26.守るための戦い
26話目です。
よろしくお願いします。
「粋がって見せたところで、その貧弱な身体ではなぁ!」
ガランドから大きく踏み込んでの一撃を迎え撃つクラウド。身体強化魔術に加えてシールド周囲だけをがっちりと障壁で強化して受け止める。
「ぐっ……馬鹿力め!」
片足を負傷しているとは思えない程の重さを感じさせる攻撃だが、クラウドは大きく息を吐いて弾き返した。
「ぅらあっ!」
がら空きになった脇腹に向けて、クラウドは刃寝かせて押し込むように突き出した。
だが、ガランドは拳で刃を上から殴る様にして左手で叩き落とすと、さらに大上段から剣を振り下ろす。
「ふぬっ!」
「うおおっ!?」
前に向かってバランスを崩したクラウドは、首筋にチリチリする殺気を感じてそのまま横へと転がって避ける。
「無茶苦茶しやが……うわっ!?」
ガランドから距離を取ったクラウドの足元に、数本の矢が突き立った。
一本は、クラウドの足をかすめている。
更に飛来する矢を避けながら、クラウドが慌てて移動した先はガランドの真正面だ。
「逃げ回る事は許さんぞ」
「く……キタネェ事しやがる」
「なんとでも言え。お前をここで叩き潰さなけりゃ、公爵様に合わせる顔も無いからな」
言いながら、ガランドは大剣を高々と構える。
ガランドが公爵への報告を怠っていたのは、報告できるような内容では無い、という単純な理由があった。
兵力が削られたわけでも無く、応援を呼ぶ状況では無いと判断したガランドは、クラウドが一度実家に戻るだろうと予測を立ててこの町で待っていたのだ。
「始末する奴が一人増えたのは面倒だが、まあ大した手間じゃねぇ」
クラウドは距離を詰められないように後ずさりしようとするが、その背後にも矢が突き立つ。
「動けねぇだろ? 魔術は便利だ。強いのもみとめるが、そりゃあくまで一対一の時に限る。どんなに器用な奴でも、精々二つの魔術を発動するのが限界だ。一人二人ヤったところで、そこからはジリ貧だろうが」
ガランドは公爵領内の治安維持以外でも、反乱平定への出兵などでの戦場経験で、魔術を嫌という程見て来ている。
魔術はガランドが考えている通り、個人の能力で多少器用には扱えるものの魔力量の限界や一度に起こせる現象にも限りがある。
「わしに止めを刺さなかったのが運の尽きだな」
「ふぅ……なら、今度こそ息の根を止めてやる」
「やってみろ! できるならなぁ!」
重い一撃を受けとめ、クラウドはガランドが怪我をしている左足を蹴り飛ばした。
「ぬぐっ!?」
痛みに声を上げるガランドに対して、クラウドはラウンドシールドでの一撃を加えようと振りかぶったが、その胸に強烈なタックルを受けた。
いくら筋力を強化していても、元の体重は変わらない。
下から掬い上げるようなタックルを受けて、クラウドは宙を待ってルーチェの目の前に落下した。
「クラウドさん、大丈夫ですか?」
「痛てぇ……。リータと同じように、お前もそういう気遣いができるんだな……」
凄い性能だ、とクラウドは痛みに顔をゆがめながらも立ち上がる。
「女の前で恰好をつけるのも良いが、実力が無ければ滑稽な物だぞ」
「知らないのか? 他に運があれば、随分と物事は楽になる」
「なんだと?」
起き上がり様に、クラウドの右足が地面を踏みしめた。
直後、周囲の地面が次々と隆起したかと思うと、あっという間に土の壁が立ち上がり、クラウドとガランド、そして障壁に包まれたルーチェたちだけをぐるりと包囲する。
兵士達は外側に取り残され、剣や槍で壁を叩いているが刺さりはしても崩れず、すぐに穴も塞がってしまう。
「……どういうつもりだ?」
閉じ込められはしたものの、ガランド自身は傷一つ負っていない。
それどころか、舟の上でもそうだったように、狭い場所での戦闘は彼にしてみれば有利になる。
もちろん、クラウドはそれも承知の上だ。
「まだ、俺の魔術は終わっていないぞ?」
クラウドが右手を土壁に触れさせると、指先からずぶずぶと壁に埋まっていく。対象に直接触れる形での魔術行使に見覚えがあるガランドは身構えた。
だが、彼の常識では考えられない。
「馬鹿な、障壁を張って身体強化をしたうえでこれほどの土壁を作ったのに、まだ何かやる余力があるのか……」
「そこいらのへなちょこ魔術使いと一緒にするなよ。魔力量の多さだけじゃない。“物の原理”って奴を知っている俺は、自然に干渉するのに消費する魔力はかなり少なく済むんだ」
土壁の表面だけに周囲から取り込んだ水分を含ませ、零れるような泥の壁と作り替えたクラウドは、手首まで壁に埋めた状態で笑った。
「水の中からは這い上がれたが、土の中ならどうだ?」
「ぬ……うおおおお!」
左右や背後の土壁から、無数の腕が伸びてくる。
ガランドは大剣を叩きつけているが、泥が飛び散るだけで腕はすぐに再生してガランドへ迫る。
両足や胴体に絡みつかれ、剣を振り回す腕も次第に動きが鈍くなってくるが、それでも持ち前の力で腕を引きちぎらんばかりに踏み堪えていた。
「ぐぬぬ……この程度の力で、わしを壁に塗り込められると思ったか!」
「壁? いつ俺が壁に閉じ込めると言った?」
未だに絡みつく腕を振りほどこうと暴れるガランドに、クラウドは笑みを向けた。
「これだけの土を、どこから持って来たと思う?」
クラウドは、ガランドの足元を指差す。
「お前の真下だよ」
「おあっ!?」
突然、ガランドの足元が崩れた。
ぽっかりと空いた穴は底が見えない程に深く、空虚な暗闇は無限に続くかのように見えた。
しぶとくも両手両足で穴に落ちずにいるガランドには、容赦なく泥の腕が襲い掛かる。
「ぐぬぅ……」
汗だくで堪えているガランドの視界に、クラウドの足が見えた。だが、顔を上げている程の余裕も無い。
「怪我をしているくせに、大した力だな」
「うぐぐ……ま、魔術でこれほどの事が出来るとは……」
ガランドは完全に混乱しているらしい。
冷静な目で見下ろすクラウドは、左手のシールドから出た刃を振り上げた。
「俺以外には無理だろうな。そう……文明があと五百年分くらい進むまでは」
草を刈るような音と共に、クラウドが振るった刃が穴の縁を掴むガランドの右手首を斬り飛ばした。
「うあ、ぐっ、ぬおああああああ……」
一瞬は片手で耐えたが、すぐに泥の腕で押し込まれてガランドは穴の底へと落ちて行った。
途中の壁にしがみつく事も出来ないよう、壁も滑りやすい泥と化しているうえに、泥の腕もそのまま穴の中に入って行き、元の土へと戻る。
「何万年かしたら、化石になって見つかるかもな」
縁に残されたガランドの片腕を穴へと蹴り落とし、壁も少しずつ削りながら穴を埋めていく。
残っている壁に右手を埋めたまま、低くなった土壁から顔を見せる兵士を御ア渡したクラウドは、武器を捨てろと叫んだ。
「ガランドは死んだ。俺が作った穴の底だ。まだやろうっていうなら、お前たちも生きたまま地面の底だ。圧死するか窒息で死ぬかは知らんが……苦しいだろうな」
顔を見合わせた兵士達は、しばらく迷っていたが武器を手放さなかった。
クラウドは歯噛みする。ガランドが穴に落ちるところを見せれば反応は変わったかも知れない。だが、邪魔をされる事を考えると、先に壁を崩す事は出来なかった。
「仕方ない……土の中で後悔しろ!」
未だクラウドの右手は泥の塊に入り込んでいる。
兵士たちの目の前に、先ほどと同じ泥の腕が現れ、彼らを掴んで泥の中へと引きずりこんで行く。
「ごぼつ……!」
「や、嫌だあ!」
泥が口に入って溺れもがく者、首を掴まれて必死の抵抗を試みる者と様々だが、いつの間にか足元に広がっていた泥のせいで踏ん張りは利かず、ずるずると腕に引き摺られて、胸ほどの高さにまで下がった泥の壁へと埋め込まれていく。
そうして出来上がったのは、両腕を巻き込む形で腰を壁に塗り固められて並んだ兵士達のオブジェだ。
泥から水分を抜くと、締め固められた壁は兵士たちがいくら足掻いても腕すら抜けない。
抜き取った水分で彼らの顔を乱暴に洗い流すと、全員が恐怖の顔を並べていた。後ろから見たならば随分とまぬけな格好に見えるだろう。半円状の壁に肩を寄せ合った兵士が並び、尻を突き出しているのだ。
「さて……」
クラウドが見回すと、兵士たちはびくりと肩を震わせた。
「お前たちが命令を聞かねばならん立場なのはわからんでもない。同情もする……だが、だからと言って俺を殺そうとしたのを笑って許してやるほど、優しくも無いんだよ」
言いながら、魔術で他の手勢が居ない事を確認したクラウドは、障壁を解除してルーチェを呼ぶ。
「どうするのですか? 一人ずつこれで撃ち殺していきますか?」
「やめろ馬鹿たれ」
ルーチェがライフルを振りながら言った言葉。それが何か理解できずとも“殺す”という内容だけで今の兵士を怯えさせるには充分だった。
「なら、剣を貸してください。わたしが一人ずつ尻を軽く叩いてきます」
「う……」
ルーチェの言葉に、クラウドは自分の尻の痛みを思い出して顔を顰めた。
「それより、なんでそんなに怒ってるんだ」
「この連中はリータに弓を向けました。痛い目にあって当然です」
「あ、そう……」
答えながら、力なくクラウドは座り込んだ。
「大丈夫ですか?」
「ああ。もう土はしっかり固まってるからな。魔力は必要ない……」
「そういう意味ではありませんよ……魔力の枯渇、ですか」
「いや……魔術の同時展開で頭が疲れただけだ」
身体強化に魔力障壁、そして生命探知に加えて土の操作と四つの魔術を使った事で、脳に負担がかかる魔力操作は限界を迎えていた。
疲労が、クラウドの意識を奪って行く。
「おかしいな……もう少しは俺の頭も耐えられるはずだったんだが……力入れて魔力障壁を作ったからだな……」
かすむ視界の端に、一台の馬車が騎兵を連れて駆けこんできたのが見えたが、クラウドはもうそれが何か判断できなかった。
「クラウド様!」
リンの声が聞こえる。
直後、胡坐をかいて座り、うなだれているクラウドの鼻孔に薔薇の香りが届いた。
(そういえば……)
と、クラウドは学園にいた頃に、リンから一方的に話かけられた時の事を思い出した。
(ホールデッカー家には、見事な薔薇園があるとか言っていたな。悪くない、香りだ……)
何とか残った意識で顔を上げると、ダンディな中年男性の顔が目の前に有った。
「大丈夫かね!? クラウド君!」
ホールデッカー侯爵のなかなかに逞しい腕と、彼が放つ薔薇の香りに包まれながら、クラウドは逃げるように意識を手放した。
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