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4.森を抜けて、町へ行こう

4話目です。

よろしくお願いします。

「朝ですよ!」

「む……うわっ!?」

 声に反応して、うっすらと開いた目にリータの顔が大きく映り、クラウドはソファから転げ落ちて距離を取った。

「朝ごはんは昨日の鹿の残りでいいですか? お野菜も少し残ってます」


「あ、ああ。わかった」

 クラウドは前の身体(というのも語弊があるかも知れないが)だった頃から、これほど間近で誰かの顔を見たのは初めてかも知れない、と思ったクラウドは、外に出て冷たい森の空気に触れて、考え直した。

「あいつは人間じゃない。ホムンクルスだった」


 近くの小川で顔を洗い、ピリピリする程冷たい水を指で払う。

「ホムンクルス……詳しくは知らないが、あれほど人間臭い動きが出来るものなのか?」

 脳の研究をしていた彼は、人間の記憶や思考の複雑さを嫌と言う程理解している。記憶は薄れたり強烈に残ったりするかと思えば、簡単に記憶の錯誤を起こしたりする。その結果、人間は失敗をするし勘違いをする。


 そこには感情が深く関わるのだが……。

「感情か。普通は周囲の人々や家族からの影響で育つものだが」

 リータが持つ微妙に薄く感じる感情は、人と接する機会が少なかった事を意味するのだろう。唯一、造物主である“お母様”に対しては、馬鹿にされると怒るようだが、それ以外の感情はあまり見せない。

「……ま、俺には関係無いか。町まで案内して貰ったらお別れだ」


 小屋に戻り、昨日の食べかけの鹿もも肉が、火であぶられて温め直した状態でテーブルの大半を占めているのを見る。その脇に、小さな器に洗って千切っただけの野菜が盛られている。

どうやらリータはあまり食事に工夫をする気はないようだ。

「食事をしたらすぐに出ましょう!」


 昨夜と同じように大量の肉をもぐもぐと食べながら言うリータに、クラウドは目を合わせずに頷いた。

「塩味しかしないんだが……」

 鹿肉もサラダも、さっと塩を振っただけらしい。昨日は美味しく感じたが、さすがに連続となると胃もたれがする。町へ行ったら新鮮な食材と共に、調味料も色々と手に入れようとクラウドは心に決めた。


 その後、リータの宣言通りに町へと向かった二人は、鬱蒼とした森を抜けて明るい太陽の光が降り注ぐ平原を通り過ぎ、高い塀に囲まれた立派な町の前へと辿り着いた。

「はぁ……ぜぇ……」

「どうしました?」

 息も絶え絶えのクラウドを、きょとんとした顔で覗き込むリータ。

 声も出せずに口をパクパクさせながら、クラウドは顔を逸らしてヨロヨロと距離を取った。


 リータの移動は、徹頭徹尾“全力ダッシュ”だった。

 干していた皮をポンポンと重ねて紐で括ると、まるで軽い荷物かのように肩に担ぎ、小さなポーチを肩にかけて「準備ができました。行きましょう」と言ったかと思うと、森の中を風のように駆け抜けた。

「歩いていると魔物が寄ってきて面倒なんです」

 とは、リータ走行中の言葉だ。


 身体強化魔術を使い、尚且つ風を操作してなお体力が尽きる程に走らされたクラウドは、呼吸を整えるまでにしばらく時間がかかった。

「こいつ、人間じゃねぇ」

 クラウドがボヤく通りに人間では無くホムンクルスなのだが、言葉は滅茶苦茶でも思考は正常だった。


 ホムンクルスは、それほど人間離れした能力を持っているわけでは無い。だからこそ、高価な割に使い勝手が悪いので、左程普及していないのだ。

 獣魔狼バスカヴィルを片手で止める程の腕力も、無制限かと思えるスタミナも、一般的なホムンクルスとしては“異常”と言っていいレベルにある。

 クラウドはリータを作った“お母様”に興味が出てきた。リータの言う通りにその人物が彼女を作ったのであれば、とんでもない天才だ。


「ふぅ……お前の言う“お母様”ってのは、今どこにいるんだ?」

「お母様は、大切な物を取り戻すために三十年くらい前にお出かけされて、まだお戻りになられていません」

 大切な物という言葉に引っ掛かりを覚えたが、それ以上に三十年という期間を一人で過ごした事に、クラウドは思わず顔を顰めた。


 三十年。出かけた時点で何歳だったかはリータも知らないらしいが、この世界の人間は平均寿命が大体六十年。八十まで生きていれば大長寿と呼ばれるくらいだ。件の“お母様”はもう亡くなっているのではないだろうか。

 そう思うと、クラウドはリータが不憫に思えてきた。このまま何も知らずに、彼女は身体の機能が停止するまであの小屋で一人生きていく。


「町へ入りましょう。野菜が売り切れてしまいますよ!」

 リータの声で我に返ったクラウドは、先ほどまでの暗い想像を振り払った。“お母様”とやらが必ずしも亡くなっているとは限らない。明日にも目的を果たして帰って来るかも知れないのだ。

「こっちです。門から入ると兵隊さんに止められちゃいますから」


 身分証を持っていない彼女は、塀の一部が壊れて少し低くなっている場所をよじ登り、町へと入って行く。

「不法侵入じゃないか。おまけに恥じらいもないのか……」

 森を走っている時からそうだが、リータはスカート姿なのを気にする事無く活発に動き回る。ちらちらと白い布が見えてた気がして、クラウドは人形みたいなものだと思いつつ目を逸らした。


 再び身体強化魔術を使って、クラウドはひぃふぅと息を吐きつつよじ登り、ようやく中へと飛び降りる。生命体感知魔術は町の人々を感知するので止めてしまった。

 都合よく建物の裏手になっている場所で、リータに急かされて表に出ると、多くの食材や日用品が並ぶ市場が広がっていた。

「おや、リータちゃん」


「こんにちは! また毛皮を買い取ってもらえますか?」

 市場の一角で手作りらしいコートや襟巻を売っている老婆の前に、リータは獣魔狼の皮をどさりと積み上げた。

「おやまあ、また綺麗な毛皮だね。もちろん買い取るとも。どれどれ……」

 一枚一枚手に取り、そっと撫でながらしっかり確認していく老婆に、リータは自慢げに胸を張る。


「これは私だけじゃなくて、クラウドさんにも手伝ってもらったんですよ!」

 くるりとリータが振り向くと、そばにいるはずのクラウドの姿が無い。

 キョロキョロと見回すと、建物の蔭に潜んで、片目だけを出して市場を監視するかのように見回している。

「何をしているのでしょう?」


「あれがリータちゃんの連れかい? 男は選んだ方がいいと思うんだけどねぇ」

 買い取りの銅貨を渡しながら、老婆は心配そうに伝えた。だが、リータは大丈夫と答える。

「クラウドさんはいい人ですよ? なんだかお母様に似ているのです!」

 お金を受け取ったリータは、クラウドの所へ駆けていく。


「人がこんなに……おまけに市場だと? あちらこちらで釣り銭の誤魔化しや騙し合いが行われているに違いない!」

「何を言ってるんですか?」

 ブツブツと疑いの言葉を並べるクラウドは、リータに話しかけられると急いで建物裏へと戻って行った。


「市場とは聞いていない!」

「はい、言ってません!」

 クラウドは小さな店に売りつけるだけだと勝手に思い込んでいたので、突然賑やかな市場に連れて来られて混乱していた。

「お金がもらえましたから、お野菜を買いに行きましょう。お塩はまだあるから大丈夫です!」


「しょ、食材か……」

 リータが言うにはこの町では市場以外ではまず食料は手に入らないらしく、他には食堂に行くしかない。他人の料理は極力避けたいクラウドは、自分の為にも市場で食材を手に入れる必要があった。

 今から一人で生きていくにあたって、ここでくじけているわけにはいかないと、膝に力を入れた。


「良し。俺も買い物に行くぞ」

 それからは別々に買い物を続ける事になった。

 リータは買う物が決まっているらしく、次々と店を回っては野菜を買い込み、布袋へ詰め込んで行く。

 対して、クラウドは果物や調味料にしても一つ一つじっくり確認して、何度も金額を聞いてようやく購入するので、やたらと時間がかかる。


「いい加減にしておくれ。どれを選んでも美味しいリンゴなんだから、そんなにじろじろ見たって変わりゃしないよ」

 果物を大量に並べている女性が、肥えた腰回りに手を置いてため息混じりに言う。

「そう言って未成熟な実を押し付けようとしても無駄だぞ。俺は自分の事しか信じない」

「……お兄さん。自分で言ってて虚しくならないかい?」


 とは言うものの、果物の目利きなどできない。クラウドが悩んでいると、リータが横からひょいひょいとリンゴを拾い上げた。

「これが美味しそうですよ、クラウドさん」

「あら、リータちゃんの連れかい?」

 なおも血走った眼でリンゴを見回しているリータは、女性に銅貨を渡すと、一つのリンゴをクラウドの鼻先に持って来た。


「ほら、クラウドさん。食べてみたらわかりますよ!」

「……そんなの、当たり前だろうが」

 差し出されたリンゴを掴み、齧る。

 中心部分に琥珀色の蜜を抱えた果肉は爽やかな香りとさっくりとした歯ごたえがあり、甘さものどを潤してなお舌に深い余韻を残した。


「……美味いな」

「でしょう!? この果物はお母様も大好きでした!」

 折角ですからもっと買って行きましょう、とさらにリンゴを三つほど選んだリータに、クラウドは口元を拭って話しかけた。

「リータ。その“お母様”ってのは、どんな……」


 言葉の途中で、ふとクラウドの顔に日影が指した。

 クラウドが見上げると、翼を広げた鳥の形をした大きな影。

「……魔物だ!」

「兵士を呼べ! 助けを!」

 誰かが叫ぶと、市場はパニックになった。


 我先にと逃げ出す人々が生み出す流れの中で立ち尽くしたまま空を見上げるクラウドは、悠々と旋回しながら首を回して獲物を選別しているフクロウそっくりの魔物を見ていた。

悲鳴梟オウルか。実物は始めて見た。翼長が五メートル程らしいが、こうしてみるともっとデカく見えるな」

「逃げないんですか?」

 リータも、クラウドと共に立っていた。


「そういうお前は逃げないのか?」

「クラウドさんを置いて逃げられません。それに、ここの市場が無くなると私もお母様も困ります」

 ふん、とクラウドは鼻を鳴らして、腰から小型ラウンドシールドを掴み取って両手に固定する。


「俺も買い物が終わっていないからな。他にも買う物がある。さっさと叩き落とすぞ」

 ほぼ無人になった市場はクラウドにとって居心地が良かったが、人の目が無いからと言って火事場泥棒をするつもりは毛頭無かった。

「俺は俺が信用する一番素晴らしい人物でありたいからな」


「私はお母様が一番信用できると思います!」

「その話は後でな。今関係無いし」

 関係ありますよ、とリータはふふん、と胸を張る。

「お母様は帰って来ると約束しましたから、私はお母様が帰る場所を守る約束を果たします!」

 お母様を信じているから、と。


「……なら手伝え。俺が叩き落とすから、止めは任せる。鳴き声を聞くと身体がしびれるから気を付けろよ……お前には効かないかもな」

 ガチン、と盾どうしをぶつけ、クラウドはいつの間にかリータへ向けていた視線を逸らし、魔術を発動して上空の悲鳴梟に向けて跳躍した。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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