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色織  作者: 千坂尚美
四章
63/144

黒球

おはなし4-7(63)  



 爆発は、半径一キロ程の土地を焼き尽くしてしまった。翼と植物で爆風を防いだ栞緒と彩菜。さっきまで悪魔がいた所には大きな火柱が昇っている。栞緒は飛んで彩菜の横へと舞い降りる。

「とりあえず潰したけど、終わったかな…。」

「………うん。」

―師匠……先輩、二人のかたきはとりました…。

風が吹き、大きな炎が揺らめく。二人が後ろを向いて去ろうとした時、炎の中に邪悪な邪気を感じ取りすかさず振り向く。ベチャベチャと黒い液塊が固まり、見る見るうちにあのおぞましい姿へと変っていく。

「へぇ、結構絶望的なことしてくれるね。」

パグァァァァァァァァ!!!

敵の咆哮が木霊する。悪魔は完全に無傷の姿へと戻っていた。

「どうする、彩菜?」

「……。」

彩菜が口を開きかけたその時、既に後ろに回り込まれており再び敵の腕が無数に枝分かれし、槍の雨のように一斉に降り注ぐ!大地はまるで耕された田んぼのようにグチャメチャになる。

ボコボコ…ボコォ!!

グチャメチャになった大地から飛び出す桜の木。左足を樹木化した彩菜の体にはいくつもの大穴が開いている。

「ぐ…あが…がぁぁぁぁぁぁ!!」

左足の幹がパックリ割れて中から栞緒が出てくる。

「彩菜、大丈夫!?」

「大丈夫…私は治る。栞緒ちゃんは?」

「無傷よ…!」

ドン!

ドデカイ黒球が放たれる。彩菜は植物で体の穴を埋めて再生中。栞緒が彼女を抱いて大きく飛び立つ。

ズパァァァァァァァァ!!!

黒球ははるか先まで飛んでゆき、山の向こうで大爆発を起こす。

「ここは逃げよう!奴を殺す術が無い以上、このまま戦ってもジリ貧。」

「だけど…。」

ボボボボ!!

二人目掛けて幾つもの球弾が放たれる。二人は翼と植物を使ってギリギリのラインで球をかわしていく。

グギュパァァァァァァァァァァ!!!

悪魔は肥えた腹部の背から虫のつばさのような黒い羽を生やし、飛んで襲ってくる。振り回される六本の足と放たれる黒球を、必死になってかわしていく。どれも、当たれば一撃で致命打になってしまう。飛んで来た腕を飛び退いてかわす彩菜。すると、

ドン

『!』

少女二人の背中がぶつかる

―あ、まずいな…。

カッ!

二人の真上から超巨大黒球を放つ怪物。

―この面積、避けられない!

二人は同じ方向に逃げ、なるべく威力の低いであろう端を目指す。烏の羽を巨大化させ、彩菜の樹木の壁と共にできるだけ強固なバリアーを張る。そして…、

ドッガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァ………。

 木も翼も粉々に散り、地面に這いつくばる二人。少女たちは全身火傷だらけで特に再生力を持たない栞緒をかばった彩菜の損傷ははなはだしい。

ヒュンッズボォォ!!

降り立った悪魔の前足が二か所に大穴を開ける。一ヶ所はすんででかわした栞緒が倒れていた地面に、そしてもう一ヶ所は身動きの取れなかった彩菜の背中に…。

「ぐぁぱ…が…。」

彩菜はあまりの痛みに球根を操れず、自らの体から木をのばして足を引き抜こうとするも、びくともしない。

ケタケタケタ…。

「彩菜!」

栞緒は鎌を振り回すも、ぷっと吐き出した小さな黒弾にはじきとばされてしまう。

ズボォ…。

「ぐぁ…!」

足を少女の体から引き抜く悪魔。そして三又に分かれた足の先端で傷ついた少女の体を鷲掴みにし、持ち上げてしまう。彩菜は必死に再生を開始する。が、

メキャア!!

「ぐあああああああああああああああああ!!!」

三本指で彼女をぺしゃんこにしてしまう。

「あ゛あ゛……あ゛…。」

ドクドクト流れ落ちる血液。ボコボコと潰れた組織を必死になって再生する。悪魔の腹の口はニタァとほくそ笑む。

メキャ!バキ!バギュオ!!!

「う゛ぐ、がぁ、ぶぁあああああああああああああああああああ!!!」

幾度となく潰される骨、肉、骨、肉!

ケタケタケタケタ

「ッソォ!彩菜を放せ!」

タッと駆ける栞緒。ぷつぷつと吐き出される黒弾をかわし、ヒュンヒュンととんでくる足をかいくぐり、翼と鎌を振り下ろし、彩菜を掴んでいる足の先端をさばく。

「オッ…オ、オ…オモチャガ…。」

ギュバァアアアアア!

吠える悪魔。栞緒はグチャグチャになった彩菜の体を抱いて飛んで退こうとするも、素早く振り回される敵の前足。ガードした片翼はモギ取られ、数十メートル後ろの地面へと叩きつけられる。倒れる二人の周りに立ち込める砂埃。

「ぎゅ…ダ…メだ…再生が、追っつかない…。」

ぐちゃぐちゃにつぶれた肉に折れ曲がった手足、傷にまとわりつく植物とで少女の体は見るもむごい姿になっている。度重なる再生の連続で、彼女の体からは血液ではなく透明の液体―植物の脈から出る汁液のそれ―がこぼれ出している。

「彩菜、逃げよう、勝ち目がない。」

「イ、ヤ…だ。…アイツを殺さなきゃ。シショウと…セ…ンパイは…何のために…。」

「頭を冷やして、それに任務に私情は…。」

「ニンムじゃない…これはただの…フクシュウ…。」

栞緒は少女に悲しい視線を向ける。

「分かった。やれるだけやってみる。」

鎌を構えて背中に黒いカラーをまとわせ、再び両翼を生えそろえる黒い少女。

ふぅ。

タッと敵へ向けて駆け出す。

ケタケタケタ

腹の口が大きく開き、円環状に小さな黒い球体が並ぶ。それをぶっと勢いよく吐き出した。栞緒はアクロバティックな動きで見事に黒球をかわしていく。鎌を振り回し、避けられないコースに飛んで来たそれをうまく弾き返す。はじかれた球の一つは、既に再生しきっている六本の足の内一本にかすり、かすり傷をつける。黒い翼と鎌vs六本足で、両者切り刻まんと激しい攻防が始まる。

 一方彩菜はようやく上半身右半分の再生が完了していた。

―はぁ、はぁ…栞緒ちゃん一人に任せておけない。なんとかしてアイツを……でも、どうやったら殺せる?本体と思しき上部の体を潰しても再生、力の源と思われる腹部を爆破させてもすぐ元に戻る。一体、どうすれば…。

ズザァァァァ。

栞緒が敵の攻撃に押されてこちらまで滑ってくる。

「はぁ、はぁ、彩菜、再生はどう!?一人じゃさすがにキツイ!」

「ごめん、再生しながら突破口を探してたんだけど、どこにも見当たらな……。」

言いかけて固まる彩菜。

ゴッ!

敵は二人に向けて黒球をためる。どんどん大きくなっていく黒球__しかし、彩菜の視線は別に向けられていて…。

 六本ある虫足の内の一本、それに小さなかすり傷が出来ている。

―え、どうして消えていないの?

ドッドッド

高鳴る鼓動。

―…、え、ウソ、もしかして…。

バッ!

大きく右手をかざす彩菜。球根を前方に集め、藤の木を絡ませ大きなネットを形成する。

「栞緒ちゃん!あの黒球を押し返して!!」

「え……うん!」

ドン!

放たれる黒球。球は一直線に走りその勢いに彩菜のネットが大きくひずむ。きしむ藤の木に向けて飛び立つ栞緒。彼女の背中と左腕から澄んだ黒色の色彩が溢れ出し、翼は大きく肥大化し、左腕は三本の烏の足となる。―そう、彼女のカラーは単なる烏ではなく導きの神、八咫烏なのだ。巨翼で大きなバッテンをつくり、歪む網へと打ち込んで思いっきり敵の黒球を弾き返した!

ドゴオオオオオオオオ!!!

巻き起こる爆発。とっさにかわした悪魔の体は、左三分の一が消し飛んでいた。モゴモゴと再生が始まる……と、思いきや。

「オロ?…オロロロ?」

傷口はモゴモゴするだけで全く再生されない。彩菜は目を大きく開き、予想は確信へと変わり、そして、微笑する…。

「やっぱり、その(・・)攻撃(・・)だけは再生できないんだ。」

栞緒も、驚きの表情を隠せない。敵の足にもまだかすり傷はついたままで。

―そっか、私が弾き返した黒弾が付けた傷、あれを見て彩菜は…。

悪魔の焼け飛んだ傷口からはシューシュー煙が上がっている。

「ユルスマジ、ユルスマジ…ナラバ、コノアシデキリキザム。」

デケデケデケデケ!

一本消し飛んだ五本足で少女らに迫り来る怪物。栞緒は鎌で、彩菜は木々で動きを止めようとするが、鋭い足の爪でなぎ払われる。彩菜はまだ下半身の再生が終わってはいず、崩れた足を植物に擬態させ、蛇のようにして体をのばしシュルゾロと敵の攻撃をかわしていく。

―チッ、さすがにもう黒球は打ってくれないか…なら、

彩菜は敵の体にまとわりつくようにして足の攻撃をかわしはじめる。

―!彩菜、どうしてそんな危険な戦い方を…。

暴れ狂う悪魔にうかつに近づけない栞緒。敵の足は絡み合いこすれ合い、その動きはカオスと化している。しかし、栞緒は見逃さなかった。

「!」

バサァ!

すぐに敵に接近する黒の少女。鎌の一撃で暴れ狂う敵の足の一本を切り離す。切断した足を持って敵を切りつける。が、

スンッ!

素早い動きでかわされ、手に持った足は見る見るうちに黒い液体と化していった。

「っそ!」

栞緒が見たのは、足が絡み、こすれ合ってできた傷。その傷も同様に消えはしない。つまり、敵が黒弾を吐かずとも敵の足をうまく使えばヤツを殺すことは可能ということ。けれど、切り離した足はすぐに溶けてなくなってしまう。

「彩菜!一瞬だけでいい!時間を!!」

「分かった!」

球根から藤の木を生やし拘束の術を放つ。が、すぐにブチブチと破られてしまう。

―木の強度が足りない…もう、残りのカラーが…どうすれば動きを………!。

今までの戦いのフラッシュバックから答えを得た彩菜、意を決してシュルと本体の後ろへ回り込む。そして放つ樹木の一撃。

ジュバァアアアアアアアアア!!

敵上半身をメチャンコにする。

「オゴ?」

腹の口が声を漏らす。

「動きを止める唯一の方法!」

パキギギギ

自身に残った最後の、ありったけのカラーで右腕を神木の樹皮に変える。

「全部潰せばいい!!」

ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!

彩菜の神木は敵の腹部に大穴を開ける。

べちゃああああ!

すぐに始まる悪魔の再生。狙いは再生が終わるその一瞬!

「栞緒ちゃん!」

「うん!」

スパン!

足の一本を切断する栞緒。鎌を投げ捨て、両腕で悪魔の足を握りしめ、再生される悪魔の体へとまっすぐに振り下ろす!

ベブゥゥゥゥゥゥゥウウウウウウウウウウウ!!!!

大量の黒液を上げて両断される悪魔の巨体。

「オ…ゴ…べ…ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

断末魔と共に悪魔は黒い液塊となり、最後には蒸発して消えていってしまった。

 訪れる静寂。ドサリと倒れ込む白と黒の少女。いや、彩菜の白いワンピースは彼女に血で真っ赤に染まっている。

「ぜぇ…ぜぇ…ぜぇ……終わった……。」

「ふぅ…ふぅ……これで、七も終わりね。」

―師匠、先輩……ああこれ、後でかなり辛くなるやつだ。

木々が一つもない荒れ果てた山腹は、深い夜の闇に包まれていた。



 この後、七晦冥懿よいは姿をくらませ、組織は完全に凍結。数年後、彩菜は16歳という若さで緑森宮の幹部に、栞緒は18歳で六大国の一つ、黒の国の国王に就任した。



 「と、いうのが五年前の私のお話です。いかがでしたか?」

話しているうちに、すっかり酔いの冷めたさやな。

「いや…なんというか、師匠、そんな若いうちから辛い経験をされてるんですね。」

「ええ……まぁ。」

少し悲しそうな声で頷く。

―同い歳でも、そりゃこんなに違う訳だ。僕は…。

なんだか、数時間前まで下らないことを考えていた自分が恥ずかしくてしょうがない。

「師匠、僕が、こんなこと言っていいのか分かりませんが。僕は死なないし、師匠も死なせません。」

それを聞いてさやなは少し驚いて、にこっと笑う。

「うん。じゃあ、私はつむぐくんを殺させないし、私も死にません。」

綺麗な薄緑のカーテンからは、朝の新光が差し込んでいた。


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