7.災難の村
7話目です。
よろしくお願いします。
※18時に6話を公開しておりますので、ご注意ください。
遅めのペースとはいえ、リータの走りに合わせても一日では森を抜けられず、小川の側で一泊してさらに半日。ようやく森を抜け出したクラウドは、木立ちの遮りが無い直射日光の眩しさに目を細めた。
「やっと抜け出せたか」
広い森だ、と改めて思う。この森林が国境として横たわっているせいで、ノーラ王国とヴェサト王国は没交渉となっている。普通なら、人が住めるような環境では無い。
リータが自殺者や狩人の死体ばかりを見て来たのも、無理の無い事だった。
「一番近い村がこっちにあります」
まずは彼女の記憶にある村を目指し、そこで一泊。それからはクラウドが案内役になって王都を目指す。
身分を隠す必要があるので、今着ている魔術学園の制服から別の服に変える必要があるのだが、彼は少し迷っていた。
「着心地が良いんだよなぁ」
「柔らかそうな布ですしね! 色も綺麗です!」
リータが褒める通り、貴族の子弟が多く通う魔術学園の制服は生地からして上等な物を使っている。改造が認められているので、クラウドは自分で内ポケットやラウンドシールドなどを提げるためのベルトを追加していた。
白を基調として、スラックスとシャツ、その上に着るジャケットがセットになっていて、特徴的な青いラインが随所に入っている。
「代わりの服を買うのは問題無いんだが、機能性も着心地も気に入っているんだよなぁ」
クラウドは襟を摘み上げて自分の服を見下ろした。
「でも、目立つよな」
ヴェサトではそうでも無いが、ノーラ王国内ならある程度大きな町へ行けば魔術学院の生徒だとばれるだろう。実際は卒業生なのだが。
「とりあえず村に行ってから考えるか」
「お母様の服が有ったのに」
「入らねぇよ。よしんば入ったとしても着れるか」
開けた場所で昼食に肉を齧り、二時間程早足で歩くと小さな村が見えてきた。
「あそこです。名前は知りません!」
リータが指差した村は、木製の塀にぐるりと囲まれ、密集するようにして十程の屋根が見えていた。一軒だけ、屋根の上に非常時の見張りのためと思われる足場があった。
村を中心に広々とした畑が有り、青々とした小麦が力強く伸び、風を受けてさざ波のように揺れている。
「服は手に入らないだろうが、マントくらいは作れるかもな」
と、村に入る直前でクラウドは足を止めた。
「人の反応が少ない……少なすぎる」
魔術による探査に引っかかる人数がほんの十二人だけなのだ。十棟の家ほとんどが全て一人暮らしである可能性は低い。それに、畑があっても作業をしている農夫が一人も見当たらない。
「あの村、何人くらい住んでいたか憶えているか?」
「森に入る前ですけど、子供も合わせて四十人くらいは住んでました!」
過疎化や魔物の襲撃などで村が壊滅する事は決して珍しくない。だが、十人分の存在が残っている。放棄された村なら誰もいないはずであり、塀や畑の手入れはしっかり行われているのはおかしい。
クラウドが考える可能性は二つ。
盗賊に襲われて村人は全滅し、探査にひっかかっているのが盗賊団である可能性。あるいは、疫病により村の人数が減っている場合だ。
「疫病なら入らない方が良いんだが……」
クラウドはリータに声を押えるように言い、もっと詳しく村の中を探査し始めた。
そこで、ありえない存在を感知する。
「馬……? まさか!」
十二の人間と思しき反応と別に、大型の生き物がまとめて村はずれに繋がれていた。
そっと塀の隙間から覗き込むと、確かに馬の姿がある。しかも十頭もの数が居て、全てに鞍が載せられていた。
さらに馬の向こう、村の中央あたりの広場にいくつかの人間が折り重なっているのが見えた。
「……くそっ! 最悪の展開だな」
明らかに死体だと分かるそれらは、麻でできた簡素な服装から見て農夫やその妻たちのようだ。男女関係無く刃物で斬り殺されている。
ごろり、と上に積み上げられた農夫の死体が山から転がり落ち、クラウドの方へと虚ろな目が向いた。
「うぐ……」
すぐに顔をそむけて、草むらに入って胃の中の物を全て吐き出した。
「クラウドさん、大丈夫ですか?」
不安げにクラウドの背中を擦るリータに、クラウドは取り出した皮袋から水を含み、口をゆすいで吐き出してから言う。
「逃げるぞ。理由はわからんが、王国の騎士が村人を殺してしまったらしい」
「……どういう事ですか?」
リータは理解できない、という顔をした。
食事の為の狩り以外で、生き物を殺すと言う発想が無いらしい。
「疫病かとも思ったが、死体を放り込む穴もなければ、焼こうともしていない。理由はわからんが、兎に角村人が殺されている……」
騎士たちに見つかると面倒だ、とクラウドがリータの手を引いて村を離れようとした時、女性の悲鳴が聞こえた。
「もうやめて!」
泣き叫ぶと言う言葉がそのまま当てはまりそうな、悲痛な叫びは男性の怒号と共に止まった。
殴られたらしい事が、「ひぃ!」という女性の短い悲鳴でわかった。
「クラウドさん?」
馬の数と感知した人間の数が違ったのはこのせいか、とクラウドは歯噛みしながらもリータの言葉に答える事無く、村から離れていく足を止めようとしなかった。
「俺たちには関係の無い話だ。面倒事なのは間違いないんだ。巻き込まれて良い事なんて一つも無い」
「でも……」
「俺たちの目的はエリを探す事だ。ここで足止めされていたら、エリを見つけるのが遅くなるぞ?」
迷っているリータの顔が、クラウドには泣きそうな表情にも見えた。
だが、彼は迷わず危険を避ける事を選ぶ。
彼女を危険な目に遭わせる事の方が、知らない女性を見捨てる罪悪感に苛まれる事より怖い。
「誰か助けて!」
「いい加減にしろ!」
助けを求める声に対して、男の声と同時に激しい殴打の音が聞こえる。村の中から音が聞こえる程の激しさだ。女性はもう、声を上げる気力も無いようだ。あるいは気を失ってしまったのかも知れない。
「駄目です。お母様なら、こんな時は助けに行きます!」
「あっ、待て!」
手を振りほどいて村へ向かって走り始めたリータ。
流石に速い。あっという間に離れていくと、ひとっ跳びで村の塀を越えてしまった。
「ったく、素直ちゃんめ……」
だが、その裏表が無い愚直なまでの素直さがあるからこそ、クラウドは彼女と向かい合って話せる。
リータは正直だ。それは“お母様”やクラウドに対してだけでは無い。誰に対しても同じなのだ。
☺☻☺
リータが村の中へと降り立ったとき、その視界には倒れ伏した全裸の女性とその横に立つ男の姿があった。
女性は体中があざだらけで股間を血で濡らしていたが、リータにはその事が示す意味を知らない。
「お止めなさい!」
リータの声で振り向いた男はまだ若く二十歳くらいの顔付きだ。黒を基調にして金刺繍を施した服を着て、腰に剣を提げていた。鎧の類は付けていない。
「何かと思えば……まだ村の者が隠れていたか。まだ幼いが、まあ女なら使えるだろう」
男は育ちの良さそうな色白の顔に下卑た笑みを浮かべ、腰の剣を抜いた。
無駄に飾りの多いサーベルのような細い剣だが、陽光を反射する刃は鋭い。
「大人しくこちらに来て……なにぃ!?」
話している最中に、リータは騎士の横をつむじ風の世に駆け抜け、女性との間に立ちはだかった。
両手を広げて通せんぼをしている姿に、振り向きざまに男が奥歯を噛みしめた。
「妙な魔術を使うな。だが、邪魔をするなら容赦はせんぞ」
魔力を練り上げ、詠唱によってサーベルに炎を纏わせる。
「王国騎士に歯向かう者には、無慈悲な死がお似合いだ」
「女の人に酷い事をする人は許せません! 私のお母様は、女性に暴力を振るうのは駄目だと言っていました!」
「なら、その母親の教えに殉じて死ねい!」
それなりに整った動きで、騎士を名乗る男はサーベルを振るう。
だが、振り抜こうとする腕をリータが握りしめて止めた事で、炎を纏った刃は彼女まで届かなかった。
じりじりと熱を放つ剣を間に挟んで睨み合いに入るが、平然とした顔をしているリータに対し、騎士の方は熱さに汗を吹きだしている。
「ぐ……小娘のくせに何という力だ……」
炎を止めて離れようとしても、前腕を掴んだリータの手はぴくりとも動かない。
「は、離せ!」
「駄目です! 悪い人にはおしおきです!」
そのまま放り投げられ、騎士は民家の壁を突き破った。気絶したらしく、そのまま出てこない。
男が出て来ない事に手加減をしたつもりのリータは首を傾げたが、どうやら終わったらしいと判断して倒れている女性を抱え上げた。
「大丈夫ですか?」
と声をかけたものの、女性は完全に気を失っていた。
リータは怪我人の手当の仕方を知らない。おろおろとしている間に、他の騎士がゾロゾロとやってきた。
「ん? あいつはどこへ行った?」
叫び声が聞こえたんだが、と見回しながらやってきたのは全員が男で、先ほどの騎士と同じような服を着ているあたり、先ほどの男と同じ騎士なのだろう。一様に若い。
「おい、女が増えてるぜ!」
「ああ、丁度もう一人も壊れたところだしな。いいんじゃねぇか?」
ちょっと脅せばすぐだろ、と剣を抜いて迫ってくるのは九人。逃がさないとでも言うように広がって包囲陣形を作っていく。
対して、守るべき女性を抱えているリータは武器を持っていない。
「むぅ……」
困った、とリータは眉をしかめた。魔物相手なら力加減も考えずに蹴るなり石でも投げるなりするところだが、人を殺すのは駄目だと教わっている。
「くくく……ぎゃあっ!?」
端にいた一人が、笑っていた顔を歪ませて悲鳴と同時に身体をくの字に曲げて倒れた。
側面から、クラウドがフリスビーのように放ったラウンドシールドが脇腹に命中したのだ。
その威力は凄まじく、倒れた男は血を吐いて痙攣している。
「リータ。何を躊躇ってる」
ロープで引き寄せたシールドを左手に付け直したクラウドは、二つの盾を打ち合わせて金属音を響かせた。
「悪い奴を前にして躊躇うな。大事なものを守る為に」
クラウドの言葉を聞いて、リータは抱えていた女性をそっと横たえた。そして立ち上がった時、口は横一文字に引き締まっている。
「それでいい。さあ、さっさと片付けるぞ!」
「はい!」
人数差は二対八。だがクラウドは負ける気がしない。
「仲間に囲まれて和気あいあいと温い生活してきた貴族のボンボンが、一人孤独に腕を磨いてきた俺に勝てると思うなよ!」
湧き上がる怒りには、割と私怨が混じっていた。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。