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15.遡上の先に

15話目です。

よろしくお願いします。


18時に前話を公開しておりますのでご注意ください。

 クラウドが操る小舟は、支流から本流へと入った。

 川の流れる速度は左程変わらず、穏やかな水面を小さな帆舟は快調に進んで行く。

 クラウド自身、船舶に関してはほとんど知識を持っていない。もし自然の風を受けて進む舟を作れと言われても、すぐには無理だった。


 だが、魔術で風の調整ができるクラウドにとっては、風を受けて船体を推し進める簡単な構造さえあれば良かった。

 水流を操ったり舟そのものに風を当てて押す事も考えたが、魔力の効率を考えるとこれがもっとも速いと判断したのだ。

「この方法を選んで正解だった。……少し速度を上げよう」


 焦ってもいけないと頭で理解はしていても、早く行かなくては、との気持ちは押えられない。

 舟が壊れない程度の速度を探りながら、魔力残量に注意しながらも川をさかのぼって行く。

 川幅は広い。魔術による生命体探知は続けているので、他の舟が来たら気付くだろうとクラウドは荷物からエリの報告書を取り出し、再び目を通し始めた。


「実家に入り込んだら、すぐに治療をしてやる」

 そのために、手順や理論は全て頭に叩き込んでおくつもりだった。

 このペースで行けば十日はかかる旅程が三日にまでは短縮できるだろう。クラウドの魔力は馬の体力よりは長く持つ。川沿いは荷物を載せた舟が通り過ぎる程度で盗賊の類も居ない。


 そのはずだった。


「こりゃ、どういうことだ?」

 夜は舟を陸に引き揚げて野宿をする形で一泊、二泊と過ごし、夜明け前から再び船上の人となったクラウドだったが、日が昇る前から困難に行き当たった。

夜の間も少しは進めておきたいと考え、魔力の余裕もあったのでゆっくりと暗闇の川面を進んでいたのだが、どうも先がさわがしい。


「魔物でも出たか?」

 夜間に大型の魔物が町や村を襲う事も珍しくは無い。

 そういう場合は兵士たちが対応するか村人たち自身で防衛する事になるのだが、魔物次第では逃げ出した方が被害は少ない場合もある。

 だが、戦闘音では無い。怒号のような声も聞こえるが、大声で指示を出しているらしい。


 篝火が焚かれ大勢の人々が足音を響かせて移動している。

 嫌な予感がしたクラウドは、仄かな光を放っていた松明を川面に突っ込んで消し、暗闇の中を魔術で感じる気配だけを頼りに舟を進めていく事にした。

 ジュウ、と音を立てて消えた松明をそっと舟の上に置くと、前方の篝火に照らされた状況が見えやすくなった。


「マジかよ……」

 口の中で小さくうめき声を出して、クラウドは風魔法を調整して前には進まないが流されもしない状態で留まる。

 揺れる炎に照らされて見えたのは、実家であるロンバルド公爵家のエンブレムが刺繍された天幕だった。

 公爵自身がいる事を示す旗は見当たらないが、展開している者たちが公爵家の私兵である事は間違いないようだ。


 今いる場所は公爵家の領地の隣、婚約者だったリンの実家であるホールデッカー侯爵領を過ぎたあたりになる、とクラウドは念のためにリータが納まっている箱の蔭に隠れて考えた。

「俺を探しているんだろうな……」

 王家が動くのは違和感があるが、息子の不始末を処理する為に私兵を放って探させるのは自然な流れでもある。


 だが、その陣容は調査というよりも敗残兵狩りのような雰囲気だ。

 少しだけ近づいて、先ほどから声を荒げて指示を出している人物の正体を知る。古くから公爵家の筆頭家臣として使える家系の当主で、自らも男爵位を持っているガランドという偉丈夫だ。

「猪突のガランドを送るとは……親父は俺を殺す気だな」


 貴族の生まれである割には華麗な戦術を好まず荒っぽい正面突撃を至上とし、部下に対する荒っぽい扱いと喧嘩っ早い性格が有名な人物だが、何故か公爵に対する忠誠心は人一倍篤い。

「ようするに、秘密を守れるかの信用度で選んだわけだ。見つけ次第始末しろとでも言われたか?」


 川沿いで野営している兵士達だが、半数は訓練と称して夜の草原を走らされている。走り回る事で歩哨も兼ねているというような事を言ってガランドは笑っているが、その心根には、平民出の兵士達に対する嗜虐心があるのだろう。

 それを示すように、走らされている者たちの中には騎士の姿は無い。

「身分制度を理解しないわけでもないが、目の当たりにすると腹が立つな」


 対策を考えながら、クラウドは兵士たちを目で追いながら呟いた。

日本生まれである彼は、物心ついて世の中の事を知り始めた当初から、生まれた身分や稼業で将来が固定される世界に違和感を覚えていた。

「でもなぁ……可哀想な兵士だからと言って近づけば、俺に向かって剣を握って殺到してくるのは目に見えてるからな」

 悪いとは思うが、ここは無視しておく。


 暗闇に慣れて全容が見えてきたが、野営で水が必要なために川の近くにいるだけで、特に川を封鎖している訳では無いらしい。

「あの漁民たちが通報したかとも思ったが、流石に物理的に無理か」

 電話のような高速通信手段が存在せず「伝書鳩が早いけど途中で魔物に食われるかもね」という世界では、クラウドが舟を移動手段にしたとは公爵側にはまだ伝わっていないはずだ。


「ということは、俺が極端に運が悪いってことか」

 自分を呪いながらも、頭の中は様々な考えが浮かぶ。

 正面から戦っても勝てなくはないだろうが、リータを置いて離れるのは不安だ。泥棒がいなくとも、魔物がいる可能性もあるのだ。

 人数は五十人程度と思われ、シルエットから見てガランドを含めた全員が鎧を着ている事がわかる。


「……行けるか?」

 川幅は八メートル程。向かって左側の河岸に兵士達は野営地を展開している。

「人数多すぎだろ」

 本気で殺す気だな、とクラウドは嘆息した。

 五十対一。過剰な戦力にも見えるが、それだけ魔術を戦闘レベルで使える者は脅威だ。先日の神父ももう少しまともな人物であれば、戦場でかなり活躍できただろう。


 ゆっくりと近付きながら、対策を決めたクラウドは観察を続けてタイミングを計る。

 自らの体内に残っている魔力残量を確認して、行けると踏んだ方法だが、他に良い手は思い浮かばなかった。

 川底に潜ってしまう事も可能だが、荷物の大半を諦める必要がある。エリが残した報告書や記憶物質だけじゃなく、リータの荷物を放棄したくは無かった。


「目が覚めた時に、荷物が無いんじゃ悲しいからな」

 リータは感情を理解できる。“お母様”を馬鹿にされれば怒るし、酷い目にあった人を見れば助けようとする。人を褒める事も出来るし、誰かを慕う事もする。

「微妙なツラしてしょんぼりするか。いや、怒るかもな」

 単に表現が下手で、経験が少ないだけなのだ、とクラウドは理解していた。


エリに会うまでは、泣いて欲しくない。

 クラウドは正直にそう思いながら、思い切って魔力を練り上げる。

「弓矢の類は持ってない。魔術が得意な奴はそうそういないはずだ。そして……」

 突風が激しく帆を揺らす。

 自然現象では無い。クラウドの魔術によるものだ。

「鎧を着ているなら、川に飛び込む事も出来ないだろう!」


 クラウドはこのまま速度を上げて突っ切る事にした。

 うまく見つからなければ良いが、明るい場所を通る以上期待はできない。

 訓練中で矢の類を持っておらず、取りに走ったとしてもその間に遠くまで逃げる事が出来ると踏んだ。

 それなりに水深のある川だ。鎧を着たまま飛び込めば無事では済まない。


「それに、まず泳げる奴そのものが少ないからな」

 義務教育も無く、平民は地域の学問所で読み書き程度を習っていれば立派な部類に入る。漁師の子ならともかく、一般的に水泳が出来る者は少数だ。

 なるべく姿勢を低くして空気抵抗を受けないようにする。どこまで逃げるか決まっていないので、空気の膜を作る魔力も惜しかった。


「あ、あれは!」

 案の定誰かに気付かれたらしく、声が上がる。

 だがここまでは想定内だ。水を切って走る舟は、人間が走るよりは速い。

 陣地を通り過ぎてしまえば、走りに走って適当な場所で上陸し、身を隠すつもりだ。


「魔術学園の制服……クラウドだな! 間違いない!」

 様を付けろよ、と思いながらクラウドは顔を上げずに舟を進める。

 身体を隠すのと、水上は冷えるので昨日から教会で拝借した薄汚れたマントを着ていたが、全身は隠せていない。

「追え! 捕まえろ!」


 ガランドの怒鳴り声を聞き、クラウドはちらりと視線を向けたが兵士たちは水を前にして立ち止まっている。

 中には待ち構えるつもりか上流に向かって走り始める者も見えたが、だからといって水の上にいるクラウドを止める手立てなど無い。

「おのれ、何をしている!」


 ガチャガチャという音が聞こえて、そちらを見たクラウドは驚いた。

 重い鎧を脱ぎ捨て、ガランドが猛然と走って来たのだ。

「おい、馬鹿やめろ!」

「ぬぅおおお!」

 川岸で見事なジャンプを見せたガランドは、分厚い筋肉に囲まれた肉体を大きく広げてクラウドが乗る舟へと飛びついた。


 水しぶきを上げて川に落ちたガランドだったが、その右手がしっかりと舟の縁を掴んでいる。

「おおおお!?」

 その衝撃で大きく傾く舟を押え。クラウドは反対側へと身を乗り出してようやく転覆を免れた。だが、その間に狭い舟の上にガランドが這い上がってくる。

「ふぅうううう……こうも簡単に見つかるとは、わしは運がいいな」


 短く刈り込んだ髪を撫でて水を払ったガランドは丸腰ではあるものの、薄い服が張り付いて浮き出たシルエットが示す筋肉が凶暴性を遺憾なく表している。

「逆に俺は運が悪い」

「ほう、俺と目を合わせることもできぬ怯懦なクソガキだったのが多少は成長したか、クラウド」

「怖いからじゃない。相手にする必要も無かっただけだ」


 それよりも、とリータが入った箱を背にする形でたち、クラウドはガランドを睨みつけた。

「主の息子に対して随分な態度だな。クラウド様と呼べよ」

 話しながらそっとラウンドシールドを両手に装備する。

「がっはっは! 無茶な魔術を使って逃げたお前は、失敗して高度落下死する。そして捜索に出たわしらに発見されるのだ」


 すでにクラウドを“始末”してからのシナリオは決定しているらしい。

「素敵な未来予想図だ」

「すぐに現実になるとも。ちと狭いが逃げ場も無くて良いな。ここで始末してやる」

 拳を握りしめて構えるガランドに対し、クラウドは両方のシールドで身体の前を守る構えを取った。


「顔見知りを殺したくはないが、仕方が無い」

「“吹く”な若造。高い所から落ちて死んだ事が分かるように、その顔の原型が分からなくなるまで殴り倒してやる」

 揺れる小舟の上、ウェイト差が激しい殴り合いが始まる。

お読み頂きましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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