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色織  作者: 千坂尚美
二章 紅灼城編
37/144

舞踊

おはなし2-11(37)  


美しい人が立っていた。彼女は僕の方へ手を伸ばして微笑む。僕は緊張で汗ばんだ手をズボンの布で乱雑に拭いて、ゆっくりと彼女の手を取る。彼女の白くてなめやかな小さな手はほんのり温かくてやわらかい。

「あの、師匠……。」

緊張した僕ののどが弱弱しい音をしぼりだす。

「何?」

わずかに首をかしげる彼女の長い髪はくるくると美しいウェーブで巻かれている。

「よ…。」

「?」

ぐっと乾いたつばを飲み込む。

「よろしくお願いします。」

彼女の澄んだ天鵞絨びろうど色の瞳を見ながら言う。彼女は笑って頷く。相変わらず破壊力抜群の笑みで、僕は余計にドキドキしてしまう。

「つむぐくん。」

「………。」

「つむぐくん?」

「あ、はい!」

しまった、緊張で意識が一瞬飛んでた。気付けば、高級そうな蓄音器がカタカタと音を立ててクラシックを流し始めていた。

「つむぐくん。」

「…はい。」

彼女はそっと僕の体に左手を回す。

「!」

体がくっつきそうなほどの距離。

「腰に手を当てて。」

鈴の音の様な綺麗で甘い声で僕を誘う。僕は心臓がはちきれそうになりながら彼女の手を取ってない方の手でそっと腰に手を添える。回した手が触れたのは、驚くほど細いそれだった。白緑色のドレスでキュッと引き締まったウエストは、彼女の豊かな胸を強調していて目のやり場に困る。師匠は目を閉じて流れる曲を感じるようにして体をゆらゆらと揺らして踊る。僕もぎこちない足取りで彼女に動きで合わしていく。初めてのダンス、慣れない僕の体は、多分相当滑稽な動きをしていることだろう。けれど、彼女と共に踊るのは驚くほど容易かった。師匠は慣れない僕を自然とエスコートしてくれる。

 僕らはくるりくるりと会場の人込みの中を踊っていく。師匠は閉じていた目を開いて僕の目を見る。

「楽しいですね。」

にこりと笑う彼女。

「あの、師匠、僕、ちゃんと踊れてますか?」

僕の問いにまた笑う師匠。

「うん、もちろん。」

そんなばかなと思いながらも、その笑みで本当に踊れているように思えてしまう。僕はそれがおかしくて少し笑ってしまう。

「あの、」

「?」

首をかしげる彼女。

「今日、わざわざ呼び出してしまって、すみません。」

あれ、僕、自分で呼んでおいて何言っているんだ?しかし、彼女は首を振る。

「うんう、ずっと仕事ばかりだったから、今日、こうしてつむぐくんと踊れてとても楽しいですよ。」

天使の様な微笑みに、初めて触れた彼女の手、綺麗に巻かれた揺れる髪、それら彼女の全てが愛おしく思えて僕の頭の中を満たしてしまう。

「よかった。僕も、すごく楽しいです。」

また笑う彼女。僕らのダンスは、深い深い夜まで続いた。



 深夜を過ぎて、僕らは城下町の宿へと帰っていた。もちろん師匠も一緒だ。皆いつもの格好に戻っている。

「はぁ~、今日は楽しかったですね。」

「はい!楽しかったですね、さやなさん!」

そう言う花は、パーティー前イケメンを探して踊ると言っていたが、見つかったのだろうか。まぁ、僕は師匠に夢中すぎて他の人のことなんて完全に眼中になかったのだが…。サトは二人に「そうかぁ?」と冷めた感想を述べている。マツボは大分シャンパンを飲んだのか、顔を真っ赤にしてふらついている。

「さて、今日はもう遅いですし、寝ましょうか。私は花の部屋にお邪魔になりますね。」

花の方を向く師匠。花は「はい、もちろん喜んで!」とウキウキで言う。僕らはお休みを言って別々の部屋に別れていく。途中、花が僕の服の袖をつかむ。

「?」

彼女は僕の耳元に口を近づけてささやく。

「ツムグ、今日は一生の思い出になるね。」

僕の頭の中は一緒に踊っていた景色でいっぱいだ。僕は笑って頷く。

「うん、ありがとう花。」

「いえいえ~、じゃあね!」

そろえた指二本でウインクと星マークをとばして去っていく花。意気地のない僕を見かねて師匠を誘ってくれた花には感謝してもしきれない。

 僕らは部屋に戻るとすぐにベッドに突入した。部屋の窓のさんには降った雪がこんもりと可愛らしく積もっている。まだちらほらと雪は舞っていて、月明かりが窓から差し込んでいる。気温の寒さに毛布を深めにかぶる。差し込む瑠璃紺の光を見つめながら、はぁっと幸せに一つ溜息をついた。



「じゃあ師匠、決勝の間、ずっといてくれるんですか?」

城奥の山腹で特訓に来たツムグ達。

「はい、休みをとるために、お仕事たくさん頑張ったんですよ~。」

くるくると肩を回す師匠。そんな仕草の一つも可愛らしい。

「ではみなさん、さっそく修業を始めましょう!」

パン

彼女は両手を叩いた。



 決勝当日。紅灼城、城内闘技場。

 さっそく事前に引いた抽選クジによるトーナメント表が発表された。決勝出場は六組のため、二回戦で一位と二位のチームがシード権を得、あとの四組がランダムに割り振られた。ツムグ達のトーナメント初戦は十五組、それに勝てば次にシードの六組と当たり、最後はさらに勝ち抜いてきたチームとの決勝になる。ちなみにシードの六組とは、サトの弟タミたちのいるチームだ。初戦に勝てば彼らと戦うことになる。

 ツムグ達は選手控室で作戦会議。

「で、十五組て、どんな人たちだっけ。」

ツムグが問う。

「ああ、赤の南部の鉢村のやつらだな。人間二人にイノシシ一匹、モグラ一匹…だったはずだ。」

個性的なメンバーだ。

「カラーはどうでした?」

コーチとして控室に入った師匠が問う。

「んー、人の方は武器で戦ってたな。イノシシは足が闘牛に、モグラは両手が金属化する。」

「イノシシはスピードとパワーでやっかいそうですね。」

師匠がさっそく考察を述べる。

「人の武器はどんなのでした?」

「さぁ、あんま覚えてねーな。ま、記憶に残るようなすごいのじゃねーってことかもな。」

「そうですか、なるほど。では、当たり前ですがカラーの使えないマツボくんはベンチでお願いします。」

「了解や。」

ラジャーのポーズのマツボ。

「敵がどう来るかは分かりませんが、癖のないオールマイティーなカラーのツムグくんが初手、花が次手、最後に二種擬態が使えるサトくん、これでどうでしょうか?」

「いいですよ!」

「いいぜ。」

「…はい。」

先発を任され若干緊張気味のツムグだが、さやなの指示に頷く。

「よし、決まりですね。それではがんばってきてください。」

「あ、ちょっと待った!」

ガッツポーズのさやなを止める花。

「?何、花。」

ツムグが問う。

「みんな、手を出して!」

円陣を組んでいるツムグ達の中央に花が手を伸ばす。それに続いて皆も手を伸ばして重ねる。

「じゃあいくよ!チームさやな〰〰ファイトー……。」

『おお―――!!!』



 一回戦、初手。

「一回戦、初手十五組は鉢村のスミ選手!四十二組からは緑の国の式彩選手だ!」

わああああああああああ!!!

選手の登場に歓声が起こる。敵は側面に刃のついた盾にわずかに曲がった刀を持っている。両者位置につき、レフリーが試合開始の合図、それと同時に雄叫びを上げてかかってくる敵。ツムグはぼっと左目に浅葱色を灯す。金春、薄縹、猩々しょうじょうひ、月白色の色彩の粉が彼の左腕に舞う。さっと風になびく白磁の毛並みが現れる。

キィン!

敵の刀と犬の爪がぶつかる。二人は近距離で睨みあう。ばっとはじきあい再び爪と武器を振り回す。鋭いものが削りあういくつもの高い音が闘技場に響く。

「ツムグファイトー!」

「ツムグはんファイトや~!」

マツボ達も応援する。刃のついた盾と刀の二刀流で攻め立てる敵。ツムグが左手で刀を受け止めた隙に敵は盾を振りかぶり、一気に振り下ろす。が、

ガキィィ!!

ツムグは肩からもう一本の白手を生やしそれを受け止める。予想外の防御に驚く敵。ツムグは二本の左手で敵の二つの武器をなぎ払う。そして無防備になった敵の懐にすかさずきつい一撃をかます!

ズバァァァ!!!

強力な爪の一撃に大量のヘドロ液が飛び散る。敵は「ごぶぉ。」と汚い液体を口から吐き出しよろよろとふらついてドサリと倒れた。

「おっとー、スミ選手倒れる!ツムグ選手、見事な攻撃だ――!!!」

わああああああああああ!!!

パチパチパチと客席から勝者への拍手がとぶ。

「やったーナイスツムグー!」

「やったでー!」

喜ぶ花たち。しかしさやなは眉をひそめて…

「なんでチーム私?」

そこが気になるのであった。



「一回戦、二戦目は鉢村のエン選手vs緑の国の銀杏選手です!!」

敵は体長二メートル越えの大猪。猪は弁柄色、杉染、枯野、松葉鼠の色彩を前足にまとわせる。

「花vsいのししか。どっちが勝つかな。」

「花と猪……珍獣勝負だな。」

「サト…。」

「せやな~。」

ドンッ!

闘牛の足と化したイノシシは猛スピードで突進してくる。花は横にとんでそれをかわす。敵はフィールドの端まで突っ走った後、方向転換して少女に再び狙いを定める。そして二度目の突進。でかいが直線的な攻撃を再び飛び退いてかわす花。

――ふう、ぎりぎりだけどこれならかわせる。

また攻撃をかわされいらつき鼻息を荒げる猪。むやみやたらに突進してくる。花は荒れ狂う猛獣の攻めを次々かわしていく。

「ぜぇ、ぜぇ。」

息を切らす花、怒りに暴れるいのしし。

「花、逃げててもラチがあかねぇぞ!」

サトが叫ぶ。

「チッ、分かってる!」

花は左目に中黄色を灯す。幾度の突進で動きの落ちた敵、花はとんでかわすと同時にその敵のどてっぱらに銀杏の木をぶち込んだ!


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