師弟
おはなし4-5(61)
ジュウジュウと焼き肉を焼く音が食欲をそそる。
「で、どうしたんですか師匠。奥さんか娘さんと喧嘩でもしました?」
彩菜はじゅうじゅういう肉を箸でひっくり返す。ここは「やおや」の一角、彩菜の向かいには彼女の師、赤松が座っている。
「ふはは、そんなんじゃないない。たまには可愛い愛弟子と食事をしたくなっただけだ。」
じゅ~、赤松も肉をひっくり返す。
「ふーん、…はむ。」
熱そうに肉を頬張る少女。
「ん~、おいしぃ~!」
幸せそうな彼女の笑みを見て赤松も微笑む。
「ほら、師匠のも焼けてますよ、ほらほら。」
そう言って菜箸で肉をつまんで師の皿に入れようとする彩菜。
「あーんしてくれ。」
「え、何言ってるんですか。自分で食べて下さい。」
フフフと笑いながらポチャンとタレの中にお肉を入れてしまう。赤松は少し残念そうに肉をとって口に入れる。
「ムシャムシャムシャ…。」
「師匠、とうもろこし好きでしたよね、焼きましょう!」
彩菜は鉄板の上にとうもろこしを並べる。
「はぁ…。」
「?どうしました。お肉、おいしくないですか?」
「いやウマいよ。ウマいんだがなぁ…なぁ、彩菜よ、師匠師匠と呼んでくれるがなぁ…。」
「…師匠じゃないんですか?」
「ああ師匠だよ。だが、ぶっちゃけもうお前の方が強いじゃないか。それでも尊敬の念を持ってくれるのか?」
彩菜はモグモグと咀嚼してゴクンと飲み込む。
「当たり前じゃないですか!師匠は私にたくさんのことを教えてくれました!例えば…。」
「例えば?」
「………ごめんなさい、出てきませんが…それでも師匠は一人の人間として尊敬できますし、尊敬しています!」
赤松もモシャモシャと咀嚼する。
「ウンウン、お前はそういうやつだよ。ウチの娘に聞かしてやりたい、モシャモシャ。」
初老はコロコロと焼けていないモロコシを転がし始めた。
「彩菜よ、ワシはお前にあと何を教えればよいのだろうか?」
「え、それ聞く相手間違えてますよ、きっと。」
「…だよな。」
「フフ、師匠はいてくれるだけで安心なんです。だって、私のたった一人の師匠なんですから。」
師は生焼けのモロコシをかじり始める。
「…おいしいですか?」
「マズイ。」
ジュー。タレのしみた生焼けのそれを鉄板に押し付ける。
赤松は彩菜が緑森宮の小等部の時にその才能に目を付けた緑森宮により、教育者として彼女の師種に抜擢された。同時八歳の彩菜は既にカラーをコントロールすることができており、より高度なカラーのコントロールを教え込んだのが赤松その人だ。師弟関係を結んでから実に六年の付き合いであり、彩菜は緑森宮幹部である赤松の持つ精神と技術を吸収し、今では師をしのぐ実力を身に着けた。
「ウンウン、ウマイウマイ。」
ガリガリと今度はちゃんと焼けたモロコシにかぶりつく赤松。彩菜もそれを見て嬉しそうに焼けた野菜を頬張る。
「モグモグモグ……で、師匠、今日は何を言いたかったんですか?」
「ん、」
赤松の箸が止まる。
「あ―、ハハ、いや、相変わらず心を読んでくるなぁ。」
「フフフ、師匠、すぐ顔に出ますから。」
赤松は無駄に多く玉ねぎをタレにつける。そして、箸を止める。
「ふぅ。彩菜、七の頭討伐に選ばれたよ。」
「………。」
彩菜は氏の顔を見たまま固まる。少し口を開いて、そして…。
「そうですか。」
彼女は少し困ったように笑う。
「本当は言っちゃイカンのだがな。なんせ、お前は、愛弟子だから。」
「……駄目ですよ、任務に私情をはさんじゃ。」
「……だよな、スマンスマン。」
「でも。」
「?」
「師匠のそんな所、私は結構好きですよ。」
「………ハハ。」
「私は、」
「……。」
「選ばれてないんですね。」
「……。」
「……。」
「お前を死なせたくない。王にお前を外すように頼んだのは私だ。」
「私は、死にません!」
「それはお前が!……まだ若くて、若すぎるから……俺はお前が大切なんだ、分かれ。」
「嫌です。私も師匠が大切です!それに、私達が守るべきは個人ではなく国のはずです!」
「個人と国を天秤にかけるなと何度も言っただろう。」
赤松の目が鋭く光る。
「それは…そうですが。」
ジュー
鉄板の上に並んだ具材が焦げ臭いにおいを放つ。
「イカンな、焦げてしまう。彩菜、」
「……。」
「あーんしてくれ。」
「……。」
彩菜は少し腕を振るわせて、十分すぎるほど焼けた肉をすくう。アーンと口を開く師の口へとゆっくりそれを運んでいく。
「アーン。」
「……。」
ぷるぷると振るえる箸。彩菜はうつむいたまま、ゆっくりと腕をのばして、そして…。
「………?」
赤松は自分の口に何も入らず、細目を開ける。すると、さっきまで伸ばしていた箸は少女の口元にあり、少女はモグモグと口を動かしていた。
「……。」
師は困ったような表情になる。少女は何度も咀嚼し、そして、ゴクリと飲み込む。
「師匠。」
「?」
少女は顔を上げて綺麗な笑顔を…見せる。
「帰って来たら、あーんしてあげますね。」
「………ハハ、そうだな。」
師は和やかで優しい笑顔を少女に向けた。
ビョ――
風の吹きすさぶ高い塔の屋根に座る少女。とっくに辺りは暗くなっている。
―今日は先輩、来なかったな…。
深い紺になった空に彼女の黒く長い髪がたなびいた。
また別の夜、少女はいつものように塔の先っちょに座っていた。
―先輩、ここ数日、来てないのは、おそらく、そういうことなんだろうな…。
だとしたら、やはり私も奴を殺しに行かないと…。
問題は、作戦の決行日時。超極秘ミッションだから、情報漏れはほぼ期待できない。師匠も絶対教えてくれないだろうし…。
「果重。」
「!」
ここ慣れた声に振り向くと、そこには先輩…空木が立っていた。
「久しぶりだな。」
「………はい。」
「ふっ、お前、本…にこ…、好き……な。」
ビョービョーと吹きすさぶ風に彼の声が途切れ途切れに聞こえる。彩菜が聞き直すと、空木はもう少し近づいてくる。
「本当にここが好きだなって言ったんだ。」
「……先輩も、好きなんじゃないですか?」
「……かもな。」
ビョ――。
二人の間に強い風が吹き抜ける。髪はひどくたなびき、互いに向き合ったまましばらく沈黙が続く。
『あの、』
二人同時に口を開いた。
「え、何ですか?」
「いや、いやいや、俺のは大した用じゃない。というか、何でもない。…お前は?」
「…私は…大事な用です。」
「?」
「今度、実家の社を参ろうと思うのですが、いつがいいと思いますか?」
「?そんなの、いつだって…、」
空木は言いかけて固まる。
「……そう、だな。明日がいいんじゃないか?寝る前に祈ると、いいことがあるかもな。」
「明日の寝る前、……分かりました。じゃあ明日、祈りに行きます。」
彼は少しうれしそうに笑って、
「じゃあな、風邪ひくなよ。」
そう言って去って行ってしまった。
私の可愛い死神ちゃんへ。
少女は、すっと夜の空に紙飛行機を飛ばした。




