わる結愛。栞緒は力で押されていく。

ドピュッ!

より深い傷が栞緒の体に増えていく。

「お前はアレだ。同じ植物人間にするにしてもズッタズタに引き裂いて全部の神経ぶった切りの刑だ。私がそこまでしてやるんだ、光栄に思え!」

スパン!

栞緒の足に深い傷が入り動きが鈍る。直後だった。

 多すぎて一つに聞こえる風切りの音がして、栞緒の体全身からバッと血が噴き出す。

「ゴハッ。」

吐血する栞緒。彼女の体は浅いのから深いのまで、全身切り刻まれて立っていられず、ドッと膝をつく。武器を持つ腕にも力が入らず、カランと鎌が転げ落ちる。

「アハハハハハ!アハハハハ!いい眺めだ。最っ高だ。さぁ、どっから調理してやろうか、…ん?」

ブワッと栞緒の背中から漆黒、黒羽、暗黒色、濡羽色が噴き出す。ジワっと彼女のグレーの瞳は真っ黒に染まる。背中からは大きな八咫烏やたがらすの翼が生え、それは螺旋らせんを描き結愛の右手を狙う。

ズパン!

濡羽色の羽は結愛の剣に分断されてしまう。ボトリと落ちる翼片。

「ハッ、てめぇのカラー(才能)じゃ私のカラー(才能)にゃ敵わねぇよ。」

ブンっと刀を振るう結愛。

「あと、言っとっけど、誰も助けにゃ来ないよ。ここに来る奴ら、皆黒化粧が飲み込んでっから。どっかの異国へワープ!アラ大変!…て、どの道誰が来ても私には敵わないけどな。」

「…〰…〰。」

「あ?ノドがやられて声も出せねーの?何言ってるか分かんねーよ。」

傷だらけの栞緒の体をじっと見下ろす結愛。

「なんか、テメェのそのかっこにも飽きたわ。やっぱ首ちょんぱで終わりにするわ。」

すっと剣を栞緒の首にそえる結愛。

「何か言い残すことある?」

栞緒は半開きのまぶたで結愛を睨みつける。

「あ?んだその目。てかあれか、お前もう喋れないんだった、忘れてたわ。」

剣を振り上げる結愛。睨み続ける栞緒。

「じゃあね~♪」

結愛が笑った直後、すさまじい轟音がして天井がヒビ割れる。

『!!!』

上を見上げる結愛。

ドゴォオオオオオ!!!

天井に大穴が開き、結愛たちの頭上にいくつもの巨大な玄武岩が落ちてくる。とっさに飛び退く結愛。

ドドドドドォォォ!!!

岩石は床に突き刺さり砕け散る。立ち込める煙。何が起こったか分からない結愛の視線の先には…。

シュ―――

青年が一人、傷だらけの栞緒をお姫様抱っこをしてたたずんでいた。栞緒は半開きにしかならないまなこで彼の顔を見る。

「ぁ……た……は…?」

声にならない声で問う栞緒。青年は無表情のまま敵を見据えていて…。

 結愛は彼の顔を見てアハっと笑顔になる。

「あはぁ、ツムグ君。逢いたかったぁ。」


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