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23.不本意な解散

23話目です。

よろしくお願いします。

「止まれ」

 街道の真ん中に、全身をすっぽりと覆うマントを着た人物が立ちはだかる。

 並んで走っていた四台の馬車はゆっくりと止まった。道を塞いで譲るつもりがないらしい相手を前に、馭者は「すわ強盗か」とも思ったが、目的の町を出て十分程度の場所で強盗が出るとも思えない。


「どうした?」

「それが、誰かが道を塞いでいまして……」

 馬車の中から声をかけた商人は、すぐに雇っている護衛に声をかけて馬車を降りた。

「おいおい、まだ町を出たばっかりだぜ」

「なに。おそらくは物乞いか何かでしょう。ですから……」


 軽く追い払ってくれ、と言いかけた商人の目の前に刃が伸びてきた。

「動くな」

「い、いつの間に……」

 護衛の男たちも驚いて武器を抜く暇すらなかったことに冷や汗を流している。


「悪いが、まともに話を聞いてもらうために多少乱暴な手を使わせてもらった」

「と、盗賊め……」

「違うっての」

 剣に見えるが、手元まですっぽりと隠すような大きなマントで顔も口元しか見えない。どうやらまだ若いようだが、三人の護衛がまるで気が付かなかったことに、商人は恐れおののいていた。


「ちいっ!」

 あっさりと出し抜かれた事で腹を立てた護衛が、そっと武器に手をかけようとしたが、すぐに大きな破裂音と共に足元の石畳が突然えぐられたのを見て、動きが止まる。

 視線を向けると、街道に立ちふさがっていた人物の手に、何かの筒が握られている。

 筒先から煙が上がっているのを見て、それが武器だというのは分かったが、護衛には何をされたか理解できない。


「か、金が目的か……」

「いや、違うな」

 剣を突き付けている男は、片手で金貨が入った袋を商人の突き出た腹に押し付けた。

「客だよ。買うのは馬車そのもの。あと馬も」


 戸惑う商人に、男は淡々と言葉を続ける。

「中身に用はない。他の馬車に積み込むなり、ここに置いて町から別の馬車を曳いてくるなり好きにすればいい」

「な、なぜそんな……」

「理由は聞くな」


 顔の前で見せつけるように刃が揺れ、夜明けの光が反射する。

「馬車と馬の金額を言え。それとこれで遅れた分の損害金だな」

「えっ? えっと……」

 言われるままに商人が口にした金額に満足したのか、男は押し付けていた袋をそのまま商人に持たせた。


「今言った金額の三割増し位は入っている。確認しろ」

 恐る恐る布の袋を開くと、確かに金貨と銀貨が混じって結構な金額が入っている。

「た、確かに……」

「納得したなら、荷物を積み替えろ」

 こうして、強盗のような買い物を終えたクラウドは、呆然とする商人たちを残してルーチェやリータと共に悠々と街道を進み始めた。


☺☻☺


 朝食の時間を知らせるためにノックをしたが、反応がない。

 宿の者からそう聞かされ、ロザミアが急いでクラウドの部屋を訪ねると、もぬけの殻だった。

「ルーチェさんもいませんか。しくじりました……」

 ルーチェの部屋も無人である事を確認したロザミアは、悔しそうに呻いた。


「ロザミア様。クラウド様は……」

「大丈夫です。部屋が荒れておりませんから、襲撃されたのではないようです」

 リンの言葉に、部屋の中を確認したロザミアが安心させるような言葉を伝える。そういいながらも、部屋の中を調べて血痕などが残っていないかをロザミアは調べていたのだが、これといって争いの跡は見つからない。


 息を吐いて自らもホッとした様子を見せたロザミアだったが、胸中に滲む悔しさは消えない。

「運よく合流できたことに安心しすぎていました。こうも簡単に取り逃がすとは」

 先ほどベッドの下で見つけた小さな布を握りしめ、スカートの折り目にあるポケットへそっと押し込む。それは匂いからして兄の者であると彼女は即座に判断した。


「何か見つかりましたの?」

「いいえ。何も……」

 まさか兄の下着を見つけたとは言えず、ロザミアは騒ぎを聞きつけてやってきたガウェインと馭者と合流し、これからの話をしようとした矢先だった。

 ドカドカと乱暴な足音が近づいてきたかと思うと、集まっていたクラウドの部屋の扉が開いた。


「これはこれは……ロザミアお嬢様。それにホールデッカーのご令嬢まで。ずいぶんと豪勢な顔ぶれですね」

「カルアイック。どうしてここに?」

 驚いたロザミアは、兵士を引き連れて入ってきた青年を見て驚いた。

「どうしてもなにも、公爵様からのご命令により、お嬢様を探していたのですよ。まさか、ホールデッカーのご令嬢とご一緒とは……」


 カルアイックと呼ばれた青年は、サラサラとした海老茶色の髪をかきあげながら、視線をリンの方へと向けた。

「失礼ながら」

 と、リンの前に出るようにガウェインが立ちふさがる。

「このお部屋は今、私どもの名前で借り受けている場所でございます。公爵家の方とお見受けいたしますが、些か礼を失しておられるのではないでしょうか」


「はぁ? 侯爵家の使用人の癖に、随分と偉そうな口を聞くな。言っておくが、僕たちは公爵閣下からの任務を受けて動いている。邪魔をすると容赦はしない」

「待ちなさい。ホールデッカー侯爵領内で、他家の貴族の名をひけらかすなど恥ずかしいと思わないのですか」

 ロザミアが前に出ると、カルアイックは肩をすくめてあざ笑う。


「家の力関係はこちらが上ですよ。力に従うのが、貴族社会……いや、人間社会の倫理という奴です。まあ、色々と手を回すのは面倒ですからね。ロザミアお嬢様が大人しくお家に帰られるというのなら、僕も余計な労働をする気もありませんがね」

 カルアイックは公爵の専属護衛を勤める騎士の一人で、本来なら公爵が外出しない限りは屋敷かその周辺にいる。


 現在は公爵が謹慎中で外出の様が無いため、身体が空いているという事でロザミアの捜索を命じられたらしい。

「丁度良く休みになるかと思ったらこれだよ。聞き込みなんて面倒な事やりたくなかったから、ロザミア様がさっくり見つかってくれて良かった。僕は本当に運が良い」

 喉を震わせるようにクックッと笑ったカルアイックはぐるりと大げさな仕草で部屋を見回した。


「ところで、我が主家の長男殿はおられませんかな?」

「……一緒にいるはずが無いでしょう。何を言っているのです」

「あれぇ。おかしいなぁ」

 ニヤニヤと笑うカルアイックが兵士に向かって顎で合図すると、見覚えのある宿の従業員が兵士に引き摺られて入ってきた。


「ひどい……」

 思わずリンが口を押えて声を洩らすほど、その従業員は酷く殴りつけられて顔を晴らしており、満足に歩けないほど意識が朦朧としているようだ。

「宿の主人がね、客の情報は教えられない、なんて偉そうな事を言うものだから、仕方なくやったんですよ。主人本人じゃ無く、従業員をね」


「何の関係も無い方にこのような真似を……!」

 兵士が従業員を床に放り捨てると、ロザミアは痛みに呻く従業員に駆け寄り、その身体を抱き上げた。

「関係なら有りますよ。僕の仕事を邪魔した。制裁を受けるには充分な理由でしょ?」

 それよりも、とカルアイックの目から笑みが消える。


「宿の主人が吐きましたよ。客の人数は男が三人、女も三人……おやおや? 男女一人ずつ足りませんねぇ?」

「きっと、同時に投宿したご夫婦と勘違いしたのでしょう。それよりも、私を家に連れ帰るのが任務なのでしょう。余計な手柄まで狙っていると、どちらも逃すことになりますよ」

「おやおや。確かにその通りかも知れない。いくら僕が優秀でも、あまり油断はできないからね。では、ロザミア様。僕たちがしっかりと屋敷までお送りいたします」


 従業員に小さく声をかけたロザミアは、そっと彼の身体を横たわらせて立ち上がった。

「ロザミア様……」

「リンお姉様。領地内での非道は必ずお詫びをさせていただきます。ここはどうか、宿の者たちの事をお願いいたします」

「おっと。失礼しますよ」

 リンの手を取って固い握手を交わしたロザミアを、カルアイックは素早く止めて彼女たちの両手を確認した。


「どうやら、手紙のやりとりなどは無いようですね。淑女が握手を交わすというのは、あまり見ない光景でしたので、念のため確認させていただきました」

「失礼な。貴方には私とお姉様の友情など理解できようはずもありません」

「おやおや。ずいぶんな言われようだ。では、時間も惜しいのでそろそろ行きましょうか」


 無理やり引きはがすように肩を引いたカルアイックの手を振り払い、ロザミアは頭一つ分背の高い彼の顔を睨みつけた。

「貴方も騎士として紳士の態度を身に付けなさい。淑女に軽々しく手を触れるものではありません」

 ではごきげんよう、と挨拶をして、ロザミアはカルアイックを引き連れているかのような態度で部屋を後にした。


 カルアイックはリンへとちらりと視線を向けたが、何も言わずにロザミアを追っていく。

「ロザミア様……」

「うぅ……」

 従業員のうめき声に気付き、ガウェインが駆け寄って抱え上げた。

「どうも、とんでもないご迷惑を……。貴方の治療費は侯爵家が負担いたしますから、まずは急ぎ治療院へお運びしましょう。宿の主人にも私からお話を……」


 だが、ガウェインの声が聞こえているのかいないのか、彼は手に握っていた小さな紙片を差し出した。

「これは?」

 紙を開いて確認したガウェインは目を見開き、すぐにリンへと声をかけた。

「こちらをご確認ください。どうやら、ロザミア様は彼に声をかけながらメモを残されていたようです」


 身体検査を受ける可能性を考えて従業員に託したのだろうか。そう考えたガウェインは、ロザミアの判断力に舌を巻いた。普通の貴族令嬢なら、怪我人を前にしてそこまで冷静になれないだろう。

 ガウェインからメモを受け取ったリンは、焦りを押えながら文字に目を走らせた。

「ホールデッカー侯爵……お父様の所に戻る様に書かれております。そして、お父様が許されるならば貴族社会にこの事を訴えて欲しい、と」


 ガウェインは頷いた。

「恐らくは、王国が公爵家に何らかの処分を言い渡さなければならない状況を狙っておられるのでしょう。少なくとも、我々は公爵家が賢者ソーマーに行った非道を知っております。公爵家のみならず、王家に対する圧力にもなるでしょう」

 そして、書かれている内容はもう一つ。


「願わくば“蒼の屋敷”に少しだけ戦力を貸していただきたい、と書いてありますね」

「聞いたことがあります」

 ピンと来ないリンに対し、ガウェインはその場所に聞き覚えがあった。

「“蒼薔薇姫”が、平民の子供たちと交流するための屋敷です。敷地内に使用人以外の平民を入れたがらない公爵に反発されたロザミア様が、公爵邸の隣地に作られたとか」


 平民であろうと貴族であろうと、可愛らしい子供たちを隔てなく愛しているロザミアは、その屋敷を外出の準備をするためだけに作った。

 当初は金満貴族の象徴のような扱いを受けていたのだが、平民の子供たちに勉学や礼儀作法などの教養を教えるようになり、評価がガラリと変わる事になる。半年も通えば大きな商家や貴族屋敷で働くに申し分無い教養が身に付くのだ。

 今では、平民の親たちが子供を連れて行く程になっているという。


 噂で聞いただけのガウェインは、些か誇張された話だと考えていたが、ロザミアの行動力や先ほどの機転、そして侯爵家当主アーサーを説得する手際を思いだし、あながち間違いでもなさそうだと思っている。

「では、わたくしがやる事は決まっていますわね」

「はい。お嬢様」

 ガウェインが傷ついた従業員を抱え上げて、リンへと優雅に頭を下げた。

「この方を治療院へお送りしましたら、すぐにお屋敷へ戻りましょう」

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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