銘鉄
おはなし2-13(39)
対峙する白と赤。
汚れた白いTシャツ青年は三本の寒色気味の白手を生やしている。
黒い服の少年は、先ほどより五、六割ほど大きくなった、温度を感じる思色の翼を生やしている。
闘技場には、いつのまにか淡い粉雪が舞い始めていた。
「いくぞ、犬の爪。」
朱い目の少年は白い息を吐いて、たっと駆けていく。葵い目の青年は三本の内一本が血に染まった爪を武器に敵へ立ち向かっていく。闘技場の観客たちは熱い視線と声援で、音のない二人の戦いを見守っている。
ツムグは前に戦った時の様に、腕を切られまいと器用に爪で大きな羽をさばいていく。戦う二人の口からは、幾度も白い息が漏れ、時間を重ねるにつれて降雪量を増す白い雪がいくつも彼らの体に付着していく。
わらわらと舞う雪はしだいに闘技場のフィールドを薄い雪の膜で覆ってしまう。何度も何度もステップを踏む二人の周りだけが雪が溶けてぐちゃぐちゃの水たまりになる。
「はぁ、はぁ。」
タミは突きや、チョップ、回転切りと全く単調さのない多彩な攻めを繰り出してくる。一方のツムグも爪で切り裂いたり、掴んだりと退けを取らない戦いを見せる。健闘を見せるツムグにサト達もエールを送り続ける。熱気に包まれた闘技場の中で、凍りそうに冷たい水しぶきを上げて戦うツムグとタミ。二人は随分と刃を交わした末、ようやく互いを後ろへはじき合った。
はぁ、はぁ、…
ひどく息を切らす二人。彼らの髪や肩には白い雪が積もっている。会場はいまだ熱い声援に包まれている。
「はぁ、はぁ、……チッ、ラチがあかねぇか。」
舌打ちする朱い瞳。
「これは決勝まで残しときたかったんだが。」
「?」
タミの言葉に悪寒が走るツムグ。まさか…、
「てめぇみたいな雑魚に使うことになるなんて。」
タミははぁっと白い息を吐いて目を閉じる。白い雪の舞うフィールドに彼の両腕が纏う朱い色彩か冴える。京緋、七両染、碧色、薄鈍、蘭茶が色彩のコントラストを作り、ぱっと朱い塵となって彼の両翼はそのサイズを半分へ縮め、朱かった羽毛を彩度の失った鈍い色へ変えていく。思わぬ二種目の擬態に会場は驚きの声に包まれる。
彼の翼は光沢のない鋼の翼へと変化した。
「……、二種擬態。」
今までいい試合にもちこんでいただけあり、ツムグは驚きで険しい表情になる。その表情を見てタミは少し、不快な声を出す。
「まさか、兄貴に出来て、オレができないとでも思ってたのか?ナメてんじゃねぇぞ。」
鋼の翼を構えて迫り来るタミ。振り下ろされた翼をガードした腕の一本が嫌な音を立てる。
「う゛!!!」
痛みに目を引ん剝くツムグ。
――折れた!?それほどの威力!?
すぐに飛びのき使えなくなった腕を別の爪で切断し激しく鮮血が飛ぶ。
「ぐぎゅ。」
あまりの痛みにひどい顔をして耐える。そんなツムグに容赦なく攻めかかるタミ。鋼の翼は受け流してもその堅牢さに、触れた腕に電撃が走る。こちらの攻撃は軽く防がれ、突き刺した爪は鋼の盾に削られ弱ってしまう。さらに、すさまじい固さとは裏腹に羽毛だったころと全く攻防の速度が変わらない。よほどの軽い金属なのだろう。
――ぐぅ、技が通らない、受けれない、速い!どうすれば…、
「ふん、テメェもまあ頑張ったが、所詮雑魚は雑魚なんだよ!!」
振り下ろされる鉄の腕をすんででかわし地面に刺さった羽を犬の片腕で押さえ、もう一本の翼をあと一本の白手でそれの付け根を掴んで食い止める。
「!」
動きを封じられ驚くタミ。ツムグははぁはぁと息を吐く。
「タミくん。君はサトの弟だから言わせてもらうけど、」
「!?」
「相手のことを貶すのは、愚かだよ。」
葵い瞳で睨みつけるツムグ。
「…はぁ?お前、俺が兄貴の弟だからって、何偉そうに説教してんだ。」
怒りでひくひくと顔を痙攣させる少年。動きを封じているツムグに強く力を込める。
「ふ…ざ……け…るな。」
強い力で押されていくツムグ。
「ぐ、…うう。」
耐えるツムグ。
「兄貴のトモダチが、何見下してやがる…。」
「う…ぐ……ううううううううううううううううううああああああああああああ!!!」
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
タミの雄叫びでツムグのガードは崩される。
「ぐあ!」
「オレは!兄貴より!優れてんだ!!」
怒りに任せた激しい攻撃に、ツムグの体は次々と切り刻まれていく。
「だからぁ!!」
ブシュウッ!!
激しく飛ぶ鮮血。
「てめぇゴトキィ!!」
ジュボオォッ!!
また血が垂れる。
「ゴミナンダヨオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
ヴュバアアアアアアアアアアアア!!!
真っ赤なヘモグロビンの塊が無数に散り、切断されたツムグの白い腕が宙を舞う。雪の降り積もるフィールドに青年はがくりと膝をつき、飛んだ腕はぼとりと虚しく落ちる。
三本あったツムグの左腕は、初めに自身の腕を擬態させた血で染まった一本になってしまった。二本の腕が切断された肩からは、ドクドクと血液がこぼれ続け、彼の周りの雪面を紅く染め上げる。
「ツムグ…。」
「ああ、ツムグはん。」
「ちっ。」
ボロボロにされたツムグの姿に絶句する花たち。サトは苦い顔をする。
「だから、あいつは優秀なんだよ。」
「はぁ…はぁ…はぁ…、…う…ぐ…。」
カツン
力ない爪の攻撃が、易々と鉄に阻まれる。タミは容赦なく犬の手を振り払い、ツムグの体を蹴り飛ばす。雪の地面を朱殷色に染めながら転げていく。大量の出血に息の浅いツムグ。倒れ込んだ彼の元にゆっくりと歩いていくタミ。ツムグの手前で足を止め、翼を揚げる。
「終わりだ。」
勢いよく翼を振り下ろす。
ザンッ!!
赤色の液の粒がばっと飛び散る。
「…チッ。」
舌打ちするタミ。飛び散ったのはツムグの血ではなく彼の血を含んだ雪の粒。ツムグはすんでのところで起き上がり、タミの攻撃をかわしていた。
「雑魚が!這いつくばってりャイインダヨオオオ!!!」
タミは腕を振り回す。かわせないツムグは傷ついた左手でそれをガードする、しかし…
スパンッ!
「!?」
ぽっとツムグの左手の手首から先が切り離され、ころころと地面に転がりじんわりと雪面を紅くする。
「う゛、あ゛、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
後から生やしたのでない本物の手の切断に反射的に叫び悶えるツムグ。意識が半分とんでいるのにひどい叫び声を体が勝手に上げている。彼の異常な叫びが会場を埋め尽くし、観客は皆恐怖に絶句する。傷ましい彼の姿もタミは冷徹に見下し、
「おとなしく倒れときゃ痛い目見なくてすむんだよ。」
吐き捨てるように言う。あまりの叫び声に審判たちは勝敗を下そうかうろたえ始める。ツムグのあまりの姿に花は半泣きになり手で口を押え、マツボはひぃと目をそらす。サトは相変わらず、いや、余計に苦い顔をし、そしてさやなは…。すぅっと思いっきり息を吸い込み、そして彼の名を呼ぶ。
「つむぐく―――――――――――――――――――――――――ん!」
ツムグの叫び声だけになった闘技場に、彼女の高い声は響いた。
…ああ、結局勝てなかったな。
もう僕の体、叫び続けてるし、てゆうかこれ脳のどこの部分で考えてるわけ?意識、もうとんでるはすなのに…。あぁあ、師匠の前で勝ってかっこいいとこ見せたかったのに。でも、だけど、勝てるわけがない。あんなに硬い鋼、どうやったら貫ける…、僕の爪じゃどうあがいたって勝てない、だけど、でも………くやしいな…。
――イメージが大事なんです。
……………っえ?
――カラーのコントロールは擬態者のイメージを糧としているんです。
……これ、師匠の言葉だ。
――自分がこうありたい、こうしたいと強く心に描くことで、それが現実となって具体化されるんです。
………なんで、こんな時に、思い出す。でも、ああ、そっか…だって、そんなの___。
「つむぐく―――――――――――――――――――――――――ん!」
彼女の声が、僕に響いたからだ。
長く続いた叫び声を止めるツムグ。完全に意識が飛んだとタミは笑いレフリーは軍配を下そうとする、が、しかし――
カッ!!!
『!?』
はっとするほど美しい清く澄んだコバルトブルーが青年の手首の切断面から溢れ出す。会場中が息をのみ、レフリーも上げようとしていた軍配の旗をぴたりと止める。
「な…。」
突如溢れ出した色彩に驚くタミ。
「…きれい。何あのひかり。」
口に手を当てたまま思わず見とれる花。目をつむっていたマツボも細めを開けて、そして驚いてくわっと目を見開く。
「あれは…。」
つぶやくサト、さやなも驚いた様子で。
――そう、イメージするんだ。
漠然としたコバルトブルーは、徐々にその色彩のコントラストを明確にしていく。
――あの鋼鉄の翼を、貫く!
呉須色、伯林青、淡藤色、天色、薄縹、碧が激しくぶつかり合う。
「チィィ!」
眩い色彩のコントラストに、タミはいち早くとどめをささんと鋼を振り回す。振り回されたそれがツムグをとらえたと思われたその時、
ぺキュョッ!
耳をつんざく様な高いかねの音一つ、響き渡る。
「な……ぐっ。」
ゴボッとひどく濁った液体を吐き出すタミ。彼は驚いて自分の翼を見る。すると、強固だった鋼は亀裂を帯びていて、血で赤く染まった白い毛並が羽を貫通していた。彼の腹からはダラダラと汚色液がこぼれている。
「なん…で、おまえ、ごと…き………に。」
鉄の翼は朱い塵となりふらりと倒れるタミの体を右の腕で受け止める。タミの体から引き抜かれたツムグの左手は、手首から先が光を反射し影をよく吸収する、鈴色の金属として再生していた。雪と血で白と赤に染まった大地に、密度の高い無彩金属質が冴えて美しい。
「はぁ、はぁ、…ごめん、ぼくの勝ちだ。」
会場中が予想外の逆転勝利に大きな拍手を送って称えてくれている。僕は仲間の方を見る。すると、みんな自分よりもうれしそうに喜んでくれている。それを見て僕もやっと笑顔になる。落ちていく雪の粉に、溶けていく銀の爪は、淡い藍白になって淀んだ空へ昇っていった。




