栄螺
おはなし3-9(52)
扉を壊した先で見た光景、それは紺のマントとハットを羽織った海賊らしい人物が大きな船の舵をとっている姿だった。やっとであった人…の様に思われたが…。マントから伸びる手足は人のそれではなく、白く滑らかな細いもの…そう、これは、骨だ!骨の手足が舵を取っていたのだ。骨はサト達に気付くぞぶりも見せず舵を回し続ける。サトらは顔を見合わせて首をかしげる。
「おい、アレって人…じゃないよな。」
「…骨、よね。」
「がい骨?」
「…そういう種類の生き物いたっけ?」
「…いや、分からん。」
「…いるんちゃう?」
三人はひそひそ声で話す。
「とりあえず、話しかけてみる?」
「………ああ。」
サトはマントの後ろ姿を向き直る。
「おい!あんた、何者だ!」
船の揺れる音に負けじと大声で言う。すると、マントはようやく後ろの存在に気付きくるりと体をこちらに向ける。
『!!!』
振り向いたそれは肉も皮も一切ついていないまさしくヒトのがい骨だった。
「何じゃお前らは。」
なかなか渋いいい声で聞かれる。
「…逆に自分何なん?」
花もサトも思っていることを問うマツボ。
「は、ワシはしがない船乗りよ。」
いや、そういうことを聞いたのではないのだが…。がい骨はまた前を向いて天井から伸びているいくつもの管を覗いて舵を動かしている。おそらく管の先は船の外まで伸びており、それについたレンズで外の様子を見ながら操縦しているのだ。
「あんた、がい骨だよな?」
「いかにも!」
「生きてるの?」
「ふん、見て分からんか!」
操縦しながら答えるがい骨。
「お主ら、主の客か?だとしたら珍しいことだ。」
両足を広げてグルングルン舵を回し船体が揺れる。花たちはよろめきながら会話を続ける。
「あの、ここは運転室ですよね?」
「だから見て分からんか!!」
「あんたはここの船長か?」
「しがない船乗りと言ったろう!主は別におる!」
どうやらそうらしい。三人は頭を近づける。
「なんかこいつ、情報持ってるかも、いろいろ聞いてみようよ。」
頷くサトとマツボ。
「あのさぁ、この船が泊まった島々であなた達は何をしてたの?」
「……はぁ?ワシはただの運転手じゃ!んなもん知るわけなかろう!!」
自己の無知を偉そうに述べるがい骨。会話をしながらもしっかり運転に専念している。
「この船、今他に誰か乗せてるのか?」
「当たり前じゃ!ワシは主を運んでおるのじゃからのう!!」
「その主って誰なん?」
「フン、言えん。」
「何でよ!!」
「…なぜなら名前を知らんからじゃ。」
『………。』
「じゃ、じゃあこの船のどこに主はいるの?」
「んなもん船長室に決まっておろう!」
「それはどこに!?」
「はぁ?とうに忘れたわ!なんせワシゃずっとここにこもりっぱなしじゃからな!!!」
相変わらず堂々と言うドクロ。
「…こいつ、何も役に立たないんじゃないか?」
「が、頑張って思い出して!どこにあったの!?」
花の必死なお願いに頭を抱えるドクロ。
「いや、んー確かだいぶ地下の方だったと思うのだが……ハテ…。」
「こいつと話すだけもう無駄だろ、時間は何分残ってる?」
花は時計を見て驚く。
「後二分よ!!」
「何!!」
ドクロと話しているうちに既に三分経過してしまっていた。焦るサトと花は急いで部屋を出ようとする。
「邪魔したなドク__。」
「待つんや!」
『!?』
二人を引き止めるマツボ。
「悪いが俺たちにのんびりしてる間は…。」
「そのことなんやけどな、ここであの骨が船操縦しとるってことは…。」
「うん、あのドクロをやっつけちゃえば、」
「船は沈まない…………、!!!」
ナイスアイデアとマツボを指差す花とサト。
「おいドクロ。」
サトの声にドクロはメンドクサそうにこちらを向く。
「なんじゃ。」
直後、ゴッとドクロの首筋を赤い翼の一撃がとらえた。がい骨はフラッとよろけてドサリと倒れた。
「悪いなドクロ。」
「こいつの話がホンマなら下から探してるツムグはんらがもう船長室見つけとるかも、はよツムグはんら探しにいこ!」
「そうね!」
「ああ!」
三人はタッと走ってドクロの倒れる運転室を後にした。
右腕のベニエ貝とイキの右腕のカサゴのヒレが、左腕の杜若とツムグの左手の白い犬の手がそれぞれ激しい速度でぶつかり合う。クルリと回ってベニエ貝で回転切りする敵。ツムグとイキはたっと下がって(イキはバク宙で)それをかわす。敵もバク宙で距離をとる。
「ツムグ、こっちへ!」
「は、はい!」
イキの指示で彼の横へ駆け寄る間に、敵は右手を振り回し大きなベニエ貝を手裏剣の様にしていくつも飛ばしてくる。
ブワッ
イキの左腕から白いモヤが吹き出し、青緑のカラーを放ってその腕は付け根から一メートルほどの巨大サザエに変わる。
ドドドキィン!
サザエの盾で遠距離刀を防ぐ。そして、彼の体がまたしても色彩を放つ。今度は髪の毛だ。彼の毛は大きな極太昆布になりものすごい勢いで敵へ伸びていく。昆布はすさまじい砂埃を上げて敵側に突き刺さる。
―イキさん、四種擬態…すごい!
「たたみかけるよ。」
すぐに砂埃の中に突っ込んでいくイキにツムグも頷いて駆けていく。すると煙の中から飛び出してくる敵、イキと刀がぶつかり合う。ツムグも加勢しいくつも刃と刃がぶつかる高い音が鳴る。
ギュオア!
髪を昆布に変えて伸ばすイキ、それを敵はバク宙でかわす。飛んだ体勢のままベニエ貝を飛ばす敵、イキはサザエで、ツムグは爪でそれを受け流す。再び切りかかる二人。ツムグは敵の隙を見て空いた胴に爪を打ち込む、が、背中で擬態したフジツボが胴の方まで侵食し、ツムグの一撃を食い止める。
「!」
ドッ!
杜若に殴られて十数メートル飛ばされてしまう。
「ぐぶ…え”…。」
打たれた左腕がひどく痛んで立ち上がれない。その間に海賊と王宮騎士との一騎打ちが行われる。二人とも両手に擬態させた盾と剣を交互に使い互いの武器を激しくぶつけてく。数手を打ち合い海賊がわずかなパフォーマンスの差でイキを後ろへ数メートルふきとばす。
転げる彼に飛び掛かる海賊をツムグはやっと立ち上がって犬の爪で食い止める。イキもすぐに立ち上がって加勢する。
「フン、貴様ら、そこそこ粘るがあと一分もすればこの船は海の中。となればエラが使えん犬の手の方は戦闘不能、ワカメ頭も一人でオレに勝つのは不可能。勝負が見えて来たな!」
ドゴォォ!
イキはサザエのガードごとゴロゴロとふきとばされる。ツムグも切りかかるが軽く片手で止められ蹴りの一撃でイキの方まで飛ばされる。
「う”…ぐぅぅ…。」
思いっきり蹴りを食らった腹を押さえるツムグ。
「さすがに主の護衛は手強いってか…だけど、僕も王宮の騎士を命ぜられた身、負けるわけにはいかない。」
再び立ち上がるイキ、ツムグもなんとか立ち上がる。二人同時に攻めかかる。
「フン、馬鹿共が。逃げていれば死なずに済むものを…あと三十。」
キン キン キィン
「あと二十。」
キュィン ギキン
「あと十、九、八、七、」
戦闘しながらカウントダウンをする海賊。
「四、三、二、一……キタァー、タイムイズオーバァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」
ベニエ貝を一気に飛ばして二人を後ろへなぎ払う。
「ん"、ツムグ!急いで逃げるんだ!船が沈む!!」
「でもイキさん…。」
「僕はエラがある、あとは一人で戦う!」
カサゴの擬態を首筋まで伸ばして赤いエラを生やすイキ。そのまま敵へ向かって行く。
―…、せっかくサトのお父さんの情報が得られるチャンスなのに…僕もあきらめられない!
ブワリッ
ツムグの白手から大量の白いモヤが溢れ出す。
「ぐ、…う”う”う”。」
あふれ出たモヤに体力が吸い取られていくツムグ。そのモヤに色彩を纏わせようとするがモヤはモヤモヤとうごめくだけで何の変化も見せない。
―たのむたのむたのむ…変われ!
強く念じる。が、やはり何の変化もないままだ。ツムグは消耗しドサリと倒れ込む。
―くそ、やっぱりダメだ。
赤の国でクロム金属に擬態して以来幾度か再チャレンジしてみたが、一度もうまくいかなかった。一発逆転を狙って擬態を試みたが結局ひどく消耗しただけに終わってしまった。
「ンン?そこの小僧、何か大きなカラーを使うように見えたがハッタリか?」
イキと戦いながらツムグの方をチラと見る海賊。
「ツムグ、まだいたのか!いいから逃げろ!」
「その必要はもうねぇ!」
『!!?』
ギャラギャラギャラギャラ
巨大な百足が後ろの入口から伸びてくる。イキはとっさに飛び退いて、敵は「ぬぅぅ!」と言ってガードした杜若ごと百足に押し飛ばされ向こうの壁に叩きつけられる。
―このカラーは!
入口を見るとこちらへ走ってくる二人と一匹がいて。
「サト、花、マツボ!」
「イキさん、舵取りを倒した、船はもう沈まない!ツムグはそこで寝てろ!!」
サトは百足と赤い右翼で、花は銀杏の左足の蹴りで敵を攻め立てる。そこにイキも参戦し3対1の戦いになる。これにはさすがの敵もおされていく。
―ふぅ、ふぅ…。
息を整えるツムグ。すっと目をつむり、ギンと左の碧眼を見開く。
サト、花、イキの猛攻にどんどん押されていく海賊。その頭上が一瞬にして陰る。はっとして上を向く四人。そこには、高く跳躍したツムグの姿があり。
ズバァァァァァァァァ!!!
「グジョアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
ツムグの一振りが敵の脳天を引き裂く。敵が被っていた帽子は破れて散り、切り裂かれた脳天からはドロドロとヘドロ液が溢れ出す。敵はガクンと膝から崩れ落ち、前のめりにばたりと倒れた。
技を決めたツムグの方を見て言うサト。
「おいしいとこ持ってきやがって。」
「はぁ、はぁ……うん。」
白い犬の手についたヘドロ液は、しゅうしゅう焼けてきれいな縹色となった。




