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色織  作者: 千坂尚美
三章 蒼雨殿編
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洽村

三章登場人物


式彩しきさい つむぐ…十九歳。一流のマヨセンを目指して修業中。赤の国にて新たにクロム金属のカラーを習得した。


マツボ…二等身のクマで目の下のクマがひどい。関西弁で面白いやつだが禁句を言われると暴走してしまう。


銀杏いちょう はな…十七歳。ツムグと共に旅をする明るい性格の眼鏡っ娘。左足を銀杏の木に擬態させる。


くれない さと…十九歳。ツムグと共に旅をするおかっぱ青年。口が悪くうるさいところが苦手。右腕を山鳥の翼に擬態させる。


果重かじゅう 彩菜さやな…十九歳。ツムグの師匠で緑森宮の最年少幹部。才色兼備のスーパー美女。


いき…蒼雨殿の騎士。心理の術やカサゴのカラーを使う若き実力者。


れん…蒼雨王。少女の様な見た目で、心理の術を極めている。


よい七晦冥しちかいめいの最後の生き残り。戀の師で人の心を操る術を持つ。


くれない くに…里の父。五年前、ある任務に失敗し消息を絶つ。

おはなし3-1(44)  


 蒼の国で最初に一行が着いたのは、あまね村という村だった。ここは山の盆地にあたる村で、大きな湖があるのが特徴。民家は皆古く、ぼろい木造。さっそく街角でお客を探し始める。

「ねぇ、この村さぁ。」

花がやる気なさそうに言う。

「うん。」

「全っ然人いなくない?」

「………。」

辺りを見回すツムグ。確かに、この町に入ってから、ほとんど人を見ていない。今も、人通りが多そうな道にいるのに、全くといっていいほど人気がない。たま~に通った老人が好奇の目を向けるくらいだ。

「すげぇ過疎だな。」

「せやな~。都会に一極集中の風潮はどこの国も同じなんやな~。」

「世知辛いですねぇ~。」

「うん。」

ぼうっと湿度の高い霧がかった空を見上げる。

「まぁ最近歩きっぱなしだったし、疲れがとれていいんじゃない?」

「せやな~スピー。」

マツボは早速お昼寝モードに突入する。今、季節は冬真っ盛りだが、蒼の国は南の国。入ったばかりとは言え、幾分過ごしやすい気温に変わっていてお昼寝には最適。それでもまだほんのり寒くて、町全体にシューシューと霧が立っている。湿度は極めて高い。そのせいで視界は悪く、全体が白んで見える。

「今日も仕事とれないかなぁ。」

はぁ、とぼやくツムグ。マヨセンの仕事は道中でもあまりとれなかった。それだけ世界が平和だと思えばほほえましいが、さすがに体がなまってしまいそうだ。隣で花がうーんと伸びをする。

「あ、そうだ。暇だしサトのお父さんの似顔絵描こうよ~。」

「ん、似顔絵?」

「うん、人探しといえば似顔絵でしょ?」

「ああ…。」

確かに、何で今まで気づかなかったのだろう。まぁ、大事な発想は時にほっと安らいだ時に訪れるものではある。

「珍しくまともな意見だな珍獣。」

サトはそう言って自分の風呂敷から紙とペンを取り出す。

「いやいや私はいつもまともですから。」

カチャリとメガネを触る花。……珍獣のところは否定しないのか…。サトは早速かきかきとペンを走らせる。

「うーん、こんな感じか?」

「どれどれ、見して見して。」

花とツムグは絵を覗き込む。直後、二人の顔面の穴という穴が大きく口を開いた!

「な、こ、これは……!?」

そこには目と鼻の位置が反転しており口が左右に大きく裂け、輪郭はアメーバのようにぐにゃぐにゃでその輪郭からへろっへろの毛らしきものがしょげしょげと上下左右関係なく無左座に生えた、おそらく別の惑星の生命体と思われる物体が描かれていた。

「あ………お…………おう。」

こくりと頷くツムグ。

「え、サトって人の子じゃなかったのね。」

辛辣しんらつな感想を述べる花。

「は?なに訳の分かんねーこと言ってんだよ。」

「だって、それ人じゃないし。」

「ああ?どう見ても俺の親父だろうが!!」

いや、確かにサトの親父さんを見たことはないが、多分、そんな顔ではないはずだ。

「もういい、私にかして!」

花がサトから紙とペンを奪い取る。

「特徴言って!私が描くから!」

「いやいや、俺ので充分だろ。」

ちょっと待てよと真顔のサト。

「十分じゃないから言ってんのよ!」

「はぁ?なんか…釈然としねーが、まぁいい。えーとだなぁ、目は俺の目そっくりだ。鼻は鷲鼻で高くて、口はうーん、…薄かったな、ああ、厚さな。髪は真ん中で分かれてて黒の長髪で耳は隠れてた。眉は細いへの字に輪郭は面長、…ああ、あと左のでこに大きな傷があって縫合した跡がある、これ重要な。ん?歳?えーとあん時四十ちょっとだったから…五十前だな。」

花はサトの言葉に頷きながらかきかきとペンを動かしていく。

かきかきかきかき…。

「できた!」

バッと完成図を掲げる花。直後、サトとツムグの眼が皿のようにひん剥きカッと充血する。

カタカタと震えるサト。

「お……お………おま、これは……!?。」

花の絵は少女漫画の様な大きなお目目にぱっちりまつげ、しかし、少女漫画にあるはずの瞳の輝きは一切なく、白目はおろかその目は全てが漆黒で満たされている。鼻は異様に長くて水道の蛇口の様な形をしており、口は毛虫を描いたと言われればすごいねと褒めたくなるような出来だ。髪の毛は黒く伸びやかなタッチで描かれておりなかなかいいが、この絵を一番恐ろしいものにしている一番の原因はあごだ。細く長い顎が頭と同等の長さで下に伸びており、先は割れていてケツアゴ。長い顎がこの生命体の体でケツアゴのケツの部分が可愛い足の様にも見える。

「おい、お前、人間の言葉は理解できるよな。」

「?なんで言葉の話になるの?」

「いや、なぜ今の説明でそうなったかと聞いているんだ。」

「なぜって、ん?上手でしょ?」

きょとんと首をかしげる花。

「そう言い切れるお前はすげぇよ。」

サトははぁっとため息をついて、最後に残された彼の方を見る。花も彼にペンを差し出して、

「ツムグも描いてみなよ~。」

そう言ってくる。ツムグは二人の圧倒的芸術センスを目の当たりにし、とても自分が太刀打ちできるとは思えない。

……なんで僕が最後なんだ。

彼は負け戦に臨む気持ちでしぶしぶ紙とペンをとる。

えっと、…なんだっけ、確か目はサトにそっくりで、鼻は…。

ツムグはさっきのサトの説明を思い出しながら少しずつペンを進めていく。がんばって描いているツムグの方を花とサトは興味津々に見つめている。

かきかきかきかき

「うーん………よし。」

ツムグは描き終えてペンを置く。二人はまじまじと彼の絵を覗き込む。すると、

「うめぇ!」

「うまっ!」

サトと花は口をそろえて驚く。

「おいツムグ、こりゃ親父そっくりだぜ!悔しいが、俺よりうめぇ。」

「うん、私のも似てると思うけど、多分もっと似てるわね。」

感心して頷く花。ツムグは二人の絵には到底及ばないと思うが少なくとも人間らしくは描けたと思う。事実、彼の絵は目鼻口の形がしっかりとれていて、髪の毛の質感やしわの表情などなかなかにリアリティがありよくできている。

「おっしゃ!この絵があればすぐに手がかりが見つかるぜ!!」

「へぇ、ツムグ絵上手かったんだ。ま、なんかナイーブな感じだもんね。」

ナイーブ=絵が上手いはあくまで花の持論である。二人に褒められて照れるツムグ。

「よーし、早速この絵を人に見てもらいたいところだが…そうだった、この町過疎ってたんだ。ちゃんと人住んでんのか?」

サトは辺りの民家を見回す。人はほとんど見かけないにも関わらず、この町には民家が建ち並び、別に風化もしておらず、何だか不気味な雰囲気がする。

「んー、皆出不精なのかなぁ。ちょっと歩いて探してみる?」

「うん、そうだね。」

三人はふらふらと街を歩いて人探しを始めた。霧の立ち込める街、人気のない街、ボロい木造でタイル張りの民家たち、不気味な空間をきょろきょろと歩いていく。八百屋や肉屋さんを発見するが、客はおろか店員さえも姿を見せず、開いているのか閉まっているのかよく分からない。しばらく歩いていると、魚屋からおじさんが一人出てきて僕たちと目が合う。おじさんは僕の腰に挿している旗を見てこっちに駆け寄ってくる。

「あんた達、随分若いけどマヨセンなのか?」

まじまじと僕らを見るおじさん。

「はいそうです。」

「若いからってナメないで下さいよ。腕は確かですから。」

花は力こぶポーズをして二の腕をポンポン叩く。

「そうか、それは良かった…だが、ああ、どうかなぁ。」

おじさんは物憂げにうつむく。

「どうしたんですか?」

「いや、実はな、あー君達、ユウレイ退治なんてできないよな?」

「え、ユウレイですか!?」

「え、ユウレイですか!?」

同じセリフだが僕は嫌そうに、花は嬉しそうに答える。

「そうなんだ。最近、この街にユウレイが出るって噂がたって、皆外へ出たがらないんだ。お陰で商売上がったりだよ!」

おじさんはやっと言いたかったセリフが言えたように懸命に訴える。

「でも、噂なんだろ?」

「いやいやそれが、見たって言うのが一人や二人じゃないんだよ。たくさん目撃者がいてその特徴もみんな一致しているんだ。」

「どんな特徴なん?」

「なんでも、足が無くて長~い髪をした白い服の女だそうだ。」

『………。』

「めっちゃベタやん!!」

マツボのツッコミ通りかなりベタな特徴に逆に驚く一同。

「どうかな、ユウレイ追っ払ってやくれないか?」

「えっと…ユウレイは専門外 _。」

「分かりました!」

断ろうとする僕を遮って花が了承する。

「ユウレイを追っ払えばいいんですよね?やれるだけやってみます!」

「花!?」

「本当か!ありがたい、ありがとう!」

喜ぶおじさんを見て僕は断れなくなる。

「で、で、目撃されたのはどこですか?」

ウキウキで尋ねる花。

「ああ、一番目撃情報が多いのは街の西にある洽墓地だ。やっぱユウレイだし、お墓が好きなんだろうな~。」

急にのんきそうに言うおじさん。

…え、墓地…ですか。よりによって…そりゃやめようよ~。

先ほどの反応からも分かるように、僕はお化けが苦手だ。そんなお化けが一番輝ける聖域、墓地にいるだなんて最悪じゃないか。

「あの、やっぱり…。」

「分かった。なら報酬は銀貨八枚、いいな?」

今度はサトが遮る。

「八枚かい?ちょっと高いなぁ。」

「何言ってんだ、ユウレイ退治は中でも難しい仕事だ。それに、客が来なけりゃどの道赤字だろ?」

「んー、確かにそうだなぁ…。よし、分かった、じゃあ銀貨八枚で頼んだよ!」

「よし来たまかせとけ。いくぞお前ら。」

サトと花は勇んで西へ向かいその後をマツボが追っていく。

…そんな、サトまで乗り気だなんて…というか、何出鱈目でたらめいって金巻き上げようとしてんだよ。

ユウレイなんて退治したこともないし、もちろん見たこともない。



「あのさ、やっぱり、やめようよ。相手はユ、ユウレイさんだし…。」

墓地へと向かうツムグ達一行。ビビるツムグにサトはというと、

「バカが、幽霊なんざいる訳ねーだろ。なんかトリックがあんだよ。何の目的で誰がしてるか知らねーが、そいつをぶっ倒しておっさんから金を巻き上げるぞ。」

僕らの仕事は内容にもよるが大体一回の依頼で銀貨三枚から四枚、サトはその倍の金額をしぼりとろうというのだ。しかし、花の意見は違うらしく、

「何言ってんのよ!幽霊が本当にいるかもしれないのよ!おもしろいから行くんじゃないの?」

単なる興味本位らしい。

「でも花、本当に幽霊が出たら追い払えるの?」

「ムリ。」

「え?」

「幽霊いたらラッキーって。おじさんにはダメでしたって謝ればいいじゃない?」

そんな無責任な…。

「まぁ心配しなくても俺がぶん殴ってやるよ。」

いや、ぶん殴れる相手ではないから心配しているのだが…。

「お、着いたで。」

マツボが指さす。眼前にはたくさんの墓石が立ち並んでいた。霧が深くまで立ち込めていて遠くまでよく見えない。

「っし、行くか。」

サトが先頭で墓地に足を踏み入れる。花は音符マークを飛ばしてルンっと後に続く。

「いくでツムグはん。」

「う、うん。」

気楽に言うマツボに続いて僕も入っていく。辺りを見回しながら少し歩くと、僕たちはすぐにある違和感に気付いた。

バリガリガガリガジャシガシガリ…。

奇妙な音が霧の向こうから聞こえてくるのだ。目を凝らすと、霧の中に誰か人影が見える。立ち止まる僕達。

「あいつみたいだな。」

僕らの目の前には足の膝から下がない白服黒長髪の女がモゾモゾと蠢いていた。



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