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色織  作者: 千坂尚美
三章 蒼雨殿編
53/144

苦荷

おはなし3-10(53)  



「よし、開けるよ。」

僕らは海賊が守っていた豪勢な高浮彫のある扉の前に立っている。扉は二メートルほどで彫刻の豪勢さの割にはさほど大きくない。イキは魚のヒレでそれを真っ二つに切り裂き、ドンと蹴って扉を蹴り飛ばす。ひどく埃を上げて崩れる。

 扉の向こうは暗く、一点の青白い光がはるか上に抜けた天井から注いでいた。その光に照らされてわずかに見える奥に誰か人の気配がある。

「ホウ…トボを倒したか。」

ひどいしゃがれ声だ。

「お前は誰だ?」

イキが問う。

「………フ、フフフ、新しいカラーがいる。」

不気味に笑う謎の人物。その時、

バギャララァァァアアア!!!

稲妻の様な音がして天井が割れ微塵になった木片を散らして一体の生物が降り立つ。

『!!』

降り立ったそれは大きな翼竜の羽を持っており、体は人間のものだった。ただうしろ向きのままで顔は見えない。その人物は大きく翼を広げ、チラッとこちらを一瞥いちべつする。そして、

ドン!

すさまじい勢いで暗雲立ち込める上空へと飛んで行ってしまった。

それを追うように部屋の中央へと走り上を見上げるが、すでに男は点となっている。イキはすぐに部屋中を見渡す。

「くそ、やられた。」

もうその部屋に彼らの他に人の気配はない。さっきの翼竜の男がしゃがれ声の男も一緒に飛び去ってしまったようだ。謎の人物がいた所には薄ピンクに光る臓器の様なものがあり…。

メラリ

突如、それがどす黒いカラーを放つ。その光を見た瞬間、皆一様にうめき声をあげて苦しみだす。頭の中が黒いノイズでいっぱいになり胸が締め付けられ頭を抱えて叫ぶツムグ。花はとっさに左腕を鈴に擬態させる。直後、すっとその謎の苦しみから解放される。彼女は急いで苦しむ皆の元へ駆け寄り鈴で触れてやる。四人が体から蒸気のようなものを上げ苦しみから解放されたのを確認してからピンクの臓器の元へ走っていく。

メキャ!

鈴の拳でピンクのそれは薄汚い汚色液をぶちまけ木っ端みじんに粉砕される。

「ふぅ、ふぅ、…またこれか。」

苦しみから解放された四人は息を切らして膝をつく。

「皆大丈夫!?」

そちらを振り向く花。

「はぁ、はぁ、大丈夫、皆は?」

「ふぅ、ふぅ、大丈夫です。」

「わ、ワイも。」

イキの問いにツムグとマツボが答えサトもコクリと頷く。

「あーめっちゃ頭ガンガンしとったわー。」

「うん…また幻覚みそうになった。」

「今のは、もしかして…。」

「あー、はい、淺島で私が潰した感染源と同じやつでした。あのキモチワルい脳ミソ。」

ひどく嫌そうな顔の花。

「そうか。やっぱり、さっきの男が一連の事件の首謀者ないし重要参考人。」

「どうします?逃げられましたし。」

「そうだな。とりあえずもう一通り船内をチェック、奴らの手がかりが残っているかもしれないし。」

『はい。』

そう言って早速捜索に取りかかろうとするツムグ達、だが、

「?どうしたの、サト。」

サトは固まったまま動かない。

「………じ、だった。」

「?」

震えた声で言うサト。

「親父だった。」



 僕らはもう一通り船を回ったが、謎の男が暮らすのに必要だったと思われる飲食物や寝具ですら見つけることができなかった。男が自分で、もしくはサトの父親(?)が処分したのだろう。僕らはすぐに都へ帰り、蒼雨殿への報告のために早速王との面会が設けられた。僕らは玉座に座る少女のような白くつるっとした不思議な生物に今日体験したことを事細かに全て話した。

「ほぅ、そうか、まず確認したい。」

王は全てを聞き終わり特に表情を変えずに言う。

「おかっぱの青年よ、翼竜のカラーを持った男は間違いなく貴様の父親だったか?」

「はい、俺も最初はウソかと思って自分の目を疑いましたが。けど、こっちを振り向いた顔、額に照らされた縫合の傷、あの横顔、確かに俺の親父だと思います。」

目線を下にして言うサト。

「確率的には?」

「…九割くらい。」

「ほう、高いの。」

王は何故だか嬉しそうだ。

「よしよし、今日の情報は実に有意義なものであった。で、そなたらは我に何を乞いたい?」

少女のような高い声で言う王。

「俺の…親父は五年前ここの騎士と共に何かの任務にあたったはずだ。そこで何があったか教えてほしい。」

王を見て言うサト。王はわずかに頷く。

「いいだろう。約束通り我の指令をこなした見返りに、貴様の父の過去と、それから未来の話をしようではないか。」

「親父の、過去と未来…?」

「イキ、それから皆もご苦労だった、楽な姿勢で聞いてくれ。」

「は、失礼します。」

イキはひざまずいた姿勢を崩し、あぐらを組んで座りなおす。ツムグは三角座りに、サトは両足を伸ばして両手を後ろについてのけぞり、マツボはうつぶせになって両手で頬杖をつき、花は横向けに寝っ転がって片手で頭を支えて肘をつくお父さんがテレビを見るときのあの態勢になる。

「………。」

彼らの自由な態勢に冷や汗を垂らす王。

「よ、よし、ではどこから話そうか…。」

一瞬話すことが頭から飛ぶが王。が、すぐに思い出して話を始める。

「五年前、我々―とは赤黄青緑、同盟国のことだが―は七晦冥しちかいめいと呼ばれる七人の実力者と争っていた。」

―しち…何だって?

「七晦冥は悪魔の王を筆頭に邪悪な道に堕ちていった最強の実力者の集まり。彼らは不思議なおまじないを用いて人々を狂気に侵す術を持っていた。その七人の一人によいという男がいた。彼はその時代、心理の術に最も特化していると謳われた人物で、多くの実力者が彼に操られ彼の手駒と化しその命を道具の様に無惨に扱われた。そこで我が国は彼が青と赤の国境に潜んでいるとにらみ赤の国の騎士と合同で彼の討伐作戦を決行したのだ。我が国からは特に心理の術に特化した者たちを、赤の国からも特に精神を鍛え上げられた強者ばかりが集められ隊を編成した。戦闘の地となったのはこの国の北にあるあわ村という村であった。そこで彼の隠れ家へと攻め入った五+五の十人の騎士達。懿の操る兵との激しい戦いが繰り広げられた。しかし圧倒的に優勢だったのは連合国側、そこで懿はある一人の男に目をつけた。」

王はサトの方をチラと見る。

「その中で、つまりは我らが十人の騎士の中で最も実力のある者。その者の心に彼は働きかけ、ついにはその者を操ることに成功したのだ。いくら優れた騎士で強靭な精神を持っていたとしても、やはり彼のカラーには敵わなかったようだ。その者自我を失いその仲間たちに牙を剥いた。」

王はわずかにため息をもらす。

「皆殺しだった。…それまで懿に操られていた者も、我々の放ったその者を除く九人も、皆死んだ。そして懿は新たな手駒と共にその場から姿を消し去った。…その後しばらくして七晦冥の頭がおちた。同盟国の活躍で懿を除く全てのメンバーが死亡もしくは捕獲された。七の壊滅を機に懿は仲間を殺めた彼の手駒諸共この世から姿をくらました。……これが五年前の真相だ。もう分かったろう、懿に操られ彼と共に行方をくらました男、それこそが…。」

「俺の、親父…。」

事の真実を知った青年の顔は驚きに青ざめていた。

「じゃ、じゃあ…今のが過去なら、未来って言うのは一体…?」

「ウム、これから述べよう。」

王は相変わらず起伏の少ない高い声で言う。

「我も彼と同様心理の術を極めている。それ故に分かる、彼の疲弊は尋常ではない。貴様の父、あれほどの男を何年もの間手駒にするには莫大な量のカラーが必要になるのだ。しかし、弱ったからと言って一度繋がりを切ってしまえばもう二度とそなたの父の様な強力な兵が手に入らぬやも知れぬ。彼には恐れているものがある故、力のある駒を手放すことができぬのだ。」

「?おそれているもの?」

「誰なんそれ。」

ラフに聞くマツボ。王は気にせずに答える。

「彼が恐れているもの、それは彼の弟子だ。」

「弟子!?」

「まじで!誰なんそれ!?今どこおるん!??」

相変わらずラフな問い方だがやはり王は気にせず答えてくれる。

「弟子は今彼の昇りつめなかった地位にいる。彼は恐いのだ、自分が昇り詰めることのできなかった高みにいる自ら育てし者が。」

―高み…?

「それって…王様のことですか?」

ツムグの問いに王は微笑する。

「しかし、このままいけば師はとうとうやつれ、クニという男を制御できなくなってしまうであろう。彼には大きなカラーが必要なのだ。」

「大きなカラー…それは王様、まさかアレ(・・)のことを言っておられるのですか!?」

イキが問う。

「ああ。師が狙っているもの、それは…〝(せい)(りゅう)(うろこ)″ぞ。」

「セイリュウノウロコ?」

ツムグ達の頭にはてなが浮かぶ。

「うむ。ここから遥か東の海に浮かぶ“(りゅう)(しま)”、そこの一番大きい山に“青崚山(せいりょうざん)”がある。その頂上の“(りゅう)()(みずうみ)”にあると言われておるのが“青龍の鱗”ぞ。」

なんだか急にいろんな単語を言われて覚えれない。

「“青龍の鱗”はカラーの塊、師はそれを狙っているのだろう。今まで各島々で行ってきた狂気感染はおそらく遠距離から時間差で狂気を振りまくためのいわば実験。今の師の力では島を守護する青龍とやりあっても勝てぬとみてのことであろう。そこで事前に島に狂気を振りまいて起き弱ったところを仕留めようという魂胆なのだろう。」

「あの~。」

花が手を挙げる。

「なんだ?」

「その、“青龍の鱗”と青龍の鱗は別物なんですか?」

「……。」

花が訳の分からない質問をする。

「えと、だからその青龍の体に付いている鱗自体はカラーの詰まったアイテムではないのですか!?」

あたふたと問う花。

「ふむ、良い質問ぞ。」

意外と褒められほっとする花。

「いかにも、“青龍の鱗”と青龍本体が持つウロコとは全くの別物だ。時に我はそこのおかっぱの父の未来と言ったが、今は行き先と言った方がよかろう。貴様の…。」

王はサトをあごでしゃくる。

「父が師と次に向かうのは青の国東部、龍の島ぞ。イキ、師は船を捨てた。つまりはもう既に島へと向かっておるはずだ。大至急貴様の班を招集してその者らと共に龍の島へ参れ。」

「はっ!」

いい返事をするイキ。

「いいか、僕は今から仲間を呼びに行く。君たちは戦闘の準備をして殿の門前で待っていてくれ。」

『はい!』

イキはそういって足早に王室を去っていった。

「よし、俺らも準備するぞ、そのヨイとかいう輩を倒せば親父は正気に戻るんだろ!?」

「そうね!七回目しちかいめか八回目か知らないけどさっさとぶっ倒してサトのお父さん救っちゃおう!!」

勇んでその場を立ち去ろうとする四人、すると

「お主ら。」

王の高い声でそちらを振り向く。

『?』

「よいか、今回の敵は弱っておるとはいえ並みのそれではない。命を懸ける覚悟はあるか?」

―それは…。

「あたぼう_。」

「ありません。」

「おいツムグ!!」

弱気なツムグの胸ぐらを掴むサト。が、

「いいや、それでよい。」

『!?』

「命は大切にせよ。そして何があっても、生きて帰ってくるのだぞ。」

少女のような生物は今までとおんなじトーンで言う。ツムグ達は顔を見合わせ、優しい王に向き直り凛として返事する。

『はい!』



 今回の任務はかなり過酷になると思われる。ゆえにマツボは都でお留守番。イキの班の四人とツムグ、サト、花はエンジンボートに乗り込み東へ向けて出発する。

 ボートのエンジン音と波を切る音がうるさく響く。時刻は夕方、海は鮮やかな中紅なかべに色に染まっている。緊張感の高まる船内でひときわ険しい顔のサト。夕日に焼かれたまま船はさらに東へ進んで…。


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