3.ホムンクルスの少女
3話目です。
よろしくお願いします。
「お母様の悪口は許しません!」
「わかった、わかった。俺が悪かったよ……」
投石で気絶したクラウドは、ホムンクルスの少女に引き上げられ、彼女の家で暖を取っていた。
見た目は森の中に建つ小さなログハウスだが、立派な薪ストーブが付いていた。すっかり冷えてしまった身体を温めながら、クラウドは少女に謝る。
「わかってもらえたなら、オーケーです!」
少女はリータと名乗った。もう何十年も前からこの小屋の中で一人住んでいるという。
クラウドは彼女が食事の用意をすると言って出て行った隙に、魔術で素早く服を乾かして着込んだ。
少しごわごわとするが、裸毛布のままでいるよりずっと良い。
「裸のお兄さん。お肉は食べられますか?」
ひょい、と顔を覗かせたリータに、クラウドは顔を顰めた。
「俺の食事まで用意するのか? ……あと、その呼び方は止めろ。俺の名前はクラウドだ」
もう家名を名乗る気もしなかったが、クラウドという名前はこの身体に付けられた名前だから、彼が生きている証として、それだけは残しておく。
「お腹空いてませんか? 私は空きました」
「……腹は減っているが、何を食わせる気だ?」
「昨日取れた鹿の肉が血抜きもしっかり終わって食べごろなので、焼きます」
どうやら、細身ながらそれなりに狩猟の腕があるらしく、自ら森の中で得物を探し、食料を集めているらしい。
クラウドは迷った。
スーパーで自分で買った食材だけを口にしてきた彼は、この世界で身体が動かない間に渋々料理人が作った食事を口にしていた事も有り、他人が作った物を口にするのは多少なり慣れていた。
正直に言って腹は減っているし、食材を焼いただけならそれほど警戒しなくても良いかも知れない。
「……作っているところを見せてくれ」
「興味があるんですか、裸の……じゃなくなってますね。クラウドさん」
連れだって小屋の外へ行く。煮炊きは外で薪を集めてやっているらしい。外にクラウドを待たせたまま、リータは「食料保存庫からお肉を取ってきます!」と言ってどこかへ行ってしまった。
「肉を用意してから外に呼べよ……仕方ない、火の準備だけでもやっておくか」
建物からやや離した場所に焼けた跡と鍋を下げるフックがあったので、煮炊きに使っているらしい場所はすぐに分かった。積み上げられて乾燥している薪から適当に数本抜き出し、魔術で火をつける。
「……誰かと、こんなに話したのは初めてかも知れない」
ふと、先ほどまでのリータとの会話を思い浮かべる。
リータは人間では無いからだろうか。目を見るまでは無理だが、普通の会話程度ならできている。
どうにも会話にじゃっかんのズレを感じるし、表情も固くて人間というより人形と話しているような気さえしてくるが、それが逆に良いのだろう。
「おお、もう火を起こしたんですね。すごいです!」
「凄いってお前……こんなの魔法ですぐだろう」
戻ってきたリータに褒められても、クラウドは首を傾げるだけだった。一般的に種火を付ける程度の魔法であれば、多くの大人が使える。
魔力量によって程度は違い、クラウドのようにすぐに薪が燃える程の火力を出せる者は少ないが、それでも一般的に火打石はあまり使われていない。
「私、魔法が使えませんから」
「う……」
あっさりと言われて、クラウドは返事に詰まってしまった。
ホムンクルスは珍しい。製造には特殊な技術が必要であり、その分高価だ。
おおよそ町に一体いるかどうかの数しか存在しないので、地方の村の住人には、その存在を知らない者もいる。
「どうしました?」
「いや、その……なんでもない」
「変な人ですね。じゃあお肉を焼きますから、待っててくださいね」
どうやらリータ自身が気にしていないらしい事に助かったと思いながら、クラウドは自分の心の動きに戸惑っていた。
「何を考えているんだ。どうせあいつも人間と同じで、俺を気遣いが出来ない奴だと思ってるはずだ。罪悪感を感じるなんてことは……」
その瞬間だった。いくつもの生命反応がクラウドの魔術感知に引っかかった。
「かこまれてるな……しかも速い!」
小屋をぐるりと取り囲むように近づいてくる生命反応は、人間が走るよりもずっと速い速度でその包囲を狭めて来ている。
「……野犬? いや、これは……」
ザン、と草をかき分けて飛び出してきたのは、体長二メートル近い狼型の魔物だった。
「獣魔狼か!」
厄介な魔物に見つかった、とクラウドは腰から小型ラウンドシールドを外し、両手に装備しながら内心で舌打ちした。
一対一でもその大きさと速さで手古摺る魔物だが、集団で狩りを行う修正が有り、手練れの戦士でも不覚を取る事も珍しくない相手だ。
時折学校を抜け出して研究の為に魔物狩りをしていたクラウドだったが、森での戦闘も獣魔狼の相手も初めてだった。
「おおおおお!」
声を上げながら身体強化魔術を使い、ラウンドシールドで飛びかかってきた魔物の顎を殴りつけた。
「ギャン!」
鼻面を殴り飛ばされた獣魔狼がもんどり打って倒れるが、それで終わりでは無い。
倒れた仲間を飛び越えて迫る個体がいて、さらに左右からも別の獣魔狼が飛びかかって来た。
「舐めるなよ、魔物風情が!」
啖呵を切ったクラウドの声に応えるように、両手のラウンドシールドから鋭い刃が飛び出す。
左右の獣魔狼を斬り裂いたと同時に、正面から迫る相手に対して地面を足で叩く。
「燃えろ」
瞬間、地面から激しい火柱が上がって獣魔狼は一瞬で炎に包まれた。
悲鳴を上げる間もなく黒焦げになった死体は、炎の勢いで上空へ突き上げられ、落ちたと同時に崩れた。
「ふん、研究の合間に一人ぼっちで訓練をしてたんだ。魔術も戦闘も、そこいらの連中なんて相手にならないレベルだぞ……誰かと比べる機会は無かったけど」
言っていて悲しくなってきたが、クラウドは後ろから聞こえて来た獣魔狼の鳴き声に気付き、慌てて振り向いた。
「しまった! リータ……はあ?」
「クラウドさん、強いんですね! あの火も魔術ですか? 凄いです!」
少し不自然な笑顔を見せながら、リータはクラウドを褒めちぎった。左右それぞれの手に自分の身長よりも大きな獣魔狼を捕まえて。
先ほど聞こえた獣魔狼の声は、悲鳴だったらしい。
ジタバタと暴れる獣魔狼の前足がリータをひっかいているようだが、傷一つ終わない。
「お前……」
「このくらいの子たちなら、いつも来ますよ。毛皮が取れてお金になりますから、できれば燃やして欲しくなかったです。血が付いたりしても洗うのが大変なんですよ?」
こうして絞めないと駄目なんです、とリータは両手に掴んだ獣魔狼の首を折った。さらにもう一頭、最初にクラウドが殴りつけ、泡を噴いている獣魔狼も同様に絞め殺した。
「さあ、早く皮を剥いで洗いましょう。今の内なら、まだ血は落とせますよ」
はやくはやく、と急かされ、クラウドはいつの間にか獣魔狼の毛皮取りを手伝わされていた。
慣れない作業にもたつくクラウドに比べ、リータは要所要所に軽くナイフを当てるだけで、べりべりと手際よく剥いでいく。
クラウドが四苦八苦しながらようやく一頭分を終えたところで、リータは残り四頭の処理を終えていた。
大きなたらいに水を張り、毛皮をざぶざぶと突っ込んでいく。
「随分と慣れているんだな」
「これを町に売って、野菜や塩を買うのです。あとは、時々森に落ちているお金もありますけど、有る時と無い時の差が激しくて。でも最近は多いんですよ」
肉が焼けてきましたよ、と皮の洗浄を中断して、リータは大きな鹿のもも肉へと駆け寄った。
「落ちているお金……?」
嫌な予感を覚えながら、クラウドはさっさと毛皮を干していく。リータが言った通り、油っぽい艶のある毛皮にはまだ血が染みこんでおらず、水洗いすると多少ごわついた感触になったものの、綺麗なグレーの毛色がよみがえっていた。
「こんな暮らしを、もう何十年も続けているのか?」
同情しなくも無いが、彼女自身が選んでいる事でもある。それに、赤の他人がどうこう言う問題でも無い。
「あ、干していただいたんですね。これは明日にでも町に売りにいけます。ありがとうございます。お肉が焼けましたから、中で食べましょう」
「飯が食えるんだな」
小屋に戻った二人は、二脚の椅子が向かい合うテーブルに“ドン!”と置かれたもも肉を前にして、それぞれナイフを使って肉を削ぎ取っていく。
「ホムンクルスでもお腹は空きますし、身体を動かすのも作るのもお肉です。お母様は、お野菜も食べないと駄目と言っていました」
そうか、と頷くクラウドは、真正面に座られるとまだリータと目を合わせる事は出来なかった。
ドンドン肉を切り取って食べ進めるリータに対して、クラウドはもも肉を慎重に確認しながら繊維に沿って切り、異物が無いかを確認して口に含んだ。
「うまい……」
噛みしめると、やや臭みはあるがそれ以上に滋味あふれる味が強烈に口内を支配する。
これなら食べられる、とクラウドは確信した。いや、実家のシェフが作るいじくりまわして元の味が分からないようなスパイスの塊よりは、ずっと安心して食べられるし、美味い。
「良かったです」
「うわっ!?」
ぎこちない笑みを見せるリータの顔が、すぐ近くにあった。
驚いて顔を引いたが、同時にクラウドは気付いた。
彼女は、人との触れ合いが少ないせいで感情の表現が下手なだけなのだ。人形のように張り付いた表情ではあるが、一応は喜怒哀楽を表す事が出来る。
「お前は……」
「なんですか?」
外の世界に出た方が良い、という言葉を飲み込み、クラウドは首を横に振る。
「いや、何でもない。それよりもさっきの“落ちてるお金”とやらの話だが……」
無理やり話題を変えたが、方向が不味かった。
「たまに森を歩いていると、死んでる人の近くに財布が……」
「ちょっと待て!」
右手を突き出して話を止めると、リータは首を傾げて手のひらを合わせて来た。慌てて手を引っ込めたクラウドは、チラチラとリータを見遣った。
「つまり、なんだ? 森の中の死体から金を集めてるのか」
「森の中で自殺したり、さっきの狼とかにやられちゃう人が時々いるんです。そういう人を見つけた時は、穴を掘って埋めて、使える物は貰います」
お母様に教わりました、とリータは胸を張る。
「一応は弔うわけだ……」
それならいいのか、とクラウドはなんとなく引っかかるものを覚えながらも納得した。現代日本の倫理で物を言うのもおかしな話だと思うし、彼女と“お母様”とやらが森で生きていくうえで、重要な収入であったのは間違いない。
頭から有名な樹海のイメージを掻き消して、目の前の肉を食べる事に専念する。
「もう遅いですから、今日は泊まっていきませんか?」
「山姥のような真似を……いや、ありがたくそうさせてもらおう。食事まで貰って悪かった」
「いいえ。森で迷った人には優しくするように教わりましたから!」
目の前の少女はホムンクルスだ。そう命じる者が居なければ、悪さはするまいとクラウドは判断した。
「そうだ。明日は町まで毛皮を売りに行きますから、ついでに案内しますよ!」
「町か。そう言えば、ここはノーラ王国とヴェサト王国の間にある森だろう。町というのは、どっちの国だ?」
「ヴェサトですよ。一番近いのは、スタットの町です」
都合が良い、とクラウドはリータの提案に乗った。ノーラ王国側だと追っ手が来ている可能性が高いが、国外なら心配は少ない。
今後どうするかの計画は立てていなかったが、とりあえず町を回って旅の必要品を買い込むべきだろう。
「楽しみですね!」
妙にはしゃいでいるリータは“お母様”が使っていた部屋のベッドを勧めたが、クラウドはいざという時に素早く脱出するため、出入り口があるダイニングのソファで寝る事にした。
「町か。国外は初めてだな」
魔術を使ってまで警戒していたクラウドだが、疲れが出たのか、すぐに眠りへと引き込まれた。
お読みいただきましてありがとうございます。
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