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8.怒りの人助け

8話目です。

よろしくお願いします。


本日0時に前話を公開しておりますのでご注意ください。

「その制服……魔術学園の生徒か」

 騎士の一人が尋ねると、クラウドは鼻を鳴らして答えた。

「卒業したばかりだがな。魔術学園主席卒業の魔術使いに、お前ら田舎に飛ばされるような騎士が敵うわけないだろう。ここは大人しく退け」

「退けだと? おい聞いたか、首席卒業様が見逃してくれるとよ」


 一人の騎士が仲間を見ると、他の者たちも大声を上げて笑う。

「馬鹿かお前。俺たちは王都から派遣された騎士隊だ。そこらの田舎騎士と一緒にするなよ」

 完全に馬鹿にした声で、騎士たちはクラウドを指差した。

「首席卒業とは大ぼらを吹いたもんだな。魔術学園主席なんてエリート中のエリートが、こんな田舎にいるはずがないだろうが」


 クラウドは自分の言葉が信用されない事は想定通りだったが、必要以上に笑い声を交えて嘲笑してくる男たちに腹が立った。

「やっぱり信用しないか! クソが!」

 魔力を全身に巡らせ、身体強化と共に薄い風の膜を作り、自分の周りを覆う。これで呼吸する空気中の酸素濃度を上げて運動機能を向上させると共に、少々の攻撃なら弾いてくれる。


「醜く心の汚れた人間どもめ! この俺が滅してくれるわ!」

 どこかの魔王かというようなセリフを吐いて、クラウドは再び左手のラウンドシールドを射出した。

「こんなもの、不意打ちでなければ当たるものか!」

 狙った一人がサーベルでシールドを軽々と弾いた。


 だが、それはクラウドの狙った通りの動きだ。

 弾かれたシールドは繋がっているロープを伝わった魔力を受けると、金属とは思えない程に軽やかに地面を跳ね別の騎士の顔を横殴りに叩いた。

「ぶえっ!?」

 想定外の攻撃をもろに受けて転倒した騎士。その悲鳴に驚いて他の男たちが目を離した隙に、クラウドはロープを使ってシールドを回収した。


 さらに、その隣にリータが並んでいる。

「さすがクラウドさんです! 理解できない変な事を言って気を引いてる間にお姉さんを隠す事が出来ました!」

「あ、うん。そう……そうか。そうだな」

 完璧に本音だったのだが、クラウドは敢えて黙っておく事にした。


 七対二になったが、騎士たちは油断なくサーベルを構えて身構えている。油断が出来ない相手であると気付いたうえ、仲間が三人やられた怒りもある。本気だ。

「クラウドさん。いきましょう」

「ああ。こうなったら思い切り暴れてやるよ」

 クラウドの言葉を待たず、リータが全速力で走る。


「うわっ!?」

 蹴り抉られた地面から舞い上がる土埃に空気の膜が機能した。そういう目的にも使えるのか、とクラウドが想定していなかった使い方の発見に感心している間に、リータは接敵した。

 走り込みながらの小さな拳によるストレートが一人の頬を捉え、頬骨と顎、そして首の骨までも折れる程の衝撃が走る。


 首が衝撃を吸収したのだろう。ぐしゃり、と言う音が響いたあと、だらりと首を垂らした男は膝をついてその場で倒れた。

「ば、化け物め!」

「私は化け物ではありません。ホムンクルスです!」

 風を纏わせた速度の速い刃がリータに迫るが、それでも彼女を捉える事はできない。


「くぬぅ、速い!」

 空振りに終わった腕にリータの手刀が叩きこまれ、騎士は前腕が折れた痛みを感じる前に、首筋を叩かれて倒れた。

 さらに二人を立て続けに殴り倒し、逃げようとして背中を見せた一人は背中にとび蹴りを受け、顔面で地面を滑って行く。


 あっという間に残り二人となった騎士たちは、互いを守る、というより置き去りにされないように距離を詰めた。

 その二人に対し、リータは直立のまま両手を前に突き出した、変わった構えを取っている。

 獣魔狼バスカヴィルを始めとした危険な魔物が多く存在する森の中で、何十年も一人で生きてきた実力は伊達では無い。


「こいつ、本当にホムンクルスなのか?」

「どうでも良い! とにかくこいつを殺さないと……」

 騎士たちは若い者の中から選抜された貴族の子弟だ。

国内の地理を頭に入れて後々一軍を率いて指揮する立場にふさわしい知識を得るための、研修的な意味合いの強い遠征団だった。


 油断なく、真顔と怒りの表情を混ぜ合わせたようなぎこちない表情で近づいてくる不気味なホムンクルスを前に、切っ先が震えるサーベルを握りしめながら「こんなはずじゃなかった」と呟いたのはどちらの男だっただろうか。

 気楽な遠出の合間に「女が欲しいな」と言い出し、高い娼婦よりも垢抜けない村娘に興味があるなどと提案したのは、最初にリータに投げ飛ばされた男だ。


 誰にも罪悪感などは無かった。貴族として生まれ、その社会しか知らぬ者たちにとって平民は人間扱いするべき対象では無い。

 思うさま蹂躙しても咎められる事は無い。ただ、頭の固い連中の耳にさえ入らないように気を付ければ良いだけだ。

 そんな、気楽な息抜きのはずだった。


「やめ……」

 いつの間にかすぐ目の前まで近づいていたリータに、慌てた騎士たちは狙いも付けずにサーベルを振り回す。

 その二本とも、リータの手刀によって叩き折られ、破片が地面へ落ちるより早く、それぞれの腹に拳が突き刺さった。


 即座に内臓が破裂したのか、悲鳴代わりに血を吐き散らしながら揃って飛んで行った二人の騎士は、倒れてからピクリとも動かなかった。

「……終わりました!」

 とリータが振り向くと、そこには先ほど別の家の中に隠したはずの女性が、最初に投げ飛ばした騎士に髪を掴まれてもがいている光景があった。


「はあ……好き勝手やってくれたな……」

 ダメージは大きいのだろう。瞑った左目から血を流している騎士は、リータを憎々しげに睨むと、女性の顔を引き寄せて少し歪んだサーベルの切っ先を突き付けた。

「こいつを殺されたくなかったら、動くな!」

「う……卑怯です!」


「うるせえ! 言う事を聞かないなら、こいつを見殺しにする事になるぞ!」

 興奮している騎士が揺らしたサーベルの切っ先で女性の喉からは一筋の血がこぼれた。

 気絶から目を覚まして状況が分からずに逃げようとしたところを捕まり、訳も分からないまま人質にされている女性は、リータの方へ哀願するような目を向けている。

「……わかりました」


 その場で膝をついたリータは、騎士に命令されて両手を地面に付いた。

「ふぅ……へへ……クソが!」

 リータが大人しくなったことで気を良くした騎士だったが、仲間がみんな倒れているのを見て怒りが湧いてきたらしい。

 口汚い言葉を吐きながら、足元にあった木箱を蹴り飛ばした。


「畜生が。俺は伯爵家の長男だぞ!? どうしてこんな目に……」

「そいつは簡単だ。お前が“間違い”を犯したからだな」

 どこからか男の声が聞こえ、肩を跳ね上げて驚いた騎士が周囲を見回した。

「ど、どこだ……?」

「目の前だよ」


 ガツン、と右手に衝撃が走り、思わずサーベルを落とした騎士は、いきなり正面に現れたクラウドの姿に驚いて左手にあった女性の髪も離してしまった。

「だ、誰だ?」

「お前の仲間に笑われた男だよ」

 右手を守る様に握られたラウンドシールドが、ドームの頂点で鼻を押しつぶすように顔面を捉えた。


 身体強化魔術と魔術風によるサポート付きの一撃は激しい。

鼻血をまき散らして飛んで行く騎士の顔は前半分が潰れていた。すでに死んでいるだろう。

「……俺を忘れやがって。都合は良かったが腹が立つな。まったく」

 シールドを腰へ戻し、クラウドは近くでへたり込んでいる全裸の女性から目を逸らした。


 騎士たちがリータに気を取られている間、土煙の中に取り残されたクラウドは実験中の魔術を試してみたのだ。

 空気の膜を使って光の屈折を調整し、背後の光景を前方に移す。いわゆるステルス機能なのだが……正面からの見た目しか偽装できない。敵が一人になったからこそ使えるのだ。

 それでもうっすら空気の揺れが見えるので、ゆっくり歩かないとすぐばれるという欠陥もある。


「現代知識を持つ(元)研究員が作った魔術を舐めるなよ。人の目に触れない努力なら誰にも負けないんだ」

「流石です、クラウドさん!」

「……どの部分について褒めた?」

 駆け寄ってきたリータに、クラウドはブツブツ言いながら女性の世話を任せた。

 そして、騎士たちが出てきた家へと向かう。そこには奴らが「壊れた」と言っていたもう一人の村人がいるはずなのだ。


☺☻☺


 リータが毛布を探してきて女性を保護して落ち着かせている間に、クラウドは一軒の家に踏み込む。

 そこは村長の家なのだろう。他の家に比べて一回り大きく、部屋数もドアを入ってすぐのリビングダイニングの他に三部屋ほどあるようだ。

 だが、目的の人物を探すのに苦労はしなかった。


「……ひでえな」

 散々に嬲って楽しんでいたのだろう。

 テーブルが脇へずらされ、ソファと椅子でぐるりと囲まれた場所に、一人の女性が一糸まとわぬ姿で倒れていた。

 呼吸はしているようだが、身体中は汗と臭いの酷い液体で濡れ、瞳はどこか遠くを見ている。


「おい」

「ひ……嫌……」

 顔の横に座り込んだクラウドが声をかけると、その存在にようやく気付いたらしい女性は、小さく悲鳴を洩らした。

「この……!」

 彼女が受けた凌辱には同情するものの、助けに来たのに怯えの目で見られた事にクラウドは腹を立てた。


「これだから人間は嫌なんだ!」

 彼女の状況を考えれば仕方ない話かも知れないが、それでもクラウドはあの騎士たちと同じに見られた事が腹立たしい。

「嫌うなり無視するならまだしも、初対面で怯えるとかあるか? 俺はそんなに怖い顔をしているのか」


 実際に今は怒りで顔を顰めているのだが。生来の眼つきの悪さも相まって、普通の女性でも怖いと感じるだろう表情になっているが、クラウド本人は気付いていない。

「学園でもそうだったな。研究室の前で何かコソコソしている女生徒がいたから、注意しようと近づいたら悲鳴を上げて逃げた事があった」

 そんなに嫌いならそっとしておいてくれたら良いのに、と思い出し怒りに鼻息を荒くしながら、クラウドは家探しをして水を称えたかめを見つけた。


 魔術でぬるめの風呂程度に温め、倒れている女性の全身にまんべんなくバシャバシャと浴びせた。

「ひゃっ!?」

 驚いて小さく縮こまる女性の顔に手桶で二度三度とぬるま湯をかけると、洗い流された身体に投げるようにして毛布を掛けた。

 そして、咳き込みながら顔の水を懸命に拭う女性に、クラウドは背を向けて畳みかけるように語りかけた。


「お前ともう一人は生きている。裸を見た事は事故だと思って許して欲しいが、怒りが収まらないならできる限りの賠償はする。お前を襲った男たちは死んだし、死んでなければ今から止めを刺してくる。そいつらの金を渡すし、近くの町までは送るからそれで生活を立て直すといい」

「えっ、えっ?」


 混乱している女性の所にリータが連れてきたもう一人の女性が駆け寄り、泣きながら抱き合う。

「サディナ!」

「マイナ、無事だったのね!?」

 無事とは言えないんじゃないか、とクラウドは身も蓋もない事を考えながら、入口に立っているリータを見た。

「飯にしよう」


 村に残っていた食料を使った食事を作り、落ち着きを取り戻した二人の女性も同席した。

 そして彼女たちは互いに相談をしたのだが、結局はクラウドの提案を受け入れ、共に近くの町まで同行する事になる。村は壊滅状態であり、この場所で生活を立て直すのは難しいのが現実だったからだ。


「ったく、嫌な世界だな」

「そうですか? 希望はありますよ、ほら!」

 慣れているリータは騎士たちの死体から金を集めて来たらしい。テーブルに広げられた金額は、通常の金貨よりも一回り大きな大金貨まである。

 二人の女性は初めて目にする大金に息を飲んだ。二人が結構な贅沢をしても悠々十年は暮らせる金額だ。


「……やっぱり、嫌な世界だ」

 無垢な顔をして死体から金を拾い集めていたのかと思うと、クラウドは改めてそう言わざるを得なかった。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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