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1.卒業式典での騒動

1話目です。

同時にプロローグを公開しておりますので、まずはそちらからご覧ください。

 ノーラ王国は広大な土地を持ち、北部の凍土エリアを除けばしっかりと整備された街道が張り巡らされた、この世界では屈指の先進国だ。

 古い歴史があり、長い歴史に培われた様々な産物や名所があるが、新都サントアの郊外にある魔術学校は名門で有名だった。


 卒業式である今日、魔術学園の式典会場には国王を始めとした重鎮が出席し、露天の会場内には多くの卒業生や在校生、親類や単なる見物客などが詰めかけている。

 まるでお祭りのような雰囲気だが、年に一度行われる卒業式典には国内外からも保護者たちが集まるので、王都の人口密度は一気に上がるのは事実だ。その中には貴族も多く、侍従などを大勢帯同させる事もあり、より人数増加に拍車をかけていた。


 そんな多くの視線が集まる舞台上では、魔術学園を卒業していくエリートたちが一人ずつ卒業証明書を受け取っている。

 そして、学園長から証明書を受け取った生徒は、そのまま壇上で来場者へ向かって声を張り上げる。

「私は、ノーラ王国の魔術研究所へ入所いたします! 新たな魔術の開発に寄与し、必ずや王国の技術向上に貢献できるような……」


「公爵閣下、いよいよですな」

 エリートとして卒業後の進路と抱負を語る、朗らかな表情の生徒を横目に見ながら、檀上の招待者席に座っていたギヨーム・ファルジ・ロンバルドは、隣に座るハスハート伯爵に話しかけられ、無言で睨むような視線を返した。

 だが、ハスハートは気にせず言葉を続けた。ロンバルド公爵の眼つきが悪いのも、口数が極端に少ないのも有名だったからだ。


「次の次ですぞ、ご子息は。在学中から幾つもの発見や発明を発表し、かつてない程の好成績を記録して首席で卒業。“王国の技術を一人で二十年進めた”といわれるご子息の進路がどこなのか、実に楽しみですな」

 公爵に聞いても息子の進路を話す事はあるまいと思っているのか、ハスハートはもうすぐ宣言される本人の言葉を待つつもりのようだ。

「孤独な天才貴公子と呼ばれ、在校中から引く手あまたでしたからな。彼の選択に多くの人が注目しておりますよ」


 公爵の長男、クラウド・ガレノス・ロンバルド。

 十五歳の時に魔術学園に入学するまで、その詳細について一切公にされる事が無かった彼は、入学直後からあっという間に“天才”の名をほしいままにした。

 魔術に限らず医療や建築に関する論文まで発表するに至り、王国だけでなく周辺国家からも注目される存在となったクラウドは、今や並ぶものが無い有名人である。


「それにしても、あれほどの逸材をなぜ十五歳まで家に閉じ込めておられたのです?」

 ハスハートの疑問は、公爵が今まで数えきれないほど受けてきた質問だったが、答えはいつも同じだ。

 沈黙で返すのみ。

「相変わらずの秘密主義ですな。まあ、王国の重鎮はそれくらいが望ましいというものです……おや、次席卒業はご子息の婚約者ですか」


 証明書を受け取り、居並ぶ在校生や保護者達へ向かって堂々たる姿勢で立っているのは、ホールデッカー侯爵家の次女、リンだった。

 豪奢な金髪に光を孕み、やや気の強い雰囲気の顔立ちに、明るいルージュが似合っていた。

「わたくしは夫となるクラウド様の助けになるべく、魔術研究を続けますわ! 彼の側に立ち、共に研究が出来るだけの実力を身に着けるため、一層の努力をいたします!」


 大きな拍手が沸き立つ。

 彼女がクラウドの婚約者である事は(事ある毎に彼女自身が自慢げに語っていたので)良く知られている事だった。

 良く目立つ派手な顔立ちの美少女であるのも相まって、嫉妬も含めた祝福の言葉が飛び交う。


 大勢の人間が発する声のうねりを一身に浴びて、リン・マーシュ・ホールデッカーは満足げに頷き、壇上から卒業生の席へと戻る。

 彼女は入れ替わりに立ち上がったクラウドへ意味ありげな視線を送るが、父譲りで睨むような人相をした婚約者は、その目で彼女を見ようとはしなかった。

「……クラウド様?」


 引き合わされて以降、孤独な貴公子という異名を体現するかのように、まともに顔を見合わせる事も無かったのだが、リンはいつも以上に素っ気ない雰囲気を感じた。

 声をかけたが、それすらもまるで聞こえていないかのように、クラウドは歩みを止めず壇上へと向かう。

 その背中に、異様な雰囲気を感じたのだが、周りは気付いていないようだった。


 そして、目で追う背中が壇上へと上がり、流れるような所作で最後の卒業証明書を学園長から手渡される。学園長は右手を出して握手を求めたが、クラウドは無視して壇上の中央へと移動し、観客へと向かって立つ。

 それほど長身という訳では無いが、バランスのとれた体躯は学園の制服が良く似合っていた。彼自身がいつも身に着けている直径二十センチ程の小さなラウンドシールド型魔道具を両腰に下げ、黒々とした瞳を、慣習では無くその上に広がる青空、あるいはさらに遠くを見ているようだ。


 いつの間にか、卒業式典の会場は静まりかえっていた。

 誰もがクラウドがいつ口を開くのか、天才がどこへ行くと宣言するのか、とそわそわしながら待ち構える。

 クラウドが大きく息を吸い込み、一度だけ大きく深呼吸したあと、ゆっくりと口を開いた。

「俺は、旅に出る。家も継がない」


 静まりかえっていた会場が、一気に大騒ぎになった。

 王家の血を引く高位貴族が家を捨てる、と宣言したのだ。観衆や生徒たちだけでなく、壇上にいる招待客も驚き、その視線は父親であるロンバルド公爵へと集まる。

「どういうつもりだ、クラウド!」

 衆目を集める公爵は立ち上がり、早足にクラウドへと近付いていく。


 汗をかきながら「穏便に」と繰り返している学園長は、クラウドに向かって「今ならまだ間に合うから、考え直さないか」と繰り返している。

 当人であるクラウドは、父親にすら目を向けなかった。

「遺跡から出た秘薬……」

 ポツリと呟いたクラウドの言葉に、ロンバルド公爵の足が止まった。


「図星か。やっぱり知っていてやった事だったんだな」

「……それがどうした。何故それを知っているかは知らぬが、お前の命を救うための事だ」

「それが人体実験に等しい事だったとしても?」

 公爵は、沈黙して答えなかった。

 またそれか、とため息をついたクラウドは、両腰のラウンドシールドを手に取り、思い切り父親の顔面を殴りつけた。

 悲鳴が聞こえる。

 身体強化魔術と風系魔術による空気抵抗の軽減により、細腕の一撃ながら公爵はいくつもの歯を失いながら、座っていた場所まで転がって行くほどのダメージを受けた。


「……お前がやった事は、息子を殺したに等しい。面倒だから、説明はしないけどな」

 憎々しげな眼で、クラウドは父親を見た。

「この世界でも、親すら信用できないか。人間ってのはまったく……」

 ブツブツと呟いた言葉は、日本語だった。


 あれやこれやと溜まった不満を言いながら、クラウドは改造した制服のジャケットへ魔力を流し込み、内側に折りたたんでいた飛行機のような形の羽を背負う。

「学園長。お世話になりました。さようなら」

「えっ、え……」

 撹乱する学園長を背にして魔術を発動し始めたクラウドの視界に、騒然とする会場の端からは数名の騎士が走り寄って来るのが見えた。


「ありゃ……まあ、公爵閣下をぶん殴ったら当然か。じゃあ、しばらくは追えないようにしないとな」

 風魔法に冷気を織り交ぜる。

 膨大な魔力によって湿度すらも扱えるクラウドは、常人には到底不可能な規模の魔法を発動した。


「凍れ」

 呟きと共に、階上を囲む柵や出入り口が駆け抜けるような速度で凍りつく。

 会場のざわめきに、再び悲鳴が混じった。

 その中に、婚約者の声があった。

「クラウド様!」


 最前列へ飛び出し、彼を見上げるリンの顔には、驚きと焦りが入り混じった表情がはりついている。

「リン……悪いがこれでお別れだ。親が決めた許嫁なんてくだらないものに縛られる事は無い。君は君で好きな人でも探すと良い。俺は、君も含めて誰も信用できない」

 言い終わると、クラウドの身体は浮き上がる。強烈な突風が周囲に巻きおこり、リンもたまらず後ろへと下がる。


「じゃあな」

 彼にしか使えない飛行魔術で、大空へと文字通り飛び出して行ったクラウド。彼を追える者はどこにもおらず、凍りついた会場は火炎系魔術で人が通れる穴を開けるのに一時間程かかったため、追跡が不可能となった。


 前代未聞の魔術学園卒業式典は、混乱のまま幕を閉じた。

 天才の乱心という一大スキャンダルを残して。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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