24.追い越されて
24話目です。
よろしくお願いします。
馬を駆る騎士や兵士たちに囲まれて走る箱馬車が、街道を慌ただしく走って行く。
早朝の横から差し込むような光に照らされる馬車は黒塗りで何らの印も無いのだが、構造はしっかりしていて、護衛についている者たちも、油断なく周囲を見回していた。
馬車の中では、ロザミアが黙って座っている。木製の風入れ窓は閉ざされているが、小さなガラス窓からは少しだけ外が見えた。
一行の先頭を行くのは騎士カルアイックだ。
彼は兵士達と違って鎧などを付けず、白を基調とした服に腰までのマントを翻して馬を駆っている。風になびく髪に時折手櫛を通す仕草が、いかにも貴公子然とした雰囲気だった。
「元より、脳まで筋肉が詰まったガランドに捜索なんて無理な話だったのさ」
カルアイックは馬上から前方をしっかりと確認しながら、顔が笑みを浮かべるのを押え切れずにいた。
「これで公爵家家臣の筆頭にまた近づいたな……いや、他の連中が持ち帰る成果次第では、抜擢もあるかな」
彼は父から騎士爵の地位を継いでから今まで、類まれな剣の技と魔術の腕を活かし、父から受け継いだ領内の地方回りの仕事から始めて当主の護衛役にまで出世したのだ。
そこで満足はしていない。
魔術学園では身分が低い事で色々と嫌がらせを受けた事もあるが、今はその相手ほとんどを見返せる地位にはある。
だが、生まれ持った身分を乗り越える事は難しい。
「焦りは禁物だね。だけど……」
クラウドを見つける事が出来れば、公爵が権利を持ついくつかの貴族家株を贈られる事も考えられる、と考えていた。
「僕は運が良いはずだ。帰り道で見つけれる可能性は低いけれど、一度戻ってロザミアを家に戻してからでも、充分に他の連中を出し抜ける」
自信はある。公爵家に連なる騎士爵家に生まれついた事に関して、爵位の低さは不満だったが、その立ち位置は上に行ける可能性が高いという意味では幸運だった。
「僕は強い。できる男だ。そこに運が向いて来ているのを感じる」
だが、一つ失敗をした事を悔やんでいた。
「ホールデッカーの連中に監視を付けておくべきだったか……いや、監視との連絡を付ける手段が無い。焦るな……」
しかし、リンやガウェインから多少でも情報を引き出せたのではないか、という反省はあった。
ふと思いついたように馬の速度を落とし、カルアイックは馬車と並走する形を取り、木製の窓をノックする。
しばらくして、小窓が開いた。
「何か?」
「ロザミア様。旅の最中で愛しのお兄様についての情報などはありましたか? もし何か聞かれていれば、誰かを送って“保護”いたしますよ」
ロザミアは姿勢を崩さず、じっと何かの布を両手に握りしめて座っていた。視線は正面を見ており、カルアイックなど一瞥すらしない。
その態度が、カルアイックの上級貴族に対する敵対心を煽る。
「……お兄様の目撃情報はありましたわ。賢者ソーマーと呼ばれる女性と共に、隣国を目指して先ほどの町を出る所を見られていたようです」
「ソーマー? 賢者とは随分と偉そうな名前ですね。僕は聞いたことが無いなぁ」
「お父様に付いて回って、その世界しか見たことが無い貴方が知っている事など、ほんのわずかなものでしょう」
ようやくロザミアの視線がカルアイックを向いたが、それは絶対零度に冷えきった侮蔑の視線だった。
「お兄様のように多方面に精通する天才ならまだしも、貴方のような凡才が見ている世界等、たかが知れています。その小さな世界で物事を測っているようならば、貴方などその程度だったというまでです」
「……調子に乗るなよ。箱入りの令嬢が、領内を駆けずりまわっていた僕たちの苦労など理解できないだろう」
「それを言うならば、貴方たちが税を取り立てる農民たちの苦労を、貴方は知っていますか?」
「知る必要のない事だ。それはそいつらが無能で充分な量の収穫が出来なかったせいだろう。貴族である僕には無関係な、格下どもの世界の話だな」
「……そうですか。ならばこれ以上話す事はありません。貴方の狭い世界の中で狭い世界で手が届く地位を目指して足掻きなさい」
「ちっ……」
閉ざされた小窓を殴りつけようかと考えたカルアイックだったが、周囲には兵士たちがいる。所詮は平民で実家を継ぐことのできない次男や三男といった連中だが、そこからでも上に話が行く可能性がある。
「賢者ソーマーだと……?」
とりあえずは聞き出した情報として公爵に報告を上げようと決めたカルアイックは、その上でクラウド捜索へ出る為に、さらに速度を上げるように馭者へ手振りによる指示を出した。
「お兄様……」
内心では、ロザミアは怖かった。公爵家の令嬢として恥ずかしくない姿を見せるために気丈に話してはいるが、戦う術を持たぬ彼女にできる事など大して多くは無いのだ。
兄が残した布を握りしめ、ロザミアはそっと目を伏せた。
☺☻☺
「ロザミア……貴方の妹が乗っているようですよ」
「なんだと?」
馭者席のルーチェに声をかけられたクラウドがそっと幌馬車のカーテンの隙間を開くと、騎士が先導する箱馬車が乗っている人物を無視するかのような乱暴な速度で迫っていた。
後ろから迫る音に気付いたルーチェが身を乗り出して後ろを確認した際に、馭者席の背後にある小さな窓からロザミアの顔が見えたらしい。
「どんな視力だよ……と、あれはカルアイックか」
「止めますか?」
「止めるって、どうやっ……いや待て、そんなもの出すな。面倒なことになる!」
ショットガンを抜こうとしているルーチェを慌てて止め、クラウドは再び後ろへと目を向けた。
だが、すでに箱馬車はクラウドの幌馬車を追い抜こうとしている所だった。
一瞬だけ、小さなガラス窓からロザミアの顔が見えた。
瞼を閉じて俯き加減の彼女が泣いているように思えたのは、気のせいだったのかクラウドにはわからない。
どうやらクラウドがいる事は騎士にも兵士にも気づかれずに済んだようだが、カーテンを閉めたクラウドは、腕を組んで考えた。
状況はなんとなく想像がつく。恐らくはクラウドたちの脱出後にカルアイックがロザミアを発見したのだろう。リンの事も気がかりではあるが、ガウェインが居ればまず大丈夫なはずだ。
「追いかけますか?」
「……いや、馬車も馬も質が違う。とてもじゃないが追いつけない」
クラウドは冷静だった。
だが、怒りはふつふつと湧き上がってくる。
「放っておいてくれりゃいいのに、どうしてこんなにしつこく突っかかってくるんだか。貴族の意地か? それとも余計な情報を洩らされたくない焦りか?」
クラウドにしてみれば、リータさえ無事に帰ってきて、エリが残した記憶をどうにかできればそれで良かった。
腹が立つ話だが、貴族社会やら王家を相手に回して戦う気はさらさらない。
だが、これほどの真似をされて黙っているのも癪だ。
「……ルーチェ。少し公爵家で暴れるとしたら、手伝ってくれるか?」
ルーチェはしばし無言だった。
「……“お母様”の願いを聞き届けていただけるなら」
「わかった。手伝わなくて良い」
「……意味がわかりません」
ルーチェはぐるりと後ろを向き、クラウドの目をまっすぐに見た。
対して、クラウドはぷいっ、と目を逸らす。
「内容のわからん物に対して簡単に約束なんかできるか。エリの奴が俺の身体を譲れとか書いてたらどうするつもりだ」
「わたしとリータに宛てた手紙ですが……」
「お前ら二人に取り押さえられたら、俺には抵抗のしようが無い。この身体は俺にとっても借り物に等しいんだ。そう易々と譲れるか」
「では、リータが目覚めてから決めてはいかがですか?」
「そうしよう。とりあえずの目標はそれでいい」
クラウドは自分の服が入ったカバンを枕にして寝転がる。先ほどまで目を通していたエリの報告書を再び読み始めた。
「ロザミアさんはどうするのです?」
「公爵家に仕えてる騎士がいた。とすれば、行き先は俺たちと同じで公爵家屋敷に間違いない。問題が起きれば路頭に迷う連中だ。道中で何かされるとも考えられない」
クラウドが読んでいるのはホムンクルスに関する物だったが、これが妙にクラウドの興味を引く。いずれ自分でも作ってみようかと考えていた。
「屋敷に帰ったら、親父の秘密を公にして公爵家を潰す……かとも思ったが、ロザミアや他の連中も路頭に迷う事になるのか。うむむ……」
書類を閉じ、クラウドは悩み始めた。
恨むべきは公爵と、関わっているらしい王家だけだ。ロザミアは怖いとは思うが嫌いでは無い。弟も同じで、母に至っては命の恩人と言っても良い。父親がどうなっても、彼女たちが今の生活を失うのは違う気がする。
「まあ、いいか。俺が一人我慢すればロザミア達は今の生活を守れるわけだ。さっさとリータを治して、俺は自由にやらせてもらおう」
「随分と覇気の無い結論ではありませんか?」
「元々そんなものは持ち合わせていない」
身体を起こし、食料が入った袋からリンゴを二つ取り出したクラウドは一つをルーチェへ手渡し、もう一つを齧る。
「とても美味しいリンゴです」
「だろう? リータの目利きは大したもんだ」
やるべき事は決まっている、と改めてクラウドはリータとの生活を取り戻す事を誓った。
だが、迷いが無くなったわけでは無い。
「もし……」
無言になったクラウドに、ルーチェが話しかけた。
「もし、ロザミアさんが貴方に助けを求めたら、どうしますか?」
「なんだ、その質問は」
と言い返しながらも、クラウドは内心で舌打ちしていた。先ほどまで迷っていた事そのものだったからだ。
「万一の時に、行動基準をしっかり決めておくのは大切な事です。ロザミアさんを助けますか? 彼女の護衛に貴方の事が知られるとしても、それでも」
しばらく沈黙をしていたクラウドは、残ったリンゴをガツガツと齧って芯を放り捨てた。
「助けなきゃならんだろう。あいつは信用できないし、どこか気色の悪い妹だが、嫌いなわけじゃない」
クラウドの答えにルーチェは少しだけ微笑んだように見えた。だが、それも一瞬の事だったようだ。
前を向きなおしたルーチェは、先ほどと同様に手綱を握って馬を操る。
「やはり“お母様”が言われた通り、貴方はマッドサイエンティストです。研究者であるのに、貴方の言葉は矛盾しています」
少しだけ、馬車の速度が上がる。
「ですが、わたしもその結論が嫌いではありません」
「失礼な奴だな。人間の気持ちというのは複雑なんだよ」
他人の気持ちを汲み取れないくせに、クラウドは自分本位で嘯いた。
「ああ、それとですね」
振り向いたルーチェは、少し眉を顰めている。
「ロザミアさんは、確かに少し気持ちが悪い言動が散見されます。変質者として後ろ指を指される前に、兄として注意をされるべきかと」
「……お前も容赦ないな」
クラウドの心の中に、ほんのわずかだがロザミアに対する憐みの気持ちが生まれた。
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