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色織  作者: 千坂尚美
四章
59/144

獅子

おはなし4-3(59)  


「王様、あの十四歳の少女、一人で数百体の敵を全て殺すなど、その戦闘センス、計り知れません。」

緑森宮王宮会議―この会議は宮の幹部、ならびに王を交えたものである―にて、

「…果重家の娘か。」

王は少女のデータの載った用紙を見て呟く。用紙の学業成績の全ての欄に、最高ランクのSがついている。

「どうでしょう、次の七晦冥討伐には彼女を加えてもよろしいかと。」

ドリアはしばらくおいてから答える。

「ああ、次の七の討伐に果重彩菜かじゅうさやなを加える。」

きたる作戦はエンジシで間違いないですか?」

「そうだ、次はあのニャン公をる。討伐隊のメンバーは追って知らせる。今日はここまでだ。」

王の言葉に議長が解散を告げ、ガタガタと席を立つ幹部達であった。



 緑森宮東塔、塔が幾つもくっついている不思議な造りの塔、その小さな一つの塔の先っちょ。地上数十メートルの位置に一人の人影がある。傾斜のある塔の屋根に少女は腰かけている。高いそこにはビョーッビョーと冷たい風が吹いていて、彼女の長い黒髪が乱れて舞う。艶やかな黒が美しく踊る。少女はアンバートーンのマントを羽織っている。マントにはオリーブ色の帽子がくっついていて、同じ色のセーターにアンバーの膝丈のスカート姿だ。マントの胸には風と緑をモチーフにした緑森宮のマークのバッジが付いている。マントのオリーブの帽子は中等部の生徒の証。高等部は濃いグリーンで、小等部は若草色だ。

 少女はどこを見るともなく、ただただぼぅと…強い風に髪はなびき続ける。白けた空の下に広々と都の町並みが広がっている。少女ははるか下の町並みを見下ろす。しばらく古い家並みの趣に見惚れた後、再び空に視界を戻し、曇った青空をぼんやりと眺める。

 誰にも邪魔されない何にも縛られない風の中の時間。その最中、少女の乗っている塔の屋根へと渡る石造りの橋に足音がする。少女は振り返ることなくその気配を察する。

「果重…。」

やって来た人間が低い声で言う。相手は男で、もう少女はそれが誰か分かっていた。

「…先輩。」

少女は橋に立つ男の方を振り向く。

「今日は報告がある。」

男はダークグリーンに焼き白緑のフードの付いたローブを羽織っている。宮の騎士である証拠だ。才は二十歳そこそこと若く、短髪に凛々し気な端正な顔立ちをしている。

「何でしょう。」

少女は尋ねる。が、青年はふっと笑って、

「どうせ分かってるくせに。今度の七晦冥の臙脂師えんじしの討伐隊に、お前が選ばれた。Sランクの任務に十四での抜擢は快挙だ、喜べ。」

「…。」

「どうした、不安か?」

無言の少女に青年は問う。

「いえ、今までAランク以下の任務だったので……楽しみです。」

落ち着いていう少女。

「そうか、なら良かった。思う存分暴れてこい。」

横からの強風に青年の短髪と少女の黒髪が流れる。

「先輩は…。」

「ん、俺か。俺は別任務だ。」

少女は特に表情を変えることなく言う。

「先輩も頑張って下さいね。」

「…果重。」

男はローブの腕を組んでやや顔をしかめる。

「…死ぬなよ。」

呟いた声に彩菜はふっと笑う。

「大丈夫ですよ。私が死ぬ前に敵を殺せばいい、ただそれだけですから。」

笑ってそんなことを言う少女に彼は顔をしかめたまま、ローブを翻して去っていった。



 彩菜の実家、果重家は、緑森宮の裏山のさらに山奥にある大きなお屋敷。緑の国の昔からの名家で、代々卓越した植物のカラーの持ち主を輩出してきた。彩菜は現当主、二十五代目の孫娘にあたり、彼女のその能力は先代の誰よりも秀でているという噂もある。今は緑森宮の中等部に通う生徒で、宮の寮塔で暮らしている。

 朝、中等部のHRに向かい彼女が廊下を歩くと、

「見て、彩菜ちゃん今日も可愛いねー。」

「うおい、彩菜様、来たぞ。」

「ヤベー、今日も超かわいい。」

「結婚してぇー。」

「私も果重さんみたいになりたいなー。」

「あんたじゃ無理無理。」

等々、男子も女子もメロメロである。授業はあくびをしながらも最後まできっちり受け、お昼休みになるといつもの東の分岐塔の先っちょへ行って広大な緑の国の風景を眺める。そうしていると、後ろの通路から足音が聞こえてくる。やってきた人物は腰に手をあてて少女に話しかける。

「お前、本当にココ好きだな。」

少女は風に髪をなびかせながら振り返らずに言う。

「そういう先輩も、毎日ココ、来ますよね。」

緑森宮騎士であるダークグリーンのローブを羽織った二十歳程の青年は彩菜の騎士としての先輩、名を空木うつぎという。

「フン、俺はその…お前が友達いないんじゃないかと心配で来てやっているだけだよ。」

横目に言う空木。彩菜はようやく彼の方を振り向く。

「いますよ、友達くらい。」

「友達いるやつが昼休みに一人でこんなとこ来るかよ。」

彩菜はにこっと笑う。

「本当の親友は…少し、遠いところにいるんですよ。」

「お前、それ…。」

空木の顔が曇る。

「あの死神のことを言っているのか?」

彩菜は笑顔のままだ。

「それより今日は作戦会議みたいです。多分私、師匠と同じ班ですね。」

「赤松さんか…。」

「先輩。」

「ん。」

「…なんでもないです。」

彩菜は笑ってまた景色の方を向き直る。あいかわらず綺麗な黒髪が風にたなびいていた。



 エンジシ討伐作戦の内容は第一隊~第三隊に分かれ、まず第一隊が敵の根城に攻め込み下っ端の掃討。二隊が本丸と戦闘、そして最後に後ろから回り込んだ第三隊がとどめをさすという簡単なものであった。彩菜は師、赤松と共に第三隊に組み込まれた。討伐作戦が行われたのは、作戦会議から三日後、敵の根城をつかんでから実に一週間という早さであった。



 討伐当日、AM0:00。七晦冥臙脂師えんじしの根城に数十人の緑森宮騎士が第一隊として突入した。突然の奇襲に驚く臙脂師の部下達。敵は次々と代赭たいしゃ色のカラーをまとって虎や獅子に変わっていく。騎士達は動物や虫、植物に体を擬態させ、敵の部下たちを切り刻んでいく。間もなくして第二隊が敵陣に突入、一隊が築いた道を突き進み、一気に首領のいる部屋へとたどり着いた。第二隊を率いているのは白い着物を羽織った幹部、桐だ。根城の最深部には、敵の数名の部下と、奥の中央にボッサボサの長髪にたっぷりの髭をたくわえた大柄の中年男が座っていた。

「緑の国の桐か。」

髭の男の目は真紅の赤にギラついている。桐は片手を上げて敵を指差す。

「かかれ!」

十人弱の騎士たちは動植物のカラーを体にまとわせて一斉に敵に襲いかかる。敵の部下たちもカラーを使ってネコ科の動物に全身擬態して応戦する。

 桐は大正藤色のカラーを右腕にまとい、腕を桐の木に変えて一直線に首領へ向けて伸ばしていく。同時に体から眩い赤い光を放つ臙脂師。獰猛どうもうな雄叫びと共にとんで来た植物を弾き飛ばす!

ゴギャアアアアアアアアアアア!!!

木造の古い天井を突き破り、巨大な深緋こきひ色のたてがみのライオンが現れる。高さ三メートル以上もの巨大な獅子と化した臙脂師。赤々とした鬣を揺さぶり、唸り声を上げて桐に襲いかかる!



「彩菜、調子はどうだ?」

初老の毛が薄くなり始めた丸眼鏡の男が尋ねる。

「…いつも通りです。」

「ならいい。」

第三隊を引き連れているこの男は彩菜の師、赤松だ。

「皆、作戦通りいけばもう戦闘は始まっている。先を急ぐぞ。」

ガサガサと茂植物をかき分け、第三隊は速度を上げる。



「ぎゃああああああああああああ!!!」

ブチン!

一人、また一人と、桐の応援に駆け付けた騎士たちが獣王の剛腕によって潰されていく。臙脂師の体毛は異様に硬く、騎士たちの攻撃を通さない。そして屈強な筋肉によるすさまじい速度の攻撃に、その恐ろしい爪や牙で戦士たちは次々に潰されて行き鮮血が吹き荒れる。

ギャゴオオオオ!!

巨大な植物を繰り出す桐。が、大獅子は素早くかわし、桐の後ろに回り込む。

「!」

剛腕が彼を襲いとっさに樹木でガードするも、あまりの威力に数十メートルふきとばされる。獅子らの根城で戦っていた桐たちだが、激しい戦いに建物はほとんどが崩壊しきっている。地面に叩きつけられた桐は、苦痛に顔を歪ませ、対する臙脂師は牙を剥きだしに倒れる桐へと飛び掛かる。獅子は、強力な爪の一撃を放たんとしたその時、

 青墨の空から降り注ぐ樹木の槍々。すさまじい轟音を立てて臙脂師を押し潰した!!


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