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色織  作者: 千坂尚美
二章 紅灼城編
42/144

閉祭

おはなし2-16(42)  


 決勝トーナメント決勝戦が開かれた。観客席につくと、久しいキャラクターと出会った。白装束に身を包んだ老人。赤の国に入った時に出会った教会の神父だ。そもそも僕たちがこの祭りに参加することになった発端はこの人だ。

「やぁやぁ三原神の使いの方々よ、久しぶりですなぁ~。」

神父は顔を真っ赤にしていて、幾分かふらついている。

「久しぶり、じゃねーよ。あんた、今まで顔見せずに何してたんだよ。」

「いやはや、もちろん祭りの観戦をですなぁ~。あなた方のすばらしい活躍も拝見させていただきましたよ……ィック。」

「顔くらい見せに来てもいじゃない。」

「いやぁ、そうしたいのも山々だったのですが、何分神父仲間との交流が忙しくてですな~。」

神父はぷ~んと酒臭い。

――交流って…要するに飲んでたんだよなぁ、のんべぇか。

交流という言葉ではごまかせないほどにふらついている。というか片手に酒瓶を持っているのが何よりの動かぬ証拠だ。

「では私はこの後も交流(・・)がありますので。皆さん、ごきげんよう〰〰ヒック。」

ふらりふらりと交流(・・)をしに去っていく神父であった。

 決勝はタミたちのチームと、都大学の騎士予備軍の精鋭達との一騎打ちだ。ちなみに触れていなかったが紅灼祭に王宮騎士は参加できない。それだと結局騎士同士の戦いになってしまい面白くないからだ。タミが勝利し、ワザワが敗退。一勝一敗で向かえた最終戦。都大学のエースは一回戦のレースでも活躍を見せたノロシという選手で、サトを戦闘不能に追いやったタミチームのエース、アラタカとの勝負だ。ノロシのカラーは、千年前から天馬と呼ばれてきた汗血馬かんけつばという屈強な馬だ。取り付いた寄生虫に吸血されることで狂ったように血の汗を流して走ることからその名がついたと言われている。屈強な力とスピードで完全体となったアラタカと互角の戦いを見せ、一時間にもおよぶ激闘の末紙一重でノロシが勝利を掴んだ。彼の勝利により上には上がいると思い知らされたツムグ達であった。

 戦いが終わってすぐに、閉会式というものが行われた。四強に入ったツムグ達は、大きな舞台で表彰してもらい、多くの観客たちに見守られての表彰は、とても心晴れやかなものだった。紅灼王の閉祭の挨拶を聞き、最後にアナウンスが長々と大会を締めくくる言葉を述べていたが、晴れやかな気持ちで頭がぼーっとしており、ほとんど頭に入ってこなかった。



 閉祭式が終わり、はけていくいく選手たちの中からタミたちを探して引き止める。

「タミ、おしかったな。」

「兄貴。」

サトの声に振り向くタミ。

「いや、初出場でこれだけやれりゃいい方だろ。」

相変わらず大人っぽいことを言うガキだと苦笑するサト。

「それゆか兄貴。アラタカとの試合の最後、どうした?」

「!」

「最後の攻撃、お前ならかわせてただろ。でも、最後お前は動かなかった。何があった?」

全く鋭い観察眼だ。内心焦るサト。しかし、タミに父親を見たなんて、そんな夢みたいなことは言えない。

「いや…。」

「…。」

「思ったよりダメージがでかかっただけだ。」

「………そうか。」

タミはじっとサトの目を見たまま、一言呟いて去っていった。ふぅっとため息を吐くサト。

「サト、どうしたの?」

ツムグが問う。

「…ああ、いや…。」

言葉に詰まる。彼は言おうか言わまいかしばらく迷った末に、結局言うことにした。

「実はな…。」



『ええ〰~!行方不明のお父さんを見た〰〰〰!!?』

驚く一同。

「ああ、遠くからだったし、幾分歳もとっていたが、あれは間違いなく俺の親父だった。」

「ええ~、見間違いじゃないの~?」

「見間違いじゃねぇ、クソメガネは黙ってろ。」

「はあ〰〰?」

「まぁまぁ、サトがそういうんだから信じようよ。」

ケンカ腰の花をなだめるツムグ。花はフンっといってメガネに手をあてる。

「そういやサトはんの親父さんのこと聞くん、はじめてやったなぁ。」

「ん、そうだったか?……親父は、五年前、城の任務の途中に行方をくらましたんだ。」

「城?サトくんのお父さんは紅灼城の王宮騎士だったんですか?」

さやなが問う。

「ああ。」

頷くサト。

「へぇ~。だからサトもタミくんもあんな強いんだ。」

「さぁな。」

サトはさらに話を続ける。

「五年前の任務は特殊な任務だったらしく完全に機密事項。分かってる事といえば任務にあたった小隊は任務に失敗し、親父を除く全員が死亡。ただ一人親父の死体だけが見つからなかったらしい。…それ以来俺はお袋とタミと三人で暮らしてきたんだ。」

かなり深刻な内容に驚くツムグ達。

――サトが緑の国でああなってしまったのは、お父さんのことも関係してるのかな。

そう思うツムグ。

「サトくん、会場にいたのは本当にお父さんだった?」

さやなの問いに頷くサト。さやなも頷く。

「じゃあ、今からでも遅くないはず、近くを探してみましょう。」

さやなの提案に頷くツムグ達。

「ああ、そうだな。」

サトは祈るようにつぶやいて、ツムグ達は二手に分かれて会場を探しに回った。

 


待ち合わせを決めた時間に、さっき話していた場所へと戻って来たさやなと花。まだサト達は戻ってきていない。

「うーん、手がかりありませんでしたね。」

「はいー。」

残念そうに言う二人。辺りはもう暗くなっていて、外には街灯のあかりが点いている。寒さに体をさすりながら待っていると、ツムグ、サト、マツボが走って戻って来た。

「はぁはぁ、すみません、遅れました。」

息を切らす三人。

「で、どうだった!?」

花の問いにサトは首を振って答える。

「ダメだ。あちこち探したし、聞き込みもしたけど、どいつもこいつもあてにならない証言ばっかだ。てゆか、俺らに聞いてくるってことは、そっちもダメだったのか。」

「うん。」

申し訳なさそうに答える花。

「はい。こちらも、そのような人を見たような、見てないようなというあいまいな証言ばかりで、手がかりになるようなものは何も…。」

「はぁ、……そうか。」

残念そうなサト。

「サトくん、ごめんなさい。」

謝るさやなに顔をしかめる。

「何で社長が謝るんだよ。」

「だって…。」

「………。」

サトはおかっぱの後ろ髪をかく。

「いや、いいんだ。そんなに簡単に見つかると思ってなかったし。てゆうか…その、」

「?」

「あ、ありがとな。手伝ってくれて。」

言った後によけいにボサボサに後ろ髪をかく。彼の様子に少し笑顔になるさやな達。

「今日はもう遅いし、宿に帰って明日また考えよ?」

さやなの言葉にサトは無言で頷いて、一行は宿へ向けて会場を後にした。



 翌日、宿の食堂でツムグ達は朝食をとりながら、どうやってサトの父を探すかを話し合っていた。

「悪いな、俺の家族のことなのに付き合ってもらって。」

皆から目を逸らして控えめ声のサト。

「何言ってんの。水臭いなぁ~。」

「せやで、気にせんでええ、ええ。」

花とマツボにツムグも頷く。

「うん。それに、お父さん探すのは、マヨセンの仕事をしながらでもできるし、全然問題ないよ。」

ツムグ達の優しさに、サトはうれしくて笑うが照れくささにやや顔をしかめてなんともいえない微妙な表情になる。その顔を見てふふっと笑うツムグ達。

「で、どうやって探すかだけど…。」

「それなら私に提案があります。」

ツムグの問いにさやなが答え、みんなさやなの方を向いて頭に「?」を浮かべる。

「サトくんのお父さんがいなくなった任務を命じたのは紅灼王ですよね?」

「ああ。」

「だったら紅灼王に聞いちゃいましょう!」

ガッツポーズのさやな。一瞬、皆が口を半開きにして固まる。

「いやいやいや、社長さん、緑の国の王がどんなかは知らねーが、紅灼王はよそ者が『聞いちゃいましょう!』…みたいなノリで会ってくれるわけねーから。」

サトが冷静なツッコミを入れる。しかし、さやなはフフフと笑って、

「それが会えちゃうんですよね~、私のコネをちょこっと使えば…。」

指先でコネる仕草をして、いじわるそうに笑って…。



 紅灼城・王の間

「本当に来ちまったよ、王の間…。」

じゃっかんビビるサトはさやなと二人でそこを訪れていた。赤青紫の階調の石で組まれた大きな空間の脇では朱炎がゴウゴウと燃え、真冬というのにイカレたように暑い。天井には大きな銀製のシャンデリアがいくつも飾られ、深紅の布も所々から垂れている。玉座へと通じる深紅のベルベット地のカーペットの両端はくぼんでいて、そこを赤いマグマが流れている。部屋の背後には壮大で大きな絵画がかかっており、絵の中では、溶岩の流れる黒い山に小さな人物群像が王都建設にいそしんでいる。最もスポットライトのあたる部分で王らしき人物が指示していることから、内容はおそらく赤の国建国の際のシーンだと分かる。玉座は中世風の彫刻の施された純銀と赤いクッションでできており、その椅子には大きな人型の生き物が腰かけている。顔面から蟹の足の様な赤くゴツゴツしたものがたくさん生えており、黝色ゆうしょくのローブから除く諸手も同様の赤い甲羅の質をしている。靴は銀装飾と赤い玉の入った、朱赤の先の尖った鎧の様な物だ。厳めしい顔面からのぞく琥珀朱の眼の白目にあたる部分は、鮮烈な血液色をしている。二人は前まで歩いて行って

適切な距離で立ち止まる。

「紅灼王様、お久しぶりです。」

さやなはそう言って恭しくお辞儀する。

「緑の国のさやな。久しいな。」

王は低く厳めしい声を出し、さやなを見た後にその横に立っている青年をギロリと睨む。サトはその視線にビビりながら自己紹介する。

「オレ、いや、私は、鈎村出身の紅里です!」

ハキハキ言うサトと対照的に王は落ち着いて答える。

「ホウ、紅か。先日の紅灼祭では兄弟共々よい活躍であったな。王宮騎士の試験は受けているのか?」

王に称えられ頭を下げたままで話す。

「いえ、今は、社ちょ…じゃなくてさやなさんの元でマヨセンをしています。」

「マヨセン?もったいない。キサマの腕なら騎士としての活躍も見込めよう。」

「紅灼王様。」

さやなが静かに釘をさす。

「フッ、スカウトは無しか。まぁ、それもまたよかろう。で、今日は何様だ。」

「はい。オレ、いや、私の父親、紅国くれない くにの行方について伺いに来ました。」

「ホゥ…貴様の父親は現在行方知れず。それはキサマも分かっておろう。」

「はい、ですが、父がどこで行方をくらましたのか、またそれはどんな任務だったのか、王様ならご存__。」

「任務については機密事項。貴様の家族にはそう伝えたはずだ。」

サトの言い分を遮って有無を言わさぬ態度の紅灼王。

「ですが、」

「それ以上言うことはない。くだらん、用が済んだなら帰れ。」

「だけど__。」

焦るサトをさやなは手で遮る。

「紅灼王様、どうか彼の話を最後までお聞きください。」

そして今度はサトに向けて言う。

「サト、祭りでの出来事をちゃんと話して。」

「あ、ああ。そうだな。」

サトはこちらを見下ろす王に向けて気を取り直して発言する。

「俺は、この大会で父を見ました。父は観客席から俺の試合を眺めていました。父は、まだ生きてるんです!俺はどうしても親父を見つけたい。お袋を、タミを、親父に合わせてやりたい!頼みます、どうか些細な情報でも、俺に教えて下さい!!」

深く頭を下げるサト。王のことだ、またくだらん冗談を抜かすなとあざ笑われるかと思った。しかし、

「貴様が見たのは本当に紅国だったのか?」

全く笑いも罵りもせずに尋ねられる。

「はい、遠くからでしたが、間違いないと思います。」

すると、王はさっきまでと打って変わって何やら一人でぼそぼそとつぶやき始めた。

「そうか、やはり生きているのか…。」

コンコンと固い爪を玉座に鳴らしてしばらく考えにふける王。そして、微笑する。

「なるほど。貴様の言い分は分かった。しかし、機密は機密。」

王の意外な反応に一瞬高揚したが、すぐに肩を落とすサト。

「だが、貴様が自力で真相を掴むのなら問題あるまい。」

「?」

首をかしげるサトに王は一定の態度で話す。

「お前が真相にたどり着くためのヒントならくれてやるというのだ。」

「!本当ですか!!」

バッと顔を上げるサト。

「が、真相にたどり着いた時、時に貴様の望まぬ真実が待っているやも知れぬが、それでも良いのか?」

――望まぬ真実?

「それって、そういうことですか?」

「フン、ワシにも分からん。それは貴様が探してみせよ。」

――?…どういうことだ…いや、とにかく今は情報がもらえれば何でもいい。

「分かりました。構いません。」

青年は強く頷く。

「ウム……貴様の父親、紅国は五年前、とある任務で蒼の国へと向かった。彼はそこで失敗し消息を絶った。」

それで、どうなったのか、サトは続きが気になったが王は微動だにせぬまましゃべるそぶりを見せない。…どうやら話はこれでおしまいらしい。本当にもう何も話さないか確認してから、サトは深々とお辞儀をする。

「ありがとうございました!」

隣のさやなも同様に礼をする。わずかながらの王の告白、しかし、そこには確かに十分な情報が含まれていた。

――蒼の国…か….

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