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27.証明

27話目です。

よろしくお願いします。

 ガウェインからの書面による報告を受けたアーサー・グレイス・ホールデッカー侯爵は、すぐに私兵を集めて領内にいる公爵の私兵に対する取り締まりを開始すると同時に、自らは王に対して公爵の所業に対する報告書の作成を始めた。

 王家と公爵家に血のつながりがあり、今回の件でも協力関係にあるであろう事は承知の上での、圧力をかけるための書面だ。


 ところが、その書面を書き上げる直前という時点で、帰ってきたリンが書斎へと駆けこんで来たのだ。

「お父様! ロザミア様が!」

 余程に急いだのだろう。息切れと興奮で話が支離滅裂になるリンに変わって、ガウェインが状況を説明した。


 自領内で堂々と勝手をされている状況を座視している事も限界だったアーサーだが、村人に被害が出たとあっては動かない選択はできない。

「すぐに街道を封鎖する。公爵領及び王都と接触する領境近くの町に兵を向かわせよう」

「わたくしも参りますわ!」

「リン……。気持ちはわかるが、場合によっては戦闘になる」


「望むところですわ!」

 リンは譲るつもりは無い、と胸を張った。

「クラウド様も公爵邸を目指しておいでです。お父様の協力が得られるのであれば、まだクラウド様を水際でお止めする事も可能です」

「クラウド君を止めるつもりなのかね」


 アーサーは少し驚いた顔をした。

「正確には、再度の合流を目指しますわ。実際に公爵領の騎士に会って改めて知りました。彼らはクラウド様を始めから捕縛では無く殺害を考えています。このまま公爵領に戻られるのはとても危険ですわ」

 そのためには自らが説得に行かねば、とリンは息巻いている。


「ロザミア様が騎士に連れ戻されたのも、クラウド様との別行動になった後の事。ロザミア様の危機をお伝えする必要もありますわ!」

 こうして、リンだけを行かせるわけにはいかない、とアーサー自らも出陣する事になった。


 こうして、リンに急かされたアーサーの素早い行動もあり、クラウドが倒れたところに駆けつける事が出来た。

 保護されたクラウドは、ルーチェ達と共に一旦ホールデッカー侯爵邸へと移された。

 高熱を出しているクラウドだったが、魔術の過剰使用によるものだと知っていたため、そのまま客室に寝かされている。リンが付き添い、汗を拭ったり冷たい水で濡らした布巾を交換したり、とどこか嬉しそうでもある。


 同じ部屋にあるもう一つのベッドには、リータが寝かされていた。

 ふと、リンは眠っているかのように横たわるリータの姿を見て、ため息をついた。

「綺麗な顔……本当にお人形さんみたいですわね」

 ロザミアの言葉を思い出す。彼女の言い分が正しければ、この眠っている少女こそクラウドを“助ける”鍵になるはずなのだ。


「うぅ……おっさんが……薔薇のおっさんが……」

「クラウド様……!」

 何かにうなされている様子のクラウドに駆け寄り、リンは滝のように流れる汗を拭う。

「もう、わたくしを信じて欲しいなどと言いません。だから、早く起きてまた元気なお姿を見せてくださいませ……」


☺☻☺


「賢者ソーマーの復活?」

「はい。クラウドさんの技術とわたしが持っているこれがあれば、“お母様”……ソーマー・エリーは再び“生きる”事ができます」

 談話室へと案内されたルーチェは、ポーチから取り出した記憶物質を見せながらアーサーへ説明した。


「方法については、わたしにも不明な点が多いのですが、クラウドさんなら間違いなく可能です」

 ルーチェとリータ。二人のホムンクルスの存在については、ガウェインからの報告で知っていたアーサーだったが、実際に目の当たりにするとその違和感は拭えない。

 アーサーがまだ二十代だった頃、貴族の間でホムンクルスを所有する事が流行った事があった。


 アーサーも当時存命だった父もホムンクルスに然程興味が無かった事もあって、ホールデッカー侯爵家にはホムンクルスはいなかった。

 だが、パーティーなどに呼ばれた先で目にしたり、中には自慢する為に侯爵邸まで連れてくる者もいたので、何体かは彼も見たことがある。

 そのどれもが動きはぎこちなく、大した会話もできない“動く人形”だった。


 対して、目の前にいるルーチェというホムンクルスはどうだろう。

 表情は固く、人形のような作り物の美しさを思わせる容姿はホムンクルスらしいとも言えるが、それ以外は全くの人間らしい動き。そして驚くべき自立思考だった。

「……すまない。話の途中ではあるが、まず私は君がホムンクルスだとは思えないのだが」

「“お母様”をお疑いになるという事ですか?」


「疑う、というよりは私の常識が追いつかないのだと理解して欲しい。いくら賢者と呼ばれる人物でも、人間そのものに見える君やもう一人を作り出せるとは、私には、その……君が人間的すぎるのでね」

 ガウェインはルーチェの腕力を知っているのだが、アーサーとしては目にしていない事もあって今一つ懐疑的だった。


「では、人間には不可能な事を証明いたしましょうか」

「力自慢でもするつもりかね? だが、それも身体強化の魔術が使えれば見ただけではわからない」

「いいえ。わたしが呼吸をしていない事を証明すれば、信じて頂けるでしょう」

 ルーチェはアーサーの後ろに立って控えているガウェインを見て、「タライと水をお願いします」と言った。


☺☻☺


「うぐぐ……ツタに絡まる中年がこんなに醜いとは……ハッ!?」

「キャッ!?」

 全裸で薔薇が咲き乱れる緑の壁に埋まる中年男性の悪夢からようやく覚醒したクラウドが上半身裸の身体を勢いよく起こすと、耳に可愛らしい悲鳴が聞こえた。

 ぽたっ、と額に乗っていた濡れた布巾が落ちる。


「クラウド様! 大丈夫ですか?」

「侯爵家のお嬢さんか……」

 傍らにいたリンは、手に柔らかそうな布を握っていた。どうやらクラウドの身体を拭いてくれていたらしい。

「リータは……!」

「隣に寝かせていますわ」


 慌てて首を巡らせ、リータの顔を見て安堵のため息を漏らすクラウドを見て、リンは不思議と温かな気持ちを抱いていた。

 クラウドの狼狽ぶりとリータを見てからのホッとした表情は、ロザミアが言う通りに小さな子供が大切なおもちゃを無くしたと勘違いした時そのものだったのだ。

「ロザミア様が可愛いと言われるのも、わかるきがしますわね……」


 リンの小さな呟きは衣擦れの音にかき消されて、クラウドには聞こえていなかったらしい。

「迷惑をかけた。侯爵にはあとで礼を送るから……」

「お待ちください」

 シャツのボタンを留めているクラウドの腕を取り、リンはクラウドの真正面に回った。

「お礼なんてどうでも良いのです。そんな事より大切なのはクラウド様の事です。今からご自宅へ向かわれるおつもりですね?」


「“元”自宅だな。あそこに行かないと、リータを治せない」

「そのお話は聞きました。……ルーチェさんを置いて行かれるおつもりですの?」

「連れて行くさ。どこにいる?」

 クラウドはジャケットを取ろうとして向きを変えようとした。だが、リンの手はしっかりと袖を握りしめて離さない。


「……えーっと……」

 クラウドはこういう場合に上手く躱す術を知らない。かといって、乱暴に振りほどくのは問題だろう。公爵邸に行く前に、侯爵邸で殺される可能性がある。

「今度こそ、わたくしも連れて行ってくださいまし。ロザミア様は騎士に連れていかれて無理矢理屋敷へと戻されてしまいました。もしかすると、何か酷い目に遭っている可能性もあります……」


 涙を浮かべるリンを前に「知ってる」というのも食う気が読めない言葉に思えて、クラウドは懸命に頭を働かせた。再び熱が出そうな難題だ、と内心愚痴りながら。

「わかった……ロザミアの安全は俺が確認する。必要があれば逃がす事も考えよう」

 自分で言っていて空虚な言葉だとクラウドが感じた程だ。リンには当然彼女を置いていく言い訳に聞こえただろう。


「いいえ。わたくしも行きますわ。わたくしはロザミア様からある依頼をされました」

 言いながら、リンはロザミアから託されたメモを見せた。

「あいつも無茶な事を……だが、現実的に難しい話だ。ここは俺に任せて……」

 なおも断ろうとするクラウドの頬を、リンの細い手が叩いた。

 驚いているクラウドを真正面から見据えるリンの目には、涙が浮かんでいる。


「クラウド様。わたくしとロザミア様の友情を疑う権利は貴方にはありませんわ。人間が信用できないというのでれば、信用で繋がる間柄もあるのだ、とその目でご確認してください。クラウド様とリータのように、わたくしはロザミア様を信頼していますし、ロザミア様もわたくしを信頼していると確信しています!」

「リータと……俺が?」


「否定はできませんでしょう? クラウド様は今、ご自身の危険も顧みずリータの魂を取り戻そうとしておられますわ」

 見ていて妬ける程に、という言葉を飲み込む。

 叩かれた頬を撫でながら、クラウドは首を振った。

「そうか……はあー……」


 ため息をつきながらベッドに腰を下ろしたクラウドは、自分の頭を右手でぐしゃぐしゃとかき回した。

「どうして、そこまでするんだ?」

「ロザミア様と同じ位、クラウド様を信じているからですわ!」


 にっこりと微笑み、リンはクラウドの手を引いた。

「お父様も手伝ってくださいます。さあ、こちらへ」

 理由がわからないまま、クラウドは手を退かれるままに部屋を出た。


 そして、リンの細い指にしっかりと手を掴まれたまま、案内された談話室に入ったクラウドが見たのは、ルーチェとガウェインが横に並んでそれぞれのタライに顔を突っ込んでおり、それをアーサーが正面から見ているという光景だった。


「ぶあっ!」

 限界を迎えたらしいガウェインが、勢いよく顔を上げて水を滴らせながらぜいぜいと息をしている。

 となりにいるルーチェはピクリともしない。

「泡すら出ないとは! やはりホムンクルスなのか!」


 肩で息をする巨漢と驚愕と興奮に立ち上がるアーサー。その顔を見てクラウドは悪夢の内容を思い出した。胃の奥から何かが湧きあがってくる。

「ぅぐ……。何やってんだあいつら」

 先ほどまでの戸惑いも忘れて、クラウドは今すぐここから逃げ出したい衝動にかられた。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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