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色織  作者: 千坂尚美
二章 紅灼城編
41/144

梁竜

おはなし2-15(41)  


 十翼を持つ少年は、低く傾く太陽光を浴びてより神秘的に輝き、禍々しい蜷局巻く大トビズムカデはよりおぞましい黒血色に光る。観客の見守る中、アラタカが前傾姿勢をとり百足の百足ひゃくあしも一斉に牙をむく。アラタカが前進してせつな百足の頭が飛んでくる。少年はバッと体をひるがえし攻撃をかわしほとんど速度を落とさずにサトに翼刀を放つ。サトは下方へバク宙しそれをかわす。ポーンと一本の百足の足が切られ宙を舞う。サトは伸ばした百足をすぐに元に戻して風を切って飛んでくるアラタカの翼を受け止める。巻いた百足の体を勢いよく解き放ち鷹羽使いを弾き飛ばす。サトはすかさずふっとぶ敵へ向けて猛突進、あらたかは吹き飛んだ勢いを利用して客席側へとブーストをかけてサトの猛進を突き放す。サトは逃げる敵へと百足を伸ばす。

ズゥンン!!!

敵を捕らえ損ねた百足はすさまじい勢いでスタンドの壁を破壊する。アラタカは低空飛行のままスタンドの壁沿いに滑空する。サトは雄叫びを上げて壁に突っ込んだ怪物の頭で円環上の壁に一文字を描きながらアラタカを追う。ガリバリと激しい音を立てる百足頭、逃げていたアラタカは急ブレーキをかけ、不意にサトへ向けて突進を繰り出す。敵の不意打ちに驚きながらも素早く上へ飛んでかわすサト。が、アラタカは八枚の鋼の翼でまるでへその緒のように伸びたサトの大ムカデを真っ二つに切断してしまう。身をひるがえしながら上昇し再び敵の方を向くアラタカ。対するサトは、

「オ、悪緒御お於呉おお麻!!」

苦しそうな声に唾液を垂らして切断された百足の体からモゴボコと新たな百足の頭部を生やす。数珠上に連なった半透明の緋緋色の触覚が二本、長く悍ましくうねっている。サトは唾液を飛ばしながら新しく生えたそれを観客のすぐ上に浮かぶアラタカへと飛ばす。攻撃は勢いよく伸びるも強靭な十枚の羽にかわされ、客席のすれすれを怪物が滑っていく。真下の人々はおろかその周辺の人々までも大きく悲鳴を上げて恐れおののき、伸びていった百足はスタンドの後ろに設置された観戦用巨大モニターパネルの液晶をど派手に破壊する。すさまじいガラスの破壊音と共に砕け散ったガラスの雨が観客に降り注ぎ、再び大きな悲鳴が起きる。ナレーションも半分パニックになる中サトの百足は全く勢いを殺さずに敵を猛追し続ける。サトの攻撃で再びスタンドの壁が壊れ、フィールドにいくつも大穴が開き、バックスタンドの照明までもが砕け散る。荒れ狂う戦場の中、ベンチで見ているタミは面白そうに笑う。

「兄貴のヤツやるな~。あの状態のアラタカとまともにやりあうなんて。」

飛んで来た敵の翼刀を固い節足動物の甲羅でガードする。今度はアラタカがサトを弾き飛ばしてサトへ猛攻を仕掛ける。態勢を崩したサトは甲羅を繭のようにしてガードを作り敵の攻撃を防いでいく。翼の連打撃に損傷する百足の甲羅、アラタカの右五翼の一撃についに甲羅は砕け散ってしまう。直後サトは赤羽で砕けた胴部を切断し先のない胴を敵へ向けて振り回す。サトのカウンター攻撃にアラタカは一瞬驚き、すかさず翼を重ねて盾を作る。

ゴンッ!!!

鉄をハンマーで叩いたような重い音がし、サトはその勢いのまま雄叫びを上げて思いきり敵を地面へと叩きつけた。

ズズゥン!!

激しい砂埃が赤く舞う。真冬の早夜に太陽はもうすでに赤く染まりつつある。西の方から空は茜になり中間に柴雲が漂い、東はここでの戦いなど露知らぬような平和な晴天をしている。西側の体を赤く染めたサトは地に堕ちた天使へ向け急降下していく。その時、

「!」

激しく風を切る音と共に煙の中から極太い鞭の様なものがとんでくる。サトはとっさに身をひるがえしてそれをかわし、敵の正体を見極めんと降下を停止する。が、茶灰色をした長い尾のようなものはぱっと金色の霧となって消えてしまう。顔をしかめるサトの耳に急に不快な笑い声が聞こえてきた。

「?」

眉をしかめたまま煙はけゆく地面を見る。すると、そこには相変わらず厳つい十枚の羽を持った少年が一人立っていて…。

「ヒ、ヒッヒヒヒ、ヒヒヒヒヒヒヒヒ。」

ひきつった様な不気味な笑い声の少年。頭を伏せたままで肩を震わせている。

「?」

サトはさらに顔をしかめてわずかに首をかしげる。会場は二人の激戦にいつの間にか静かになっていて、耳を澄ますと笑い声の間にささやくような彼のしゃべり声が聞こえてきた。

「お、おおお、おっかし~いなぁ~。ぼ、ぼくの、はねは、じ、ゆうの、はね、な、ななな~のに、あ、れれ、あれれれ?」

「??」

「なんでじべたにおっこってんの‼!?!?!!??!?」

目を引ん剝いた美少年にあるまじき下劣な顔で天に向けて叫ぶ少年。彼の姿にざわつく会場は、突如として金色の光に包まれ皆驚きの声を上げる。気付けば、少年は眩い色の光を放っていてそれを直視することはできない。ベンチで見ていたツムグ達もその光に目をそらす。

「キタキタキタキタァアァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアッハハハハハハハハハハハアハハアハハアハアハアハ!!!」

子どもの様なアラタカの笑い声と共に彼の下半身は大きく大きく膨張し、金色のスパークの中でモゴモゴと膨らんでいく。

「アッハアハアハアハ、さだまれ、さだまれぇ!!」

ボコボコと肉塊を蠢かせる彼の下半身は、しだいに何かの形へと変化を遂げていく。太い足の様なものが生え、長い尾の様なものが肉塊の中から生まれていく。そして、…。

 光の粉が弾けた。赤く焼けた会場に金色の光の粒がキラキラと降って幻想的な世界にも見える。舞い降りる光の中、ベンチでタミがあきれたようにため息を吐く。弾けた光から目を覆っていた左腕を下ろすサト。細めた視界で現れた敵の姿を睨む。現れたそれは高さが五メートル以上もあり、二階建ての家ほどある恐竜の体で、頭のあるべきところが九十度ずれていて真横を向いた形で(左前脚と左後ろ足が同時に前を向いている状態で)少年の上半身から生えている。頭は首の付け根の骨がわずかに隆起しているだけで生えておらず、彼から見て右、恐竜の尻にあたる部位からは先ほどサトを襲ったのと同じ長くて太い尾が悠々と生えている。尾っぽは二十メートル近くあり、横幅の全長はおよそ二十五メートルの全体に茶灰色をしているこの恐竜はディプロドクスといわれるジュラ紀後期に生息していた超大型竜だ。一番の特徴はその長い大きな尾であり、音速を超える速度で鞭のようにしならせ、自衛に用いたとされている。日本表記は梁竜りょうりゅう

「おいおい、バカでかすぎやしないか?」

同じようなことをナレーションも告げていて、静かだった会場は再び熱を取り戻していた。


「なんなんアレ、でかすぎちゃう?」

ベンチで開いた口がふさがらないマツボ。

「ちょ、ちょ、あんなのとサト戦えるの?」

花も口をあんぐり開けている。ツムグはというと、

「い、や…い…けるんじゃないかなぁ。」

言いつつ目が点である。さやなは無言のまま眉をひそめていて。


 はぁ、ため息をつくサト。

「上は天使に、下は恐竜ってわけか。」

天使はうつむいていた頭をあげて閉じていた右目を開ける。見開かれたまなこは先ほど同様の金色の瞳に、白目の部分が墨色に染まっていた。

「貴様。」

どこから声を発しでいるのか、先ほどまでの子供の様な声ではなく、彼はドスのきいた深い声でささやく。

「処刑する。」

サトは舌打ちして敵へ向けて飛んでいく。天使は微動だにせぬまま長い尾だけがしなる。そして、

ズゥウウウウウウウウウウウンッ!!!

激しい砂埃が起きて大地が一文字にえぐれる。目にもとまらぬ鞭の一撃にはっと息を飲むツムグ達。が、雄叫びを上げてサトが煙の中から飛び出してくる。勿論無傷で。

「よし!」

ガッツポーズするツムグ。サトは雄叫びを上げたまま十翼の天使へ向けて切りかかる。

ギィン!

「チッ。」

翼で防がれる。サトは赤羽で切りつけたまま百足を操り一撃をかまそうとする。しかし、技を繰り出す寸前長い尾が飛んできてそれをバク宙でかわす。

「おっと危ねぇ。」

さらに尾っぽが風を切ってとんでくる。アクロバットでかわすサト。尾っぽは鞭のようにしなり縦横無尽に攻めてくる。

――あの尻尾、滅茶苦茶速ぇ上に威力がイカレてる。一撃でも食らえば致命打になる。だが、幸い軌道はそこまで読みづらくない。なんとかかわしつつ…。

「オレに近づく気か?」

「!?」

耳元でドスの効いた声がする。見ると両足を生やした天使が翼を振り上げていて…。

ゴンッ!

頭の奥の方で、鈍い音が響いた。

 弱く息を切らす音がする。これは自分の息の音、もう虫の息だ。頭部から生温かいものが垂れてきている。自分は息を切らしたまま地面に這いつくばっている。

「う、…ぐ…。」

何とか上を見る。大きかった梁竜の体は金の光の粒と化して崩れ去っていっている。上空には羽を生やした天使が無慈悲にこちらを見下している。

――クソ、あいつ、擬態を解いて…。

痛む頭部に顔をしかめ、同時に視界がぼんやりとして焦点が定まらない。

――クソ、あいつ、どこいった。やばい、このままじゃ…。

「…………。」

サトは敵を探すこともなく一点を見つめたまま口を開けていた。ツムグ達が必死に自分の名を呼ぶ声がする、けれど、彼の視線は一点を捉えている。かろうじて定まった視点は赤く染まったスタンドを映し出していて…。

ザン!

そこで意識は途絶えた。



「お父さん、キャッチボールしようよ。」

幼い少年は、手にグローブをはめて父親に遊びをねだっている。

「おおう、いいぞ!」

父親は少年の小さな頭を大きな手の平でぐりぐりとなでる。少年は嬉しそうに二カッと笑う。

「あ、いいなー。お父さん僕も僕もー!」

二歳下の弟は兄のすることならなんでもしたがった。

「あはは、タミもするのか。いいぞー、二人いっぺんに相手してやる!」

父親は笑って腰に手をあてる。

「よーし、お父さんいくよー。」

サトの放ったゆるいボールが父のグローブにおさまる。

「ナイスボールだ。サトは元気がいいなー。」

「うん!」

また笑う父にサトは元気に頷く。

「僕も、僕も元気!」

弟も負けじと声を張る。

「ああ、タミも元気だ。二人とも俺の自慢の息子だぞ。」

『わーい!!』

嬉しそうに兄弟は喜び…。



 目が覚めるとオレは白いベッドで横になっていた。周りにはツムグやマツボ、花、それに社長もいる。

「サト、大丈夫?」

ツムグが問う。

「ああ。」

「サト。」

「?」

「笑ってたよ、寝ながら。」

「……ゆめ、見てたんだ。」

「へぇ、何の?」

花が興味津々に聞く。

「何でもいいだろがメガネ。」

「何よそれー。」

悪態をつく花の声がぼんやりと聞こえる。あの時、意識を失う寸前、見た光景。

―――母さん、父さんは?

   学ランを着た自分が母に問う。声変わりしたてのがらついた声だ。

   ……??

   母の様子に眉をひそめる。

   母さん…泣いてるのか?…

   母は俺を心配させまいとしたのか、無理に笑顔を作って言う。

   サト、お父さん…失敗しちゃった。

   え…?

母の涙する姿、そういやあの時以来か…。



 大切なものを失くしていたこと

ずっと忘れたことにしていた だけど、

 


「ナイスボールだ。サトは元気がいな―。」

「うん!」

やさしく笑う親父。あの時、赤く照らされたスタンドにいた初老の男性。二人の映像がだぶる。

 サトは寝っ転がったまま誰にも聞こえないようにつぶやく。

「…親父、何やってんだよ。」

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