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29.公爵閣下の御膝元

29話目です。

よろしくお願いします。

「実家まで二日。それから三日間でこっちの問題は片付けます」

 と宣言し、クラウドはルーチェやリンと共に、リータを抱えて侯爵邸を後にした。馬車を使ってはいるが、通常使われる街道沿いではなく、正規ルートを外れた場所から公爵領へと入る。

 公爵の部下たちとの鉢合せを避けるためだ。


 だが、名目はリンが友人であるロザミアを訪問するとしている。

 侯爵令嬢の護衛としては少ないが、五人の兵士と三人の使用人が付き添い、馭者も先日から同行している者が付く事になった。

 箱馬車は特別製で、前後のベンチの後ろにスペースがあり、万一の場合は隠れられるようになっている。公爵領内で臨検などがあれば、クラウドとルーチェは底に隠れる予定だ。


「私も同行しなくてよろしかったのでしょうか?」

 早朝、屋敷の前からゆっくりと出発していく馬車を見送り、ガウェインは斜め前にいるアーサーに呟いた。

「良いさ。もう娘も学園を卒業した大人だ。それに、身内がいるとあまりクラウド君との間を詰めるのも気を遣うだろう?」


 馬車が敷地を出ていくのを見届けたアーサーは、踵を返して足早に自らの執務室へと向かった。

「さあ、公爵糾弾の準備をしようじゃないか。クラウド君に貴族のやり方を知ってもらう。ついでに私の影響力も馬鹿に出来ないと理解してもらわないとね」

 アーサーはクラウドという人物に興味を持ち始めていた。ソーマーという賢者との関係や、彼が使われたという秘薬もそうだが、彼の魔術や能力に。


「リンと同じように、私もクラウド君の信用を得られるように頑張ってみるとしよう」

 そうすれば、今まで見た事も無いような物が見られるかも知れないぞ、とアーサーは笑う。

「空を飛んだり、素晴らしいホムンクルスの製造方法を理解したりするんだ。これから先も彼を見ていれば、残りの人生もきっと楽しいさ」


「旦那様……」

「隠居を見据えて、薔薇を育てる以外の趣味を探していたところだ。対象が娘の旦那なら、実に都合が良いと思わないか?」

 笑いながら歩くアーサーの足取りは軽い。

「それに、彼にぴったりの仕事がある事に昨夜気付いたのだよ。まあ、役職が上手く用意できれば打診する事にしよう。先に伝えてしまうと、失敗した時に恥ずかしいからね」


「役職、でございますか?」

「ああ。何度考えても、彼のような人物に任せるべき仕事だよ」

 悪戯っぽく笑うアーサーに、ガウェインは不安ばかりが募った。


☺☻☺


 自宅へ戻ったロザミアは、父親の詰問を覚悟していたが母親から質問攻めが先だった。

 根ほり葉ほり話を聞かれてうんざりしたところで交代に父親である公爵が厳しい顔つきで入ってきたものだから、ロザミアは思わず「あとで」と言いそうになった。

 だが、ここである程度説得力のある話をして父親の目を外に向けておく必要がある。

 クラウドが邸宅内に戻ってきた時に、気付かれないようにするためだ。


「私からも話がある……お前は少し外していなさい」

 二分ほど文句を言った母親が退室し、ロザミアの部屋に父娘二人だけになった。

「あまり放蕩が過ぎるようでは、お前を無理にでも嫁に出さねばならん」

「あら。家格と年齢が釣り合う相手がなかなか見つからないと難儀されていたのではありませんか?」


 ロザミアが言う問題があるのは事実だが、その状況を作り出すのにロザミア自身も暗躍している。自由な時間を満喫していたかった事と、兄以外の大人の男性に興味が持てなかったからだ。

 高位の貴族であるというのは案外窮屈な物で、家柄や爵位に評判が重要視され、はては先祖の付き合いなども加味して判断される。


 夫となる方の爵位が高いのはあまり問題にはならないのだが、女性がの家格が高いとつり合いが取れる男性を探すのは途端に難しくなる。

 まして王家とも血のつながりがある侯爵家の令嬢ともなると、後妻や第二夫人というわけにもいかず、元々候補になりそうな人物は二人程しかいなかった。

 その二人は、女性関係のトラブルを起こして候補から除外されたのだが。


「無駄な脅しは不要です。お父様が知りたいのはクラウドお兄様の居場所ではなくて? それとも、連れの賢者様の方かしら?」

「やはり、ソーマーと会ったのだな?」

「いいえ。お兄様を探しているときに出会ったホムンクルスから聞きました」

 ロザミアは父親の目を見て淀みなく話した。


 公爵は娘の態度から審議を見抜けるほど、眼力に優れているわけでも親子関係が深いわけでも無い。家を出ていくだけの娘など、都合よく縁があれば他国に嫁に出す事も出来る政治の道具だと割り切っている。

 その際に断られない程度の教育と関係があれば良い、と考えていた。

「そのホムンクルスはどこにいる?」


「村で愚かなアルーテンの襲撃を受けて、姿を消してしまいました。思えば、あの男のせいでお兄様へ繋がるヒントを失ったも同然です」

 ロザミアの指摘に、公爵は死んだ部下を内心で罵ったが、そうしたからと言って状況が良くなるわけでも無い。

「では、クラウドとソーマーはどこへ行った?」


「詳しくは私も聞けておりませんわ。ただ、国を出る事を計画していたようではあります。全てはホムンクルスから聞いた情報ですけれど」

「なぜホムンクルスだけが村に残っていた?」

「言われてみれば不思議な事ですね」


 小首を傾げるロザミアは、思案顔をして頬に手を当てた。

「ひょっとすると、何かの拠点とするために村にホムンクルスを残していた可能性はありますね」

 尤も、かごの鳥に過ぎない私には確認のしようもありませんが、とロザミアは父親を見た。騎士を使ってまで連れ戻された事に対する不満を示したのだ。


 だが、公爵はそんな不満などまるで気にしたふうでも無く、考えに耽った。

「東側か。ヴェサト王国か、回り込んでスド砂漠国……か」

 いずれにせよ、侯爵領内にいたというホムンクルスも探せねばなるまい、と考えながら、公爵は部屋を出ていこうとしてノブを掴んだまま振り向いた。

「しばらくは外出を禁じる。大人しくしていろ」


「蒼の館には行きます。あそこは隣ですから、敷地内の内でしょう?」

「……あまり平民の子供と親しくするのは考え物だな。公爵家の娘として恥ずかしくないような社交性を……」

「お父様」

 長くなりそうだと伴出して、ロザミアは言葉を挟んだ。


「貴族と話すだけでは、社交界に顔を出すだけでは見えない事も知る機会が無い事も沢山あります」

「知らぬ機会が無い? つまりそれは不要な物事だと言う証左だ。余計な事ばかり知ったところで、お前のこの先の人生に何ら寄与するものでもあるまい」

 蒼の館以上に屋敷から離れる事は許さん、と言い捨てて公爵は出て行った。


「ええ。もちろんです」

 ロザミアは父親の姿が見えなくなると、不安げにしていた顔を笑みに変えた。

「ここにいてこそ、お兄様ともう一度お会いできるのですから」


☺☻☺


「ここで停止してください」

 公爵邸がある都市は、人口二十万人の中規模の都市だ。

 王都の人口が五十万である事を考えるとそこそこの人口だと言えるが、最高位の貴族が治める町としては小さいとも言える。


 その中央を走る大きな通りは、まっすぐ公爵邸へと続いている一見無防備にすら見える作りだが、それ以上に視認性を重視しており、辻々には兵士を伏せておくためのスペースがある。

 奥に見える、邸宅と言うより砦のような雰囲気を持つ侯爵邸を見据えながら、リンは町の入口で馬車を止めた兵士に向かって、箱馬車のドアを開けて対応した。


「随分と物々しい雰囲気ですのね」

「申し訳ございません。これも公爵閣下の指示ですので。中を調べさせていただいてもよろしいですか?」

「わたくしが誰かを知っての言葉かしら?」

 ぐ、と兵士は気圧された様子で息を飲んだ。


 リン・マーシュ・ホールデッカーは、中身が庶民のクラウドや平民の子供たちとしたしく交流するロザミアとは違い、純然たる貴族令嬢として育っている。

 クラウドたちの前では多少猫を被って大人しくしているが、金をかけて手入れをしている事が一目でわかる豪奢な金髪や、精緻な刺繍が施されたドレスを纏ったリンの雰囲気は貴族としての迫力が充分にあった。


 だが、ここは公爵の居住地である。兵士も引くわけには行かない。

「も、申し訳ありませんが、命令ですので……」

 リンから見下ろす形で睨みつけられたが、兵士はどうにか主張を通した。ここでノーチェックにしてしまうと、少し離れた場所から見ている上官から何を言われるかわかった物では無い。


「……仕方ありませんわね。全員、一度居りますわよ」

「畏まりました」

 リンが馭者に声をかけると、彼は飛び降りてリンの為のステップを置くと、後ろをついてくる使用人たちの馬車へと、彼女の言葉を伝えに走った。

「さあ、好きにお調べなさい」


「はっ。すぐに終わらせますので」

 リンと入れ替わる様に箱馬車へと入り隠れる場所が無いかと調べていく。

「これは……」

 ベンチ部分の下に何かを隠すのは常套手段だ。

 座面に手をかけて軽く力を入れると、音も無く開いた。


 いきなりナイフが突き出される可能性もある。兵士は慎重に開いたが、中にあるのは馬車の応急修理のための道具や、いくつかの飲み物だった。

 安堵のため息をついて、兵士は一通りのチェックを済ませると馬車を出た。

「もう、よろしくて?」

「はっ。ご協力ありがとうございました。公爵閣下へお会いになられるのであれば、一人案内を付けますが……」


「不要ですわ。わたくしは友人であるロザミア様にお会いする為に参りましたの。場所は存じていますわ」

 案内を断ったロザミアは、戻ってきた馭者に命じて町の中へと馬車を進めた。

「こちらはうまく行きましたわね……あとは、クラウド様ですけれど」

 不安が無いと言えば嘘になる。だが、リンとしてはクラウドが上手くやると信じる事に決めていた。


 クラウドは町に近づく前にルーチェと共にリータを抱えて別行動を開始している。予定通りであれば、今頃は公爵邸に忍び込んでいる頃だった。

「さあ、まずはロザミア様にクラウド様のご無事をお伝えして、安心していただかなくては」

 町ではちょっとした騒動が始まるだろう。

 だが、それ以上の騒動が王宮で始まる予定だった。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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