18.再会
18話目です。
よろしくお願いします。
同日0時に前話を更新しております。ご注意ください。
「随分と時間がかかるものだな」
小屋から再び姿を見せたガウェインに向かって、騎士アルーテンは苛立ちを隠そうともせずに言い放った。
対して、ガウェインは冷静そのものの態度だ。
「お待たせいたしました。準備が整いましたので、すぐに対応いたします」
「そうか。では……ぶおっ!?」
と、小屋へ向かうために兜を脱いだアルーテンの頬を、ガウェインの拳が思い切り殴り飛ばした。
「今です!」
号令と共に小屋から飛び出したロザミア達は、待機していた馬車へと走る。
「すぐに出しなさい!」
「わ、わかりました!」
見慣れない人物であるルーチェの存在もそうだが、ガウェインが突然騎士を殴りつけた事に驚いた馭者だったが、リンから命じられればすぐに動く。
すぐに馭者台に駆け上り、馬を走らせた。
「ぐふ……な、何をする……!」
後ろに控えていた兵士たちの所まで飛ばされたアルーテンは、突然の凶行に目を白黒させている。
「失礼ながら、我が主は貴方の相手をしている余裕は無いようですので、ここは失礼させていただきます」
「何をしている、追え!」
反転し、進み始めた馬車へと駆け出したガウェインに呆然としたアルーテンだったが、すぐに気を持ち直して兵士に向かって叫ぶ。
命令を出している当人は膝が震えていて立つ事もままならない状態なのだが、このまま逃がしては後々主家に対する抗議が行く可能性がある。
「後ろ姿だけだったが、あの金髪は侯爵家の次女だな。それに、あの鮮やかな蒼いウェーブの髪……クソッ! あの馬鹿力の執事め」
仰向けからどうにか膝立ちになったが、アルーテンは拳のダメージで視界が揺れていた。
「なぜこんな辺鄙な村にお嬢様までいるのだ!」
うかつに攻撃もできないうえ、恐らくは村の人間に暴力を振るった事も知られてしまっただろう。
「とにかく、ここで何としても足止めして、お嬢様だけでも説得せねば……」
クラウドを見つけられたら始末する事にはなっているが、ロザミアについては何も聞かされていない。
迂闊に手を出せば、アルーテンの立場が危うくなる。
兵士たちが身体を張って止めようとして、二頭立ての馬の前に立ちはだかったのが見えた直後だった。
激しい炸裂音が響き、一人の兵士がびくりと身体を振るわせて倒れるのを、アルーテンは後ろから見ていた。
同時に、自分のすぐ隣で何かが弾けたように土や石が跳ねる。
「……何が? 何があった!? 魔術か!?」
狼狽えながらも、アルーテンは自らの魔力を右手に集めて障壁を張った。
魔術学園で中の上程度の成績だった彼だが、離れた場所からの攻撃なら大概は跳ね返せるレベルの障壁は扱えた。
魔力障壁は現象に干渉する通常の魔術と違い、術者当人の魔力をそのまま物資化する事で作り上げる壁なので、魔力操作技術と魔力量がそのまま反映される一種の指標となる魔術でもある。
再び弾けるような音がして兵士が倒れ、跳ね上げられた小石がアルーテンの障壁をバラバラと叩いた。
「……あいつか!」
一人の女性が箱馬車の窓から身を乗り出し、取っ手が付いた通常の奇妙な武器を向けているのを見つけたアルーテンは、怯えて竦む兵士たちを叱咤する。
「あの女だ! あれは殺して構わん!」
すでにドツボにハマりつつあるのを感じながらも、アルーテンは止まる事が出来ない。
幸い連続でできる攻撃では無いようで、筒を二つ折りにしてなにやら準備をしているのが見えた。
一人の兵士が馭者席に向かってしがみつき、残り二人が筒を持った女を取り押さえに向かう。
「手間を取らせやがって……」
ようやく震えが止まった足を大地につけ、立ち上がったところでアルーテンは見た。
馭者席に向かった兵士が、身を乗り出したガウェインに蹴落とされて馬車の車輪に巻き込まれたのと同時に、女へ向かった二人がまとめて顔面から血を吹きだして倒れる光景を。
「一人ずつじゃ……」
呟いた数秒後、アルーテンの下顎がいくつもの鉛弾によってごっそりとえぐり取られた。
アルーテンが張った障壁は役に立たず、即死した彼の死体の横を、馬車は速度を上げながら通り過ぎた。
☺☻☺
「……とんでもない威力の武器ですのね……」
ロザミアは顔見知りの騎士が無惨な姿で死ぬのを目の当たりにして、自業自得とは思いつつも血の気が引いていくのを実感していた。
「どのような魔術を使っているのですか?」
「これは魔術は使われていません」
走る馬車の中、リンの質問に対してルーチェは二つ折りにしたライフルに念のため次の散弾を詰めながら答えた。
「“お母様”がお住まいだった場所にあった武器で、銃というものの一種です。わたしに与えられた記憶の中に、この銃について造詣が深い方の物がありました」
言いながら、装填を終えて簡単な安全装置かけたシングルバレルライフルを、ルーチェは見つめている。
どこかうっとりと見ているようにもとれる表情をしているのは、それが“お母様”であるエリの存在を感じさせるのか、それとも記憶の中にある銃への愛情がそうさせるのかはわからない。
村の中でコツコツと材料を集め、遅れた冶金技術にうんざりしながらも何とか充分な合成を備えた銃身を作り上げた。
商人に無理を言って硫黄を買い入れ、村人の目を盗んで肥溜め周りの土から硝石を回収して黒色火薬を作った。
簡単な構造ではあるが恐らくこの世界で唯一の銃であろうそれは、他の誰でも無い“お母様”を守る為の武器だった。
手入れこそしていたものの、エリが亡くなってから無用の物となっていたそれを、ルーチェが再び握る気になったのは、それもエリの為だ。
「お母様……偶然ではありますが、見つけましたよ」
心の中でルーチェは話しかけ、腰に巻きつけてお腹の前に来るようにして大事に膝に乗せている荷物へと視線を落とした。
そこには、エリが最期に残した“記憶”がある。相馬エリの人格そのものと言える、彼女の全ての記憶のコピーが。
「少し、街道を逸れて移動しては如何でしょうか?」
大きな体で馭者席側に座っていたガウェインが、リンに許可を求めるように声をかけた。
「公爵家からの追っ手が彼らだけとは思えません。街道上には他にも戦力が配置されている可能性があります」
「そうね……」
考えるリンに、ロザミアが声をかけた。
「兵士たちを倒した以上、村に残っていても良かったのではありませんか?」
ガウェインはリンに許可を取って、ロザミアの提案を否定する。
「彼らが戻らなければ別働隊が確認に来る可能性もあります。危険でもありますので……」
一度侯爵邸へ戻りましょう、と言うガウェインに、ロザミアも同意した。
「私も狙われる可能性があるわけですからね……。侯爵家にはご迷惑をおかけしますあしますが」
「とんでもない! 話を窺った時から、わたくしはロザミア様、そしてクラウド様の為に戦うと決めたのです。どうか、安心してお過ごしください」
兵力で言えばロンバルド公爵家もホールデッカー侯爵家も然程の差は無い。自領内であり、公爵側の戦力に対して不法侵入として正当な対応をできる立場でもある。
ガウェインはすぐに地図を掴んで馭者席に向かって身を乗り出し、道を外れて川沿いに進んで行くように伝えた。
「魔物が出たらすぐに声をかけるように。川の本流を上流に向かって進んで行けば、街道上から見られることなく町へ戻れるでしょう」
「承知いたしました」
馭者に用件を伝えたガウェインが、馬車内に戻ってきたガウェインは、改めて方針について話し始めた。
「では、今後は一度屋敷に戻るという事で……」
馬車は大きく揺れて道を外れ、ゆっくりと川へと向かって近づいていく。ガウェインは揺れでリン達に不都合が無いかを素早く見遣ったのだが、彼女たちではなく、窓の外に何かが動いているのを発見する。
「状況を旦那様にお伝えしまして、それから対応を……ん?」
良く見ると、それは川面を下流から上流へ向かうという不自然な動きをする小舟だった。
「なんでしょうか、あれは。お嬢様、ロザミア様、ルーチェ様、少し用心を……」
「止めて! 馬車を! 今すぐ!」
急に叫んだロザミアに驚いた馭者が、手綱を操って慌てて馬を止めた。
「お兄様ですわ!」
「ええっ!?」
間違いない、と飛び出したロザミアを、リン達も急いで追いかける。
驚いた事に、身体強化魔術を使ってそこあげをしているリンや、元々身体能力の高いルーチェやガウェインですら、鬼気迫る表情で走るロザミアに付いていくのがやっとだった。
「か、顔も見えないのにどうして……」
「腕です!」
息を荒げるリンの質問にロザミアは即答した。
「魔術学園の制服は多少の改造が認められています。あの青いラインの形状は間違いなくお兄様です! 他にもボンヤリしている時に人差し指と中指で交互に手近な物をつつく仕草、その指の間にある実験中に小さな火傷をしたのに放っておいたせいで残っている赤い跡。これは魔術学園に入学される半年ちょっと前の夕方に……」
全力疾走中とは思えない程、ロザミアはすらすらと確信に至った情報を余計なものも合わせて語る。
話の途中で、ロザミアは川岸にまでたどり着く。
何かに気付いたのか、舟の上で慌てて身体を起こした人物が驚く顔をしているのを見て、彼女はさらに速度を上げ、踏み切った。
「お兄様!」
「うわあああ! なんだぁ!?」
それは間違いなくクラウドであったが、何者かが高速で走ってくるのを感知して慌てて身体を起こしたところで、その視界に何者かが涙とよだれを零しながら川岸から飛んできたのだ。
思わずラウンドシールドで殴りつけてしまったのは、ある意味仕方のない事だったと言える。
「ロザミア様!」
水柱を上げて川へ落ちたロザミアを見て、リンが悲鳴を上げた。
「えっ? 侯爵家のお嬢さん? あれ、なんでだ?」
そこでようやく、クラウドは先ほど殴りつけた人物の顔を思い出した。しっかりと見たのは片手で足る程度だったが、冷静に考えれば知っている顔だ。
自分の妹なのだから。
クラウドは、慌てて川へと飛び込んだ。
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