対峙
おはなし4-22(78)
昆虫の甲羅と人間の筋肉を融合させたかのような、濃いパープルの曲線型の鎧。頭部は細長く、二本の尖った先の丸い角のようなものが生えている。顔も鎧の体と同様、濃いパープルで光沢をもっている。鎧のふちブチにはシルバーの装飾が施されている。頭は小さく甲羅以外の体はひょろ長く、八頭身ほどもあり、身長は大の大人のそれだ。
声はまるでどの方向から来ているのか分からないような、頭に直接語りかけてくるようでひどく不気味だ。
悪魔の王は黒いオーラと共にひっそりとたたずんでいる。僕はその圧倒的なオーラの前にただただ恐怖に震えていた。それの持つ空気そのものが、自分の命の終わりを告げているかのようだった。
―な、なんなんだ…こいつ…。
身動き一つも取れないまま、僕の膝は戦慄にガタガタと震える。
―うそ、だろ…何で何で、なんでこんなのがココに…!
「愚かな人間よ。簡単な命令の一つも為せぬまま、我が自ら参ることになろうとは…愚か、ヒトとは実に愚かなものよ。」
王はすっと片手を差し出し、結愛さんの方を向いて言う。
「さぁ、ゆこう、我らが宝。」
結愛さんは何のことか分からずにただただ震えている。
―ぐ、
「何で、何で悪魔が、王がこんな所にいる!」
「…虫ケラが。」
すっと王の姿が消える。
「愚か。」
声が耳に響き、直後、背中が強烈に痛む。
「がぁっ。」
ドクドクと背中をつたう鮮血。
「愚か、愚か、愚か、愚か。」
奴が言葉を発するたびに体が切られ、腱や靭帯、胸鎖乳突筋が破られ、一瞬にして僕の体は崩れ落ちた。
「つ、ツムグ君!!」
体は激痛と共に壊されて全く力が入らない。
―ぐ…う˝ぁ…。
王はカツカツと結愛さんの方に歩いていく。
「こ、来ないで…来ないで!!」
―う…結愛さん…。ダメだ、体に力が入らない…出血もひどい、体が鉛のように重い。意識も、薄れ…。
「ツムグ君、マヨセンとしてゼッタイ守らなきゃいけないものって何か分かります?」
修業中、原っぱで師匠が僕に問う。
「うーん、腹八分目とかですか。」
「あーおしい。正解は依頼主を守ること。何があっても依頼主を守ってやるのがマヨセンの仕事です。」
―…全然惜しくないじゃないか。
「死んでも守って下さい。」
「え、死んでもですか!?うーん…死ぬのはちょっと…。」
「フフ、例えばですよ。私も、ツムグ君には死んでほしくありません。」
―お、それは嬉しいかも。
「はい、分かりました。死なない程度に守りきります!」
「うん、その意気です!」
「こんなこと僕が言える立場か分かりませんが、僕は死なないし、師匠も死なせません。」
「うん。じゃあ、私もツムグくんを殺させないし、私も死にません。」
―師……匠……そう、だ…僕は、死ねない。生きて、生きて、あいつから…結愛さんを、守る…!
力など入らない破れた筋肉に無理やり力を入れ、全身に力を込める。
「ぐ……う、うう…う、あああああああああああああ!!!」
叫びながらよろめき立ち上がるツムグ。左手の鋼の爪を悪魔へ向けて振りかざす。悪魔はすっと腕をかざし、パチンと軽いデコピンとツムグの胸にあてる。刹那、バッと飛び散る肉片。ツムグの胸は血を吹き出し、はるか数十メートル後ろまで物凄い勢いで吹き飛ばされてしまった。
「笑止、消滅。」
悪魔はかざした右手にどす黒い粒子のようなものをためていく。ツムグは倒れたままピクリとも動かない。黒い粒子は黒い黒球となり、黒球はツムグへ向けて放たれる。黒いそれはあまりの威力で地面の岩肌を削りながら飛んでいく。結愛がツムグの名を必死に呼んでいるのが聞こえる。
―や…ばい、奴の攻撃が来る。やばいやつが…でも、もう、動かない。体が、一ミリたりと…。いやだ…死にたくない、動け、動け動け動け、動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動__。
ドゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!
黒球はツムグの元まで到達し、爆発を起こして炎を上げる。結愛は目に涙を浮かべ口をふさぎ、王は右手をかざしたままで立っている。
「…………ホゥ、来ましたか。」
徐々に晴れていく煙。そこには巨大な植物と、白いワンピースを着た黒髪の女性が立っていて…。ツムグは薄れる意識の中で、ぼんやりと彼女の姿をとらえる。
「師…匠…。」
吹きすさぶ風にワンピースのスカートが揺れる。
「言ったでしょ、ツムグ君を殺させないって。」
ツムグの方を向いて言うさやな。ツムグはふっと笑みになり、そして目をつむる。
「大丈夫、私も死にません。」
意識を失った彼に一言そう付け加える。そして、敵を見据える。
「何故我の行動が分かった?」
「いえ、たまたまこの国に来ていたもので。」
雲を降り立ち、ブドウ町へやってきたさやな。
「いや~、来ちゃいました紫の国。ツムグくん達はどこかな~。」
丸央という名のギャラリーを探すさやな。町で人々に聞くと、昨日丸央付近で事件が起こったという情報が入って来た。急いでギャラリーへ向かうさやな。すると、家の大半が壊滅した民家が見てとれる。その斜め向かいがギャラリーとなっていた。
―何があったのだろう。
早速ギャラリーに入る。
「ごめん下さーい、ツムグくん達いますかー?」
すると奥から灰いろの髭をたくわえたかっぷくのいいおじさんが出てくる。
「あんた、ツムグの知り合いか!?」
「はい、ツムグ君の師匠をしています、さやなといいます。」
「師匠って、ずいぶん若いな。」
オウナは疑いのまなこを向ける。が、童顔なのかな?と思いそれを信じ、昨日の夕方起こった出来事を話してやる。
突然結愛の家に押しかけてきた山賊。繰り広げられる戦闘。ツムグは結愛を連れて町の北へ逃げたという。
ギャラリーの奥に案内される。そこには傷ついたサトと花の姿が。(マツボは無傷で冷めたお茶を飲んでいる。)
「社長!」
「さやなさん!?」
「え、モノホン!?」
彼女を見て驚く三人。
「大丈夫ですか?」
「ああ、変なワン公野郎にやられた。今、シューティング…いや、この町のマヨセンがツムグを探してる。」
「そうですか。」
「探しに行くのか?」
「もちろん。」
「なら私達も…。」
首を横に振るさやな。
「その傷じゃ足手まといです。大丈夫、私一人でもなんとかなります。」
そう言ってギャラリーを出ていく。指先から雲を出して、彼女はそれに飛び乗る。木組の町の上空へ勢いよく飛び立った。
―おそらく町が戦場になるのを避けるため民家に隠れるようなことはしないはず。向かうとすればこの先の山の中。
そう読んで彼らの移動速度を計算しながら雲から彼らを探していく。が、さすがに広い山でどこに向かったかを探すのは困難を極めた。
捜索を始めてから数時間が経ったころ、東の空からドス黒いオーラをまとった雲の塊が空を割って飛んでくる。
―!!あのカラーは…。
すぐに黒い雲が飛んでいった方を追うさやな。
―まずい、何かまずいことが起こっている。
全身に危機感を覚え雲をとばす。黒雲が消えた個所にはっきりと数人の人物を確認する。
―ツムグ君!
倒れているツムグ。黒い鎧をまとった悪魔は手から黒球を放出する。
―間に合え!!
右手を植物化させ一気にツムグの前へと放つ。
ドゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!
巻き起こる爆風。立ち込める煙は徐々に時をかけて消えていく。
対峙するさやなと悪魔。渓谷に吹く風が彼女の黒い髪をなびかせる。




