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色織  作者: 千坂尚美
四章
71/144

描画

おはなし4-15(71)  


「三本の槍政策を使ってブドウ党は必ず景気を回復させます!矢車央做に清き一票を!」

ギャラリーたちが握手を求め、央做さんと握手する。そして僕達と握手するギャラリー……なぜ僕達まで!?この町の人々はマヨセンという身分の人間をいささか過大評価する傾向にあるらしい。

「すみません握手してください。」

「はい。」

僕は群がるギャラリーの中、声のする方を向き伸ばされた手を握る。すると…、

「!結愛さん。」

僕が握った白い手の先には綺麗な灰髪の見覚えのある女性が。

「ツムグくん、お疲れ様。」

綺麗な笑顔をくれる。彼女は右腕に野菜や果物の入った大きな茶袋を抱えている。買い物帰りなのだろう、僕らは知らず知らずのうちに結愛さん家の近くまで戻ってきていたらしい。日は西へと沈みゆき、体には一日中町を大声出して回った疲労感が満ちている。仕事終わりの結愛さんの笑顔は思わぬご褒美で癒される。

「よーし、今日はここまでにして引き上げるかぁ。」

「あ、はい。」

「じゃ、ツムグくんまた後で。」

「うん。」

手を振ってこの町特有の灰髪の人込みの中へと消えていく結愛さん。僕も彼女に手を振ってからオウナさんの後に続いた。



「よーし皆、ご苦労様。初日にしちゃあ上出来だ!」

ギャラリーについてひとまず一服する僕達。ギャラリーではオウナさんの奥さんが店番をしていた。

「この調子で明日からも頼むよ!」

『はい。』

そう言ってギャラリーを出て、斜め向かいの結愛さん家に帰る僕達。

「ただいまー。」

ガラガラと戸を開けて家に入る。中からはぐつぐつと湯の煮える音がしている。キッチンから玄関へと結愛さんが小走りでやってくる。

「おかえりなさい。今、料理してるんだけど、誰か、手伝ってくれない?」

皆が僕の方を見る。…おい、僕を何だと思っているんだ?言っとっけど、ろくに料理できないぞ…ま、言わないけど。

「うん、じゃあ僕がやるよ。」

僕は料理を手伝いにキッチンへと向かった。



 テーブルには野菜スープと焼き魚とごはんが並んでいる。皆で頂きますをして食事にありつく。

「うんーなんか昨日も思ったけど、大勢でご飯食べるのって、変な感じ。」

「どこが?」

「花。」

「ずっとおばあちゃんと二人きりだったし…ここ一年はずっと一人で…。」

結愛さんの顔が沈む。何とかしないと…。

「でも、今は僕たちがいます!」

「そうよー、みんな一緒だと楽しいよ!ね、マツボ。」

「せやなー。」

「うん、ありがとう。」

笑顔になる結愛さん。

「ごめんね、私、暗くて…でも、ツムグくん、優しいね。」

皆が僕の方を見る。

「え、やさ…えっと…そうですか?いや、結愛さんも、そんな暗くないです。えっと、とっても素敵だと思います。」

「お。」

「ん。」

皆が微妙な顔になる。

「おいおいお前、浮気か?」

「えええ、さやなさん一筋じゃなかったの!?」

「え、え…なんで…なんで!?」

たじろぐ僕。すると、

「え、ツムグくん彼女いるの!?」

と結愛さん。

「いや、あの、いないです。片思いというか…はい、そうです。」

「片思いか~。どんな人なの?」

「さやなさんはね!とにかくすごいの!緑の国の幹部で美人で強くて頭もいいし、とりあえず私のアイドルです!!」

花が熱烈に語り出す。

「へぇー、そんなすごい人…ツムグくん、結構ハードル高いんだ。」

「いや、そんな事はないです。そりゃ師匠を見たら誰しも惚れてしまうこと間違いなしですが、僕はそんな安い理由で好きな訳じゃありません。なんというかその…人?師匠の人がらに惚れた…というか、うん、とにかく、好きなんです。…て何言ってんだ僕。」

「うわー、ツムグ結構恥ずかしいこと言ったねー。」

「そうか?」

サトはバリバリと魚の顔面にかぶりついている。

「バリンボリン…別に好きって言うのは恥ずかしことじゃないだろ。」

「せやせやー。」

「ふーん……師匠?じゃ結構年上なの?」

結愛さんが問う。

「いやいやそれが!同い年やねん!」

クワっとマツボが目を見開く。

「え、同い年で師弟関係…それって、なんか素敵ね。」

「せやろ!?ワイもそう思うねん。」

わははーと本日の食卓は何故か僕の恋バナで盛り上がる。

 食事が終わり食器を片付けた後、僕は師匠からもらった宿題をすることに。用意するのは紙とペンのみ。スケッチブックを開いてカリカリとペンを運ばせる。すると、

「ツムグくん、何描いてるの?」

結愛さんが僕の絵を覗き込む。スケッチブックには鋭く尖った爪にモシャモシャとした毛の生えた腕が描かれている。

「?何それ、動物?」

「うーん、僕のカラーです。」

言いながらもカリカリと描く、そしてペンを止める。

「さっき話題に出てた、師匠からの宿題なんです。」

「へぇー、美人の師匠さん。」

「う、うん。」

照れて頷く。花達はぐーたらしながらいっせーのーで…って言って指を上げ、その数を当て合う遊び(地方によっていっせーの、せのが、めこめこめこ、サムシング、がびちょーん等々、多岐にわたる名称で呼ばれている。)をやっている。

「僕、新しいカラーが二つ出たけれど、まだ両方とも使いこなせてなくて、師匠曰くこうして絵に描くことでイメージする脳が刺激されて、カラーがコントロールしやすくなるそうなんだ。」

「へぇー、絵に描くことで…すごいなぁ、私なんて全然カラー使えない。」

ふふッと笑う結愛さん。僕は絵に自分の体と、植物化した部位を描いていく。

「鮮明に描けば描くほどいいって言われたけど、なかなかうまくいかなくて。」

ペンを止めて、僕は今まで描いた絵をパラパラと見せていく。結愛さんはふんふんと頷いて、

「ツムグくん、絵上手いのね。」

感心したように言う。

「でも一応私、絵描きなんで、一つアドバイス。もっと光を意識するといいよ。」

「光?」

「うん、例えばこの絵、ちょっと描き足していい?」

頷く僕。たまたま開かれたページにペンで加筆する結愛さん。

「こっちから光が来ているから、ココの光と影の変わり目をもっと強くして…ここはどうなってるの?」

クロムに変わった所を聞かれる。

「金属です。」

「うん、ならもっと白黒がギラギラするから差をつけてあげて…。ほら、どう?」

結愛さんの手の入った絵の中の左腕は、より立体的になり質の違いもハッキリとした。

「すごい…。」

「うーん、絵のことで分からないことがあったら、何でも聞いてね。」

「ありがとう。」

「じゃ、私はお風呂入ろっかな、皆遊んでるし。」

花達はいっせーのーで24(花十本、サト十本、マツボ四本による彼女らの出し得る最大値)が成功し大盛り上がりを見せている。

「よーし、じゃあ僕はまたがんばるかー。」

そう言って先ほどの結愛さんのアドバイスを大事にしながらカリカリとペンを走らせた。



 町を回ったり止まったりして演説をしながら、お仕事をして三日が過ぎたころ。

 町は選挙の路上アンケートによる中間結果発表でにぎわっていた。結果の出る町角に集まる新三原党、ブドウ党、そしてその他ギャラリー達。勿論僕らも一緒だ。ボードにかけられた大きな布がバッとはがされる。結果は…。

 新三原党63%

 ブドウ党28%

 他    9%

 ……え、惨敗じゃん!!


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