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5.“お母様”

5話目です。

沢山のブックマークや評価ありがとうございます!

 悲鳴梟オウルは市場に残ったクラウドたちに狙いを定めたらしく、飛び上がった彼と真正面からぶつかりあう。

「うわっ、近くでみるとフクロウの目って怖いな」

 鋭い爪を正面に向けて掴みにかかる悲鳴梟に対し、クラウドは右手のラウンドシールドへ魔力を流した。

「こいつ使うのは初めてだが……」


 ラウンドシールドが微振動を始めると、耳をつんざくような高音と共に激しい振動が盾に触れた爪を伝って悲鳴梟を襲った。

 混乱し、人間の鳴き声に良く似た悲鳴を上げて上空で暴れる悲鳴梟に対して、クラウドも歯を食いしばって血走った目をしている。

 リータに注意した癖に悲鳴梟の声に含まれる音波を至近距離で受けたうえ、盾の振動が腕に伝わったせいで右腕全体がしびれてしまった。


 相打ちになったままで落下するのが恥ずかしくて仕方ないクラウドは、まだ無事な左腕を振り、盾の内側に仕込んだフック付きのロープを悲鳴梟の足に絡めた。

「こ、これは間違えないからな! 雷撃をくらえ!」

 魔術を使い、中空で空気を操って作り出した電位差によって生じた小さな雷は、金属を編み込んだロープを伝って悲鳴梟を襲う。


 再び悲鳴を上げた悲鳴梟は、気絶したらしくそのまま自由落下を始めた。

「おっ?」

 ガクン、とクラウドも身体を引っ張られた。ローブでつながっているので当たり前なのだが。

「ちょ、待って……」


 電撃で一部が溶けてしまったらしく、悲鳴梟の足からロープがほどけない。慌ててラウンドシールドを外そうとするが、右手はまだ痺れてうまく動かせなかった。

「うおおおお! 南無三!」

 飛翔魔術も風を受けて浮力を作る翼が無ければ役に立たない。身体強化魔術で落下の衝撃に備えるしかない。


 それでも不安なクラウドは、ロープを収納しながら悲鳴梟へと近付き、その巨体をクッションにする事にした。

「飛び出した骨が刺さったり……いや、想像しないようにしよう。俺は俺の身体強化魔術だけは信用する」

 風を受ける巨体は多少なりブレーキの役目を果たし、大きな音を立てて葉野菜の山へと墜落した事も相まって心配したような状況にはならなかった。


 その代わり悲鳴梟は死なず、落下の衝撃で目を覚ましてすぐに首を巡らせ、腹の上にいるクラウドと目があった。

 クラウドの方は衝撃で頭がふら付いている。大きなくちばしが眼前で開くのを前に、身体が上手く動かない。

「クラウドさん!」


 リータの声が聞こえて、クラウドの目の前で開いた上下のくちばしを彼女の細い手が掴んだかと思うと、そのままゴリゴリ、と嫌な音を立てて頭が一回転、二回転と石臼のように捻り回された。

 さすがにフクロウ型の魔物と言えど、首が二回転するのは耐えられなかったらしい。泡を吹いて沈黙した。


「大丈夫ですか?」

 リータが手を伸ばしたのを、クラウドは少し迷って掴む。

「大勝利ですね! 二人の共同作業です!」

「違う。そんな言葉、どこで覚えるんだよ」

 立ち上がり、しびれが大分落ち着いたのを確かめるように右手を握ったり開いたりしていると、大勢の足音が聞こえてきた。


「市場の連中が帰って来たのか?」

 音のする方を見ると、どうも様子が違う。

「あれは兵士さん達みたいですね」

 悲鳴梟の襲来と聞いて、ようやく人数が集まった兵士たちが文字通り駆け付けて来たようだ。

 クラウドは「まずい」と呟いた。


「逃げるぞ、リータ」

「どうしてですか? クラウドさんも私も、良い事をしたのに」

 良く考えろ、とクラウドはリータをちらりと見た。

「俺たちは正規の方法で町に入ってない。面倒事に巻き込まれるのは避けた方がいい」

 生国に居場所がバレるのもまずい、と心の中で付け足す。


「それにだな!」

 クラウドは両手で頭を抱えて叫んだ。

「変に実力があるからとホイホイ領主やら王やらに会ってみろ。あれこれと無理難題や危険な仕事を押し付けられるに決まってるだろう! 無事にこなしても底意地の悪い連中に目を付けられて嫌がらせを受けるのは確定だし、強すぎるからと危惧されて金髪の女騎士に命を狙われるぞ!」


「なぜ金髪で女性の騎士なんですか?」

「それがお約束だからだ!」

「そうなのですか」

 心なしか、冷めた目を向けてくるリータの視線に耐え切れず、クラウドは「俺を見るな」と呟いて、背中を向けた。


「とにかく、逃げないといけないんですね!」

「ああ。まったく疲れる事だが」

 先ほどの落下のダメージもあり、走り出す足取りも弱々しいクラウドは今夜の筋肉痛を覚悟しつつ身体強化魔術を使おうとしたのだが、発動前にリータからひょい、と持ち上げられた。


「お。おい!?」

 仰向けされて、背中に小さな手が二つだけという心許無い支えに不安になったクラウドは、視界に近づいてくる五メートルはあろうかという塀が見えてきた事で、より一層怖くなった。

「待て! まさかこのまま飛ぶ気じゃないだろうな?」

「それはちょっとバランスを取るのが大変ですし、お野菜などの荷物もありますから、こうします!」


 一瞬身体が沈んだと感じたクラウドは、直後に空を飛んでいた。

「マジかよ……」

 リータに放り投げられ、放物線を描きながら高い塀を越えたクラウドは着地の為に身体を捻る。

 この程度の高さなら問題無い、と魔術で強化した足でしっかりと地面を踏みしめた。

 そして、その上に落ちてきたリータに踏みつぶされて、クラウドはドヤ顔を決めたまま気を失った。


☺☻☺


「女性の体重で気絶するなんて失礼です!」

 野菜や調味料を包んだ布の上にクラウドを乗せて森を走りながら、リータはプリプリと怒っていた。

 仰向けに揺られているクラウドからリータの顔は見えないが、恐らくはあまり怒りが伝わらない表情をしているだろう。


「大荷物を抱えて、おまけにあんな高い所から落ちてきたら、体重なんて大して関係ないだろうが……」

 怒る気力も失って、ぐったりとしているクラウドは風に流れそうな声量で呟く。

「それでも、ですよ。お母様も言っていました。男性は心が強い人が素敵だと」

「身体の強さが関係無えじゃねーか」


 しばらく無言が続き、小屋までもうすぐと言ったところでクラウドは口を開いた。

「……町で聞きそびれたが、お前の“お母様”ってのはどんな人なんだ?」

「お母様はとても優しい方です! 私を娘と呼んで色々な事を教えてくれて、こんなに立派に育ててくれました!」

「お前が立派かどうかはさておいて、確かにお前レベルのホムンクルスを作れる程の才能が有ったのに、国境をまたぐ森に小屋を作って住んでいたのか」


「お母様は、私にはわからない研究をずっと続けておられました。最初は森じゃなくて、別の場所の小さな村にいたんですけど、何か大切な物を盗まれたと言って、今はそれを探しておられます!」

 クラウドは、リータの話を頭で整理していく。

 村で研究成果でも盗まれたのだろう。危険だと判断して森に隠れ住むようになったのか。


「森へ来て一年経ってから、お母様は準備が出来たと言って出かけられました。私には、小屋でちゃんと留守番をしているように言われましたから、ちゃんと待っていないといけません!」

 そうして数十年が過ぎた。

「森の奥まで生きたまま来る人はあんまりいませんから、クラウドさんが来てくれて嬉しいです! 自殺しに来たのじゃなくて良かった!」


「お前のせいで溺れかけたんだけどな」

「でも、私のお蔭で助かりました!」

 明るく返すリータに、クラウドは聞くべきかどうか迷っていた事を聞く。

「……その“お母様”は、なんて名前だ? まさか忘れたなんて言わないだろうな」


 名前を聞く事で、その人物の事をクラウドは忘れられなくなるだろう。だが、あけすけなリータの性格は彼にとって癒しでもあるという事から、もう目を逸らす事は出来ない。

 旅の途中で“お母様”の最期を知る事ができたら、せめてリータに伝えるくらいの事はしても良いと思えてきた。

 しかし、そんな穏やかな情緒はリータの一言で吹き飛ぶ。


「忘れるわけありません!」

 失礼ですよ、とリータはちゃんと覚えていると主張した。

「お母様の名前はソーマー・エリーです。村の人たちからは先生と呼ばれて……」

 リータの自慢話を聞く前に、クラウドは荷物から転げ落ちていた。

「あれ? クラウドさんを落っことしちゃった」


「痛てぇ……いや、それよりもだ。相馬? 相馬エリだと?」

「ちょっと発音が違いますよ。ソーマー・エリーです」

 リータは訂正したが、クラウドは心臓をバクバクと鳴らしながら確認をしたくてたまらなくなった。

「“お母様”の部屋には、何か残っていないか?」


「私にはわからない書類が一杯ありますけど、どうするつもりですか?」

「壊したり盗んだりしたいわけじゃない。お前の“お母様”は俺の部下……というには何も教えなかったな。弟子……ちがうな。とにかく、知り合いの可能性がある」

 クラウドの言葉に、リータは今までで一番表情を変えて喜んだ。

「そうなんですか! じゃあ、お母様の部屋を見てみてください!」


 再び荷物の一部となったクラウドを乗せて、より高速で小屋へと帰りついたリータは、クラウドの腕を引いて急いで“お母様”の部屋へと案内した。

「どうぞ。私にも読めない字が書いてあったりしますから、私は説明できませんけど」

 一歩部屋に入ると、クラウドは書類や本の量に圧倒された。

 まだ金属活字による活版印刷が存在せず、木版が主流で書物は高価だ。貴族でも無い人物が集めるには、不可能と思える数が壁の棚にぴっちりと綺麗に並んでいる。


 その中で、一つだけタイトルが書かれていない、一回り小さな本があった。

 クラウドがそっと抜き出して開くと、中身は“お母様”が自分で書いたらしい、日記と研究記録を半分ずつ書いたような内容だった。しかも、日本語で書かれている。

「……そうだったのか……」

 一番最後に書かれた部分。そこには彼女の意気込みと怒りが窺える文章が綴られていた。


――先生の記憶が盗まれた。他の成果も。多分、しつこく勧誘して来たノーラ王国が犯人だと思う。絶対に取り戻さなくちゃ。もうおばさんになっちゃったけど、絶対に先生と再会したい! もう一度会って、今度こそちゃんと気持ちを伝えなくちゃ。

――会いたいです、先生。訳の分からない世界に来ても、先生の記憶と一緒だったから平気でした。だから、絶対にまた会います。だから、その時は私の名前を呼んでくださいね。エリ、と呼んでください。私も勝手に名前で呼んじゃおうかな。……明人さん、愛しています。


「……クラウドさん、大丈夫ですか?」

 大粒の涙をこぼしているクラウドの顔を、リータが不思議そうに覗き込んだ。

「どこか痛いんですか?」

「馬鹿、俺の顔を見るな。……人間は、嬉しい時も悔しい時も涙が出るんだよ」

 憶えておけ、と言ってクラウドは乱暴に袖で目元をぬぐう。


「嬉しいんですか? 悔しいんですか?」

 ずばり聞いてくるリータに、クラウドは思わず苦笑した。

「両方だよ」

「そうなんですか……難しいです」


 暫く泣き通して落ち着いたところで、クラウドはリータの顔をまっすぐに見た。

「お前、相馬に……いや、エリに会いたいと思うか?」

「もちろんです! だから、お母様がちゃんと帰ってこれるようにここでお留守番しているんです!」

 胸を張ってちゃんとやっているんですよ、と自慢するリータにクラウドは真剣な目を向けた。


「探しに行かないか? ここを出て、お前の“お母様”を」

 クラウドは心に決めた。相馬エリはきっと生きていると信じる。そして、あの時の事やその前の事を全部謝る。気持ちを聞いて答えを伝える、と。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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