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17.秘薬の真実

17話目です。

よろしくお願いします。


※18時に前話を更新しております。ご注意ください。

「“お母様”……賢者ソーマー・エリーはすでに亡くなりました。私は何も知らされておりませんので、公爵が望むような情報は、すでにありません」

 狭い小屋の中で、ロザミアやリン、そしてガウェインの三人を前にして、ルーチェは立ったままで言い放った。

「情報……」


 ロザミアは父である公爵の狙いを正確には知らないが、ソーマーから秘薬を手に入れ、クラウドに使った事は間違いないと考えていた。

「まずは、正直に私の状況をお話いたしましょう」

 ルーチェが黙って自分を見ているのを確認したロザミアは、言葉を続けた。


「私は、私の父である公爵家当主ギヨームが何を行ったのか、正確には知りません。人形のように自ら動く事の無い兄クラウドに対して、恐らくは賢者ソーマーが持つと言われている“秘薬”を投与したのではないか、という疑惑だけがある状況です」

 そのクラウドが公爵家を出奔し、原理はわからないが空を飛んでどこかへ向かった事だけがわかっており、目撃情報を辿って村までたどり着いた事を説明する。


「信じて頂けるかどうかはわかりませんが、私たちがこの村に来て、賢者ソーマーの所在を発見したのは偶然です」

 もちろん、兄の為に秘薬の事を知りたい気持ちが有るのは否定しない、とロザミアは続けた。

「もし……貴女が何か知っているのであれば、教えていただけませんか? 秘薬には危険な副作用などは無いのでしょうか? それに……」


 会話に割り込むようにして大きな声を出したリンは、ルーチェにすがるような目を向けた。

「もし、秘薬が誰かの魂から作られているとしたら、本物のクラウド様は一体……」

 泣きだしてしまい、ガウェインに支えられているリンを見てもルーチェは無表情だった。

「まず、順を追って話します」


 ルーチェはテーブルに向かって並べた椅子を勧めてガウェイン以外の二人が座ったところで、向かい合うように腰を下ろした。

「まず誤解を解いておきますが、噂されているような魂を抜き取る技術など、“お母様”は持っていません」

「……では、兄はどうして回復したのでしょうか?」


「“秘薬”と呼ばれている物の正体は、魂などでは無く人の記憶だからです」

 ルーチェは抑揚のない声で応える。

「記憶……?」

「貴女たちが憶えていること。経験した事。知識。それらの事です。秘薬は人間のそれを写し取った物になります。クラウドという人物は誰かの記憶を書きこまれたという事です」


 ルーチェの話を聞いた三人は、声が出なかった。

 ロザミアもリンも記憶については理解できているが、それを写し取ったうえに他人に与えるというのは、魂を移し替える行為に等しいのではないかと感じる。

「……つまり、クラウドお兄様の中には、別の誰かの記憶が入り込んでいると言う事ですか?」


「別の誰か。それが誰かは知りませんが、クラウドという人物である事には変わりありません。ただ、他の誰かが経験した事を知った。それだけです」

 ルーチェは自分の頭を指差す。

「わたしの中にも、数人の記憶が入っています。どれも専門的な知識部分のみですが、だからといって、わたしがルーチェでは無くなったわけではありません」


 ルーチェは投与された記憶物質によって多くの知識を得ており、村での作業に役立てている。そして、ルーチェの知識の中に『飛行機』の存在があったのだ。

「“お母様”はある種の異邦人であり、元々いた場所からいくつかの記憶を持ち込む事になりました。そのうちのいくつかを公爵の手勢に奪われたのです」

 無表情ではあるが、ルーチェの視線はロザミアを見据えている。


「……我が父は、兄に秘薬……記憶を植え付けることで、一体何をしようとしたのでしょうか?」

()()が目的だったのではありませんか?」

「えっ?」

「貴女方も誤解していた通り、“お母様”には人間の魂を操るという噂がありました。公爵はその技術があれば、息子が助かると思ったのでは?」


 それは愛情だったのだろうか。この場にいる誰もがルーチェの推測に答えを出せなかった。もし魂を移す秘薬だったとしたら、それは息子クラウドとは別人では無いだろうか。実際に記憶だけを移された今のクラウドにしても、元が“空っぽ”と言える状態に記憶が移された彼は、ある意味別人ではないのか。

 それとも、まともに受け答えができる長男になるのであれば、中身はどうでも良かったのか。そう考えると、愛情よりもエゴだとも言える。

 愛情の根源がエゴだと言ってしまえばそれまでなのだが。


「ですが、気になる部分があります」

 そう言って、初めてルーチェは視線を落とした。

「“お母様”が扱っていた記憶は全て断片的な物だったはずです。盗難の後に目覚めたわたしには、盗まれた記憶の内容は教えられていませんが、自律行動すらできないような状態にある人物が日常生活を問題無く遅れる程にサポートできる程の記憶量は無いはずです」


 ただし一つを除いて、とルーチェは人差し指を立てた。

「わたしを起動し、公爵の手から逃れたお母様が死の間際まで奪われた事を後悔していた記憶だけは別です」

「どういうものなのですか?」

 ようやく状況に対して落ち着きを取り戻したリンの質問に、ルーチェはしばらく沈黙していた。


「ルーチェさん」

 ロザミアが声をかける。

「私は、貴女と貴女のお母様の為に協力させていただくつもりです。兄と再会して父と対立することを私は選びました。それに、貴女は気になりませんか?」

「何をですか」

「貴女のお母様がそれほど大切にしていた記憶を持つ方の事を」


「お母様が国境にいる頃に死別された最愛の方の記憶……と聞いています」

 ルーチェは諦めたように言葉を続けた。

「記憶を写し取る技術は、元々その方が見出されたものと聞きました。そして、自らの記憶を抜き出す過程で亡くなられた、と。お母様がホムンクルスの研究を始められたのは、最愛の方の復活を目指しての事です」


 つまり、とロザミアは理解した。

「今のお兄様は、その方の記憶をまるまる移されたという事ですね」

 記憶や知識だけでなく、その過程で培われた人格も何もかもが、空っぽと言っていい脳に注ぎ込まれたのだ。

「では……わたくしが見てきた方は、本当はクラウド様では無いのですか……」


「それは違いますわ、リンお姉様」

 ロザミアは青褪めるリンの肩を抱いてキッパリと否定した。

「その記憶も人格も含めてのクラウドお兄様なのです。リンお姉様が見てきたお兄様は、間違いなくクラウド・ガレノス・ロンバルドその人ですわ」

 ふふふ、とロザミアは静かに笑った。


「ようやくお兄様の奇行にも納得がいきました。時折使われていた謎の言語も、賢者ソーマーと同じ故郷の言葉だったのですね」

 ロザミアは立ち上がり、ルーチェに手を伸ばした。

「一緒に、探しに行きませんか? きっとお兄様の中にあるその方の記憶も、賢者ソーマーがどうしているか気になっているはずです」


「ですが……」

 ルーチェが逡巡を見せた直後、外から男性の悲鳴が聞こえた。

「何事でしょう?」

「私が見て参ります」


 素早く外へ出たガウェインは、農村には似つかわしくない者たちの姿を確認して驚いた。

「公爵家の兵!? 何故ここに!」

 五名の兵士を引き連れた一人の騎士が、騎乗のままガウェインの近くへと進んでくる。恐らくは村長の家を目指しているのだろう。

 その向こう、遠く見える村の入口に、ガウェインと言葉を交わした村人が倒れているのが見える。


「おや。随分と小奇麗な服を着た者がいる……」

 ガウェインの存在に気付いた騎士は、その近くで待機しているホールデッカー侯爵家のエンブレムが刻まれた馬車に気付き、唖然とした表情で固まった。

「ホールデッカー侯爵家の執事、ガウェインと申します。失礼ながら、何かご用でしょうか?」


 しばらく迷っていた騎士は、馬から下りて部下の兵士に手綱を持たせる。

「……ロンバルド公爵家に所属する騎士アルーテンと言う。なぜ、侯爵家の者がここに?」

 ガウェインの質問には答えず、アルーテンは逆に問うた。

「領内を視察するのは貴族として当然の事かと」

 ガウェインは敢えて誰が来ているとも言わず、目的も伏せた。


「そうか……では侯爵閣下にご挨拶をせねばなるまい。案内していただけるかな?」

「その前に、御来訪の目的をお聞かせ願えますか?」

「公爵家の家臣を案内できぬと言うのか」

「主人に報告する義務がございますので……それに、先ほど申し上げました通り、ここはホールデッカー侯爵領でございます。他領の騎士や兵士がいる理由が気になるのは、当然ではありませんか?」


 ガウェインの理屈に、アルーテンは返す言葉が見つからなかった。確かに家格は公爵家が上だが、だからと言って他家の領地で勝手をして良いという法は無い。

「……お引き取りを」

「そ、そうはいかん! 私も任務を帯びてきているのだ!」

「任務、とは?」


「……ここにホムンクルスがいるだろう。それと賢者と呼ばれる女が。賢者はロンバルド公爵領内で罪を犯し、長年追っていたのだ」

「では、しばらくお待ちください。ちょうど我が主がそのホムンクルスと会談を行っておりますので」

「なんだと!?」


 想定外の状況に驚いた騎士アルーテンに一礼し、ガウェインは足早にルーチェの小屋へと入って行った。

 そこには、待ち構えているリンとロザミア。そして奥で何やら荷物を纏めているらしいルーチェの姿があった。

「お聞きになられましたか」


 ガウェインが確認すると、ロザミアは頷いた。

「どうやら父の命令でお兄様を探しているうちに、賢者ソーマーの手がかりも掴んだようですね」

 自分たちと同じように辿って来たのだろう、とロザミアは考えている。

「私が止めたとして、アルーテンは諦めないでしょう」


 ガウェインはリンへと視線を向け、命令を求めた。

「ルーチェさんを連れて脱出いたします。ガウェイン、表の者たちと共に馬車に乗って逃げるといたしましょう」

「では……多少荒っぽい手を使うことになりますな」

 道を塞いでいる騎士や兵士を一時的にでも排除せねばならない。


「道は私が作りますので……」

「わたしも戦います。同道は了承しました。良い機会ですから、出発前に一撃を与える事に致しましょう。追いつけない程度には」

 ルーチェはそう言って大きなリュックを背負うと、手に持った黒い筒状の何かを見せた。

「それは……武器なのですか?」


「武器です。それも強力な」

 ガシャン、と音を立てて二つ折りの筒をまっすぐにする。

「見ればわかります。わたしの中の記憶を頼りに作った、シングルバレル・ショットガンです」

 相変わらずクールで無表情ではあるのだが、ルーチェの言葉にはどこか自慢げな響きがあった。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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