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19.姉妹

19話目です。

よろしくお願いします。


※18時に前話を公開しておりますので、ご注意ください。

 クラウドは魔力を使って流されかけたロザミアの身体を引き寄せると、脇を抱えて川岸まで引き摺り上げた。

 同時に、風を操って舟を引き寄せ、これも流されないように岸まで引っ張り上げる。

「ロザミア様! 舟に飛びつくなど無茶をなさいますから……」


 駆け寄ったリンの言葉で、彼女たちからはロザミアが殴られて落水したようには見えなかった事がわかり、クラウドは胸を撫で下ろした。

 反射的にやった事だが、女性を殴ったとなったらどれだけ非難されるかわかった物では無い。

「目を覚ましてください! ああ、どうすれば……」


 河原に寝かされたロザミアは目を閉じており、呼吸もしているかどうかと言う弱々しい物だった。

 狼狽えるリン。執事のガウェインは彼女を落ち着かせるように肩を支えた。

「恐らくは水を飲まれたのでしょう。こういう場合は口を合わせて息を吹き込むと良いと聞いたことがあります」


 そして、リンとガウェインの視線はクラウドへと向いた。

「なんで俺なんだよ!」

「リンお嬢様は女性で、息も長く続く方ではございません。ロザミア様を相手に男性の私ではいささか問題が……。ですがクラウド様ならば、お身内でございますから」

 さあ急ぎませんと、と急かしてくるガウェインの声に押され、クラウドはロザミアの傍らに跪いた。


「仕方ない……だが、口を付けたら後で責任だなんだと言われかねないからな」

 ロザミアの鼻を左手でつまみ、右手で顎を引き上げたクラウドは、開いたているロザミアの口の中に向かって風魔法で一気に空気を吹きいれた。

「おげええええ……!?」

 瞬間、目を見開いたロザミアは盛大に水を吐き出しながら転がり、再び川に落ちる寸前の所でガウェインに止められた。


「もう大丈夫だな」

 そう言ってボートへ向かおうとするクラウドの足を、這いずってきたロザミアの足が掴んだ。

「ひぃっ!?」

 鮮やかな蒼い髪が広がる隙間からギラリと光る眼光に捉えられ、クラウドは思わず悲鳴を洩らした。


「お兄様、とうとう見つけました……」

 前髪をかきあげて、その相貌でしっかりとクラウドの顔を確認したロザミアは、ぽろぽろと大粒の涙をこぼした。

「お兄様。会いたかった、です……。式典のあと、お帰りになられるものと思って待っておりました……もう一度お顔を見て、そうすればお父様が行った非道を相談しようと思っていたのですが……」


 泣きじゃくるロザミアに向かって、クラウドは再び跪いて答えた。

「もういい。俺は知っていたし、別に公爵の地位にも未練は無い。俺は誰も信用できない人間だ。人の上に立てる器じゃない。お前も中身が他人の俺を兄と呼ぶ必要も無い」

 こんなふうに、ロザミアとちゃんと言葉を交わしたのは初めてだったが、悪くないと思っていた。自分のために泣いてくれるのなら、最後の挨拶くらいはしようと思う。


「ホールデッカー侯爵家のお嬢さんも同じだ。俺は見てくれと……ややこしい話だが、一部の記憶以外はまるっと別人なんだ。だから……」

「いいえ。それは違いますわ、クラウド様」

 リンはそっとクラウドへ近づいた。

 それは今までクラウドが許さなかった距離。実際に今も少しだけ身構えたが、逃げようとはしなかった。


「ロザミア様よりお話は窺いました。わたくしが存じている……そして、お慕いしているのは今のクラウド様です。最初は許嫁としての出会いでしたが、わたくしはクラウド様自身を愛しているのであって、公爵家を愛しているのではありません」

 キッパリと言うリンは、まっすぐにクラウドを見ていた。

 クラウドは彼女から目を離さず、しっかりと見つめ合う。


 今、クラウドは内心で最高潮の恐怖を感じていた。

 なんだこれは、一体どういう状況なのか、と混乱していた。

 妹はまだわかる。どうやら父親であるロンバルド公爵がクラウド自身に行った事を知っており、それを伝えようとした矢先に兄が出奔したせいで気を揉んでいたのだろう。

 ひょっとすると、父親が刺客を差し向けたのも知っているのかも知れない。


 だが、今目の前で目力たっぷりに見上げて来ている元婚約者については、クラウドはその行動をさっぱり理解できなかった。

 告白を受けたというのはわかるが、理由がさっぱりわからない。顔は眼つきが悪い事を除けば悪くは無い。持ち出した金もそれなりにはある。

 だが、貴族の家から逃げ出したうえにお尋ね者状態のクラウドにここまでする理由は何か。


 目を逸らしたら、それだけで何かとんでもない物を背負わされるのではないかという気がして、クラウドは嫌々ながらもリンの視線を真正面から受け止めざるを得なかった。

 それに、一度だけ見たことがある偉丈夫のガウェインが、リンの後ろに待機している。

 執事服を着ていても分かる程に鍛え上げられた肉体は、先に船上で戦ったガランドの比では無い。迂闊な事を言えば、即座に殴り殺されるのではないかと気が気でない。


「クラウド様が戸惑われるのはわかりますわ。ですが、悩んでおられるのでしたら、わたくしにご相談いただければ……いえ、わかりますわ。クラウド様は孤高を愛する御方。学園でも後を追うのが精いっぱいであったわたしくしなど……」

「リンお姉様、そんなことはありません。お兄様はきっとリン様の事を悪くお思いになどなられていませんよ」


 濡れたまま、ようやく立ち上がったロザミアがリンの手を取った。

 冷たくないのかな、とクラウドの思考は次第に現実逃避を始めている。

「お兄様。お父様は無断で侯爵領へ入り込み、お兄様を探しているようです。私も協力いたしますし、ホールデッカー侯爵もきっと協力してくださいます。どうか、一緒に侯爵邸に行きませんか?」


 冷静に考えれば、侯爵という後ろ盾が出来るのは非常にありがたい話ではある。だが、それを素直に聞ける性格であれば、クラウドはそもそも一人で旅に出ようとしなかっただろう。

 その脳裏には、食事に薬を盛られていつの間にか実家に閉じ込められている自分の姿や、鎖に繋がれて王城の地下へと連行される状況などが次々と想像された。


 だが、ここで意地になると三人掛りで無理やり連行される可能性もある。

 魔術を学んでいないロザミアは別にしても、リンの魔術は馬鹿にできる物では無いし、ガウェインの力は純粋に怖い。

「あれ、三人?」

 生命体が近づく気配を感じたときには三人だったが、ロザミアを引き上げたときに視界に入ったのは四人だった。


 おかしいな、とクラウドが首を回したとき、そこに見えたのは岸に引き上げられた小舟の前に立つ女性の姿だった。

 舟の中央に据えられた木箱の前にたち、握りしめて手を震わせている両手のうち、右手に見覚えのある布。

 舟の上で寒さを感じたクラウドが上着を回収する代わりに、リータが入った箱に被せた毛布だった。


 まずい、とクラウドが思った直後には女性は足のホルスターに突っ込んでいたライフルを彼に向けていた。

「待て。話せばわかる!」

「問答、無用!」

 どこかで聞いたやりとりだ、とクラウドが考えた時には、火薬が弾ける音と共にクラウドを鉛弾が襲っていた。


☺☻☺


 ルーチェがリン達を追い掛けてきた時点で、彼女はリータの存在に当然だが気付いていなかった。

 視力が良い自分よりも、妙に詳細な情報が見えているらしいロザミアにホムンクルス疑惑を向けながらも、彼女が指す舟の上でびっくりしている男を見た。

「あれが……」


 外見は違うのだろうが、きっと“お母様”が言っていた人物の記憶を受け継いだで間違いないのだろう。そう思うと、駆け抜ける足も速くなる。

 何故か、ロザミアには追いつけなかったのだが。


 飛び上がったのを攻撃と勘違いしたらしいクラウドという男性にロザミアが叩き落とされたり、川に落ちた彼女に対して魔術で空気を吹き込んで水を吐かせたり、とルーチェから見ると些か乱暴な男に見えるのだが、どうやらロザミアもリンも彼に思いを寄せているらしい。


 ロザミアが転がったり、リンが至近距離で目による威圧を試みている間、声をかけそびれたルーチェがふと見ると、舟の上に見覚えのある鞄を見つけた。

「これは、“お母様”の……」

 舟に近づき、そっと拾い上げたルーチェは、クラウドが何故鞄を持っているのかが気になった。


「“お母様”は隣国との森の中に別のホムンクルスを住まわせていて、大切な荷物を守っていると聞いたことがありますが……」

 そこから盗んだのだろうか、という疑惑と共に、一つの疑問が浮かぶ。

「確か、もう一人のホムンクルスの名は“リータ”……」

 エリがルーチェの前に起動した姉妹機で、見た目はルーチェより年下だが、実際は姉にあたる、とエリは説明していた。

 その姿が、どこにも見えない。隠れ家に残っているのだろうか。


 ふと、舟の中央に鎮座している大きな箱がルーチェの視界に入った。

「壊れていますね……」

 ちらりとクラウドの方を見ると、ロザミアとリン、そしてガウェインに気圧されているらしい。

 視線を箱へ戻す。破損してかけているらしく、角が無くなっている部分に毛布がかけられていた。


 棺桶として作られる木箱に大きさや作りが良く似ているが、腐敗臭もしないので、中身は死体では無いだろう。

 では、何か。

 中身が気になったルーチェは、右手をのばしてそっと毛布を剥がした。


「……死体、かと思いましたが、ホムンクルスですね」

 緩衝剤のつもりだろうか、布に囲まれて箱の中で眠る様に目を閉じている少女には、人形のように整った顔をしている。

 そして、その顔つきはどこかルーチェに似ていた。

 右手に握っていた毛布を無意識に握りしめる。


 眠っている訳では無い。

ルーチェもそうだが、ホムンクルスは眠らずにただ目を閉じて食事の消化と自己修復を行うだけだ。誰かが近くにいる状況になればすぐに目を覚ます

 だが、箱の中の少女は目を開けるどころかぴくりとも動かない。


 反射的に、ルーチェはライフルを抜いてクラウドに向けていた。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。


※一日二回更新は流石にしんどくなってきたので、

 まことに勝手ながら、次回更新は15日0時とさせて頂きます。

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