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6.旅立ち

6話目です。

よろしくお願いします。


※ちょっと早めに書けたので緊急更新です。

 本日(7日)0時にも5話目を公開しておりますので、ご注意ください。

いつもの時間(8日0時)にももう一部公開します。

「駄目です。行けません」

 リータはクラウドの提案をキッパリと断った。

「……“お母様”に会いたくないのか?」

「私はここを守るように言われたのです。ここを離れたら、お母様が帰ってきた時に一人ぼっちです。一人ぼっちは駄目です」


 クラウドはそれ以上何も言えなかった。

 彼が基本的に自分だけを信じているのと同じように、リータも“お母様”の言葉を信じて、ここで何十年も過ごしていたのだ。

 一人ぼっちは駄目だ、と自分でもわかっているくせに。


 食事を用意する、と言って部屋を出ていったリータを追う事も無く、クラウドは大きな机に腰を預け、エリが残した記録をゆっくりと読み始めた。

「……あの後、やはり俺は死んでいたのか」

 エリは急いで装置を止めようと奮闘したようだが、どうにもならなかったらしい。記憶物質の大半を抜かれた脳は機能不全を起こして、小脳や脳幹にまで影響がでたようだ。

 まる一週間、ベッドの上で生かされていたようだが、結局は死亡した。


 その後、エリは気丈にも明人の研究成果をまとめ、研究を引き継いだらしい。他に適任者がいないという事もあったが、それだけ彼女が優秀だった証左でもある。

 彼女の頭脳にすら気づかなかった自分を恥じながら読み進めると、その後のエリが如何に苦労をしたかが分かった。


 明人が死んだ原因が、装置を止められなかった自分にあると考えたエリは、事故の際に採取された彼の記憶物質を誰にも渡すことなく独占した。

 倫理的に二度と手に入らないであろうサンプルである。様々な研究機関が共同研究を打診してきたようだが、彼女は明人の記憶を損壊したり盗まれたりする事を恐れて全て断った。

 妙なところだけ自分に似たものだ、とクラウドは笑みをこぼした。


 十年以上の年月をかけて、エリは記憶物質のコピーやある程度の選別ができるまでになったようだ。特殊な技能を持つ数人から記憶物質を抽出するまでに至ったが、そこで彼女は不審な集団に研究所を襲撃された。

 倫理的な理由で反対していた宗教団体か、研究を狙った者たちかまでは判断できなかったらしいが、いずれにせよ追い詰められたエリは、幾つかのサンプルと明人の記憶を抱えて逃げた。


 だが、長年研究に打ち込んできたエリが抗えるはずも無く、最終的には車で逃走している最中に追突され、崖から転落した。

 そして目が覚めた時には、この世界へと転移していた。

 しばらくは混乱していたようだが、記憶物質はしっかり抱えていたらしく、知恵を活かして村々で治水などの指導をしているうちに“賢者”と呼ばれるようになり、ホムンクルスの存在を知ってからは、その製造研究へと没頭したらしい。


 結果生まれたのがリータだ。

「確か二十代半ばで俺の研究所に来て、それから十年経ってこっちの世界へ。そこからさらに十年以上かけてリータを作り、記憶物質を盗まれてから三十年程度……」

 冷静に数字を足していく。

「八十前後と言ったところか」


 現代日本であれば、まだまだ元気でいる可能性が高いと言える。だが、こちらの世界の平均寿命を軽々超える年齢でもあるのだ。

 食事や環境による影響。いや、寿命とは無関係に明人の記憶物質を盗んだ“犯人”から返り討ちに遭っている可能性もある。

「いや、冷静に考えろ。俺は研究者だ。最悪の事も想定するべきだ」


 言い訳のような言葉を並べるが、クラウドがここにいる事が答えだろう。エリ自身がどうなったかはわからないが、記憶物質の奪還は失敗したのだ。

「……親父が関わっているのは間違いないな。ぶん殴っただけじゃ温かったか……ん?」

 手帳の隙間に挟まっていた一枚の紙片がひらひらと落ちた。

 拾い上げると、丁寧な文字で「これが読める人は、机の下に箱が有ります。魔力を使って開けてください」と書いてある。


「箱?」

 机の下を覗き込むと、一抱えはある金属製のアタッシュケースのような箱が見えた。

「重っ!」

 なんとか身体強化を使わずに抱え上げられる程に重たい箱は、蓋がガッチリと閉じており、順不同に壱から伍までの漢数字が並び、それぞれの数字の下に小さな水晶玉が付いている。


「……よしんば異世界から人が来たとして、それが外国人だったらどうするつもりだったんだ?」

 言いながら、クラウドは漢数字の順番に水晶玉へと魔力を込めていく。

 最後の伍に魔力を込めると、蓋は音も無く開いた。

「これは……」


 まず目に入ったのは一枚のメモ。“これを差し上げます。どうか悪い事には使わないで”と日本語とこの世界の言葉で書かれている。

 メモをポケットへ入れると、中にはホムンクルスや記憶物質についてまとめた研究報告書と、封筒に入った一通の手紙。そして、見覚えのある試験管がざっと二十本は並んでいる。


「こんなにあるのか!」

 それぞれの試験管には紙が巻かれ、記憶の本来の持ち主と思われる名前と、抽出された記憶の特殊技能について書かれていた。

「“三塩潮、航空機械技師”? こっちは“不動玲子、粘菌学者”か。初めて聞く名前ばかりだが、結構な協力者がいたものだ」

 自分だったら誰か被験者になってくれただろうか、と想像しかけて、慌てて考えを振り払った。


「……そんな事より、これだな」

 クラウドがそっと手に取ったのは、箱の中で可愛らしい小さな花の絵がペンで描かれた封筒だった。

 宛名として『私のリータへ』と書かれている。


「クラウドさん、ご飯ができましたよ!」

 リータの声が聞こえて、クラウドは手紙を上着の内ポケットへ丁寧に入れる。箱は閉じて、元の場所へと戻した。


☺☻☺


「また鹿肉か……というより、朝の残りか」

「しっかり処理していますから大丈夫です! この量があればあと三日は食べられますよ!」

 そういう問題じゃないんだが、とクラウドは着席してナイフを手に取ろうとして止まった。


「リータ。お母様……エリはこういう事をしていなかったか?」

 両手を合わせて、クラウドが「いただきます」と呟くと、リータは大きな目をさらに見開く。

「クラウドさん、やっぱりお母様のお知り合いだったんですね! お母様は他の人が見たら変に思われるから、外ではやらないようにと言われてました!」


 嬉しそうにリータも手を合わせて、「いただきます!」と元気に言って鹿肉へと取り掛かる。

 クラウドも反対側から肉を削り取って食べていく。野菜も買ったばかりの新鮮な物がボウルに盛られているのを、塩を振りかけて豪快に齧る。

「トマトは切って皿に盛るくらいしてくれよ」

「丸かじりの方がおいしくないですか?」


 そんな会話と共に食事は進み、二人とも食後のお茶をゆっくりと飲み始めた。

「リータ。エリの部屋にこんなものがあった」

 クラウドが懐から取り出した封筒の表に自分の名前が書いてある事に気付いたリータは、クラウドが驚く程の速さでそれを奪い取った。

「お手紙……!」

「書いてある通り、お前宛てだ。開けて読むと良い」


 両手でそっと糊付けを剥がして、二つ折りになった一枚の便箋に目を走らせたリータは、深呼吸をする。

 クラウドをちらりと見て、もう一度ゆっくり読み直しているようだ。

「……クラウドさん」

「なんだ?」

「私、お母様を探しに行きます。クラウドさんと一緒に」


☺☻☺


 翌朝。旅支度を済ませた二人は小屋の前に立っていた。

 入れ替わりに“お母様”が帰って来ても心配しないように、室内の目立つ場所にリータが書いた手紙を置いて、研究報告書と記憶物質はクラウドが背中に背負っている。

「戸締りばっちり! 大丈夫です!」

「じゃあ、俺の番だな」


 施錠されたドアの前に立ち、クラウドがポケットから取り出したのは三つの小さな水晶玉だ。今は背中に背負っている記憶物質が入った箱の鍵に使われていた物を、ナイフでくり抜いて取り出した。

 鍵穴の上部分をナイフで抉り、そこへ一つの水晶をぐいぐいと押し込み、魔力を流す。さらに残り二つをその水晶に触れさせて、同調させた。これで魔術鍵の完成だ。同調させた二つの水晶のどちらかが近くに無ければ、障壁が邪魔でノブどころか小屋の壁にすら触れる事が出来ない。


「そんな魔術があるんですね。便利です!」

「俺が作った魔術だよ。俺の部屋や研究室に勝手に入られないようにするための……いや、これ以上は聞くな」

 ドアの隙間に紙片を挟んだりするような真似をするのが嫌で開発した魔術だが、完成後に酷い虚無感に襲われたのをクラウドは良く覚えている。

 毎日使ったのだが。


 小屋の近くに日本語で印をつけて、皮袋に入れた鍵になる水晶を一つ隠した。もう一つをリータへと手渡す。

「俺はこの魔術を自力で解除できる。これはお前が持っていろ」

 リータは水晶玉を受け取ながらも、首を傾げている。

「クラウドさんが解除できるなら、これは要らないんじゃないですか?」


「……馬鹿言え」

 少しだけ間をおいて、クラウドはちゃんと持っておくように伝えた。

「お前が一足先に小屋に帰る可能性もあるだろうが。その時の為だ」

「なるほど!」


 納得しました、と鍵と一緒にお金が入った袋に放り込むリータを見て、クラウドは彼女だけは必ず無事にこの場所へ帰す事を改めて誓っていた。

 目星を付けているのは、クラウドの父親である公爵ギヨーム・ファルジ・ロンバルドなのだが、彼が王族である以上、最終的にノーラ王国そのものを敵に回す事になる可能性が高い。


 個人の武勇が国家をひっくり返せる可能性は低い、とクラウドはドライに考えていた。最悪の場合でも、リータだけは敵の手から逃がさなければならない。

「さて、そろそろ行くか。道案内を頼む」

「はい、わかりました!」

 二人は揃ってノーラ王国方面へと歩き出した。

 クラウドの脳裏にあるのは、リータが見せてくれたエリの手紙に日本語で書かれていた、「この子をお願いします」の言葉だった。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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