21.愛情のカタチ
21話目です。
よろしくお願いします。
日も暮れて、クラウドたちは中途の町で一泊する事にした。ロザミアが特にそうだったが、体力的な問題もあるし、リン達を野宿させる事をガウェインが嫌がった事もある。
ガウェインが徒歩で先行し、町の衛兵と代官に確認を取って公爵家の手勢がいない事を確認したうえで、通常は使われない非常用の門から町へと入った。
「どうやら、公爵家の手勢は既にこの町を通過しているようです。一通りの聞き込みはして行ったようですが、大した情報も得られなかった事でしょう」
ガウェインの報告を聞いて、リンやロザミアは安堵のため息を漏らしたが、クラウド自身はまだまだ安心はできなかった。
公爵家の規模を考えれば、近くの領地に調査員がさりげなく送り込まれていてもおかしくない。
町でも最高級の宿へと入った一向は、同室を希望するロザミアをクラウドが断固拒否したり、何かを言おうとしてもじもじしているリンをガウェインが焦って宥めるというちょっとしたごたごたはあったが、概ね問題無く投宿はできた。
リータの身体はルーチェが背負っていたが、クラウドが「自分の部屋に入れてくれ」と希望し、ツインベッドの片方に寝かされている。
ルーチェは渋ったが、
「実家でどれだけ時間が取れるかわからない。今夜のうちにエリが残した資料を見ながら、リータの治療について確認しておきたい」
というクラウドの言葉で諦めた。
ルーチェからは自分も同室にという希望が出たが、リンとロザミアによるそれはそれは強い反対によって却下された。
念のために個室をよういさせて夕食を済ませた一行は、それぞれの部屋へと戻って行く。
クラウドは夕食の際に交換した情報を頭の中で整理していた。
ちなみに、異物混入を恐れたクラウドは厨房にて調理風景を観察し、食事の間に部屋へと立ち入る者がいないように魔術による封印をかける程の念の入れようだった。
ロザミアはその様子を『すばらしい慎重さ』として見習うべきだと称賛していたが、リンは戸惑い、ガウェインはさりげなく宿の従業員へ多めの“心付け”を渡していた。
クラウドはリータの傷を確認しながら資料を集めると言って早々に部屋へ戻り、ガウェインは馭者と共に今度は公爵家の動きについての調査を行い、同時に主家へと早馬での報告を送った。
「あのように気を張って過ごしていては、いずれ疲れてしまわれるのではないでしょうか?」
と、リンはロザミアと同室で過ごす事を選び、持ち込んだティーセットで手ずから淹れた紅茶をテーブルへと置いた。
茶葉は父親であるアーサー自慢のローズティーだ。
ロザミアは礼を言ってからティーカップをそっと持ち上げ、馥郁たる香りを楽しむ。
「お兄様は屋敷にいる時もああいう感じでしたから、どちらかと言えばそうしない方が不安でたまらないのだと思いますよ」
「そうなのですね……」
返事をしながらも、リンはその根源が“人間不信”である事を知り、反してリータというホムンクルスに対する執着を見せている事が気になっていた。
「あのお人形さんの事を考えておいでですね、お姉様」
「あ……はい」
「心配ありませんよ」
リンが感じる不安を看破したロザミアは、余裕の笑みで断言した。
「ルーチェさんを見ていれば判りますが、ホムンクルスはどちらかといえば動くお人形さんで、人とはまるで違う存在のようです。食事はしていますが、どちらかというと“人間の真似”をしているような感じですね」
だからこそ、クラウドにとっては良い影響を与えるだろう、とロザミアは言う。
「どういう事でしょう? わたくしにはお人形ならお人形で、より人との付き合いを避けるようになられるのではないかと、気が気ではありませんわ」
現状でリンがクラウドに振り向いてもらえる可能性は恐ろしく低い。それを彼女自身は短い同行の中で気付かされていた。
リン個人の好き嫌い以前の問題なのだ。
「リンお姉様は、お人形さん遊びをされた事はありますか?」
ロザミアからの突然の質問に、リンはキョトンとしていたが、すぐに頷いた。
「ええ。小さい頃にお父様におねだりして買っていただいた人形がありました。いくつかは、まだ大切にとってありますわ」
それがどうしたというのだろう、と首を傾げるリン。
「私も自分のお部屋にお人形を並べています。遊ぶのはもう卒業しましたけれど、小さい頃はあの子たちも大切なお友達でした」
そして、ロザミアはクラウドが同じ状況なのだと指摘する。
「お兄様は、今になって会話ができるお人形となら信用できるのではないか、という所に来ているのでしょう。ルーチェをホムンクルスと知ってからは、お兄様も態度が少し柔らかくなりました」
言われてみれば、とリンは思い返していた。
クラウドの事ばかりを見ていたが、確かに彼の態度はルーチェの存在が明確になってから軟化したように感じる。
「お人形遊びは、子供に色々な立場や視点を知る事に繋がる、大切な経験でもあるそうです」
名前を付けたり、自分の伴侶として扱ったり子供だったりお店だったり、とロザミアが自分が人形を使ってやっていた“ごっこ遊び”を思い出すがままに並べていく。
「お兄様の中にある記憶の持ち主は、小さい頃からずっと自分の頭と自分の視点だけで考えて成長されて、他者の視点を想像する事が無かったのでしょう。おまけに、今の身体でも小さいうちは動く事すら無かったのですから……」
俯いたロザミアは、小さく肩を震わせていた。
「不憫な事ですわね……」
と同調しながら、リンはロザミアを気遣ったのだが、彼女は悲しんでいたわけでは無かった。
「そうですね。お兄様にとっては不憫な事でした」
顔を上げたロザミアは、笑顔だった。
「えっ?」
「私が最初に見たクラウドお兄様は、まるで人形のようで、とっても可愛らしかったのです。お父様やお母様にお願いしてその時のお兄様の肖像を残しておくべきでした! 整ったお顔立ちで、愁いを帯びた瞳をして、日の当たるベッドの上で座っているだけでしたけれど、それはそれは、まさに絵になるお姿でした」
突然のテンションに、リンは付いて行けなかった。だが、ロザミアは止まらない。
「最初は突然普通の人になられたと思って、お兄様には申し訳ないとは思いましたけれど、少しだけがっかりしました」
これは内緒ですよ、とロザミアは片目を瞬かせた。
「けれど、動き始めたお兄様は、今度は小動物のような愛らしさでした。人の姿に怯え、必要最小限の設備だけを使っては、自室に籠る様は抱きしめたくなるほどでした」
うふふ、と笑っている声はいつもと変わらないはずだが、リンは心なしか寒いものを感じる。
「おっと、私としたことが少し興奮してしまいました。でも、あの少し悪く見える眼つきも、何かに怯える子犬のようだと思えば、可愛く見えてきます。そう思いませんか?」
同意を求められ、恐る恐る頷いたリンに対して、ロザミアは嬉しそうに微笑む。
「わかっていただけて幸いです」
自分を落ち着かせる為に、紅茶の香りを味わいながら一口だけ飲み込むと、ロザミアは少しだけトーンを落として続けた。
「つまり、お兄様はリータというお人形さんとの交流をする事で、彼女を緩衝材として間に挟む事で、少しずつ他人を知り、距離を縮めている最中なのです」
その大切なお友達である人形を壊されたら、どうするだろうか。
「あ、わたくしも経験がありますわ……。お気に入りの人形が壊れたらひどく悲しくて、なんとか元に戻そうと……」
「同じ事ですね。お兄様は小さい子供のように、今必死でお友達を取り戻そうとしています。子供ならば親を頼るのでしょうけれど、肝心の親が問題ですね」
リンはようやく得心した。
「では、リータというホムンクルスが目覚める事ができれば……」
「お兄様はまた一歩、他人との距離を縮める事になります。お兄様にとって唯一信用できるホムンクルス。そしてそのホムンクルスと仲良くなることができれば、自ずとお兄様との距離も縮まろうというものです」
「なるほど! 流石はクラウド様の妹君、蒼薔薇姫です。わたくしは恥ずかしいですわ。年上ですのに視野が狭くて」
「とんでもない。それだけお兄様を一途に見ていてくださっているということですもの。それにしても、リータに関する話題の時に見せる、お兄様の表情と言ったら、十八にもなれるというのになんという無垢な……」
感極まった様子で頬を紅潮させたロザミアが、一度だけ震えると、
「……少しだけ失礼しますね」
と、足早にトイレへと向かった。
具合が悪いのではないか、とリンは心配しながらも、先ほどまでの話を思い返す。
「怯えている子犬の目……なるほど、そう考えれば確かに可愛いですわね……」
着実に、ロザミアの影響は表れていた。
☺☻☺
妹たちがそんな話をしているとはつゆ知らず、クラウドは自室で夜の内に逃げ出す準備をしていた。
三階建ての建物の最上階ではあるが、魔術を使えば飛び降りるくらいは問題無い。
「問題は立地だな。結構町の中心部に近い。人に見られずに町を出るのは骨だぞ」
「やはり、逃げるつもりでしたか」
「……ルーチェか」
突然背後から声をかけられたクラウドは、振り返って大きく息を吐いた。
ホムンクルスであるルーチェは、クラウドの生命探査魔術に引っかからない。そろそろ別の魔術を考えなければ、と彼は真剣に考えていた。
「邪魔をするなよ。侯爵の家に行けば面倒事が待っているのは間違いない」
「どうしてそう思うのですか」
「貴族のゴタゴタに巻き込まれるのは目に見えているだろう。公爵と侯爵。姻戚関係になりかけたのが、俺のせいで破談になったんだ。お嬢さんは暢気に構えているようだが、どっちの当主も面白くないだろう」
魔術を使って制服の汚れを洗い流し、乾燥させながらクラウドは言う。
「第一、俺の目的はリータを治すことだ。長い間このままにしておいて大丈夫かどうかも不明だからな。早いに越した事は無い。大人数で忍び込むというわけにもいかんだろう」
「妹の手引きで入るという手もあるでしょう」
ルーチェの言う手段を、クラウドも考えなくは無かったが、それを選ぶ事は彼にはできなかった。
「ロザミアも、親父の指示で動いているかも知れないだろう」
「その可能性は低いでしょう。村を脱出する際に公爵の部下を撃ちましたが、彼女は何も言いませんでした」
普通に考えればその通りで、ロザミアに疑うような点は無い。
「だが、それは周囲を信用させるために敢えて見逃した可能性もある。いずれにせよ、俺はロザミアを信用してはいない。同じように、ホールデッカー侯爵もその娘もな」
「では、こうしましょう」
ルーチェは拳を作り、自分の胸をかるく叩いて見せた。リータとは比べようも無い、母性を表すような豊かな胸が揺れる。
「わたしも同行します。日本語もある程度わかりますし、力も有るので手伝いもできます」
「何を言ってるんだ。ただでさえ危険な真似をするってのに、巻き込むわけには……」
渋るクラウドの前で、ルーチェはポーチから書類と柔らかな緩衝剤が巻かれた試験管を取り出した。
「……まだあったのか」
「ええ。貴方も森の小屋から複数の記憶物質を運び出されたという事でしたが、これはあの村に辿り着いてからのものです。“お母様”が最期まで続けられた研究の成果。そして……」
ルーチェは、液体の入った試験管を顔の前にかざす。
「“お母様”の全ての記憶です」
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