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2.自由な世界

2話目です。よろしくお願いします。


※同時にプロローグと1話を公開しております。

 先にそちらをご覧くださいますよう、お願い申し上げます。

「あばばばば……」

 格好つけて飛び出したは良いものの、高度と速度が上がるにつれて、慣れない飛行による緊張と高さによる恐怖で魔力操作が覚束なくなってきた。

弱まった障壁を通過した冷たい風が顔面に当たり、整った顔がぐにゃぐにゃと揉まれる。


「あっ!?」

 一時間程飛行したあたりで、背中に背負った翼が折れた。

 がくん、と速度が落ち、歪んだ翼のせいでくるくると不規則に回転しながら落下していく。

 国境を越えたあたりかな、と妙に冷静に考えが回ったのは、魔術による落下速度の低下と身体強化で怪我の心配が少ないせいだろう。

 怖い事には変わりないが。


 着水。

 想定外に水の中へと入り込んだせいで、半ば溺れながら重い翼を切り離してもがく。

「げぇっ、おえっ!」

 ようやく岸に泳ぎ着いて、水を吐く。

 まともに呼吸ができるようになったクラウドが涙目で振り向くと、そこは湖だった。


「誰もいない。ようやく一人になれた……」

 しみじみと呟きながら、水から出て服を脱ぐ。

 少し迷ったが、誰もいないのだからと下着まで脱いでしまうと、周りの木に引っかけた。

 適当に枝を拾い集め、魔術で火をつける。


「はあ……落ち着くなぁ」

 裸だからでは無く、こちらの世界で初めての孤独を得た事に安堵し、その静けさをクラウドは存分に味わう。

「いや~、緊張した。やってやったぜ。でも、もうやりたくない」

 誰の目も碌に見なかったのは、見ないのではなく見れなかったからだ。軽蔑や嫌悪の視線を向けられるんじゃないかと思うと、婚約者とされていた女の子の顔も正面からは見る事が出来なかった。


「大体、良く知らない他人が婚約者とか無理だろう。貴族令嬢とか何考えてるかわからないし、平民を見下すし、どうせ俺の事もいずれ見下して見るようになるに決まってる」

 人間不信を抱えてこちらの世界にやってきたクラウドは、高位貴族の家で育ったため、婚約者の存在にも困惑したが、常に周囲には侍女が控え、執事が常に気にかけてくる生活にうんざりしていた。


 十五歳でようやく家を出て魔術学園の寮に入れたとおもったら、そこにも専属の侍女がいた。

 高位貴族と縁を結ぼうとして同級生だけでなく上級生も下級生も近づいてくる。辟易して、実家の権力を使って研究室を学内に設けて、この世界や“自分の事”を知る意味も込めてあれこれと研究していたら、気付けば大人たちまでが入れ替わりに接触してくるようになってしまった。


 そして、その最中に気付いた父親の所業。

「まさか、公爵が認めるとはな。息子の言う事だから、素直になったのかね?」

 疑問ではあったが、もうどうでも良かった。掘り下げて再び貴族連中や国の重鎮たちと関わり合いになりたいとは思わない。


 それよりも、気になる事がある。

 焚火の前に手をかざし、冷たい湖水で冷えた身体を温めながら、元日本人クラウドは昔を思い出していた。

 彼が無茶苦茶な実験に失敗した後、この世界で覚醒したのは、今の身体が八歳の頃だった。


☺☻☺


「……ここは……?」

 豪奢なベッドで目を覚ました時、彼は死なずにすんだのかと思ったが、どうみても部屋は病室とはかけ離れた内装だった。

 天蓋付きのベッドは広く、木と大理石で作られた調度品には精緻な彫刻が施され、素人目にも高価な物だとわかる。


 何かが割れる音がして彼が振り向くと、メイド服を来た外国人が、自分を見ながら口に手を当てて目を見開いていた。

 足元には、陶器のカップとティーポットが無惨に砕けている。

「く、クラウド坊ちゃまが……!」

 メイドは慌てて部屋を飛び出すと、「誰か!」と叫びながら走って行った。


「坊ちゃま?」

 何のことかと思い、自分の身体に視線を落とす。

「……はあ?」

 そこに見えたのは、痩せ衰えた子供の身体だった。

 信じられずに腕を動かす。筋肉が萎えてしまっていて動かすのに苦労をしたが、それは確かに彼の身体だった。


 それからは屋敷中をひっくり返したような騒動になり、入れ替わり立ち代わり姿を見に来る使用人たちの姿に居心地の悪さを感じながらも、彼は話の内容から情報収集に努めた。

 まず、この家はロンバルド公爵という王族の家系から派生した並ぶもののない高位貴族の家だと知り、彼が今入り込んでいる身体は、その長男クラウドという人物らしい。

 クラウドは生まれつき大脳の機能が弱く、生命活動には問題が無いものの、言葉を介さず反応も鈍く、自ら動く事が無かったようだ。


 話の内容から、クラウドは大脳に生来の疾患があったのだろうと判断した。

 秘密裏に処理する可能性もあったのだろうが、母親の希望もあって毎日使用人が流動食を飲ませ、医師の指導でマッサージを行っていたらしい。

 そんなクラウドが突然自ら起き上がり、何かを呟いたのだから、大騒ぎになるのも仕方が無い事だろう。


 彼が覚醒してからは辛いリハビリの日々だった。

 メイドが毎日読み聞かせをしてくれていたお蔭で、言葉は頭に入っていたのが本当に助かった、と彼はしみじみ思いながら、すっかり衰えた身体を鍛え直す事に専念した。

 見も知らぬ料理人が作ったものを口にするのは抵抗があったが、背に腹は代えられないと我慢して食べた。


 食事にあれこれと注文を付けながら、バランスよく栄養を取り、身体を動かす。

 並行して、世界を知るために館の書架にあった本を片端から読んでいった。全て手書きだったうえ、文字は一から勉強せねばならなかったため非常に苦労したが、お蔭で魔法という物を知る事が出来た。


 世話になっている自覚はありながら、誰も近づけずに一人黙々と運動や勉強を続けるクラウドの事を、使用人たちは不気味に思ったかも知れない。

 だが、誰かに質問をして嘘を言われるかも知れないと思うと、彼は人を頼る事はついにできなかった。

 妹や弟がいたようだが、ほとんど顔を合わせる事も無かった。ただ一人で無心に、知らない世界の知識を吸収していく。


☺☻☺


 そして十五歳になり、魔術学園へと入学。

 その前後に父親が自らに施した実験について知り、卒業を機に逃げる事にした。世界の知識はある程度手に入れ、現代日本から持ち込んだ知識が魔術開発にも役立った。

「さて、どうしようか」

 ごろりと横になると、ひんやりとした草の感触が背中に広がった。


 寝転がったまま周りを見ると、周囲は木々が生い茂る森になっていた。魔物が出るかも知れないのは怖いが、魔力による周囲の生命体感知は得意中の得意だ。学内で人のいない場所を探すのに大変活躍した。

「日本にいる時に、この魔法が使えればなぁ」

 彼自身、どうしてこのような状況になったかをある程度わかっていた。


「俺は、あの時死んだんだろうな」

最後の記憶。そこでの実験で恐らく彼の記憶や知識は残らず吸い出されてしまったのだろう。

 吸い出された記憶物質がどういうわけか異世界へと渡り、ノーラ王国の研究機関を経て、クラウドへと投与されるに至ったようだ。ようするに、貴族の子息を使った人体実験である。


「俺は生まれ変わったわけでもなく、単に記憶を移されただけという事だな。俺は死んだ。でも記憶だけが、この哀れなクラウド君の身体を乗っ取ってここに残っている」

 自分の頭を指でつつきながら、呟く。

「外道だと思って親父さんを殴りはしたが……俺は自分にそれをやったわけだ。人の事は言えないな」


 今では身体にすっかり馴染んでおり、健康そのものだ。初期の頃は元々蓄積されていた記憶と彼の記憶が混濁して、酷い頭痛や混乱に度々悩まされたものだが。

「あの後はどうなったかな……」

 研究所で、助手として送り込まれてきた相馬エリを思い出した。

 といってもほとんど顔を見ていないので、履歴書の写真も含めておぼろげな記憶でしかないが。


「やめやめ。どうせ彼女も無理やり俺の研究所に放り込まれてうんざりしてたんだろう。俺が死ぬところを見せたのは悪かったけど、開放されてせいせいしているさ」

 婚約者も同様だ。時代錯誤な―――この世界の貴族では普通の事だが―――親が決めた結婚相手なんてナンセンスだ。整った顔だちをしているんだから別の相手を探せばいい、とクラウドは身体を伸ばした。


「……少し寒くなってきたな。魔術を使えば服はすぐに乾くだろうから……」

 と、見上げるようにして頭の方にある干したままの制服に目をやると、少女がいた。

「あっ。まだ生きてる」

「う、うわああああ!?」

 魔法探知にも引っかからずに傍まで来た少女の存在に混乱したクラウドは、全裸のまま湖の中へざぶざぶと入って行く。


「あっ、入水自殺ですか? じゃあ、この服貰っても良いですか?」

 しっかりクラウドの裸を見たはずなのに、少女は意に介した様子も無く言い放つ。

「良いわけないだろう! 俺は自殺志願者でも無いし、その服も捨てるんじゃなくて干してるだけだ!」

 目を合わせないまま、クラウドは少女の頓珍漢な質問に怒声で応えた。


「そうですか。良い服だと思ったんですが、まだ使うのなら駄目ですね」

「自殺する奴がわざわざ全裸になるか! しかし、俺の生命体感知魔術は完璧なはずなのに、一体どうやって……」

「それはきっと、私が生き物じゃないからだと思いますよ?」

 少女は水の中で首だけを出しているクラウドをまっすぐに見ながら、質問に答えた。


「どういうことだ?」

 思わず少女の顔を見たクラウドは、確かに何か違和感があると感じた。

 まるで人工物のように整いすぎた顔は、確かに美少女ではあるものの、よく見るとその表情はどこか感情に乏しい。

「私は魔力で動くホムンクルスですから!」


 何故か胸を張って自慢げに答えた少女は、見た目が中学生くらいで、実に空気抵抗の少ない見た目のフラットな体形だ。

「……どこかのロリコンが作った人工魔法生物ホムンクルスか」

 クラウドが呟いた直後、少女が投げた石によって彼の意識は刈り取られた。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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