行列
おはなし5-2(81)
家事を一通り終えてうーんと伸びをするアル。サトのいる部屋へと駆けていく。
「サトさん遊ぼ。」
ニョキっと部屋に顔を出すアル。すると、サトは座禅を組んで右肩に赤い色彩を灯していて、赤や橙、紅色とキラキラ宝石のように煌くその色彩に思わず見とれる。そして色彩はふっと消えてサトは目を開ける。
「?どうした。」
「サトさん、何してたんですか?」
「カラーのコントロールの練習だ。」
「へぇー、カラー使えるんだ―。何に変わるの?」
「山鳥の翼とか、いろいろだ。」
するとアルは嬉しそうに言う。
「ふっふっふ、私もカラー使えるんですよ、ホラ!」
そう言って彼女の右目が透明になる。右手にはキラキラと透き通った透明色が綺羅つく……が、何にも変わらない。
「…まだじゃねーか。」
「そ、そうなんですよ、まだ練習中で…でも、何に変わるか楽しみです!」
少女の年は十三歳、カラーが使えるようになってもおかしくない年頃だ。
悲しみを拭えたら、どんなに楽になるだろう。
黄砂碑、王宮会議
黒い肌にドレッドヘアーの両腕に強烈な刺青を入れた三十代の男。彼こそがこの黄の国の国王、黄砂王だ。王を中心に十名ほどの幹部が円卓についている。
「来たる帝王行列だが、予定通りの配陣で予定通りの日時に決行する。」
王は両肘をついて指を組んで言う。
「七はおそらくオレ自らか空いた都のどちらかを攻めに来るだろう。」
帝王行列とは、黄の国で年に一度王が兵たちを連れて、黄の国を一周して歩いて回る一大イベントのことを言う。ここ一年、七晦冥のエドの動きは活発で各地で手下を放っては暴れさせている。エドの動向からして黄砂碑では帝王行列で碑の力が分断したところに攻めてくるという推測を立てている。また、エドの軍勢は帝国を脅かすほど大きくなっているとも言える。
「都と俺の護衛、力は均等に割く。奴はおそらく全力で攻めてくるはずだ。そこを俺達で…。」
王はギュッと拳を握りつぶす。
「こうだ。」
王は再び指を組みなおす。
「異論は?」
…ないようだ。ニヤッと笑う王。
「なら解散だ。」
会議の後、廊下を歩いていく王に一人の幹部が歩み寄る。
「王様、せめて隣国に助けを求めては。」
「そぞろ…意見があるなら会議中に言えっつってんだろ。」
「王が早々に解散されたので…。」
「おいおい俺のせいかよ。まぁいい、で、お前の安だが却下だ。敵がビビッて攻めてこなかったらどーする。教のヤツらがうるせぇーせいでろくに編成も組めねぇー今なんだ。あっちから攻めてくんなら好都合だろ。」
「は。全く、忌々(いまいま)しい教団め。」
黄の国でも新三原教の政治的権限は強い。彼らは七晦冥との戦闘を断固として反対している。教曰くは争いは犠牲を生むだけの愚かしい行い、災いがこの世から去るように神の子に祈りましょうと言う訳だ。王側が彼らの意見と真っ向対立し、そのせいで教が暴動でも起こせば国は国を保っていられなくなる。それを知っているからこそ、王達は今までエドの討伐に踏み切れなかったのだ。故に兵士達は今回の行列が実は待ち遠しくてたまらないでいた。
砂漠の丘では少女の数字を呼ぶ声が響いている。数百メートル離れたサトの上げる指の本数を当てているのだ。サトは雲に乗って少女の元まで飛んで来る。
「すごいな、全部正解だ。」
アルはにひひーと笑う。視力にはかなり自信があるようだ。
「すごいでしょ、村の中でも特にいい方なんだよ。」
「ああ、すごいのは分かった。俺はそろそろ修業がしたいんだが。」
「ええー、もうちょっと遊んでよー。」
ポリポリと頭の後ろを掻くサト。自分より十歳近くも離れた女の子に意外と弱い。
「しゃーねーな。じゃあカラー出してみろよ、それなら見てやる。」
「本当に!?やっりぃー。」
女の子は右目を透明にし、右手に透明色のカラーをためる。とりあえずそこまでは出来る様だ。しかし、その先につながらない。
「自分の感情に問いかけてみろ、そのカラーが出せるようになったきっかけは?」
「うーん、なんか、ある日できるようになったの。」
「…なら、何か動物を想像してみろ。好きなものでもなりたいものでも何でもいい、とにかく本当にそれになるつもりで念じてみろ。」
アルはうーんと眉をひそめている。が、何も変化は見られない。
「うーん、ダメみたい。」
「そうか。」
少女はしょんぼり肩を落とす。
「まぁそう落ち込むな。続けてればいつかできるようになる。」
「うん、ありがとう。ね、修業してるとこ見てていい?」
「駄目だ、気が散る。」
「ええー、お願いー、ね、ね?」
両手を組んでお願いする少女。サトはガシガシとおかっぱを掻く。
「しゃーねーな、離れてみてろよ。」
やはり少女に弱いサトであった。
夜になり、藍い藍い空を眺めるサト。冷めきった空気に、はぁと息を吐く。
「目がいる。」
その日の晩、ケシノ家の食卓にて。
「オジさん。あんた、目、いいだろ。」
小さな肉の入ったスープをとりながらサトが言う。
「ああ、何せ狩りをしているからな。数キロ先でも見えるぞ。」
「世話になっていてなんだが、一つお願いがある。あれは明後日、七のエドを殺しに行く。それに同行してもらいたい。」
それを聞いておじさんはゾッとする。
「いや、同行と言っても途中まででいい。離れた所からエドの軍のどこにヤツがいるかを見つけてほしいんだ。」
しかし、
「ムリムリムリムリ、いやムリだ!俺は奴らとは関わりたくない。スマンが他をあたってくれ!」
怯え切った凄い形相で断られる。これは説得してどうこうなるレベルじゃない。するとアルが手を挙げる。
「はい!私行く。別に死ぬわけじゃないんでしょ。私、サトさんの役に立ちたい!」
「よしなさいアル。あなたは昔まだ小さかったからエドがどんなに危険な奴か分かってないのよ。」
ぴしゃりとおばさんが止める。
「でも、遠くから見るだけでいいんでしょ?」
彼女の両親は不安げにサトの顔を見る。サトは苦い顔をする。
「いや、ダメだ。アル、お前には頼めない。明日、他をあたるよ。」
翌日。
サトは村中の大人に頼んで回ったが、皆エドの名を聞くだけで怯えてしまいとても請け負ってくれない。ためしに隣町まで行ってみたが同じことだった。
―甘く見ていた。七年前、七晦冥が台頭した際、村人達に残した奴らの傷跡は予想以上に大きかった。一人くらいはOKが出ると思っていたのに…。自分一人で行くか。いや、成功する確率が低すぎる。どうしても目がいる。
「で、結局うちの子に頼もうと言う訳か。」
アルと共に頭を下げるサト。
「すまない。だが、奴を倒さないとこの国はもっとひどいことになる。政治も、村人も…奴らは容赦を知らない。」
黄橙のランプのの火の中に、窓だけが澄んだ群青を添えている。
「あなた、どうします?」
おばさんはよく考えた後に夫に意見を求める。おじさんもたっぷりと思案してから言う。
「この子ももう十三、自分のことは自分で決めなくちゃならない。」
苦い顔の父に、アルはぱっと顔が明るくなる。
「この子の決めたことだ、この子に任せよう。」
「え、じゃあ、行っていいの!やったー、やったよサトさん!!」
無邪気に喜ぶアル。
「守り切れる保証はありません…が、命に代えてもこの子を守ります。」
「頼んだよ。」
ポンとサトの肩に置いたおじさんの手はぐっと強く握られた。
翌日、予定通り黄砂王の率いる行列が碑を出発した。朝一で村を出発したサトとアル。雲に乗ってしばらく飛んだ後、王達のいる行列を確認する。行列から一定の距離を置いて彼らを付けていく。王達はもちろんそんなサトらに気付き、
「王様、数キロ後ろから雲が一つ追ってきています。」
「フン、放っておけ。」
王にとってそんなことはどうでもいい。肝心なのは…、
数時間が経った頃、王達の行く手、右左、それに後方の全ての大地に突如亀裂が入る。ドォォォ
砂煙を大胆に上げて現れる腐敗したキメラ獣の大軍!遥か後ろからそれを目で捉えるアル。
「サトさん、変なのがたくさん出て来た!」
「とうとう始まるか。」
黄の国の兵たちはサソリやサイ、チーター、仙人掌と体を多様な動植物に擬態させてキメラ軍にかかっていく。そして彼らの勇猛な叫びをかき消す程の轟音と共に、一体の巨大キメラが黒焦げになって倒れる。その上に着地する王。右手はパチパチと電気を帯びている。
「さて、暴れるか。」




