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色織  作者: 千坂尚美
三章 蒼雨殿編
49/144

脳片

おはなし3-6(49)  



「ぐ……あ…。」

どさりと倒れるツムグ。花はポロポロと左足から樹皮をはがす。

「花!?」

花はゆっくりとこちらへ歩いてくる。ぐっとツムグの胸ぐらを掴んで頭を持ち上げて、彼の顔面を殴りつける。

「グブッ!やっ、やめ、」

もう一発とんで来た拳を掴んで受け止める。

「花、どうした!?」

鼻血を垂らして言うツムグ。花は眼鏡の奥の瞳を冷たく光らせ鼻で笑う。

「ツムグ、あんたみたいなヘタレ野郎がさやなさんの弟子?っざっけんなよ。」

ぶんっと彼の体を投げて足で踏みつける。

「うぐっ!」

二発蹴りを横腹に食らい三発目を転がってかわす。

――急にどうした??さっきのあの変なヌメヌメのカラーが関係しているのか?

腹を抱えながら立ち上がるツムグ。

「花、しっかりしろ!」

しかし、花はくいと首をかしげて。

「しっかりしてるわ。寝ぼけてるのはツムグの方じゃないの?」

「?」

花は吐き捨てるように言う。

「私がいつまでもあんたの味方だと思ってた?バカじゃない、私がさやなさんの弟子になりたがってるのは知ってたでしょ。」

「……。」

「この島には知り合いはいないわ。あなたは気が狂った連中に噛み殺されたことにしてあげる。」

パキパキパキ

彼女の左足が樹皮を纏い硬化する。ダッと駆けてくる花。身構えるツムグ。とんでくる蹴りをかわし拳を受け流す。

――花が師匠に憧れてるのは知ってるけど、こんなことする子じゃない。明らかに何かがおかしくなっている。その原因がさっきのカラーというのなら、

ツムグは左腕に青い色彩を纏わせる。

「ごめん花!」

ドッ

彼女の体に犬の爪を突き刺す。う”っと動きを止める花。傷口から垂れるのは鮮やかな鮮血で…。

――!?普通の血…?

「はぁ、はぁ……い、たいな。」

僕は花の体から爪を引き抜く。

「え、なん…。」

目の前の友達を傷つけてしまい動揺するツムグ。花は軽蔑するような視線を彼に向ける。

「フン、私が襲ってきたのが、あの変なカラーのせいだと思った?自分はまともで私はどうかしてると…?」

皮肉めいた苦笑を見せる花。

「とんだ偽善者だな。」

ポタポタと血が彼女の体から垂れる。

――え、何で、確かに花が襲ってきたのはあのカラーを見てから、でも、僕の爪が効いてない、てことは花は本当に…???

「ああそうそう。」

花は思い出したというように言う。

「言い忘れてたけど、さやなさんがあんたを弟子に選んだの、別に気に入ったからじゃなくて他に候補がなかったからって言ってたわ。あんた、高校の時一人でマヨセン風情気取ってたって言ってたよね。そりゃ他になりたい若者がいないんじゃ、しゃーなしあんたを選ぶわ。」

「そん、え?…それ、師匠が言ってたの!?」

「そうよ。」

花の言葉がぐさりと刺さる。師匠が対邪のカラーを持っていること以外特に取り柄のない自分を何でわざわざ弟子にしたのかはずっと引っかかっていたことだった。しかし、今の様な答えが返ってくることを恐れて聞くに聞けなかった…それにもし肯定的な答えが返ってきたとしても、師匠が僕を落胆させまいと気を使ったのならそれは同様に嫌だったからだ。

「まぁさやなさんは優しいから、簡単に首を切るような真似はしないだろうけど、本心はどうか分からないけどね。」

そう、師匠は優しい。それ故に単なる気遣いの対象になっているのではないかと僕はいつも不安だ。

「さやなさんだけじゃないわ。」

花はさらに追い打ちをかける。

「マツボだって、あんたを慕っているように見えるけど、本当はカラーの使えない自分を見下しているんじゃないかと不審に思っているわ。あんたの皮肉めいた性格があの子を不安にさせるのよ。」

まだ続ける。

「サトにしてもどうかな。」

「?」

「あんたが旅に出るなんて言わなかったら、この前みたいに苦しくなることもなく今頃宮でりょうようできてただろうに。」

「で…も、旅に出て赤の国の祭りに出たり、他にも楽しいことがたくさん__。」

「それは結果論よ。」

動揺しながら反論するツムグに釘を刺す。

「あんたがいなければ…。」

こちらへ走ってくる花。とんで来た右足を防ぐが次の左足に蹴り飛ばされる。

「ぐべっ。」

「さやなさんは杞憂が減り、」

さらに追い打ちをかける花。ツムグはなんとか蹴りと拳を受け流していく。カッと光る左足、大きく樹木化した蹴りを白い犬の腕でガードし幹の威力で肉が削れる。う”っと顔をしかめるツムグ。すかさずとんできた花のかかとが顔面を直撃し地面に叩きつけられる。

「マツボは友達に不信感や嫉妬をせずに自由に暮らせる。」

花の拳を転がってかわす。起き上がりざまを蹴りでとらえられ大きく後ろへトバされる。蹴られた胸を押さえて苦しそうに起き上がるツムグ。

「サトは順調に療養生活を送り、」

蹴りを犬の手でガードする。

「私は目の上のたんこぶがなくなる!」

銀杏の木の大きなかかと落としを左腕を盾に何とか耐えるツムグ。衝撃に膝が地面にめり込む。

「あんたが生きてる意味って逆に何なの?」

擬態を解いた花の回し蹴りがあごに炸裂し体が大きく宙を舞う。カッと再び光る彼女の左足、大きな銀杏の幹がツムグの体に突き刺さる!

ズベボベボォウ!!!

「ほびゅびょあ”っ!」

全身から血を流すツムグ。ボトリとゴミが落ちるように地に落ちる。銀杏の木は綺麗な黄色い光の粒になって先端から溶けて消えていく。

ゼヒューゼヒュー…

ツムグは空気が抜けたような息をこぼす。花がこちらに歩いてくる音、頭の中は体の痛みと混乱した気持ちでいっぱい。

ど、どどどどーして…え、そな、ことない、はず、で、もでもどれもほんとうかもしれないしでもそんなことないはずでもやっぱりそうなのわかんないしふあんになるしえ、どうなのわかんないしわかんないどうしたらいいの、え、ししょまつぼさともでもさとごめん、でもげんきになてるよねよくわらうよになたしげんきにでもこないだくるしそだたしやぱぼくのせいぼくたびにでるていたからそれにそれにえとえとえとえとえとまままつぼはなもほんとおかしくないのおかしいのぼくなのまつぼそなことおもてないよでもぼくどんかんだからきづけなかたごめんごめんごめさ、し、ししょやだいやだおにもつはごめんずとふあんだたでもやぱりそうなのぼくやぱりいらないのはなほんとにぼくのことにくんでいやだたのいぬのてもきかなかたからおかしくなてないほんしんそねのやだけどでもいぬのてきかなかたどしてどーしてはなそんなこといやだみんなすきなのにともだちいしょにいてたのしかたのにそでもみなぼくいらないいやだひとりなちゃうまよせんどでもいひとりいやいやみなやめてはなやめてそなこといわないでほんとなのわかんないほんとなのほんとなのほんとほんとほえわかでほんえち、ちょいたいいたいくるしくるちいぱいでてくるしいたいいたいよいたすぎぎぎぎぎぎぎぎいたあぁああぁあああぁあぁぁああ”ぁいいたいしにたくないぼくいらないこそなのつらい生きてるのしんどい生きていけないよ一人やだ皆そんなこと言わないでそんなこと御持てるのか無し僕気付け中武ドズと心の中でそうじゃないかと心配しててでも楽しいから気にしないことにしててでもヤぱ理想だから僕一人に名ちゃうよこんな簡単に乾てしまうのか寂しくなちゃうのかこわれてしまうのかいやだいやださみしいよくるしいよいきていけないよやめてうでやめてやめてどすりゃいいいいのわかんないしんどいしんどいいやいやいやいや……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………



花の一撃がうずくまる僕の体に深々と突き刺さる。

「う”ぎゅパああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああぁあああああああああああああぁぁああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああ” あ”ああ” あ” あ”あ” あ” あ”ああ” あ” あ”あ” あ” あ”ああ” あ” あ”あ” あ” あ”ああ” あ” あ”ああ” あ”ああ” あ” あ”あ”!!!」

「……………ぐ、……むぐ、…ツムグ!!」

はっと目を覚ますと花が僕の体を揺すっていた。

「は………な?」

花はほっとして笑顔になる。

「急に苦しみだすからびっくりしちゃった。」

今までのことがウソのように優しい笑顔を見せる。

「花、…僕のこと憎んで…。」

「?何言ってるの。」

きょとんとする花。

――………あー、そうか、あのカラーでおかしくなっていたのは僕の方だったのか。それであんな幻覚を見て…。

気付けば体の痛みはほとんどなくなっており、傷など一切ついていないのがあれが幻であったことを物語っている。。寝ている僕を見下ろす彼女は上からの太陽で逆光になり、まるで西洋絵画の天使か女神の様に神々しく見えて、なんだか、

「天に召されるみたいだ。」

「んん???」

花はたくさんはてなを頭に浮かべる。とにかく良かったと言って、さきほどの黒い色彩を放つヌメヌメを睨みつける。

「ツムグがおかしくなったのも、この村の人たちがああなったのも、全部おそらくあれのせいね。」

ツムグはあちらを見ずに頷く。花が大丈夫なのは滅菌のカラーを持っているから、さっきもその手で僕に触れて救ってくれたのだろう。

「あれがいわゆる狂気を感染させている感染源ってやつなのかも。」

「感染源…か。」

「どうする?持って帰る?」

ツムグは首を横に振る。もうあんな幻覚は見たくない。

「分かった、ここでねてて。」

そう言って花は一人ピンク色のそれの元へと歩いていく。近くで見るとぐにゃぐにゃとシワの入った臓物の様でさらに気持ち悪い。

「うげぇ、気持ちわる、これってまるで脳ミソの一部ね。…フンッ!」

メキャ!

鈴塊の左手のパンチでピンクのそれを殴りつぶす。すると、さっきまでキラメイていた黒いカラーは消えさり、ピンク色のそれは単なるヘドロカスと化した。

「ふぅ、一丁上がり。」

 その後回復したツムグは花と共に島の人々の狂気殲滅せんめつにあたった。それが終わるころにはとうに日は水平線の向こうへと沈んでしまっていた。

 月明かりを頼りに舟を出して漕いでいく。

「はぁ~あ、疲れた~。」

「うん、疲れたね。疲れたし、今度こそ代わってくれないかな?」

帰りもまた櫂を漕ぐツムグ。

「えー嫌。」

―また即答か。

はぁとため息つく。

「ねぇツムグ、苦しんでた時のことって覚えてるの?」

―………。

首を横に振る。

「そっか。」

「ねぇ花。」

花は月を反射する水面を見つめながらん?と返す。

「…もし僕らが自分のこと嫌いになったらって、考えたことある?」

「え、嫌いなの?」

「うんう、好きだよ。」

「え、好きなの?」

「あー…。」

言葉とはむつかしい。

「そういうことって、考えたらいくらでもあるし、今楽しくやれてればそれでいいんじゃない?」

相変わらず水面を見たまま頬杖をついて答える少女。ツムグはうん、そっかと言ってまた一つ溜息をこぼす。

「ツムグ。」

「…何?」

「溜息ばっかついてると、幸せ逃げちゃうよ。」

目だけをこっちに向けて言う。

「………かもね。」

少し笑うツムグ。

「何それ、かっこつけてんの?」

「………。」

「そこはかもねじゃないんだ。」

呟いてまた水面に目をやる。ツムグは木の棒を回すだけの単調な動作で、広い紺色の水たまりを元来た港へ向けて進んでいくのであった。



「ほう、感染源な…。」

僕らは港町の空き家へと戻り今日あったことをサト達に話した。

「そうそう、ツムグもゾンビになっちゃうかと思ったよ!」

ゾンビのところを目を輝かせて言う花。

「変な本の読みすぎだなメガネ。」

「ふん、博学と言ってほしいわね。」

ない胸をはる花。

「吐く学?」

とうとうゲ○についての学問ができたのかと感心するマツボ。そんな小熊を横目で見てからサトは言う。

「その脳ミソみたいな物体は自然に発生したとは思えんし、誰かが何かの目的で狂気をあの島に振りまいたってことなのか?」

「うん、たぶんそ…ふぁ~あ。」

ツムグが大きなあくびをする。どうやらお疲れらしい。

「ま、この話はまた明日にするか。二人ともしっかり休めよ。」

うしろ髪の刈り上げをかくサト。

「うん、そうするよ。」

その日はかなり疲れたのか、横になった瞬間に眠りに落ちていった。



 翌朝、師匠に昨日のことを手紙に書いて伝書鳩を飛ばせる。旅支度をすませて最後にマヨセンの旗を腰にさして準備万端!

「おうおう、もう行ってしまわれるのですか?」

空き家の地下に住んでいるおじさんが床の扉を開けてこんにちわする。今日は両小指で両鼻をほぜっている。

「はい、次の仕事が待っているので。」

まだ未定だけど。

「ほぅほぅ、仕事熱心な若者じゃで。体に気を付けるんじゃぞ。」

「ありがとうございます、おじさんも気を付けて。」

分かったと言わんばかりにゲフッとげっぷをする。いったい地下にげっぷが出るほどの食料が眠っているのだろうか?まぁ、行ってみたいとは思はないが。それだけ食っていれば栄養失調の心配はない。

「またここへ来ることがあったら寄るんじゃぞ。」

「いやお前の家じゃねーだろ。」

サトがホームレスにツッコミを入れる。

「じゃあ失礼します。」

「ばいばーい。」

「ばいなら~。」

皆でお別れを言って船乗り場へと向かった。

 今日もサンサンの太陽の元で、船乗り場には大小さまざまな船が泊まっていた。乗り場の窓口でチケットを買う。それを指定の船のところまで持っていき船乗りのおじさんに見せる。

「おう、蒼雨殿までだな。任せてくれ!」

乗れ乗れという指示に従って五人乗りくらいの小さなボートに乗り込む。船はエンジン音を立てて早速出発だ。都のある島までここの港から直通で行けるのだ。

「いよいよ蒼雨殿か。どんなところだろ?」

「さぁな。」

「え、蒼雨殿と言えば水上都市の絶景で有名じゃない。」

「そうなのか。」

「うまい魚食えるかなぁ~?」

ザァァァァァァァァァァァァァァ

四人それぞれの期待を乗せて船は軽快に波を切り、心地良い潮の音が響いていた。


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