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33.誰かのために

33話目。これにて一旦最終回とさせていただきます。

では、最後のお話をお楽しみくださいませ。

 今回の賢者ソーマーの秘薬とクラウドへの投与を巡る騒動について、最初に王に対してアクションを起こしたのは、ロンバルド公爵では無かった。だが、アーサー・ホールデッカー侯爵でもない。

 クラウドだった。


「……驚いたのう。まさか、騒動の渦中にいる人物が城に乗り込んで来るとはな」

 アーサーの申し出による査問への準備のため、改めて申告された内容を確認していた王は、突然現れたクラウドたちに向けて言葉だけは驚いたと言ったが、その様子は落ち着いていた。

「良い。控えよ」


 護衛の騎士たちが剣を抜こうとするのを、王はすぐに制した。彼はアーサーの報告書から、クラウドの戦闘技術についてある程度知っている。

「魔術の天才児殿だ。お前たちでは敵わぬよ」

 場所は王の執務室であり、二人の騎士がピリピリした様子でクラウドを見ている。が、その同行者の中に貴族令嬢も含まれている事に驚いていた。

「蒼薔薇姫に……ホールデッカー家の娘か。そして、その二人は何か」


「ソーマー・エリーが作ったホムンクルスです。陛下」

 クラウドは堂々とした態度を崩さない。

「一つ聞く。何故平伏せぬ?」

「平伏すれば、即時の対応ができません。俺は王もその周囲も信用していない」

「ぬけぬけと言う奴だ」


 王は面白がっているようだが、護衛の騎士たちは苛立ちを露わにしている。

「それほど信用できぬというのは……やはり、例の“秘薬”に関する件で、か」

「いやいや。あれが無ければ俺もここにはいないわけで、その辺りは逆に感謝しても良いくらいです。俺が人を信用しないのは元からの事……ましてや、椅子の背後にもう一人隠れたままじゃ、落ち着いて座る事もできない」


 これには王も心底驚いたらしい。

「魔術……か。噂に違わぬ天才らしい。ここは良い。控えておれ」

 王が命じると、彼の背後にいた生命反応は消えた。

「では、わざわざ王の為の脱出をと使ってまでここへ乗り込んできたのは、何の目的があっての事か」


「真実を」

「王が公爵に加担したか否か、余から聞きたいというのだな? どうやら、お主に秘薬として使われた魂は、人間不信なだけでなく真相に対しても貪欲らしい」

 王の言葉に、クラウドはゆっくりと首を横に振って「逆です」と答えた。

「なんだと?」

「真実を持ってきました。“秘薬”は魂なんていうあやふやな存在は関係無い」


 クラウドは自らの頭を指差す。

「単に記憶を移し替えるだけです。俺の場合は人間一人分の記憶をそっくり抜き出したせいで死んでしまったんですけどね」

「記憶を……」

「元より、王国や公爵が探しているような夢の“秘薬”は存在しないのです。何を考えていたか知らないが、これが全てですよ」


 クラウドは王にゆっくりと近付き、持っていた資料を彼我の間にあるデスクの上にばさりと置いた。

「これは……!」

 流石に教養がある王は、それらの書類が記憶物質に関する物だという事をすぐに理解したらしい。

「どうせ俺とエリにしか再現はできない。だが、これで王と親父が探していたものが、人の魂を扱うものじゃない事は理解できるはずです」


「ふむ……」

 王は書類を読み、理解できる部分だけを拾い読みしただけでもその概要はわかったらしい。もしかすると、ソーマーから得られた情報を見たことが有るのかも知れない。

「わかった。お前の事もソーマーの事も、余が関与した事を認めよう。頭を下げれば、多少はお前の溜飲も下がるだろうか」


「そんな不確かなものは求めませんよ。人間の行動は見えても心の中までは見えない。記憶でも覗かない限りは」

「余の記憶を抜こうというのか?」

 不穏な空気を感じて、護衛たちが身構える。

「いやいや」

 クラウドは王も護衛も笑い飛ばした。


「欲しいのは、この二人のホムンクルス……そう、それとロザミアやリンを親父の手から守ってもらうという確約。それだけです」

「クラウド様……!」

 ロザミア達についての条件は、クラウドがここで初めて口にした事だった。

 リンはクラウドの腕を取ったが、反対側には素早くリータが歩み出ていた。


「駄目です」

「何が」

「クラウドさんも安全じゃないと、駄目です」

 リータの言葉に、全員が同意する。

「これは、これは……」


 王は愉快だ、と手を叩いた。

「人を信じぬという割には、女たちの心はしっかりと掴んでいるようだ。……よかろう。この資料とホムンクルスの実在で、余は自らの誤りを知った。そして、それを知らせてくれた者に応えるのも、また余の役割であろう」

 王の言葉に、クラウドたち一行は安堵の表情を浮かべた。最悪の場合、場内で大立ち回りをする可能性も考えていたからだ。


「では、公爵に対しては余から働きかけをしよう。その為に、クラウド・ガレノス・ロンバルドよ」

 いきなりフルネームを呼ばれ、クラウドは身構えた。まさかミドルネームまで王が把握しているとは思わなかったし、わざわざそれを呼ぶと言う事は、何かしら王から正式な言い渡しがあるという事なのだ。


☺☻☺


 先ほどまでのクラウドとの邂逅を思いだし、王は年甲斐もなく心が浮ついていた。今、目の前では公爵が今まで見た事も無い程に怒りと落胆を織り交ぜた顔をしている。

 この男も優秀ではあったが、貴族の悪い所ばかりに影響を受けたな、と王は他人事のように思っていた。

「悪い部分を見過ごしていたのは、余の方も同じか」


「どうかなさいましたか?」

「独り言だ。それよりも、あの若い騎士を知っておるか?」

 カルアイックについての話を聞いた王は、ゲストを呼ぶように伝えた。

「記録係りにしっかりと伝えておくがよい。今からの事は正確に残しておくように、と」




 公爵はもう何も言わなかった。

「……ロンバルド。何か言う事はあるか?」

「陛下……!」

 大仰に振り向いた公爵は、玉座に在る王を仰ぎ見た。

「へ、陛下もこの事をご存じだったでしょう! 秘薬についての情報を得た時、黙認なさった事を隠したままで黙っておられるのは卑怯だ!」


 醜態と言ってよいほどの狼狽ぶりを見せる公爵に、王はため息を吐いた。

 アーサーを始めとした他の貴族たちは緊張している。アーサーもわかっていながら王を巻き込む事をしなかったのだ。

「そうだな。卑怯である事は承知しておる。というより、思い知らされた」

 王の言葉を誰も理解できず、顔を見合わせた。


 王が手を振ると、壇上にある王の為の控室からクラウドが姿を現した。

「クラウド君!?」

 驚いたアーサーが声を上げたが、ロンバルドもカルアイックも変わらぬほどに驚愕している。

 他の貴族たちはどうか。

 クラウドの姿に感嘆のため息を吐いていたのだ。


 王の指示により、クラウドは着替えさせられていた。

 クラウド自身は美男子と言ってよい顔だちで、三白眼気味な眼つきの悪さも壇上から人を見下ろせば多少は緩和される。

 そして王が用意させた礼服は、王族が着るような純白に金刺繍を施したスーツであり、飾りとしてマントまでさせられていた。その腰には、やはりあのラウンドシールドが一枚だけ提げられていた。


 控室でロザミアが鼻路まみれになり、リンがぼんやりと見つめる程の“貴公子”然とした完成度を誇る姿は、本人には堅苦しい以上の何でも無かった。

 だが、口を開かなければこれほど見事な貴族も居ない、と王が絶賛したほどの出来だ。艶やかな黒の髪は綺麗に梳かされ、怪しい光を称えている。


「あれが……」

「なんと見事な……」

 居合わせた貴族たちは、先ほどまでの緊張はどこかに忘れてしまったように、クラウドの姿を見ている。


「そこで何をしている!」

 と、ロンバルド公爵が声を上げた瞬間、アーサーの部下を振りきり、その腰の剣を奪ったカルアイックが走り出した。

 その動きは流石に公爵の護衛を勤めるだけの事はある、と納得できる流麗さと速度を誇り、誰一人押える事が出来なかった。


「お前がああああ!」

 王を守るために騎士が構える目の前で、カルアイックは叫び声と共に剣を振り上げた。

「落ち着け。大馬鹿者め」

 誰かが攻撃してくるかも知れない、と警戒していたクラウドにとって、これは予想の範囲内だった。


 素早く装備したラウンドシールドでカルアイックの剣を受け止めたクラウドは、そのままカルアイックの目を見る。

「自暴自棄になったり、いきなり暴力を振るう。こういう奴がいるから、人の集まる場所は嫌いなんだ」

「何だと!?」


 シールドで押し返され、三歩程下がったカルアイックの足元が揺れる。

「しっかり捕まえて置けよ」

 クラウドの言葉は、カルアイックを逃がしたアーサーの部下へと向けられている。

 直後、クラウドが床を踏みつけると同時に魔力を流し込まれた緋毛氈がうねり、カルアイックの身体を後ろ向きに転がしていく。


 たまらず剣を離し、ようやく止まった場所は先ほど振りほどいた兵士達の足元だ。

 慌てて再び捕縛する兵士達にアーサーが連れだすように命じる間、貴族たちは鮮やかな魔術行使にも目を奪われていた。


「ロンバルド公爵」

 王が口を開いた。

「全ては聞いた。亡きソーマーの資料も見た。……お前の負けだ。諦めろ」

「くっ……」

 膝をついた公爵の横で、アーサーはクラウドの後ろに愛娘のリンがいるのを見て、ホッとした表情を見せた。


「さて、アーサーよ」

「はっ!」

「このクラウドに何か役職を、と言っていたな」

 王に促され、アーサーは一度クラウドへ向けてウィンクを飛ばした。それを見たクラウドの顔色がさっと青褪めたように見えたが、気のせいだろう。


「公爵閣下ですら……失礼ながら、王ですら“過ち”を犯すもの。此度の一件は当事者のみならず、我々貴族の全てがその在り方を見直す機会とすべきでしょう」

「耳の痛いことだな。それで、肝心の役職とやらはどう考えるのだ?」

「簡単な事です。我々思い上がった貴族を監視する役を、彼に与えてはいかがでしょう。彼は誰も信じておりませんが、それが故に誰からも利用される事が無いでしょう」


 アーサーの弁に、王は高笑いと共に手を叩いた。

「面白い! 愉快な提案である!」

「恐縮です」

 面倒事を押し付けられそうな雰囲気を察して苦い顔をしていたクラウドに、王は視線を向けた。


「クラウド。この話を受けよ。お主が望む安全の為にも、良い事では無いか?」

 クラウドは肩をすくめた。

「仕方ありませんね。受けなければ今度は王国全体から追いかけられそうだ」

「余すらもまだ信用できぬか。まあ良い」


 王は立ち上がり、居合わせた貴族たちへ向かって宣言を行う。

「ここにいるクラウド・ガレノス・ロンバルドを王国監察官に任命する! 余への直言を許し、また他の貴族たちも彼の目が見ている事を肝に銘じて襟を正すのだ!」

 王はわかっていてやっているのだろう。これで悪さを止めるような殊勝な貴族など居ないだろう事を。

 形式ばった平伏をして見せる貴族たちを見回して、苦笑いを浮かべた。


「さて……これで終わりだな。クラウドよ。夕食を共にしたいと思うのだが……」

「申し訳ないのですが」

 マントを翻し、クラウドは王へ背を向けた。

「まだ、俺にはやらなくちゃいけない事がありまして。失礼します」


「やれやれ。落ち着かぬ事だな」


☺☻☺


「お母様!」

 呼びかけが聞こえて相馬エリが目を覚ました時、顔を覗き込んでいる二つの顔を見て驚きと喜びを感じた直後、混乱していた。

「二人とも……どうして……?」


 エリはルーチェに託した手紙に、自らが作り出したホムンクルスのどちらかに自分の記憶を移植して復活させてほしい、と願いをしたためた。

 だが、二人のホムンクルスは間違いなく目の前におり、嬉しそうにエリの新しい身体にしがみついている。

 新しい身体はルーチェと同じような若々しい女性の身体だ。以前の自分よりも腰が細くてスタイルが良いあたりが嬉しい。


「目覚めたか」

 男性の声が聞こえたので、慌ててシーツを引き上げて身体を隠す。

「その動きを見る限り、ホムンクルスっぽくは無いな」

 エリが見上げた先にいたのは、黒髪で眼つきは悪いが、美形と言って差し支えない青年だった。


「クラウドさん! “お母様”が目覚めましたよ!」

 リータが青年の腕を掴む。

「痛い! 馬鹿力で引っ張るなよ。見ればわかる」

 涙目になった青年の事を、エリはどこか懐かしく感じていた。

「先生……?」


「久しぶりだな。互いに顔も体も住んでいる世界も変わったが、俺はお前の御蔭でここにいる」

「クラウドさんが“お母様”の為に新しい身体を作ってくださったのです」

 ルーチェの言葉に、エリは自分の身体を確かめるように視線を流した。

「先生が……ありがとう、ございます」


 そして、クラウドはエリに近づくとその顎に指を当てて自分に向けた。

「あ……あ痛っ!?」

 実際はホムンクルスの身体には大した衝撃として感じなかったが、クラウドの平手を受けた頬は実際よりも痛く感じた。

「これはお前が遺した手紙に対する、俺の答えだ……ぐおっ!?」


「クラウドさん、酷いです!」

 エリへの話の途中でリータに殴り飛ばされたが、クラウドは震える膝で立ち上がると、話を続けた。口の端から血がこぼれている。

「いいホムンクルスだ。そこは俺も認める。お前は大した研究者だ。……だがお前は、こいつらを“犠牲”にしようとした。……俺がお前の報告書を基にして新しいホムンクルスを作った理由。それをお前の復活に使った理由。それがわかるまでは、さよならだ」


「せ、先生……!」

 背を向けたクラウドは、彼が倒れた音を聞いて駆け付けた二人の美しい女性に手を引かれ、部屋を去って行った。

「“お母様”……大丈夫ですか?」

「どこか具合が悪いところはありませんか?」

 自分を不安げに見つめるリータとルーチェの二人を前にして、エリはこみ上げる罪悪感に押しつぶされそうになりながら二人を抱きしめた。


「ごめんなさい……ごめんなさい……」

 エリが泣き止むまで、二人のホムンクルスは大切な“お母様”の背を優しく撫でていた。

 なぜ謝るのかホムンクルスの二人には理解できなかったが、それでも再び出会えた大切な人から感じる温もりは、彼女たちにとって何よりも暖かく感じられるものだった。

お読みいただきましてありがとうございました。

これにて『人間不信の貴公子』は一旦終了となります。


約14万文字。本一冊よりちょいと多いくらいの分量となりました。

(当初予定より変態のせいで予定外に描写が増えたのです)

心理描写を多めに書いてみようという挑戦でしたが、

思っていたより書くのが大変だったという感想です。


何はともあれ、ここまでお付き合いいただきましてありがとうございました!

『よみがえる殺戮者』も読んでいただいております方、

これからもよろしくお願いいたします。


数日中にはまた何か発表するかと思いますので、

今後とも、何卒よろしくお願いいたします!

では、ありがとうございました(^_^)

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