水都
おはなし3-7(50)
サァァァァァァァァ
波を切って進む船の音が心地よい。僕らは青の都へ向けて海の真っただ中にいる。今日は舟を漕がなくてもいい分、ゆったりと海上の絶景を堪能できる。空には白いわたあめが浮かんでおり、真っ青な空が映った真っ青な海には太陽の光がキラキラとビーズを大量に散りばめたかのように煌いている。
――ああ、海、久しぶりだな。
ツムグの住んでいたドングリ村は北へ進むと海に面している。小さい時はよくそこで遊んだものだ。その海をさらに北へ渡ると北海になり、白の国の領土となる。極寒の白の国とは対照的に南の国である青の国は熱帯地域だ。透き通る海に目を落とせば、色とりどりの不思議な模様の熱帯魚たちが楽しそうに泳いでいる。海は広く広大ではるか先の水平線にぽつぽつと点の様な島々が見える。僕たちはその小さな点の一つを目指して海を南東へと進んだ。
時間は経過し、空は真っ青なダークブルーになっていて西の方がまだほの赤い。空気は澄んでおりキラキラと暗くなりきっていな夜空に星々は輝き、空よりもほんのり明度の淡い紫灰の雲の隙間から黄色い月がこんばんはしている。空と同じ青暗色に染まった海は月の光で粋な乱反射を見せている。船が切る南国の風はかなり生ぬるい。これで風がなければすぐに汗だくになってしまうだろう。遠くに見える大きな水上都市には赤や黄と灯火が眩く滲んでおり、鮮やかな暖色光が深い青の夜空と対比していて何だか始めてくる土地なのにノスタルジーな気持ちになってしまう。街はどんどんと大きくなり、しだいに青の都がいかに大きいかが分かってくる。都の街は作者らの世界で言う中華街とヨーロッパの水都を足して二で割った様な容貌だ。朱色を主体にカラフルな色の瓦張りの建物には所々がバロックやマニエリスム、新古典主義などの西洋建築様式でカスタマイズざれている。赤、黄、緑、たくさんの提灯が街にかかっていて建築物の窓からの暖光と相まって賑やかそうだ。朱塗り柱に立派なカラフルな竜のいる鳥居―中華名称で牌坊といい、中華伝統の建築様式の一つである―をくぐり船は街に入っていく。建築物は皆海の上に建っていてそこはさながらヴェネツィアの街に中華街がくっついたといったところか。半中華街にはカラフルな電飾で縦文字の大きな看板がたくさんかかっている。行き交う人やお酒を飲む人、皆賑やかでまるでお祭りの様だ。しかし一つの文化様式としてうるさいだけでなくどこか落ち着きを感じるのは不思議だ、立派な木造建築にくっついている西洋風の白壁の不思議さと提灯やライトの温かな灯のせいだろうか。にぎわう街の遥か遠くに大きな朱瓦の城がそびえている。あれが蒼雨殿だろうか。蒼い雨と静かでメランコリンな字面とは裏腹に賑やか楽しそうで厳かなイメージの街と城じゃないか。
船は街の賑わいを横にどんどん水路を流れていき少し落ち着いた雰囲気の船着き場まで
いってゴットンと揺れて止まる。
「さぁ、長旅ご苦労さん。ついたよ蒼の都!」
「ありがとうございました。」
僕らは船乗りのおじさんにお礼を言って船を降りた。大きな鳥居が目の前にも立っていてそれをくぐって街に入っていく。街には人々の熱気とおいしそうな食べ物のいい匂いが漂っている。
「あ~腹減ったわ~、飯にしょ~で。」
「うん、そうだね。」
船旅の途中師匠から送られてきた淺島での報酬でお財布はいくらか潤っている。おいしそうなお魚の店を探して入り、立派な白身魚を食した後、宿を探してそこで眠りについた。
翌日、街の景色を楽しみながらふらふら歩いて大きなお城、蒼雨殿へとやってきた。門は固く閉ざされていたが、ツムグ達が着くと門がスルスル開いていく。
「!?」
まさかのVIP対応に驚く四人。入っていいのかしどろもどろしていると、後ろから紺のマントの四人組がやって来た。
―ああ、この人たちのために開いたにか。
殿の騎士と思しき彼らはツムグ達を横目に見ながら中へ入っていく。すると、最後の一人が彼らの前で立ち止まる。
「ん、君達、蒼雨殿に何か御用かな?」
僕らより五つほど年上の二十代半ば位の男が声をかけてくれる。
「はい、蒼雨王に尋ねたいことがあり、緑の国からやってきました。」
「へぇ!緑の国から、そりゃ御苦労なことだ。」
驚いてねぎらいの言葉をくれる。
「イキ、何してる!」
男の仲間が彼を呼ぶ。
「悪い、先行ってくれ!」
それを聞いて三人のマントは殿へと続く敷地内の道を歩いていく。
「さて、蒼の国へようこそ。僕の名前はイキだ。ここの騎士をしている。よろしくね。」
「あ、はい。僕は式彩紡って言います。マヨセンをしています。」
「紅里だ。」
「マツボ言いますねん。」
「銀杏花です!イキさん、彼女はおられますか!?」
やや興奮気味に言う花。確かにイキさんは褐色肌のイケメンでマントの下のラフな袖なしの作務衣もかっこいい。引き締まった肉体になんとも海の男といった感じだ。サトはハリセンで花の頭をひとしばき、メガネがずれる。イキは苦笑いをして言う。
「で、マヨセンさんがわざわざうちの王に何の御用かな?」
「はい、僕たち行方不明のサトのお父さんを探してて、その情報を蒼雨王が持っている可能性が高いので、伺いに来ました。」
「んん?わざわざ王に聞かなきゃいけない行方って、もしかしてお父さん、何かヤバイことしてた?」
「いや…。」
目を逸らすサト。
「ごめんごめん、分からないから来たんだよね。」
ごめんねと謝る笑顔が爽やかだ。
「分かった、じゃあ僕についてきてくれ。」
そう言って青年は殿の方を向いて僕らを案内する。僕らは彼について殿へと続く道を歩いていく。道は両脇を清い泉で挟まれており、まっすぐな長い長い一本道になっている。そこをつらつらと歩いていく間、イキは「どんな町を旅してきたの?」や「どんな仕事をこなしたの?」など質問をしてきて僕らはそれに答える。話しているうちに大きいが外門よりは小さい瓦屋根の内門にたどり着く。中に入ると、いきなり大広間になっており、中央に大きな噴水がある。光の差し込む大きな窓は中華風の直線の入ったデザインで、上を見上げるとはるか上の階まで眺めることができ、中華風の階と西洋風の階がランダムなミルフィーユになっている。僕らはイキさんに続いていくつかある階段の一つを登っていく。
「素敵ですね~。」
大きななどの一つはハイカラなことに中華風の直線区切りの窓に、四角く区切られた面がそれぞれ異なる色のステンドグラスになっている。そこから差し込む優しい光を見てうっとりという花。
「うん、この町は内も外も景観にかなり力を入れているからね。」
先頭を歩いている息が答える。ツムグ達が登っているのは他の階段よりも長くて三回まで伸びている。階段を昇ると中庭を囲うようにしてある四角い壁に沿っていくつも部屋があり、そのうち一つへと案内される。部屋の壁には「待合室」とある。なるほど、王に了承を得るまでここで待っていろという意味らしい。四人は部屋に入り、イキにうながされてふかふかのソファーに座る。
「じゃあ皆、リラックスしたままでいてね。」
『?』
イキはそういうと手を瞑想するかのように組み、目をつむって頭からモケモケと白い煙を出す。
―カラー!?
ぐっと身構えるツムグ達。が、
「あ、大丈夫、攻撃するわけじゃないから。」
目をつむったままで言うイキ。彼の頭はキラキラと深青緑に染まっていく。すると、ムクムクと彼のおでこは異常なほどに大きくふくれていき、リーゼントの様に成長する。
―?何だろこれ、………すごくダサい。
眉をしかめる一同。イキはふむふむと頷いて、そしてでこから白いモヤを吐いて普通の頭のサイズに戻る。
「なるほど、君達に悪意や邪心はないようだね。王と面会しても問題なさそうだ。」
『!??』
「今の、何だったんですか?」
花が問う。
「ああ、これは青の国に伝わるカラーの一つ、同種活性擬態だよ。」
「ドーシュカッセイ…何だって?」
「同種活性擬態。いわば、僕ら人間の持つ潜在能力を活性化させる色彩だよ。」
カラーにはそれぞれ狛犬や山鳥といった動物などに擬態するだけでなく、擬態物の特性をよりオーバーにする力がある(例えば、花の鈴のカラーが強い滅菌作用を持つように)。同種活性擬態ではそれが人間の持つ力に適応されるのだ。
「じゃあさっきのは脳ミソを活性化してたん?」
「その通り、君達の微妙な仕草や表情から君たちの心を読ませてもらった。で、君達に悪意はなかったってわけ。疑うようなマネしてごめんね、一応決まりなんで。」
「へぇー!そんなことができるんですね!青の国の人はエスパーって本当だったんだ。」
「アハハ、どうかな、ちゃんと心理学を学んでこのカラーが使えれば、誰にでもできると思うけど。」
「いやスゲーよあんた、さすが王宮騎士だな。で、早速で悪いけど王に面会頼んできてくれねぇか?」
「ああそうだった。じゃ、ここでちょっと間待ってて。」
そういってイキは扉を開けて行ってしまった。ふぅーとソファにくつろぐサト。部屋の壁には綺麗な街の風景画が飾られている。
「はぁ、イキさんかっこよかったなぁ~。」
花がため息をつく。
「お前、あーゆーのがタイプなのか。ワカメみたいな髪だったぞ。」
イキはセンター分けでウェーブのかかった黒髪をしている。確かにウェーブの感じがそれっぽいかも…。
「いいじゃない!海の男って感じで!」
失礼なサトに悪態つく花。それにしても、国それぞれにはその国に多い伝統的なカラーがある。緑の国は植物系が多く、赤の国では金属系、そして青の国は人の脳ミソ……大国が大国たる所以にはそれぞれその国に伝わる優秀なカラーがあってのことだ。
蒼雨殿最上階・王室
室内には、奥面の壁から流れる小さな滝から部屋全体に水路が這っており、天井は大きなガラスがランダムに張られていて、部屋から生えている数本のヤシの木が高々としておりその木が生えているところだけ円形に天井が無くて木が空へ向けて部屋を突っ切っている。中央付近には面白い彫刻に囲まれた噴水がある。彫刻はパインやハイビスカスなどが白い大理石でとろっととろけかけているような造形をしている。最奥の大理石の大きな玉座には、足のない子供位の小さな丈の少女の様な姿の生き物が座っている。彼女の肌は白く単純な直線からなっており、衣は薄ピンクの天女の羽衣の様だが質感が彼女の体と同じだ。実は体の一部なのかもしれない。頭にはハート型の肌と同じ質の触覚が一本生えている。顔は全て同色同質ということ以外はショートカットの少女そのものだ。それはイキの報告を聞いてふむふむと頷く。
「なるほど、その若者らは我と面会したいと言っておるのだな。」
声も少女の様な高くて可愛らしい声をしている。
「はい。」
イキは玉座の前に忠誠の姿勢で膝をついている。
「うーむ、どうしたものか…その者ら、マヨセンといったな。カラーはどうであった?」
「はい、一人は滅菌のカラーを、一人は邪系のカラー、もう一人はカラーを使えず、あと一人は対邪のカラーを持っています。」
「なるほど、使えそうなのが二人。よし決めた、例の件、そなたらに任せようかと思っていたが余計なリスクは孕みたくない。一度そのマヨセン共に任せてみようではないか。」
「!いや、しかし…。」
「異議を唱えるか?」
「は、少々危険すぎるのでは、彼らの身も案ずるべきです。」
「否、使えるものは使う。それが我の方針ぞ、異論は認めぬ。もし彼らが無事帰ってこられれば、我との面会を許そう。」
王は終始声色を変えずに言う。
「では、せめて私もついていきます。」
「…お主は失いたくない兵ぞ。」
「お願いします。」
頭を下げるイキ。
「……………フン、好きにせい。」
「ありがとうございます。」
「去ね。」
「はっ。」
イキは立ち上がり、うやうやしくお辞儀をして王の間を後にする。王はふーんとため息をついて玉座にもたれかかる。
「イキめ、生意気になりおったなぁ。」
ツムグ達が待っている部屋へイキは帰ってくる。
「どうでした!?」
花が問い、イキはやや苦い顔をする。
「君達にはある仕事をしてもらうことになった。」
「…面会との交換条件というわけですね。」
ツムグの言葉に頷くイキ。
「君達には“鯨”と呼ばれる船に乗り込んでもらう。」




