久瓊
おはなし3-13(56)
「あははははははははははははははははははははははは(笑笑笑)傑作だ!父に続いてその子供が私の人形となる。どうだ、よくできたお話しだろう?今の私でも貴様一人くらいなら操れる。喜べ!!私が直々にキサマを鍛えて進ぜよう。鍛えれば父同様、すばらしい兵隊になるであろう!」
男の高笑いが聞こえる。
「サト!どうしたのサト!!」
花が突然動かなくなった俺に向けて名前を呼んでいる。でも、ダメだ。あいつを殺したい。だけど…体が動かない!石になってしまったようだ。ウソだろ、俺も、親父と同じ運命かよ。やっと、家族一緒に暮らせると思ったのに…。
俺の体はくるりと180°回り、水面に座っている花へ向けて歩み始めた。驚くべきことに、まるで自分の意志で動いているような滑らかな体運びだ。
「サト?サト、しっかり!」
パシャパシャ
ツムグがこちらへ走ってくる。その体からは樹木も金属も白い腕さへも消えてしまう。
―ああ、もうカラーねぇんだ、あいつ。
俺は駆け寄って来たツムグの首根っこを両手で鷲掴みにする。
「うぐ……ザ……ト…。」
ツムグは苦しそうに顔を歪める。
―おいおいおいおい、マジか、ウソだろ。俺、ツムグを殺そうとしてるのか!?ダメだ、ダメだダメだダメだ。こいつはやっと出会えた大事な仲間なんだ、だから、頼む、頼む頼む頼む頼む!止めてくれ!止めろ!!俺の体、言うこと聞け!!!
けれど、考えれば考えるほど俺の意識は深い深い暗闇の中に埋まっていく。重くて、じっとりと絡みついた鎖と共に…。
ああ、暗い。
おれは何をしていたんだ?
分からない。
ただ、ここは暗い。そして、落ち着く。ずっとここにいよう。そう、ずっと…。
ゆっくりと目を閉じる、このじっとりとしてひんやりとした闇の中で。
すると、どこからか、誰かの足音がする。音はだんだん近くなる。けれど、おれは見たくない。何も。だって目をつむっているのがキモチいいから。足音は、おれに話しかけてくる。
「ここが気に入ったのか?」
「…………ああ。」
おれは答える。何だろう、声はあたたかくて、とてもなつかしい。
「やっぱりお前は、俺に似てるよ。」
声は半分笑って言う。
「………自分で気付かなきゃ駄目なんだ。」
え、何?
「サト、お前との約束忘れてなんかない。俺はずっと見ていた。サト、立派になったな。」
え…………一体何のこ……と……。
おれの頬を生温かいものが、つうとなでる。
あれ?おれ、泣いてるの?…………どうして
「お前には、大事な友達が出来たんだな。」
そう、おれには大事なともだちがいる。
「俺にできたんだ、お前にできないはずがない。」
足音は、どんどん遠ざかっていく。
「奴のカラーを通じて残っていた俺の意志も、どうやらここまでみたいだ。あとは、お前を信じてる。」
まって、いかないで
足音は、小さく、小さくなっていく。
まって、まってよ父さん、行かないで、俺達を、家族を置いていかないで!
手を伸ばしたその先には、ずっとずっと深い闇が広がっていた。
俺は暗闇の中で泣いていた、ずっと忘れていた悲しみを思い出して。
けれど、いつまでも泣いているわけにはいかない。俺には、やるべきことが残っている。そう、悲しみと共にそれを思い出したんだ。
ツムグ、花、お前たちを、決して殺させたりはしない。
「ぐ、う”ぐぐ……。」
両手に力を込める俺の手を振りほどこうと力を入れるツムグ。けれど、俺の体は機械でできているんじゃないかと思うくらいに確実に彼を締め付けていく。カラクリのように動かされた体は自分の意志ではもはや動かせない。
俺は心の中で深く息を吸う。
―やっぱりお前は、俺に似てるよ。
…そうだ。
―お前には、大事な友達が出来たんだな。
そう、大切な、
―俺にできたんだ、お前にできないはずがない。
ああ、俺にだってできる。奴の呪縛なんかに、決して負けはしない!
俺はツムグの首を持つ手にさらに力を入れる。そして、
「う"、お”おおらあ”ああああああああああああああああああ"あ”あ”あ”!!!」
全身の力を込めて思いっきり遠くへツムグをぶん投げる。ツムグの体は大きく弧を描いてまっさかさまに水面に落ちていった。
「な、何ぃ!!?」
それを見て驚く黒包帯。
「ど、どどどどどーゆーことだキサマ、な、何故動ける!?何故私の命令に背いて動けるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!?!??!?!!???????!!!!!!!!???!?!?!!!!!」
うしろを向いたまま大きく肩で息を切らすサト。
「一つ、言えるのは。」
「????」
「俺は親父と似ている。………が、俺は親父とは違う!」
ギロリと紅い右目で懿を振り向く。
「あばよ。」
悍ましい百足蟲が、大きな朱牙を剥く。
ギュオン
あまりの速度に赤黒い閃光と化した大百足、一直線に懿へ向けて放たれる。
「ひっ、やだ、やめ、いや、やだぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
懿の最後の悲鳴はすさまじい水柱にかき消され、遥か闇空高く水粉が散る。散った水は雨となり辺りに降り注ぎ、月の光で夜の虹が架かる。
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ…………借りは返したぜ、生ゴミ野郎。」
冷たい雨を浴びてどっと膝をつくサト。お腹の黒蟲は紅い光の粉となって消散する。雨は同様に倒れるツムグと花にも降り注ぎ、二人に久しぶりの笑顔がこぼれる。
「やった!サト!すっごい!!」
花は喜びでサトの元へ駆け寄ろうとするが力が抜けて水面にダイブ。
「おいおい、はしゃぐなよメガネ。」
ツムグは絞められたノドをかばってごほごほと咳をする。
「悪かったな、ツムグ。大丈夫だったか?」
「う、うん、なんとか。」
割とピンチだった彼ははは~と苦笑する。花はようやく水面から顔を上げてぜーぜー息をしながら笑う。
「終わった、終わった―――!あはははぜー、あはぜー。」
「チッ、息するか笑うかどっちかにしろよ。」
悪態つきながらも顔は自然と笑顔になるサト。顔のニヤケが止まらない。
「うっし、じゃあさっさとイキさん達起こして帰るか~。」
『おおー!!』
限界を超えた疲労と開放感でテンションMAXの三人。
長い長い戦いの末、いつの間にか山頂の霧は彼らの心の様に晴れ渡り、清深く澄んだ青墨色に月明かりが輝いていた。
その後、懿は目を覚ましたイキさん達により処刑され、その命を終えた。心理の術に長けた者を牢に閉じ込めておくのはリスクが高すぎるのに加え、何よりその罪は重い。僕らは、のびているサトの父を背負い山を下り、ボートに乗って都へと帰還した。もちろん青龍の鱗は国の重要貴重品として持ち帰った。その美しい青い宝には、懿との壮絶な戦いのせいで、大きな擦り傷がついてしまっていた。
都へ帰ってすぐ、眠いのを我慢して王に任務の一部始終を報告した。王の側近がイキさんから青龍の鱗を受け取る。結果をまじまじと聞いて王はほっと溜息を吐く。
「ウム、青龍の死は実に痛ましいが、これで凶悪な犯罪者をようやく、ようやく葬ることができた。見事、お主らの働き、実に見事であるぞ。特に緑の国のマヨセンよ、よくがんばってくれた。ぜひともお主らの功を表彰したい。明日、早速殿にて表彰式を開こう。ぜひとも出席してくれ。」
まさかのお言葉に顔を見合わせる僕達。
『はい!』
疲れが吹き飛んだかのように元気に返事をする。
「それとツムグといったか。」
「はい。」
「お主にはそちらを代表してこれをしんぜよう。」
王は側近を手招きする。そして、
カツーン。
『!』
彼女は固い袖で青宝を一部砕いてしまう。王は十センチほどのカケラを拾い、僕の方へと床をゆっくりと滑ってやってくる。
「これは勲章の代わりぞ、受け取るがよい。」
「え、え、ええ!いいんですか!?割っちゃって。」
国宝級の宝が目の前で砕かれあたふたする僕。しかし王は、
「良いのだ、傷も入ってしもたし、我好みの形に造形しなおすとしよう。」
なんとも大胆なお考えに驚く僕。しかし、目の前の宝石は魅惑の輝きを見せており、その青い反射光に照らされた僕の顔に笑みがこぼれる。
「ありがとうございます。」
王はやさしく頷く。僕は恭しく蒼国至宝の欠片を受取った。
翌日、蒼雨殿にて盛大に開かれた表彰式。ツムグは緊張した面持ちで賞状を受取っている。ツムグ、花、サトの三人は、それぞれ王直々に首に貝の形をした金のメダルを掛けてもらった。
と、そうそう、青龍を失った龍の島は、ようやく誰も立ち入らないように国が直轄の警備隊を派遣した。これでひとまず一安心。そして忘れてはいけないのが…。
蒼雨殿、王立病院
サトが病室へ入ると、彼は目を覚ましてベッドの上に座っていた。
「親父。」
サトの声を聞いて、息子の方を振り向く彼。二人は久しぶりの再会に、しばらく気まずそうに沈黙する。先に沈黙に耐えかねたサトが口を開く。
「あのさぁ。」
「聞こえてた。」
「え?」
父の声に顔を上げる。
「ずっと見ていた。」
やさしい声で言うクニ。
「……ああ、知ってる。俺も、あいつの術にかかった。」
「だが、お前は負けなかった。」
「………ああ。」
ふっと笑うクニ。
「やっぱりお前は自慢の息子だ。」
それを聞いてサトもにやりと照れ笑いする。
「それと、いい仲間を持ったな。」
サトはツムグ達の顔を浮かべて笑う。
「はは、ああ、今度紹介するよ。面白いやつらなんだ。一人はツムグって言って、こいつがさぁ…。」
サトはずっと父親に話したかったたくさんのことをつらつらと話し始めた。クニはうんうんとあいづちをうって聞いてくれる。
それからどれくらい時間が経ったろうか。
「で、これからどうするんだ?」
父が問う。
「どうって…アレか、親父は家に帰んだろ?」
「王にも顔を見せないとな。」
「ふん、そうだな。じゃあ俺も、しばらく旅はお休みして家に帰るかぁー。ツムグ達なら分かってくれんだろ。」
「そうだな、それがいい。少しの間かもしれないが、また四人で暮らそう。」
「ああ、いいよな、ちょっとくらい幸せがあったって。」
「ウン、誰も文句は言わないよ。」
そして、サトは父親に手を振って病室を後にした。
「て、ことでさぁ、俺ちょっと休むわ、マヨセン。」
ぷらぷら水の都を歩きながらお話しするツムグ達。今日も太陽サンサンで暖かい。
「うん、そういうことなら。」
「私達だけでなんとかやるから。」
「せやで!お父はんと仲良ぅな。」
「はっ、大きなお世話だって。」
頭の後ろで腕を組むサト。
「あ~、師匠に手紙書かなきゃなー。」
「え、ラブレター?」
「……違うけど。」
「何やツムグはん、好きなんちゃうんお師匠はんのこと。」
ツムグは恥ずかしそうに顔をしかめる。
「う~、今はサトの話、してるから………してるから!」
話題をごまかそうとしてごまかしきれていないツムグ。そんなツムグを笑うサト達。
「え、え、何?だから今はサトの話を…。」
楽しそうに笑う彼らの上で、太陽は白色の光で輝いていて…。
一週間後
「親父ぃ、このカラーについての本長ぇし字ぃ小っせぇし難しいよぅ。」
「何?そうか、なんなら俺が読み聞かせてやろうか?」
「いいよ。なんか…気持ち悪い。」
「気持ち悪いってお前、年頃の女子高生か。」
「いやそれとこれとは違うだろ。」
ごろんと本を読んでリビングでくつろぐサトと父。台所からはトマトのいい匂いがしている。
「サトー、タミを呼んで、ご飯よー。」
台所から母の声がする。
「おお、分―った。おいタミ、メシだぞ!!」
するとガラガラと戸を開けて眼鏡をかけた弟が出てくる。
「兄貴、声でけぇーよ。」
「悪かったなでかくて。」
「別にいいけど。」と呟きながら眼鏡をはずして、食器を運ぶ手伝いをしにダイニングに行く弟。
「ああ、俺も手伝うよ。」
俺も手伝いに立つ。
「じゃあ父さんは…座って待つ!」
『親父ぃ~』
俺とタミが不動の父にブーイングを吐く。しかし、
「アラあなた……素敵。」
『どこが!?』
不思議なセンスの母親である。俺達は席について一緒に手を合わせて一緒に食事にありつく。
温かい料理を食べながら思う。
こんな幸せ、いつ以来だったか。確かにツムグ達と旅をして俺は変わった。前みたいに気が狂いそうになるのも減ってきたし、そして何より楽しい。だけど、家族と一緒なのは、また違った幸せだ。俺はもうすぐまた旅に出る。だけど、あと少しだけ、もうちょっとだけはこの幸せに埋もれていたい。
にこやかに笑う家族三人を見て、俺も自然に笑顔になって笑った。
第参部 蒼雨殿編 完




