鈴鳴
おはなし3-4(47)
暗闇の中でアヒルと人を足して二で割ったような生き物が、二匹でドンチャン踊り狂っていた。
「あれは、アヒトルや!」
「アヒトル?」
そういう名前の生き物らしい。上半身がアヒルで下半身が人間だ。
「ちょっと川島さん、何やってるの!?」
川島さんと呼ばれた二匹はこちらに見向きもせぬまま踊り狂い続けている。
ドンチャンドンチャン!
あらゆる家具や器を楽器にしていてかなりうるさい。
「あ…ガ……アア…アアアア………オイ、テメェら…その音マジでヤメロ!!」
サトは整ったおかっぱをぐりぐりとかいてぐしゃぐしゃにする。
「サト、大丈_。」
「ア“ア”ア“ア”!!ザッけんなぁ!!!」
叫び声と共にギラギラと赤い色彩が彼の右腕を包む。
「サト!」
「おぅぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇええええええええええええええええええ!!!」
アヒトルへ向かって飛び込んでいくサト。その足を掴んで食い止めるツムグ。
「待って!落ち着けサト!!」
「うるせぇえんだよぉおぉおおおぉおおおおお!!!」
叫ぶサトに二匹はやっと踊りを止めてこちらを振り向く。
「グエ?何だキサマら勝手に人ん家に!!」
「グエえ?せっかく気持ちよく踊っていたのに!!」
「うるせぇええええええええ!!!」
グオングオンと暴れるサトを必死に引っぱり戻そうとするツムグ。
「何がキモチよくよ!こちとらいい迷惑よ!!」
「せやで!ドンチャンうるそうて眠れへん!!」
「クエクエクエ!Oh―yeah!ぶっとバスBusBATH!!」
「ぶっとBasVUS!!」
ぶわり!
アヒトルの羽から白いモヤが吹き出る。それは卯の花、鳥の子、アイスグリーン、ファウンテンブルーと色を変え、色彩のコントラストを作り出す。
バサァ!
アヒルの羽は大きな白鳥の首と化す。
『グエグエェ!!』
二匹同時にとびかかってくる。
カッ!
サトの右腹部が激しく赤く燃える。
ギャルギャルギャルッ!
腹部からは黒い体の大ムカデが飛び出し、二匹同時になぎ払う。アヒトルたちはグエッと悲鳴を上げて部屋の奥の壁まで吹っ飛ばされる。サトは吠えて百足はグオングオンと暴れ狂う。
「オ”オ”オ”オ”オ”ウルセエッテンダ……ヨゴォォオオオオォオオオオオオ!!!」
勢いよく伸びていくトビズムカデ。百足の一撃がアヒトルの一匹ごと壁を破壊して野外へ吹っ飛ばす。
「グ…グエエエエエ!」
もう一匹が果敢に迫ってくる、が、すばやくしなる百足に天井へとメリ込まされて気絶する。
「ヨォゥシ!トドメェェ!!!」
気絶しているアヒトルへ百足の頭を放つ、その時、
バキィィ!!
百足の頭をはじきとばす白い犬の手。
「ツムグどけぇ!あいつらぶっ殺す!!」
「ダメだ!」
「イヤだイヤダ、あたまンなかぐちゃぐちゃするんだよぉうっっっ!」
頭をおさえるサトに百足はブンブンとのたうち回る。それが当たらないようにおばさんを避難させる花とマツボ。
「邪魔すんなぁ!!」
百足の頭がツムグへ向けて放たれる。ジャンプでかわすツムグ。外れた頭はガッと奥の地面に食いつきサトはギャルギャルと百足を腹にしまう勢いで突っ込んでくる。
「退けっ!」
猛スピードのサトの羽に白手のガードははじかれ横の壁に叩きつけられるツムグ。すぐに立ち上がるが百足の頭が彼を押しつぶしノックダウンしてしまう。
「アハハハハハ!よぉうし、これでやれる!」
翼を広げて笑うサト。そこへ鋭い樹木がとんでくる。
「!」
ドギャラアアアアアアア!!!
押し寄せた樹木に吹っ飛ばされる青年。ゴロゴロと砕けた家の木片の上を転がる。
「グッ、ガハッ。」
痛みで吐血するサト。木が飛んで来た方を細目を開いて見る。そこにはぽろぽろと樹皮を左足からはがす花の姿が。
「サト!しっかりしろ!!」
「ハ…な……あ、な……ハナ…な……な…なななナッアッ、アッ、アッ、アアアアア!!!」
グオオ!と百足を振り回して立ち上がるおかっぱ。
「チッ、まだ目ェ覚まさないか。」
足に黄色いカラーをためて再び樹木の蹴りを繰り出す花。それを百足を蜷局巻かせてガードするサト。折れた銀杏の木が激しく弾き返される。
「キキキキェェェェェェェェェェエエエエエエエ!!!」
翼を広げて飛んでくるサト。花は左足の質を木化させて赤羽を蹴りで食い止める。
「ガアアアアア!!!」
サトは叫んで足を払い、羽を振り回し、花は素早い身のこなしでそれをさばいていく。周りでは、知らぬ間に何だ何だと夜中に出て来た人たちでギャラリーができている。おばちゃんの旦那さんも隣の騒ぎに出てきて夫婦で戦いを見守る。
「あんさんら、誰か戦えんの?サトはん止めてほしいんやけど。」
「無理無理、あんな激しい戦いに首突っ込めないよ!」
誰も止める人がいないままサトと花の戦闘は続く。
「いいかげんに、シロッ!!」
ドッ!
樹木を放つも百足にガードされてしまう。
「はぁ、はぁ…。」
――まずいな、すでに五回木を放った。サトのダメージは最初に決めた不意打ちのみ…あと一発か二発で決めないとカラーが…。
そこにとんで来た百足が花をなぎ払う!
「ぐあっ!!」
数メートル吹っ飛ばされる花。激しい攻防に砕けた家の壁を越えてギャラリーの取り巻く野外へと飛ばされてしまう。
「ウッ…エッ……イ、ヤダ、イヤダ…アナワナカマ、ナカア、ナマママ……。」
頭を抱える青年の周りをブオンブオンとトビズ百足はのたうち回る。
「おい、サト、私達一緒に旅してきただろうが。思い出せクソバカッ!!」
這いつくばったままで叫ぶ花。
「ウ”ギュ?タ……びぃ…び、B-、そ、た、び、た、び、び、い…。」
「そう、旅、してきた。だから、落ち着け。」
「びょ、びよよ、び、タビ、お、…びお、お”ご、びご、ごごご、ごほほほぽ、おゴ、ぉおおオォオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
戦慄の雄叫びにさらに猛威を振るう百足が完全にアヒトル宅破壊してしまう。
「ちっ、糞馬鹿が…。」
よろよろと立ち上がる花。パキパキと左足に樹皮を纏わせる。
――カラー消費の少なこれで近距離で決めるしかないか。
大きな木を放たず足のサイズのまま木化させるだけならカラーの消費は少ない。近距離戦に持ち込み最後の大技を確実に決めるのが花の狙いだ。さっそくダッシュで距離を詰める花。サトはムカデを伸ばして攻撃してくる。大振りの攻撃をかわす花。さらに距離を詰めるが不規則にしなる百足にはじかれる。直撃は避けた花は受け身をとって立ち上がる。
「その気持ち悪い虫、邪魔なんだよおおお!」
とんで来た百足をジャンプでかわし左のかかと落としで百足の胴を根元からへし折る!右手の羽を振り回そうとするサトの右肩を押さえて羽の自由を封じ、渾身の拳を彼の顔面へと放つ!その時、
「ごぶっっ。」
突如とんで来た百足の頭が彼女をもろにふきとばす!激しく地面を滑り強く頭を打ち付ける花。
――………え”、ぎいてない、ねもとへしおっても、うごくとか、あんぞく…。
「ぐっちゃらぐっちゃらごわいごわい、きみみみこわいなこあいしころろころころころしちゃいう。」
根元を折られ尚も動く百足の牙の先端が花に向けられる。
――……あ”-も”-、せっかく仲良くなってきたと思ったのに…、
ぎゅっと地面の土を握りしめる花。
「ふ、ざけんなよおかっぱ。トチ狂ってんじゃねーぞおおおおお!!!」
「うぎゃらぱああああああああああ!!!」
花へ向けてとんでくる百足の頭。花はとっさに目をつむって腕で頭をかばう。
ゴギン!!
「ギュ、グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
ガードした左腕に激痛が走る。
「ア”ア”ア”ア”ア”ア”、ア…つい……あついアツイ熱いィィイ!!!」
シュオオオオ
悶える花の左でからはシューシューと激しい煙が上がっている。打撃のはずの百足の攻撃に何故煙が立つのかとギャラリーは何が何だとざわつき始める。
「花はん大丈夫かいな!!というか、サトはんの攻撃ってあんなに熱かったん?」
いや、そうではない。それなら今までの攻撃で分かっていたはずだ。徐々におさまる腕の煙に、中から現れた彼女の左腕は肘から下が銀色でぽこぽこと丸みを帯びた金属が連なった様なものになっていた。
「う”…う、こ、れは?」
左手の熱は煙と共に退いていく。銀の粒の塊と化したその手はまさしく、
「新しいカラー?」
「あれ、あれれ、あれれれぇぇぇぇえ?」
見ると、防いだサトの百足の頭は、ドロドロと溶けてケロイドになっていた。サトは自分の擬態物を見て首をかしげている。
――!このカラーの効果か?
「お菓子、おっかしいなぁ、うぎ?あかはか、あかかかかぱ――――――!」
ギュオンと伸びてくるケロイド頭。花は擬態した左手でそれを受け止める。すると、百足は当たった個所が瞬時にとろけてしまう。それにはギャラリーもおお!と驚く。
「なんでぇ、なんで、なんでぇぇぇぇえぇえぇぇぇえええぇええ!!?!?!?!」
サトは変な声を上げたまま羽を広げて突進してくる。花はぜぇと息を吐いて左手を構える。残りの体力を振り絞り青年に拳を放つ!
メキィ!!!
赤い羽と金属、両擬態物がぶつかり合う!すると
「あ”、あ”…あ”づい、あ"づい、あ“づぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっい!!!」
サトの羽は彼女の手に触れた個所からじゅうじゅう蒸気が立ち、汚い色をした液体となってこぼれ落ちていく。
「う"、う”う”う”……は…は、な……。」
赤い羽は塵と化し、百足の体は蒸発し元の人間の体へと戻るサト。彼は眠るように目をつむり、ふらっと花の体に倒れ込む。花はそれを抱えて受け止める。気を失っているサト。地面では蒸発するヘドロ液が徐々に綺麗な緋色へと変わっていっている。
――これは、ツムグのと似てる。
すると、それを見ていたおじさんの一人が口を開く。
「あれは鈴だな。」
マツボはそれを聞いて首をかしげる。
「何て?」
「いや、うち小物売り何でよーく分かるが、あれは仕入れてくる鈴のかねそっくりだ。鈴には滅菌作用もあるんだ。それがあの子のわるーい菌をやっつけてくれたんだな。」
なぜかしみじみ言う小物屋のおじさん。
「菌…?」
花はサトをその場に寝かせてギャラリーに謝る。
「皆さん、夜遅くにお騒がせしてすみませんでした!」
深々とお辞儀する花。ギャラリーたちは「終わった終わったー。」「は~眠~。」などつぶやいて自宅へと解散していく。
「ん、……ん?」
今頃目を覚ましたツムグは事態が収拾していることに気がつく。
「サト!良かった、おさまったの?」
花は血だらけの顔を向けてまぁねと頷く。彼女の傷を見て相当厳しい戦いであったことを悟る。
「痛~。」
殴られた所を押さえながら立ち上がる。泊めてもらっている家のおじさんが走ってきて肩をかしてくれる。
「すみません。」
「いやいや、こちらこそ何もできなくてごめんな。」
「いえ……ところで、」
「?」
ツムグは気になっていた問を尋ねる。
「あのアヒトルたちは前からあんなんだったんですか?」
すると、
「いやぁ全然、二人とも真面目な夫婦だったよ。」
「ええ!?じゃあ何で急に。」
疑いの眼を向けるツムグ。
「うーん、なんでかなぁ……あ、そういえば彼ら、つい先日まで一週間ぐらい淺島にバカンスに行ってた、みたいだよ。そこで精神解放しちゃったのかなぁ。」
――ん、淺島?どっかで聞いたことがあるような、ないような…。
その後サトを家に運び、淺島が何だったかその日は思い出せないまま悶々として眠りについた。




