鯨船
おはなし3-8(51)
イキさんの話によれば、今青の国では僕らがこないだ寄った淺島の様に狂気に侵された島が多数あるという。その島々に共通することと言えば、どこの島にも狂気感染する前に大きな黒い帆船が泊まっていたという。青の国の調べでは、その船は鯨と呼ばれる古くからある怪船らしい。なぜそういう名前がついたかというと、黒くて大きいのと、その船は海の中に潜る習性があり、一度潜ると二時間海上には上がってこず海上へ上がるのはわずか二十分であるためそれが鯨の習性に似ているからだ。鯨は船長が未特定で、力の強い者から順に船長の座を奪い取っていくのだという。もちろん今の船長は不明。その船に乗り込み船の実態を探ることが狂気蔓延の抑制につながるだろうと青の国の王は考えているのだそうだ。今、国を挙げて船の出没ルートを探っているのだという。あと3、4日もすればルートが特定できるらしい。ツムグ達は「そんなに大事な任務、僕達でいいんですか?」と問うが、イキは「うん、大丈夫。これは事前調査みたいなものだから、少しでも情報が得られればいいんだ。」と答える。ツムグ達はしばらく青の都で待ちぼうけすることになった。
青の都の内部には、大きな川がいくつも流れており、それによって何個ものブロックに区切られている。ツムグ達が泊まることにしたのはいくらかある川の一つの川沿いにある旅人用のユースホテルだ。窓の外から川やそれを渡る船の景色が眺めれるのが魅力的だ。
「ほんと、蒼の国綺麗な街よね~。私もここに生まれればよかったな~。」
「ん、お前緑森宮大好きっ子じゃなかったのか?」
「あ、そうでした。私にはよい母国があったんだった。」
テヘっとおでこに手をあてる花。サトは小声で「いやかわいくねーよ」と呟く。
「ん、何か言った?」
「いや別に。」
「しかしあれやな~。わいら、ちょっと間ヒマになってしもうたなぁ~。」
「ああ、そうだな。」
「………。」
ツムグはぼうっと窓の外を眺めている。
「ツムグ、何ぼーっとしてんだ?」
「………。」
「おいツムグ。」
「え、何?」
はっとするツムグ。
「いやだから。」
「今何考えてたか当ててあげよっか!?」
花がずいっと前に体をのりだす。
「え!」
彼女は物憂げな表情で窓の外を見てツムグの真似をして言う。
「はぁ、綺麗だなぁ~。こんなところでさやなさんと二人きりになりたいなぁ~。」
「………!!!」
ツムグは意表を突かれて顔が赤くなる。
「ふふふ、図星なんだ~。」
ニンマリ笑う花。
「何でわかったん?」
「そりゃだってー、好きな人に会いたいって思うのは普通のことでしょ?」
「なるへそー。」
ぽんと手を打つマツボ。ツムグは恥ずかしそうに微妙な表情をして目線を逸らしている。
「…まぁ、ベタ惚れってやつだろ。」
「………。」
ツムグはコクリと頷いた。
三日後、ツムグ達はイキに連れられて都の港を歩いていた。港で小ぶりな船を選んでそれに五人乗りこんで櫂を漕いで都を立つ。櫂を漕ぐのはイキだ。
「イキさん、僕がやります。」
「いいや、あとで変わってくれたらいいよ。」
そう言って慣れた動きでトプントプンと漕いでいく。出発したときは晴れていたが、都から遠ざかるにつれ徐々に雲行きが怪しくなってくる。途中、ツムグと交代して計小一時間くらい漕いだ場所でイキがストップをかける。船は雲の下で波打つ低彩度の海の上をゆらゆらと漂う。
「次に鯨が出てくるのはこの辺りのはずだ。」
一同、しんみょうな面持ちで待機する。それから、二十分ほど待っただろうか、いつの間にか空の雲はかなり厚く暗くなっていて、波が急に荒くなる。空からは雨が降り出し、激しい気象に船にしがみつく一同。すると、前方の海の色がしだいに黒く濃くなっていく。ただならぬ予感に緊張感が高まる。ごくりとつばを飲むツムグ、その時、一瞬にして手前の海がはじけて大きなビル並みのバケツで水をぶちまけたかのような水しぶきが立つ!巨大な水衝音、目の前には突如として海底から姿を現した超巨大な黒い塊がそびえている。ぶちまけた水しぶきを大量に浴びるツムグ達。ずぶぬれになって目の前の巨大なそれを見上げる。それは全長百メートル以上はある大きな大きな黒い帆船だった。大きさだけでなく、年季の入り朽ちた船体が異様なまでの迫力を誇っている。
「おいおいおいおい、鯨にしちゃぁでかすぎねぇか!?」
あまりの迫力に叫ぶサトにビビるツムグ、花とマツボはアホの子のの様に口をあんぐり開けている。
「みんな、ロープの用意を!!」
『は、はい!』
ツムグ達は船に準備してあったカギ付きロープをそれぞれ手に取り、ブンブンと縦に振り回してブオンと大きく遠投する。カギ爪ははるか上の船の甲板へと食いつき、―船酔いでフラフラのマツボだけ届かなかったのでイキが代わりに投げてやる―イキの合図で皆紐をよじ登っていく。ミノムシの様にしてよじ登る僕らの横をサトは右腕を翼に変え悠々と追い越していく。僕らはぜぇぜぇ息を切らして船の上までたどり着く。船の上では飛んで行ったサトと悠々とロープを登っていったイキさんが待っていた。下を見るとはるか下の方でマツボがバテていたので花と二人で彼のロープを引いて引っぱり上げてやる。
「いいか皆、前にも言った通りタイムリミットは二十分。それまでに狂気感染に関わる何かを見つけられなければ皆海の底だ!急いで船中を駆け巡ってくれ!!」
『はい!』
僕達は事前に二手に分かれて探索をすると作戦立てていて、僕はイキさんと一番下の階から、花マツボサトは一番上の階から探索していくことになっていた。作戦通り二手に分かれて僕はイキさんと共に船内に入って一気に階段を下っていく。
「ツムグ、カラーを!」
「はい!」
僕とイキさんはカラーを纏って肉体を活性化、―イキさんのカラーは青緑系で、右腕が大きな赤いギザギザとしたヒレのあるカサゴの体に変わる。カサゴの胴はゴツゴツとしていて赤のベースに黄味の斑点がついている―身体能力を上げてあっという間に階段を下り終えた。船内は暗く迷路のように通路が張り巡らされていて人の気配は一切ない。
「片っ端から扉を開けて行ってくれ!」
「はい!」
僕らは走って僕は通路の右側を、イキさんは通路の左側の扉を開けて行く。部屋の中は普通の客室の様で長く使われていないように古く荒れて何もない。片っ端から開けて行く室内はどこも同じような内装をしている。活性化した肉体であっという間にフロアを回る。その階には目ぼしいものは何もなく早速上の階へ昇った。
「くっそなんだここ、全部同じ部屋じゃねぇか!!」
上の階から探していくサト達。上の階も下の階同様同じような扉の同じような船室ばかりだ。
「アカン、同じ景色ばっかで気持ち悪なってきた!」
「何マツボ船酔い?もうちょっとかんばって!」
「ひぃ〰〰〰。」
鯨に乗り込む前からとうに酔っているマツボである。目を巻かすマツボは必死に花とサトについていく。三人は同じ景色が広がる船内を駆け巡る。何も収穫がないまま時間は五分、十分と過ぎていく。花は息を切らして懐中時計を確認する。
「!もうあと五分しかない!!」
「ぜぇ、ぜぇ、んなこと言うてもどこも同じような部屋ばっかで__。」
「おいあれ見ろ!」
サトが前方、通路の突き当りを指差す。そこには今までの部屋番号の付いただけの簡素なものとは異なる黒いレリーフの施された豪勢な扉が。そこまで駆けていくが部屋には鍵がかかっている。
「チィ、めんどくせぇ!」
ブワッ!
白いモヤがサトの右脇腹から吹き出す。そこに赤色の色彩光が煌き巨大なトビズムカデの頭が飛び出す!
ゴシャァアアア!!
百足の一撃で大破する扉。そこに待っていたものとは…。
ツムグ達も下方階で海藻や魚介類がモチーフに造られたレリーフ状の扉を発見する。
「鍵がかかってる。退いて!」
後ろに下がるツムグ。イキはカサゴのヒレを武器に扉を横一文字に切り裂く。扉は真っ二つに割れ、ガラガラと崩れ落ちた。
「よし、行こう。」
中に入ると、中は広々とした空間になっており、壁にはボコボコと太い木の根が這っている。部屋全体はどこから光源が差しているのか薄青白い光が満ちていた。
「ここからはランプはいらないみたいだ。」
ツムグはランプを床に置き先に進むイキについていく。するとイキはすぐに立ち止まる。
「どうしたんですか?」
イキは左手でツムグを静止させ前方を睨む。見ると、部屋の色と同化して分からなかったが、よく見ると前方にボロボロのマントを羽織ったヒトが一人、部屋の反対側に立っていた。この船に来て初めて出会う人に驚くツムグ。ボロマントの男は枯れた声を出す。
「主の船を犯すばい菌め、ここで死滅せよ。」
男の後ろには一つ、より豪勢な彫刻の施された扉がある。
「なるほど、ツムグ、二分で片づけるよ。」
残り五分を示す懐中時計をチラと見て言うイキ。
「はい。」
頷くツムグ。たっと敵へ向けて駆けていく二人。
「ばい菌どもが。」
ボロ服ボロ帽子の男は、フック状の義手から白いモヤを出す。そして、
キンッ!!
義手の右手から生えた数枚のベニエ貝にイキのヒレの剣が、左肩が擬態したボコボコの杜若にツムグの犬の爪が止められる。ベニエ貝はオレンジの横縞に紫の線が入った貝で、擬態物は異様に大きく一つが一メートル弱もある。杜若は凹凸の激しい乳白色の貝で、かなり大きなそれがそれが彼の肩を覆うよう盾の様についている。近くで男を見ると海賊らしい帽子をかぶりいかにも船の乗組員らしいが、顔は骨と皮の様で死人のようにも見える。イキはすばらしいフットワークで敵に切りかかっていく。男の動きも良く軽快にイキの剣をさばき右手のベニエ貝を振り回す。ブンッと巨大な手裏剣の様に飛んでいく貝をすばやくジャンプしてかわすイキ。ツムグはしばらく二人の戦いに見とれていたが、はっとしてすぐに敵の死角へ回り込む。敵の背後で戦うイキと目が合うツムグ。頷くイキ。ツムグは敵の背中に切りかかる。すると、
ガキィィィ!
「!?」
ツムグの爪は白いモヤを吹いて突如出現した背中のフジツボに防がれてしまう。
――三種擬態…!
ぐっと歯を食いしばり再び敵に切りかかった。




