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16.Man to Man

16話目です。

よろしくお願いします。


※同日0時にも更新しておりますので、ご注意ください。

 インファイト。ただでさえ狭い舟の上で、中央にある箱が大きなスペースを占めている。しかもそれは“守るべきモノ”だ。

 ガランドの打撃の強さは知らないが、弱くない事は確かだ。シールドで防御をがっちりと固めて、クラウドは相手を睨みつけた。

「こうなったら、仕方ない!」

「正面からの近接戦闘に応じるか。少しは骨のあるところを見せてくれよ」


 初手は素直に拳が飛んできた。

 ガン、と構えたラウンドシールドに拳が当たるが、クラウドは魔術による身体強化で堪える。

「魔術か。丁度いいハンデだな」

「余裕を見せていられるのも今の内だぞ」


 クラウドの挑発にも乗らず、ガランドはしっかりとガードの隙間を狙って冷静な拳を放って来る。

 どうにか盾を動かして防御をしていくが、拳の重さはガードの上からでも腕に響く程だ。

「火でも氷でも出してみな。この距離なら俺のパンチの方が先に届くぜ」

 細かいジャブに対応しようとすると、重いボディが盾の下をすり抜けようとして来る。クラウドは辛うじて捌いているが、反撃までする余裕が無い。


 だが、一方的に攻撃を受けてもクラウドの目はしっかりとガランドの姿を捉えている。

 一瞬、ガランドの両方の拳が止まり、足が上がる。

 拳では埒が明かないと判断したのか、蹴り倒すつもりだ。

「そこだっ!」

 連打が止まった瞬間、クラウドは叫んだ。


「ぬっ!?」

 魔法が来ると判断したガランドが蹴り足を下ろして身構えた。

 クラウドはハッタリで叫んだだけだが、思い通りの反応を示したガランドに向かって口の端を引き上げて笑った。

 帆を押していた魔術の風が、まとめてガランドの目に向かって叩きつけれる。


 魔法攻撃を見極めるつもりでいた目に、見えない風がいきなり吹き込まれたガランドは、目を閉じて左手で顔を押えた。

「何を……」

「派手な攻撃だけが魔術じゃないんだよ!」

 目の見えていないガランドの左足に、クラウドは目いっぱい強化したローキックを叩き込む。


 膝の関節を叩き折るつもりだったが、ガランドは驚くほどの器用さでわずかに足を浮かせて威力を逃がして見せた。

「ぐぬ……」

 それでも、骨にひびくらいは入ったのだろう。しっかりと踏み込む事が出来ずに、分厚い肉体が揺れた。


 クラウドはこれを好機と見た。

 視力が回復する前に舟から叩き落とせば、怪我をした身体で走っても泳いでも追いつく事は不可能だろう。

 反対の足に向けて足払いを掛けようとしたクラウドに向かって、ガランドが前に出た。

「何考えてやがる!」

「見えないから離れると思ったか?」


 足払いは空振りに終わり、肉薄したガランドと腿同士を打ち付ける形になったが、蹴りによる足の回転半径の中で、中央に近い位置では速度も威力も落ちる。

「戦闘は如何に攻撃を当てるか、だ。だからこうする」

 丸太のような太ももに足が当たってもびくともしないガランドは、左手を伸ばしてクラウドの襟首を掴んだ。


「うおおっ!」

 ラウンドシールドでガランドの腕を殴りつけるが、傷がはいり血が流れても、その手は緩まない。

「顔はこの辺か?」

「ぶぁっ!?」

 ガランドの右腕が大ぶりのパンチを放ち、シールドを振り回していたクラウドの頬を捉えた。


「当たったな」

 ニヤリと笑うガランドの表情が、クラウドには不自然に揺れて見えた。

 脳震盪か、と冷静に考える事は出来ても、足に力が入らない。

「一発でフラフラか。脆いな」

「く……そ……」


 もはや魔力の節約など考えていられない、と遮二無二魔術を発動する。

「おっと、そうはさせねぇ」

 放出されたクラウドの魔力によりガランドの腕に氷が張りついていくのだが、直後にガランドの拳が放たれ、魔術の構築を中断された。

「魔術使い相手には、この手に限る」


 左腕の表面に付いている氷を叩き落としながら、ガランドはさらに二発、三発とクラウドの顔を殴った。

「もうまともにモノが考えられねぇだろ? 兵士をしごくときもこうするんだぜ。余計な事を考えずに走らせる事ができるからな……ん?」

 ようやく視力が戻ってきたガランドはクラウドの右手が、彼の背後にある大きな木箱へと向けられている事に気付いた。


「何を隠してやがる」

 クラウドの身体を自分の後ろに向かって放り捨てたガランドは、木箱を乱暴に叩き破った。

「おい、こりゃあ……」

 そこに見えたのは大量の布に囲まれて、眠る様に目を閉じている少女の姿。だが、一見して呼吸をしているようには見えない。


「くくく……あーっはっはっは!」

 これはお笑いだ、とガランドは振り向き、舟の縁で仰向けに倒れているクラウドを見下ろした。

「家を飛び出した挙句、女一人殺してやがったか。それで焦って実家に帰ろうとしてたんだな。死体の処理もできずに」


 ぐったりとして反応の無いクラウドに近づき、その胸の上に足を置いて押える。

「気絶してるかどうかなんて、わしの目はすぐに見抜く。まだ寝てないだろう」

「う……ぐ……」

 足にゆっくりと体重をかけていくと、クラウドのうめき声が漏れる。

「もう少し手ごたえがあると思ったんだがな。がっかりだ」


「魔術というのは……」

「あん? 声が小さくて聞こえねぇよ」

 クラウドが呟いたのを聞き逃し、ガランドは足に力を入れながら聞き返した。

「魔術というのは……何もないところからは何も生み出せない……」

 それは化学と同じ事だ、とクラウドは息苦しさに喘ぎながら語る。


「急に講義を始めるなんざ、殴られて頭がイカレたか?」

「氷も、いかずちも、風も……自然にある存在に干渉して、操った結果に過ぎない……」

 フン、とガランドは鼻を鳴らした。

「だからどうした? わしにそんな話をしても無駄だ」


 これから死ぬ運命だからな、とガランドはさらに足に力をいれた。

「ぐぅう……単細胞め……。要するに化学式を知っていれば、その分作り出せる現象も増えるというわけだ……。問題は、魔力だ」

「その魔力も使い果たしたから、さっきのようなしょっぱい量の氷を生み出すのが限界だったんだろうが」


「ふ、ふふふ……」

「何がおかしい!」

 足首をねじり、クラウドの胸をさらに圧迫すると、ガランドは足の裏にみしみしと骨が鳴る感触を感じた。

 このまま力を入れ続ければ死ぬだろう。


 しかし、クラウドの言葉は止まらない。

「魔力は自然と回復する……。特に俺のように魔力が多い者ほど回復も早い」

 何か不気味な物を感じ始めたガランドは、すぐに殺してしまおうと踏みつけていた足を上げた。罅が入った左足も痛みが強くなってきた。


「それにな……存在を作り出す事から始める事無く、単に操るだけなら魔力は少なく、且つ制御も容易になるわけだ……特に、直接触れていれば尚都合が良い」

「直接……?」

 ガランドは視線をずらした。舟の後部で仰向けに倒れているクラウドの腕。左腕はだらりと投げ出されている。


 右腕も同様に力なく伸ばされているが、シールドが外れてむき出しになった手は、手首から先が水の中に入り込んでいた。

「貴様!」

「時間稼ぎに付き合ってくれてありがとうよ!」

 水の龍が首をもたげた、とガランドには見えた。

 水面から伸びた太い水柱は、不自然に弧を描いてガランドの身体を横から叩く。


「ぬおおおお!」

 側面からの粘つく様な強烈極まる水圧に対して、ガランドは肉体一つで踏ん張った。

「筋肉馬鹿が! さっさと落ちろ!」

 クラウドの左手から放たれたラウンドシールドが、ガランドの左膝を叩いた。

 力を入れようとしても、先ほどの蹴りによるダメージも手伝って身体の支えは失われる。


「しまっ……」

 ガランドが開いた口に大量の水が入り込み、言葉は遮られた。

 ドバン、と派手な水しぶきを上げて、ガランドの身体は水の流れによって川の中へと押し込まれた。

 クラウドはヨロヨロと身体を起こし、座り込んだまましばらく水面を見ていたがガランドが浮いてくる様子は無かった。


「痛てて……」

 クラウドは舟の上這いずり、上着を脱いで一部壊れてしまった木箱にかけた。いつの間にか顔を見せていた太陽に、リータを晒しておくのは気が引けたからだ。

 木箱に背中を預け、魔力の風を強めて再び遡上の速度を上げる。急がないと、兵士たちが追いついてくるかも知れない。


 水に手を浸して水流を操って進んだ方が速いかも知れないと考えたが、川の水は思ったよりも冷たかった。

「あー、くそっ。疲れた……」

 ゆっくりと流れていく景色を眺め、眠気に抗いながらクラウドは呟いた。

「こんなに殴られたのは初めてだ」


 魔術の治癒は、あくまで治癒の速度を上げる事しか出来ない。

 鞄を漁り、固いパンと干し肉の食事をとりながら、腫れあがった顔をゆっくりと治していく。

「右手のシールドは……川底か。回収は無理だな」

 製作に相当苦労したのにな、と残念に思いながらも、先ほど見たリータの顔を思いだす。


「守れたから、まあいいか。あぁ、痛てぇ……馬鹿力め」

 顔を合わせれば頭を下げていたような相手でも、立場が変われば殺す事すら厭わないという事に、クラウドは改めて恐怖した。

 さらに言えば、ガランドにクラウドの殺害を命じたのは実の父親であるロンバルド公爵だ。


「やっぱり、人間は信用できないな」

 リータをさっさと起こして、また話がしたいとクラウドは思った。

「きっと川沿いの捜索が始まるだろう。どこかで一度支流に入って、陸路に移るか」

 それでも全行程を馬車で行くよりも数日は短縮できた事には変わりない。


 目的の実家にはかなり近づいたが、先行きは不安だった。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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