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22.彼女の記憶

22話目です。

よろしくお願いします。

 ルーチェが見せた“エリの記憶”は、確かにクラウドが知る物とどうようの試験官に入っている。

「全部……ということは、つまり俺の時と同じように、脳内にある人格を形成するレベルの全てということか?」

「わたしには詳しくはわかりませんが、“お母様”からはただ全てだとしか聞いておりません」


「それを見せる理由は?」

「ここに書かれています」

 試験官と共に取り出された書類を渡され、クラウドはルーチェの動きをチラチラと確認しながら、書かれている文字をたどった。

 それは日本語で書かれている。


「記憶移植の方法か……」

 それはクラウドが日本で実験していた事だったが、ついに人間に試すことはできなかった事だ。

 それをエリは霊長類を使った実験まで進め、この世界に来てから人間やホムンクルスへの移植にも成功したという。


 被験者のうち、人間の方は余命いくばくもない病死を待つ人物が、残していく家族に金を残すために了承したらしく、成功を確認した後に亡くなっている。

 そして、ホムンクルスの成功例はルーチェの事だった。

「わたしの中には鉄道技師と農学博士それぞれの知識が投与されました。いずれもわずかな不足が見られましたが、“お母様”が言われるには成功のようです」


 記憶のコピー元となった人物がいないので、確認しようが無い部分も多く、完全に成功とは言えない、とエリは考えていたようだ。

 だが、クラウドからすれば大きな進歩であり、自らの研究に関する一つの集大成でもあった。


「ですが、その移植方法……単に脳へ向かう首の動脈へ注射するだけではありますが……と共に、注射器と明人さんの記憶が盗まれました」

「結果として、俺がここにいるわけだ……。命の恩人、というわけでもないからな。研究者の成果を横から攫うような真似を許すわけにはいかん」

 憤るクラウドに、ルーチェはエリの記憶も差し出した。


「貴方に出会ったなら、その時は“お母様”の記憶を託すように言付かっています。受け取ってください」

 そして、と一枚の封筒をポーチから取り出した。

「記憶を渡した後、わたしとリータ、二人でこれを読むように言われています」


 そのために、リータが目を覚ましたところに立ち会わねばならない、とルーチェは主張した。

 封筒の中に入っていると思われる手紙に、何が書かれているかはルーチェも見ていないという。とにかく“お母様”の言いつけを忠実に守ることを第一に考えている彼女は、気になるであろう中身を見ることなく、記憶と共に大切に保管していた。


「ずいぶんと我慢強い事だな」

 同じ人物が作ったホムンクルスとはいえ良く似た姉妹だ、とクラウドは苦笑する。

「……わかった。ついてくるのは構わないが、ロザミアや侯爵家の御嬢さんには伝えるなよ。あの筋肉執事にもだ」

「承知の上です。貴方は彼女たちを嫌っているようですから」


「いや待て。ちょっと待って。俺は別にあいつらを嫌いなわけじゃないぞ」

 確かに警戒はしている、とクラウドは認めたうえで嫌いという言葉は否定した。

「ロザミアはあれでも妹だ。嫌いなら川から助けたりしないし、顔を見た時点でさっさと逃げてる。ホールデッカーのお嬢さんもそうだ。一応は学友だし、悪い子じゃない」

 さりげにガウェインについての言及はしなかった。


「嫌いというのは、そいつらを拒絶したり攻撃する悪意だ。俺は俺の過失も無いのにそれを向けられるのも嫌いだが、逆に理由なく誰かを嫌ったりはしない。信用はしてないけどな」

 クラウドの弁明に、ルーチェは「理解できない」と真顔で返した。

「嫌いだから信じられないのではないのですか?」


「何を言うか。それじゃあ、人間を誰も信じられない俺は、人間全部が嫌いみたいじゃないか。人間は何を考えているかわからないから怖いだけだ。第一、そんな風に周りを嫌っているなら人間の脳や記憶の研究なんてするわけないだろう」

 不愉快だ、と腕を組んだクラウドは鼻から大きく息を吐いた。

「それじゃまるで俺がマッドサイエンティストじゃないか」


「違うんですか?」

「違う! お前、やっぱりリータの姉妹だな。基本的に失礼だぞ。悪意が無いのがわかるから人間よりはマシだが、俺がそれにどれだけ傷つくか考えろ」

 まったく、まさかエリも似たような性格じゃないだろうな、とブツブツ言いながらクラウドは荷物をまとめ始めた。


 ルーチェは“お母様”との会話で、クラウドが日本でどんな人物だったかを聞いていた。だからクラウドの性格を見ても何となく理解できていたのだ。

 その話題の中で、エリはこう言っていた。

『天才というのは間違いないと思うし、確かにちゃんと顔を合わせてくれないのは酷いと思ったけれど、悪し様にののしられたり、手をあげられたりした事は一度もなかった。どうして好きになったかはっきりはわからないけど……きっと、自分が決めた事に一生懸命な姿を近くでずっと見てたからでしょうね』


 そして、自分も大して変わらないけれど、と笑いながら言ったのだ。

『寝食を忘れるって言葉があるけれど、あの人はそれを地で行く人だった。他人との接触を極力さける癖に、誰よりも人間の記憶に熱心なんだから。一種のマッドサイエンティストと言っていいんじゃないかしら』

 エリの言葉をはっきりと覚えているルーチェは、リータを丁寧に抱え上げようとするクラウドを見ながら言った。


「やっぱり、貴方はマッドサイエンティストです」

「……俺はお前が嫌いになりそうだ」


☺☻☺


 リータは力のあるルーチェが背負って行く事になった。

 顔立ちが似ている女性であれば、姉妹か親子だと思ってもらえるだろうし、クラウドも常時身体強化魔術を使っているというわけでも無い。

「不意に戦闘が始まる可能性もある以上、魔力は極力使わずに行きたい」

 三階の部屋から飛び降り、身体強化魔術を切ったクラウドは言う。


「足が無いから、馬車を調達する」

 再び舟で川を遡上する事も考えたが、いずれにせよ公爵領内に入る前には乗り捨てて陸路になる。公爵の手勢とはうまく行き違いになったようなので、速度重視で街道沿いに陸路を走る事にする。


「多少の兵力がいても、魔術で切り抜けるくらいは問題ない。一番面倒な奴は川底だからな」

 クラウドにとって、魔術が使える相手はどちらかというと相性が良い。魔術勝負になれば彼に勝てる者はいないだろう。だが、純粋に肉弾戦になると厳しい場合もある。

「馬車で走って、邪魔が入ったら一撃くらわせて逃げる。これで行く」


「まだ実包はたくさん残っていますから、わたしも戦えます」

 脛に固定する、変わったホルスターからにょっきり伸びているショットガンを指して言うルーチェは、無表情だが自慢げな声だった。

「……鉄道関係の技師と農学博士が何で銃を作れるんだよ」


「農学博士の知識で肥溜め硝石を集めて黒色火薬を作る事ができました。何かの調査の際に偶然知った豆知識のようですね。銃の構造や鍛造については鉄道技師がレールや車体に使う金属について勉強中に知ったようです」

「ああ、そう……」

 要するに偶然使える知識が集まっていたので、たまたま完成した代物のようだ。


「村の人たちは何かの魔術だと思っていたようです。といっても、彼らは理解できない事象は全て魔術か魔物のせいで片づけていましたが」

 意外と口数が多い奴だ、とクラウドはルーチェの話を聞きながら夜の街を歩いていく。

 人通りが消えた町の通りは暗く、月明かりだけが頼りだ。


 追っ手を警戒して慎重に歩くクラウドに対して、ルーチェは夜目が利くようで平然と歩いている。

「町の出口はあちらですよ?」

 大通りを外れていくクラウドにルーチェが声をかけた。

 どんどん路地裏へと入りながら、クラウドは「通れるわけないだろう」と答えた。


「この町に入れたのはホールデッカー侯爵家の手引きがあったからだ。俺たちだけだと身分証で引っかかる。お前だって身分証は……」

 月明かりのした、ルーチェが取り出して見せたのは、住んでいた村の村長が作成した身分証だ。

 要するに居住地の自治体から発行された正式な物なので、ルーチェがホムンクルスだとバレなければ問題無く使える。


「と、とにかくリータもそれは持ってない。正規の方法で町の検問を通り抜けるのは無理だ。まして夜だぞ。入るならまだしも、出ていくのは怪しい」

 夜行性の魔物は多い。盗賊に出会う可能性も高くなるので、夜間に街道を走る者はほとんどいない。

「以前もリータとやった事だが、町を囲む塀を越えて外に出る」


「馬車はどうやって調達するのですか?」

「ここは侯爵領の中心部に近い。馬車はいくらでも出入りしているから、少し街道を進んだ所で待ち伏せして……って、話は最後まで聞け!」

 いつの間にかショットガンの銃口がクラウドを向いていた。

「ホムンクルスのわたしでも、それが犯罪だというのはわかります」


「勘違いするな。別に強盗するつもりは無い。ちゃんと交渉して金を払う。商人は大体数台の馬車で護衛を連れて移動するから、一台だけ馬ごと買い取るだけだ」

「本当ですか?」

「当然だろうが。俺は犯罪者になるつもりはないぞ」


 ルーチェは安全装置をかけたショットガンをホルスターへ戻した。

「……公爵を殴って逃げたのに?」

「あれは正当防衛だ」

 少し違うんじゃないだろうか、と疑問を抱えながら、ルーチェはクラウドと共に町の外へと飛び出した。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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