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色織  作者: 千坂尚美
四章
60/144

樹渦

おはなし4-4(60)  


「……間に合ったか。」

息を切らしながら桐がつぶやく。その視線の先には、ふわふわと浮かぶ雲の上に濃い緑のマントを羽織った少女が浮かんでいて…。

 大獅子は大樹を振り払い、到着した第三隊を振り向く。赤松は自分の舞台に片手を上げて指示を出す。

「総員、待機。」

彩菜は冷たい目線で赤獅子を見下ろす。すっと胸元に手を添え、バッとローブを脱ぎ捨てる。彩菜は白いワンピース姿になる。

「白い服に黒の長髪…そうか、貴様が一人で我らの手駒数百を殺した少女…。」

その姿を赤眼に映して獅子は呟く。

「ご存知でしたか、光栄ですね。」

彩菜は微笑む。

「あなたを殺しに来ました。」

「フン、達者だな。その鼻、へし折ってくれよう。」

彩菜はふっと笑って右親指の爪で人差し指指先に切れ目を入れ、ピッと大きく横一文字を描く。ぷつぷつと飛び散る血粒。

カッ!

飛び散った血液が一気に緑色の色彩に包まれる。臙脂師は咆哮を上げて彩菜に飛び掛かる。散った血液は球根に変わり、ニョキニョキと芽を生やしてあっという間に桜の幹となる。襲い来る臙脂師に手をかざす彩菜。幹はすさまじい勢いで臙脂師にとんでいく。獅子はとんで来た幹の槍を足場にして身軽に彩菜の攻撃をかわす。

「遠隔擬態!?」

彩菜のカラーに待機している兵士たちがざわめく。振り下ろされた獅子の爪を雲を操りひゅるりとかわす。

「ゴギャアアアアアアア!!!」

獅子は肩甲骨に赤いカラーを纏わせて、アカトビ(タカ科トビ属の鳥)の大きな翼を生やす。すさまじい速度で宙をかける敵を彩菜もすばやくかわすが、あまりの速度に雲がかすり消滅してしまう。彩菜は宙に浮かぶ球根を操り、桜の木々で獅子を捕らえようとする。が、獅子の速度は高速で捕まることはない。木の生えていない死角へ回り込む獅子、しかしそのコースを読んでいた彩菜は振り向きもせずそこへ樹木の槍をいくつも放つ。獅獅子体を回転させ桜の木を砕きとばし、彩菜へ突進する。彩菜は伸ばした植物を足場にして大きくジャンプ、獅子をかわす。

――さっきので破られるか…。

すっと腕をかざし、浮かぶ球根からいくつもの暗濁色の太い幹を繰り出す。獅子は宙でひるがえり爪を構える。

「フン!モロいわぁ!!」

彩菜の放った桜の木を強力な爪で砕いていく。槍の最後の一本を砕こうと爪がかざされたその時…!

メキメキメキ!!

「!」

砕かれて散った木片から白いうねった樹木が生えてきて、獅子の体にまとわりつく。白い木からは青紫の綺麗な藤の花が生えそろう。一瞬にして生えてきたそれらに動きを封じられたライオンは、みぞおちにモロに木の槍をくらいはるか下の地面へと叩きつけられた。

「…結構硬いんですね、毛。」

急所に食らいのたうち回るライオン。その動きをより強く、藤が締め付け白い木は大地に根を生やし完全に獅子を捕らえてしまう。

「グゾォ、ごんな木ごときぃ……!!」

力で引きちぎろうとするも樹は強固で破れることはない。

「あなたの力はさっきの桜の攻撃で量れています。その木を破ることはできませんよ。」

宙で渦巻く桜の幹に乗っかって少女は言う。ギャラリーの兵士たちは、

『おおおお!』

「あの臙脂師を捕らえた!?」

「しかも一人で…!」

さらにざわつく。隙ありととどめをささんとする兵士を赤松が制止させる。

「近づいたら死ぬぞ。」

「えっ?」

カッ!

上空では眩い緑の色彩が幾つもまたたく。タッと植物を蹴って飛び降りた少女。緑に輝く真下に向けて振りかざす。と、同時に彼女の右腕はゴツゴツとした屈強な植物へと変貌していく。腕から超巨大な観世茶かんぜちゃの幹が無数に噴き出して、先端が鋭く尖ったそれらは空中渦を巻き、直径十数メートルものドデカイドリル状と化す。

「グッ、イヤ、ヤメロ、イヤダッ、ヤメロォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

ドリルはまっさかさまに地上へと降りてゆき、そして_。

鳴り響く轟音、激しく振動する大地、臙脂師の断末魔はそれらにかき消され、ゲリラ豪雨のように辺りに拡散する血の雨が周りにいる兵士達を真っ赤に染め上げてしまい…。

タッ

球根から生やした小さな幹の上に着地する白い少女。その清い姿には一点の赤さえついていない。彼女が降り立った真下に、大きくえぐられた大地に赤い湖ができていて、獅子の胴は大きくえぐられ、体が上と下とで真っ二つに分かれていた。



 高い空に今日もビョービョーと風が吹き抜ける。

「聞いたぞ、一人で敵の頭をったらしいな。」

少女の綺麗な黒髪が風に乱れる。

「先輩。」

少女が振り向くと、後ろに空木が立っていた。

「桐さんでも敵わなかったのに、全く、あきれるよ。」

ビョー、ビョー、

「いえ、桐さんが戦ってくれていたおかげで、私でも倒せたんですよ。」

そう言って少女は少し照れくさそうに笑う。

「……そうか。」

風で彩菜の髪はなびき、顔がほとんど隠れてしまう。

「赤の国も一人七ななを殺ったみたいだ。」

風のせいで彩菜の表情はよみとれない。

「残るは青の国のよいと、七の頭領のみだ。」

ビョー、ビョー、

「…アクマの王ですか。」

「ああ。」

空木は風に流れる雲を横目で追う。

「悪魔の王って、なんか、中二っぽいよな。」

雲は、ある程度の速さをもって流れていく。少女はくすりと笑う。

「私、中二ですから。」

「………ああ、そうだな。」

少女は14歳、中等部の二年生。

「あのさ、果重。」

「……何です?」

空木は微妙に眉をしかめてから尋ねる。

「お前、好きな人とかいるの?」

強い風で彼のマントがなびく。

「えっ、何ですか、急に。」

彩菜は半笑いで答える。

「……あー、悪い、何でもない。」

「え、何でもなくないですよ。」

無邪気に笑う少女。

「う~ん、そうですねぇ………ふふ、いますよ、私にも、好きな人くらい。」

「え、」

青年は以外そうに驚く。

「そっか……いるん、だ。」

驚いたままで少し、少女から目を逸らす。

「ふふ、先輩は、好きな人、いるんですか?」

「え、俺?」

「はい。私にだけ聞いておいて、ズルいですよ。」

空木は目を逸らしたまま少し間をおいて、それからチラと彼女の方を見る。

「ああ、俺もいるよ、好きな人。」

「へぇ~、いるんだ~。会ってみたいな~、きっと素敵な人なんだろうなぁ。」

目を細めて少女は微笑む。

「素敵な人…か。それはお…。」

「?」

空木は言いかけて口を閉じる。

「ああ、素敵な人だよ。しかもとびきりな。」

フンっと笑って青年は去って行ってしまった。相変わらず少女の髪は変風にたなびいている。

「そっか…とびきり素敵な人なんだ。」

少女はわずかに視線を下ろし、それからまたぼんやりと流れる雲を眺めた。



 緑森宮王宮会議。

「王様、来たる七晦冥首領討伐作戦に、果重彩菜を組み込んではいかがでしょう。戦闘センスだけで言えば、我ら幹部以上の力かと。」

桐が発言する。

「ああ、確かに桐の言うとおりだ。…しかし、彼女は若い。若すぎるか故、この作戦でおめおめ死なすようなこととなればあまりに惜しい。」

「しかし…。」

「それに、この作戦は四国の合同作戦。ここの力もだがチームワークが何より必要。センスはあれど、実戦経験の乏しい兵士を組み込むのはリスクが高い。」

「では、彼女は外すとおっしゃいますか。」

「ああ。今回は戦闘経験の多いベテランを中心に少数の力ある若者を入れてチームを編成する。よいか、この作戦で必ず、悪魔の王の首を獲る。」


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