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色織  作者: 千坂尚美
七章 白氷母編
144/144

あい

              終章  



 チチチチ

小鳥のさえずりと青空、日の差し込む病室。ベッドの上で体を起こしたさやなは、訪ねてきた緑森王と会話をしている。

「じゃあ、サト達、もうすぐ帰ってくるんですね。」

「ウム、彼らにつけた“くっつき虫”が上手く働いてくれての。花とマツボの浄化は終わっておるし、サトの位置ももう掴めておる。」

それを聞いてほっとするさやな。しかし、その目が曇る。

「ツムグくんは…。」

ムーと眉を寄せる王様。

「残念じゃが、彼の“くっつき虫”は機能しておらぬ。よほどひどい戦いをしたのじゃろう。」

「……。」

さやなは、ぎゅっと掴んだ布団を握りしめる。しばらく沈黙が流れ、そしてさやなから口を開く。

「しかし、不思議ですね。悪魔と人のハーフ、彼女を誰が、どうやって殺したのでしょう?」

「ウム…それが一番のナゾじゃ。報告では、母から数キロ離れた雪山に、彼女の死体が一つ転がっていたそうな…。」

「……自害でしょうか?」

「いや、それも分からん。なんせ自分で首を斬っても死なぬようなものじゃ。じゃが、致命傷と思しき胸の傷は、獣の爪で貫かれた様じゃった。」

「獣の…爪…。」

「ウム。そして、近くにこんなものが…。」

すっと千切れた首飾りを取り出す王。それは煌く蒼い竜の鱗で。

「!」

驚きに口を塞ぎ、そっとその品を受け取る。

「つ…むぐ、くん…。」

朝日が鱗の表面で乱反射し、虹色めいた澄んだ白群色に輝いていた。



 それから一月あまり、ようやく訪れた春に_。



「みなさーん、こっちですよー。あそこに見えるのが~…って、分かりますよね。そう、我が国最大のお城、緑森宮!」

和風のガイド服に身を包んだ若い女性がツアー客をガイドしている。ガイドさんはショートの髪の上半分が金髪で下が黒髪の逆プリン色、琥珀ブチの眼鏡をかけていて明るい笑顔を振るまいている。

「おねーちゃーん、りょくしんきゅうってなーに?」

客の中のちびっこが尋ねる。

「ええっとですねー、緑森宮とはこの国の政治を束ねている…って、じゃなくて王様や偉い人がたくさん住んでいるお城だよ。」

子どもに分かりやすうように言い直す。子供はぺろぺろと棒付きキャンディを舐めながら「えらいひとってだれー?」と問い花は顔をしかめた。



「さやなさーん!」

バン!

勢いよく病室の戸を開けて飛び込んでくる花。そんな花にきょとんとするさやな。

「どうしたんですか?」

「は、は、は…さ、さやなさん、やっぱり素敵ですぅ~!!」

ぎゅっと彼女に飛びつく花。

「ちょ、ちょっと花。」

「う~、さやなさん、良くなって本当良かったです、うっぐ、うぇ〰〰。」

花はさやなが目覚めてからずっとこんな調子だ。さやなは照れ笑いで頭を撫でてやる。

「で、今日はどうしたんですか?」

「は!そうだった。あのですね、私、戦争も終わったし、これからどしようか考えたんですけど…。」

「けど…?」

「そう!考えたんですよ~、私の長所って何かな~って。で、いろいろ悩んだ末思い至ったのが、私ってチョー都のこと詳しくないですか!?」

ふふっと笑うさやな。

「そうですね。」

「だから~、ツアーガイドなんてどうかな~って。ホラ私、ツムグが初めてココに来た時いろいろ案内して…それが結構楽しくて……たのしくて…。」

明るかった顔に急に元気がなくなる。花はぎゅっと拳を握りしめる。

「まだ、教えたい所、教えたいとこ、まだまだあるのに…あいつ、何で帰ってこないんですか?」

さやなは口を開こうとして、言葉が見つからない。うつむいてわなわなと震える花の手を、そっと握る。

「あいつ、帰ってきますよね。」

震えた声の問いかけに、さやなはうん、と悲し気な笑みをつくる。

「きっと帰ってきますよ。」



 黄の国と赤の国の間、小さなとある国で。

「ヤベェ、マヨセンだぁ!」

「ひぃいいいい!」

細い路地を悲鳴を上げて逃げ惑うギャング。

「ボス、やべぇヤツが現れたっす!!」

袋小路でたむろしている悪人達。

「ハァ?マヨセンだ?ここいらのマヨセン共は全員シメただろ。」

「いや、違うんス、とんでもなくヤバい奴で…。」

ドゴオオオ!!!

『!!』

路地のゴミ箱と共にギャングの下っ端が吹き飛んで来る。

「なっ。」

驚く悪人達。袋小路への曲がり角では先の衝撃で煙が立っていて、その中でぼぅと赤い光が一つ揺らいでいる。赤い光を右目に灯した人間はただ一人、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。

 吹っ飛んで来た下っ端は失禁して気絶していて、周りもそれを見てビビっている。現れた青年は左腕が無く、右手のある部位には代わり赤茶色の翼が生えていた。

「アイツっす!アイツがヤベ―奴っす!!」

ギャングのボスは、サトの気迫に冷や汗を垂らすが、それでもイキって前にくり出す。

「ほ、ホウ…確かに見ねぇ顔だが…、俺らにたてつくとどうなるか、オシエテヤラァアアアアアアアアアアアア!!!」

男は獣の様に吠えて、全身擬態で毛むくじゃらの大猿に変身。鋭く長い爪で斬りかかって来る。サトは素早く飛んで、腹から百足を形成。蟲の一振りで大猿を内臓破裂、複雑骨折、ぺちゃんこの血みどろに変える。

 敵の愚かさに口悪く悪態をついてゆっくりと着地するサト。残りのギャングは全員ビビッて即土下座で降伏した。サトの擬態は赤い火花の様な細かい色の欠片となり、形を失くしていった。



黄の国、アルの故郷。

「師匠、私、これからも師匠について行ってマヨセンを続けたいです。」

「…。」

砂丘に腰を下ろしている二人。

「ああ。」

表情のない返事。

「って、思ってはいるんですけれど。」

「?」

「私、勉強します。」

サトは少し驚く。

「…。」

「私、ずっとこの村で育って、ここの生活に疑問何て持たなかったけれど。師匠が私を連れ出してくれて、きっと師匠に出会わなければ行くことも無かっただろう緑の国や白の国にも行って、それで。すっごい文化が発達していて、暮らしやすい工夫がされていて、びっくりしました!」

「…ああ。」

「私の村の皆も、何時間もかけて思い水を汲みに行ったり、食料や疫病に困ったり、そういうの、きっとしなくてよくなると思うんですよ。」

アルはしゃべるたびに興奮を増す。

「時間はかかるかもしれないけれど、私が今したいことって、それだと思うんです。」

「……。」

「いやまぁ、戦いが辛すぎてもう戦いたくないって言うのもあるんですけれど、アハハ。」

雑に後ろ髪を掻くアル。サトは相変わらず無口だし、それにアルの方も振り向かない。

「師匠…。」

せっかく鍛えてくれたのに師匠不幸なことを言ったかとやや控えめに名を呼ぶ。そして、

ポン。

アルの頭に手を乗せるサト。

「ふえ?」

「アル、お前は俺よりよっぽど大人だな。」

「ええ!?何ですかそれー。」

アハハと笑う少女。

「師匠―。」

「…ん。」

「私、子供だからイマイチ師匠と離れるって時なのに、悲しくもないし、意外とあっけらかんなんですけど。」

「…。」

「多分後から泣くと思います!なので、絶対、絶対また会いに来てください!!」

キラキラとした邪心のない少女の笑みだ。サトは思わず目をそらし少し顔をしかめるが、すぐに目を見つめなおし頷く。

「ああ、お前の成長、ちゃんと見てるよ。」

アルは二ッと笑って頷き、拳を突き出す。サトは恥ずかさにひるみ、それでもアルに負けない気迫で拳を構えて、トンと交わした。



 チュンチュン

自然豊かなこの村に、小鳥のさえずりはキモチよく、白や黄色の花畑にはモンシロチョウがパタパタと飛んでいる。ここワカクサ村にも春が来たのだ。

ぽかぽか陽気の中、例のあの旗の立つあの家。ぼーっと空を見上げる小熊一匹。

「あ~、今日も暇やな~、平和やな~。」

パタパタとんで来た可愛い蝶々を目で追う。すると、客などめったに来ないマヨセン事務所の前に人の影が。

「おっす!まっちゃん、何や帰って来とったんかいな。」

現れたのは眼鏡にボブヘアー、一瞬花かと思う女の子は、マツボの友達四つ葉だ。

「お~せやせや四つ葉はん、久しぶりやな~。」

「あはは~、相変わらずやな~。で、何しとん?」

「何って、マヨセンやで。夜な夜な鼠でも出たら退治しに行ったる。飲食店には天敵やろ?」

「まぁね。」

笑う四つ葉。しかし、ん?とあることに気付く。

「ところでまっちゃん。あのよわそ~なお兄ちゃんは?」

「あ…。」

言われて固まるマツボ。

「いや、えっと…。」

ダラダラだラ、汗が流れる。

「せや……いやぁ、あのツムグはんはなぁ、ち~と野暮用で遠いところおんねんけど…。」

「ふーん、そなんや~。」

「まぁ、安心し。ツムグはん、すぐに帰って来てまたみんなで楽しゅ~できるさかい!」

「おう、そかそか。ならええわ、また二人でパン買いに来てや~。」

「おおう!」

笑って去って行く四つ葉に、マツボはふん~とため息をついた。



 宮から少し離れた山のふもと。それぞれの人生の門出を前に、戦死者のお墓を参るサト、花、マツボ、さやな。大きなお墓に線香を添えて、黙祷をささげる。

「にしても。」

サトが口を開く。訪れた生ぬるい温かさに草花は生き生きとして見え、小さな可愛花が顔を開いている。墓沿いの木々には伸びたい放題に伸びたツタがぐるぐるに絡みついてかなりカオスな見た目になっている。

「…普通に平和だな。いや、オレはこういう平和を願って戦ってきたが…それでもこう急に眠たくなるような平和が来られても、何かむず痒いというか、変な感じだ。」

「いいじゃん、それでも。」

花が苦笑する。同意するところがあるみたいだ。

「せやなー、んでもってツムグはんもおれば文句なしやけどなー。」

言ったマツボのセリフに三人同時に露骨にうつむく。

「あ…。」

はぁーとため息を吐くサト。

「触れねーようにしてたのに、てめーの無神経は相変わらずだな。」

「い、いやでもその、ほら…ええとぉ…。」

目線を可能な限り逸らして冷や汗ダラダラのマツボ。すると、

「そうだ!そうだよ!今度は、ツムグも入れて五人で、またお墓参りに来ればいい!!」

花が声を荒げる。

『…。』

みんな彼女を見つめる。

「ツムグは…生きて、生きてるから…だから、あいつは、絶対帰って来るんだ。」

花は歯噛みをして雑草を乱雑に引き抜く。

ブチチッ

根の長い草に引っかかり、力ずくで引っぱりブチンと根が切れる。こうなるとまた生えてくる厄介な奴だ。

「ああ。だから俺も、その時に胸を張っていられるよう、一流のマヨセンになるため旅をする。」

決意を語るサトに、花は顔を伏せて草引きを続けている。その様子を悲し気に見つめるさやなにチラッと目を向ける。

「さやな、お前は幹部の仕事に戻るのか?」

サトに問われ、さやなは少しはっとし、それから彼の目を見てそっと笑う。春の訪れを歌う一風ひとかぜが、彼女らを強く吹き抜けた。



「ふむ~、どうしたものか。」

緑森宮、頂上。王座の上では王が顔を悩ませている。玉座の前ではただ一人、さやなが向き合っている。

「むー…白の国…行くとな?」

「はい。」

穏やかに微笑むさやな。

「私今、一応療養中ですし…療養期間を少し多めに取るっていう程では、いけませんか?」

「ふむ~。」

王は白眉毛を上下に何度も動かす。んーと考え込えこんで、

「まぁ、そうじゃのぅ~………いい、よ。」

「やったー!」

ガッツポーズのさやな。王の眉ピクは加速する。

「コホン。…して、もう旅の準備は出来ておるのか?」

「出来てます!」

「ほう。では、彼を探す当ては?」

「ありません!」

「ほほう…。」

今度はヒゲを撫でる王。

「でも…ツムグくん、私のたった一人の弟子なので。それに、大事な友達だから、私が捜してあげないといけないんです。」

「ふむぅ、お主がそこまで言うなら…しゃーないのー。」

「はい!」

テラスから差し込む温かな光に負けない程の明るい笑顔をつくるさやな。

―師匠、僕、戦います。もう、逃げません、だから、師匠も早く、元気になって下さいね。

さやなは玉座の対岸、明るい扉の先の、光の中へと消えていく。一人取り残された老人は、ため息をついて頬づえをつく。

「若さよなぁ~…でも。」

はぁとまたため息。

「さみしゅ~なるのぅ~。」

 


 光の差す回廊を歩き王の間を後にするさやな。

―さやな、色織いろおりという言葉を知っているか?

光は茜色で、アーチ型の大きな柱が紺の影を垂らしている。

―これはワシの師匠からの受け売りなんだが、

―?赤松師匠の、師匠ですか…。

曲線を帯びた下り坂がずっとずぅっと続いている。

―『この世に生まれた者は誰しも無二の色彩を持っている。生きることは、色をつむいで輝かせ続けること。色彩に優も劣も無く、ただ命にあるだけ…。』

―むにの、いろ。

―『この世の誰しも“いろおり”。優も劣も無く、ただ命にあるだけ。』

 回廊を回り陽の光が頬に垂直に当たる。目を細めて赤く染まった空に顔を向ける。遠くに一直線に走る山の帯が炭色に走っている。

「つむぐくん、あなたはまだ、これからじゃないですか。」

歩いていれば影の角度も、陽の色彩も急ぎ足で変わっていったのに、それを見つめれば時間の流れ何て無くなったかの様にずっと赤焼けが広がるだけ。

「うんう、あなたも…か。」

一文字だけ、訂正することにした。



 白紙の紙面。最初に薄く鼠ががった菫色を全体に敷いた。一面に敷いた色が乾くのに随分時間がかかる。それが乾いたら、二層目、ベースの色に深みを与え抽象美を与えておこう。淡口の黄土を均等でなく少しムラが出るように塗りこめる。これで汚い土色に濡れてしまうが、またずっと時間が経って乾けば、黄土は乾いた発色を取り戻し、下の菫と相まって色は重くも軽くも無い程よい味わいになった。

 さて、画面全体の作業ほどほどに描をしていこう。でないといつまでたっても先に進まない。墨で隈取をする―濃淡をつけて具体的に空間を描いて行こうという訳。とりあえず空間に奥行きが欲しい、隈で奥を暗くしていく。そして地面も大切。今回は真っ白な地面なのだが、実際の空間は目に見える以上に複雑に奥へと続いていて、そういう空間の振動、揺らぎが欲しいものだ。地面は濃くなり過ぎないように薄墨で横向きに何層も丁寧に描いていく。奥の隈も乾いたところでぺったりし過ぎないようまた隈を塗り、奥へ奥へ空間を広げる。

 色どり豊かな絵画も良いが意外と黒白の濃淡も大事。名画は黒白写真で撮っても名画とはよく言ったものだ。それでしっかりと墨の濃淡で空間を深めておいた。

さてさてお楽しみの彩色と行こう。降る雪は胡粉で白く映えさせる。風の強さが分かるように、雨降り見たくじゃなくて流れるように緩急をつけて白を置く。あと冷気もとっても寒いので、雪も上質のうさぎもふもふのやつ。色をよく練ってグレーを幾つか作っておく。三色で綺麗な鼠を作れるようになると最高だ。色で言えば…ピンク、水色、黄色、…臙脂、黄土、浅葱…橙、緑、紫…こんな感じで赤青黄色と偏ることのないバランスの取れた三色を選ぶと綺麗に澄んだ鼠色が作れる。

いきなり濃く塗ると下の層を台無しに平面的になってしまうので、透明感と、それから下の明暗を崩さないようにグレーの色と濃度をちゃんと調整して塗っていく。明るいところ、中間、暗いところ、大まかに分けて塗れたなら上出来だ。今回で言えば奥が暗さ、周りや地面が中間、手前の雪や雪が地面に溶け込むところ、宙でほんのり光って見える所が明るいところだ。ちなみに低彩度で闇雲に塗り重ねた所で絵の中に密度も複雑さも期待はできない。彩色の際も隈取の様に空間を描いていく意識が大切。しっかりと一色一色空間に色を置いていく意識で描いていく。暗さから明るさまでグレーの幅がしっかりと出て、胡粉の白がなじみすぎずにパンと冴えることを確認。明るさと暗さの流れや面積比の良し悪しを確認。仕上げに色気の欲しいところに薄く百緑、その他隠し味の高級色を乗せて、栄えある交響曲の完成だ。




                        色織_完


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