心教
五章登場人物
紅 里…赤の国出身のマヨセン。七晦冥に対抗するため各地を旅している。赤いカラーで右腕を山鳥の羽に擬態させて戦う。
芥子乃 在…黄の国に暮らす少女。新三原教を信じていて、自身はまだカラーを扱えない。
穢土…七晦冥の一人。死体を縫い合わせてキメラを作る力を持っており、それらを操る。
大神…七晦冥の一人。全身擬態で巨大な狼になる狼男。月の満ち欠けが自身の力に影響する。
黄砂王…黄の国の若い王様。黒人のドレッドヘアーで、両腕を雷に擬態させる。
おはなし5-1(80)
どうせ祈るのなら、悲しみのない世界に
白の国を発祥の地とする新三原教は、紫の国での躍進を機に全ての国に広く普及した。多くの国でその政治的勢力は極めて強いものとなった。悪魔と人間のハーフ…後に奇跡の子と訳す…をたたえる教はユアの登場に大いに盛り上がった。七晦冥が徐々に勢力を増す中、赤青黄緑の連合国は新三原教の政治的抑圧により大きな討伐作戦にふみ出せないでいた。
ユア、ならびに七晦冥・黒化粧の活動により世界中に狂気が蔓延し、人々は混乱を極めた。また、狂気の蔓延により悪魔が次々に間国から出現。下~中級悪魔は現世の狂気感染量と比例してどんどん増えていった。
狂気と混乱と恐怖の世界と化した現世は、ユアが覚醒したあの日からすでに二年半の月日が経とうとしていた…。
広大な砂漠の真ん中で繰り広げられる戦闘。四メートル程もある怪物と戦う一人の人間。人間は桃花、浅緋、真朱、深緋色のカラーを背中にまとわせ、大きな翼の一撃で怪物に致命打を与える。直後、突如としてとんでくる怪物の尻尾。人間の腹に大穴を開ける。
黄の国
白いテント型の家がいくつも建つ砂漠の村、雫村。雫という名前とは対照的に雨はほとんど降らない。この村にとって水はとても貴重なものである。
この村には、読み書き算数を教える小学校があるのみで、小学校を出た子供は大人と同様に見なされる。男たちは食糧調達に行き、女は家事をするというのが古くからのならわしだ。隣の村までは十キロ程も離れており、交流は少ない。雲を持っていればひとっ飛びだが、雲を持てるほど裕福な村ではない。
そんな雫村に住む一人の十三歳の少女。彼女は小学校を卒業してから一年目、目が覚めると急いで飛び起き、寝間着を着替えて外行きの準備。
「アル、おはよう。今日も行くの?」
母親は自分より早起きで朝食の準備をしている。
「うん、お母さんおはよう。」
テーブルに置いてある干し肉のかけらをつまんで口に入れる。
「行ってきまーす。」
「はい、いってらっしゃい。」
母に見送られ勢い良く外へ飛び出す。目的地へ向けて元気よくダッシュする。
「やっば、遅刻かな…?」
目の前に石造りの教会が見える。開いている扉にとび込む。中ではもうみんな集まっていて聖歌が歌われていた。アルはふうふうと息を整えて空いている席についてみんなと共に聖歌を歌う。
奇跡の子を信じましょう。奇跡の子こそ我らが救世主。
最期に神父と共にその言葉を復唱する。朝の集会が終わりぞろぞろと解散する村人たち。アルも人込みにまぎれて教会を出る。村へ帰っていく人々からはぐれて別方向にタッと走る少女。
「ちょっと寄り道~♪」
教会の横にある小さな砂の丘。ここから青い空を眺めて帰るのが彼女の日課だ。綺麗な彩度の高い空を見てうっとりする少女。
「うん、今日も綺麗だ。」
一人で頷いて帰ろうとしたその時、
「うん?」
砂漠の遥か先に、一つの点が見える。黄の国の民族は皆視力が非常に高い、アルもその例外ではない。一つの点は人間らしいシルエットをしていた。
―誰だろ、旅人さんかな?珍しい。
観光地でもなく住環境も良くないこの村に、旅人が来るのは珍しいことだ。興味深気に眺めていると、何やら様子がおかしい。人影はゆらゆらとふらついた後にドサリとその場に倒れ込んだ。
「え!えええ!大変!!」
アルは大人に知らせに一目散に家へと走っていった。
父親と兄と一緒に倒れている人の元へとやって来たアル。倒れた人物は薄茶のマントに乱れたおかっぱの黒髪をしていた。マントはところどころほつれていてボロボロになっている。顔や腕にも切り傷がたくさんついている。
「おい、アンタ、大丈夫か!しっかりしろ!」
アル父が彼を揺さぶる。すると、んんと眉をひそめる。
「み…みず。」
言葉を発した彼にほっとするアル達。
「待ってろ、今村まで運んでやるからな。」
父は傷ついた青年を背負って村へと引き返した。
ゴキュッ、ゴクッ、ゴッ
ぷはぁ~と青年は勢いよく水を飲みほした。
「うぐっ。」
彼は痛そうに顔をしかめる。腹部に大きな傷を負っている様だ。アルは急いで救急セットを持って来て包帯を巻いてやる。
「悪い、自分でやる。」
そう言って青年は自分で包帯を巻き始めた。
「アンタ、名前は?どっから来た、その傷は、何があった?」
アルの父が一気に尋ねる。青年はふぅ~とため息をついてから答える。
「紅里だ。赤の国から来た。この傷は…七晦冥の一人とやりやってできた。」
「何!?七晦冥!?…てことは、エドとやりあったのか!!?」
「まぁな。」
「よく生きて帰れたな。あんた、赤の国の騎士か?」
「いいや。」
サトは少し間をおいて言う。
「単なるマヨセンだよ。」
二人の話をそばで聞いていたアル。
「?マヨセンってなぁに?」
この村にはマヨセンという職が無い。何かあれば、黄の国の都、黄砂碑から騎士がとんでくるのだ。サトは少女に答える。
「魔除け専門屋、略してマヨセンだよ。」
「ふーん、そうなんだ。」
「まぁあれだ、傷が治るまでウチでゆっくりしていってくれ。アル、彼の世話を頼んだぞ。」
「え、私!」
「当たり前だ、父さんは狩りに行ってくる。」
そう言って武器を持って出ていくアル父。家にはサトと少女の二人になる。
「……。」
無言の青年と緊張気味の少女。
「あの、」
サトは目だけで、ん?と答える。少女はんーと考えてえへへと笑う。
「な、何でもないです。」
青年はマントの下に黒の緩いタンクトップに小豆色の短パンを履いている。一方のアルは、黒い色の肌に白い布のシャツと丈の短い短パンを履いている。少女の髪は黒く後ろで二つ結びをしていて、瞳は深いブラックだ。
「お前、名前は?」
「芥子乃 在です。」
「学校は?」
「もう卒業しました。弟と妹はまだ学校で、兄は二つ上で父と一緒に狩りをしています。えーと、お母さんは3km離れた井戸に水汲みに行っています。え、何でそんなに離れてるかって、昔はそこに村があったんです。でも、今はなくなっちゃって。」
「…そうか。」
一人でよくしゃべるな、と思うサト。
「お兄さん、七晦冥ってすっごく恐くて強いんでしょ?てことはお兄さんもすっごく強いんだ!」
「いや、そーでもねーよ。そーでもねーけど奴らは殺さないといけない。」
「ふーん…て、そーだ、私たくさんやることが!掃除でしょ、選択に食器洗い、あーもうどれからしよっっ。」
少女はあせあせと動き出す。
「俺も何か手伝_。」
「うんう、お兄さんは休んでて!」
サトは言葉に甘えて休むことにする。どっちにしろこの傷じゃろくに動けない。
―黄砂碑の王宮行列まであと十日、ヤツは必ずその日に現れる。それまでに傷を治さねーと…。
奇跡の子を信じましょう。この混沌に差し込む光芒を祈って。
少女は今日も教会から帰ってきて皆より遅れて朝食をとる。すっかり冷めたスープと干し肉だ。
「お前。」
「ん?」
一人、机に残っているサトが問う。
「あの宗教を信じているのか?」
「新三原教?うん、だって神様にお祈りするのは当たり前でしょ?」
……。
黙るサトに首をかしげる少女。
「何が正しくて何が間違っているか、自分で見て自分で決められる大人になれよ。」
サトの言葉にキョトンとするアル。そしてクスっと笑う。
「何かサトさんの言葉ってかっこいいよね~。」
ごくごくとスープを飲み干す。
「んー、マズくもウマくもない!いつも通りだ。さっ食器洗い食器洗い!」
そう言って台所へ駆けていく少女で…。




