20.真実はいつも不都合なもの
20話目です。
よろしくお願いします。
「……死ぬかと思った」
「ちっ」
ショットガンの散弾はクラウドが慌てて展開した障壁で全て止められ、鉛弾が足元に散らばった。
「いきなり何をしやがるんだ……しかも、銃なんて持ち出しやがって……銃!?」
突然の事に鼓動が早くなるのを押えながら話していたクラウドは、ルーチェの手に握られているのがライフルであると気付いて声を上げた。
さらに、ルーチェが銃身を折って再装填しているのを見て唸った。
「シングルバレルで中折れ式のライフルとは渋いな……いやいや、弾を込めるな! ちゃんと説明するから!」
明人として日本にいた頃にも無かった、銃を向けられるという経験に、クラウドは些か精神的に参ってしまった。
ちらりと横を見ると、不安げにしているリンとロザミア。そして動じない様子のガウェインがいる。
「……わかった。とりあえず話をしよう。のんびりしていても危険だから、馬車に同乗させてもらうぞ」
ガウェインも手伝い、舟の荷物を馬車へ移していくのだが、リータだけはルーチェの希望で彼女の手で抱え上げ、馬車内でも隣に座らせる事になった。
多少は狭くなるが、ガウェインが外の馭者席に無理やり二人乗りする形で余裕はできた。
舟はクラウドの魔術で灰になるまで焼き、川へと流す。
「これで追っ手が見失ってくれりゃいいんだが」
予定通りに川沿いを移動する馬車は、侯爵邸へと向かう。
クラウドは実家へと向かう必要があったので、いずれにせよ同じ方向へ向かうのだから、とそこまで行くのは同意した。
ただ、その後はまだ決まっていない。
いないのだが、実質的に逃げ場が無くなったような予感を感じていた。
馬車は進行方向に向く方と対面する形の二列席が有り、クラウドはあれよあれよと言う間に進行方向向きの中央に乗せられ、左右をリンとロザミアが固めている。
馭者席へ出る小さなドアを背に、真向いにはルーチェが座り、その隣にリータが寄りかかる様にして目を閉じていた。
「あ、周りを固められた」
と気付いた時には遅かった。
馬車は走り出し、流石に侯爵家のエンブレム付きの高級車だと思わせるような軽快な進行を見せている。
「では、ご説明を」
ルーチェが真正面から見据えてくるのを受け止めたクラウドは、両手にリンとロザミアがしがみついている居心地の悪さもあって、背中に嫌な汗をかいていた。ちなみに、ロザミアの服はクラウドが魔術を使って乾燥させた。
「その前に、お前が何者か教えてくれ。この世界に銃があるなんて知らなかった」
「これは私が作った物です。クラウドさん……いえ、倉方明人さん」
クラウドは沈黙したまま、視線を逸らした。
「……誰の事だ?」
「わたしの“お母様”である賢者ソーマー……いえ、相馬エリから聞いていた、盗まれた記憶の持ち主の名前です。……貴方の事ではありませんか?」
「“お母様”か……」
呼び名を聞いて、クラウドは初めてルーチェがどこかリータに似た面影を持っている事に気付いた。
「エリが作ったホムンクルスか……」
神父が言っていた『二体の目覚める前のホムンクルス』の一体はこのルーチェなのだろう。
見た目の年齢は違うが、ホムンクルス特有なのか表情の変化に乏しい顔も、リータが動いている所を思い出させた。
「……王都での卒業式典から飛んで逃げたあと、事故で墜落してな。そこでリータと出会った。偶然だったけどな」
ポツポツと、クラウドは今までの説明を始めた。
隣国の町への侵入については省いたが、エリの存在を知り、彼女を探すために小屋を封印して旅に出た事、その最中で襲われ、リータが大きなダメージを受けた事。
そして、リータを治療する為に、実家への侵入を画策していた事を。
「それで、エリはどうしている?」
「亡くなりました」
クラウドの目をまっすぐ見て、ルーチェは即答した。
しばし沈黙したあと、クラウドは背もたれに身体を預け、「そうか」とだけ呟く。
「クラウド様は……賢者ソーマーと恋人だったのですか?」
不安げに尋ねてくるリン。
昔の事だとは知りつつも、思う所があるのだろう。
「いや、俺の研究室に助手として来ていたのがエリだ」
と言っても、ほとんど会話も無かったが、という言葉は言わなかった。それはリータにもルーチェにも聞かせたくない、嫌な事実だと思ったからだ。
「ルーチェ。今度はお前から話を聞かせてくれ。どうせまだ時間はたっぷりあるからな。森の小屋で過ごした話はリータからたっぷり聞かされたんだが、その後の事を」
クラウドの言葉を聞いて、ルーチェは少しだけ笑顔を見せた。
「わかりました。他でもない“お母様”の想い人です。しっかり聞いて、早く会いに来なかった事を後悔してください」
その想い人を銃撃した奴が何を言う、とクラウドは思いつつも、小さく声を洩らした。
「後悔なら、もう腹いっぱいしたさ……エリの事も、リータの事もな」
両腕を抱く力が、少し強くなったように感じた。
☺☻☺
「旦那様。王政府よりお手紙が届いております」
「そうか……手紙を持って来た使者はどうした?」
老執事が執務室へと持って来た手紙を受け取ったロンバルド公爵家当主ギヨームは、封蝋に押された紋章が確かに王家のものであると確認すると、やや乱暴な手つきで開封する。
「帰られました。返答は急ぎでは無いということでして……」
「そうか。ならば、もう下がっていい」
一礼して執務室を立ち去る執事へと視線を向ける事も無く、ギヨームは手紙の内容を読み始めた。
「……ふん。全て私に押し付けるつもりか」
鼻で笑い、クシャクシャに丸めた手紙を、魔術の炎で手の上で消し炭に変える。
「クラウドを見つけて始末するまで、謹慎は解かないと来たか。別に屋敷に籠っているのは嫌いでは無いがな」
立ち上がり、棚から取り出した葉巻をカットして加えると、再び魔術を発動して点火した。
「ただ、その原因が息子だと思うと、腹が立つな」
紫煙をくゆらせていると、ノックをして一人の女性が入ってきた。
やや丸みを帯びた身体つきながら、それが逆に大人の女性としての色香を漂わせている彼女は、泣きはらしたような腫れぼったい目をしていた。
「ここは私の仕事部屋だ。入るなと言っていただろう」
「そんな事より、ロザミアがもう五日も帰っていません。クラウドの安否も分からない状況ですし……あなたは、心配ではないのですか?」
「クラウドは自分から逃げた。帰って来るとは思えん。ロザミアはどうせまた平民を捕まえて“お友達”とでも世迷言を言ってフラフラしているのだろう」
「でも……」
女性はクラウドやロザミアを生んだ母親だった。
生きた人形とまで陰口を叩かれたクラウドを世話する事を主張し、彼の命をつないだ人物でもある。
些か過保護なきらいがある母親だったが、反比例するようにギヨームは子供たちに対する愛情は薄かった。
いや、愛情が無いわけでは無い。
クラウドがまともな人間として生きられるなら、と偶然見つけた“魂の秘薬”の話に興味を持ち、密かに人を使って調べさせたのだ。
表ざたにはできない方法で賢者ソーマー本人の身柄と秘薬を手に入れ、その秘薬についての情報を絞り出したのは、ある意味ではクラウドの為でもある。
ソーマーを始末する前に逃げられてしまったのは失敗だったが、すでに老齢であった彼女に何が出来るわけでもない。
「とにかく、クラウドは探している! 見つけたらロザミアは連れ帰る様に指示を出す。それでいいだろう」
「ロザミア“は”、とはどういう事ですか? クラウドは一体……」
食い下がる妻に背を向け、再び葉巻の煙を口に含むと、ギヨームは窓に向かって乱暴に吹き付けた。
とにかくクラウド本人は何かを知っている可能性があった。いや、式典での言葉を考えれば『秘薬は遺跡から見つかった』という欺瞞情報を信じている様子だったから、その出所を調べようとしても見つかる筈は無い。
問題は一点だ。
秘薬などという怪しいものを、公爵家当主が自らの息子に試した事が公表されるのはなんとしても避けたい。
王族に連なる血筋だと言っても、宮廷内工作と無関係でいられるわけが無い。スキャンダル以外の何物でも無い事実は、公爵家や王家に対する工作の絶好の種になる。
王家そのものをどうにかするのは不可能と言っていいが、その当主を後退させるのは、実際のところそこまで難しくは無いのだ。
「大人しく公爵家を継いでおれば、このような苦労をせずに済んだ物を……」
ギヨームはクラウドの事を“判断を誤った愚か者”であると判断していた。
「とにかく、私も謹慎中の身である以上は大きな動きはできん。大人しく待っていろ」
妻を執務室から追い出そうとしていると、再びノックがあった。
「兵士からの報告が届きました」
先ほどの老執事の声だ。
「見つかったのかしら!」
「落ち着け……仕方ない。入れ」
是が非でも報告を聞かなければ、と息巻いている妻をどうする事も出来ず、渋々執事に入室を許可する。
「奥様、ご在室でしたか」
入ってきた執事が彼女の存在を気にする仕草を見せた事に、ギヨームは気にするなと伝えた。
クラウドが見つかったという報告であれば、即ち死体を見つけたという報告になるのだ。手がかりや、捜索範囲を広げるという報告なら、聞かれても問題は無い。むしろしっかりクラウドたちを探しているという事が妻にも伝わるだろう。
戸惑っていた執事も、許可が出たとして報告を口にした。
「クラウド様を捜索していた部隊の内、騎士アルーテン様の隊から一人の兵士が戻りまして……」
「見つけたのか?」
「発見したのはロザミア様の方でして、他の貴族令嬢と思しき女性と行動を共にしていたという事です」
「ロザミアが見つかったのね!」
「落ち着け。それでアルーテンはどうした」
声を上げる妻を押え報告を促したギヨームは、信じられない話を聞く事になった。
「それが……ロザミア様と同行していた人物に魔術と思しき攻撃を受けて、アルーテン様と同行の兵士余命が死亡し、ロザミア様はその人物らと共にいずこかへ……」
「殺しただと!? 公爵家所属の騎士を殺したと言うのか!」
机を殴りつけたギヨームの横で、ショックのあまり気絶した妻が倒れた。
「奥様!」
「……全ての部隊に通達せよ。クラウドと合わせてロザミアも捜索の対象に入れろ、と」
倒れた妻を抱え上げた執事を見下ろしながら、ギヨームは冷たい声で命じた。
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