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14.農村のホムンクルス

14話目です。

よろしくお願いします。


※本日0時に前話を更新しておりますので、ご注意ください。

「ホムンクルスが、ですか?」

「左様です。その言葉を使ったのはホムンクルスのルーチェです」

 村長の言葉にロザミアは首を傾げただけだったが、リンは聞き返した。

 ロザミアはホムンクルスというものをほとんど知らず、魔術学園でさわりだけは習ったリンは知識としては知ってる。同時に、言っては悪いがこの程度の農村にあるような物では無い事も。


 リンがロザミアにホムンクルスが人工生命体のような物であり、ある程度自立して動く人形と同じような物だと説明すると、ロザミアはすぐに理解したらしく礼を言う。

「そのホムンクルスは、この村の財産なのですか?」

「いえいえ、畏れながらこの村は領主様のおわす町や近くの町に麦を売ってようやく生計が立っている程度の村ですので……」


 口ぶりから、村長はホムンクルスが高価であると知っている事を確認できたリンは、余計に分からなくなった。村長でも購入が難しいホムンクルスを、農夫たちが持っているとは考えにくい。

「ルーチェはこの村で療養をされておられた賢者様の世話をしていたホムンクルスでして……」


 ルーチェに抱えられるようにしてやってきたその人物は、随分と具合が悪そうな様子で名前も名乗らぬ変わった人物であったものの、頭脳は明晰で村を覆う石造りの壁や各家々に水を送る為の上水道など、村を豊かで安全にするための施策を村長に伝えたと言う。

「しばらくは療養をされておりましたが、去年とうとうお亡くなりになられまして……」

 その後も、ルーチェは賢者が残した物を守る為に村に残っており、農作業や建物の補修などをして生活しているという。


「……村長様、もしかするとそのホムンクルスというのは、長い髪をして痩せた女性ではありませんか? 瞳がやや赤みがかった……」

「ええ。ご存じなのですか」

「先ほどこちらへ窺う前にお会いしまして」

 ガウェインが女性が入って行った小屋の場所を伝えると、村長は間違いないと頷いた。


「ルーチェが私の家の補修をしてくれた時に、件の空を飛ぶ人の話を農夫の一人が連絡に駆け込んできましてな。“飛行機”という言葉はその際にルーチェが言った言葉です」

 村長に“飛行機とは?”と問い返されて、普段無表情なルーチェが珍しく慌てた様子で帰って行ったそうだ。

「賢者様と長く旅をしてきた為か、ルーチェは博識でして……何か恐ろしい魔物では無いかと思って町へ連絡をしておいたわけです」


 だが、町では“飛行機”の話どころか空を飛ぶ人間の事すらまともに取り合ってもらえず、現時点でも特に被害は出ていないので、そのままになっている。

「その……」

 村長は真っ白なひげを振るわせて不安げに尋ねた。

「領主様のお嬢様が直々に動いておられると言う事は、やはりあの空を飛ぶ人は何かの魔物か、凶兆だったのでしょうか?」


 正体は十中八九クラウドであろうと考えていたリンは、婚約者を魔物扱いされてムッとしたが、表面上はにこやかにしていた。

「心配はありませんわ。あれは新しい魔術の実験でしたの。お話を窺いに参ったのは、地上からどの程度発見されるものなのかを調査しているだけですわ」

「そうでしたか! 空を飛ぶ魔術とは、まるで鳥の様ですな」


 いやいや、それは素晴らしいと言う村長は、明らかにホッとした顔をしていた。

 リンが優秀な成績で魔術学園を卒業した事は領地内ではかなり有名な話らしく、村長もそれだけ魔術に詳しい人物が言うなら間違いない、とリンが即興で並べた話を信じた。

 とはいえ、新しい魔術である事は嘘では無い。

「ええ、とても優秀な方がおられますのよ」


 そのまま、リンとロザミアはホムンクルスのルーチェが住むという小屋へと向かう。

 馬車は村の入口に待機させ、ガウェインだけが同行する。大人数でおしかけて警戒されては元も子もない。ガウェインに話しかけた様子を考えると、いきなり攻撃を仕掛けられるとも考えにくいと判断した。

「賢者と言うのは……」

「ええ。恐らくはソーマーの事ですね」


 もしソーマー本人だとすれば、賢者は王や公爵の手から逃げのび、この村に隠れ住んでいたという事になる。

 クラウドはまだ見つかっていないが、もしソーマーの秘密を知る事ができたなら、それは大きな収穫だろう。

「ロザミア様……」

「ええ、わかっております。ロンバルド公爵家の名は出さない方が良いでしょう」


 いずれにせよ、ホムンクルスに聞けば確認が取れるだろう、とまずは話を聞く事にする。

 ガウェインが小屋の戸をノックすると、すぐに扉が内側へ少しだけ開いた。

 そこから顔を覗かせたのは、整っているというよりは整いすぎた人形のような、美しくも冷たい雰囲気の女性だった。

「さっきの……」

「度々申し訳ございません。少しお話を窺いたい事がございまして」

「わたしは単なるホムンクルス。何も知りません」


「お待ちください!」

 閉ざされようとする扉を、リンが縋りつくようにして押えた。

「人の命がかかっている事なのです。どうか、お話だけでもお聞かせいただけませんか?」

「……わたしに関係がある事とは思えません」

 女性とは思えない程の力で押され、次第に閉ざされていく扉を止めたのは、リンの後ろから手を伸ばしたガウェインだった。


「失礼ながら、私のお仕えするホールデッカー侯爵家の重大事です。力任せというのが好ましくないのは承知の上ながら、どうかお話だけでもお願いできませんか」

 二メートル越えの大男がドアを押えている姿は、普通の女性なら悲鳴を上げてもおかしくない程の迫力がある。

 だが、ルーチェは顔色一つ変える事無く、さらにはガウェインの腕力にすら対抗して見せた。


「なんという力……」

「ホムンクルスがこんなに強いなんて聞いた事がありませんわ」

「わたしは“お母様”にお作り頂いた特別なホムンクルスです。他の凡庸なホムンクルスと同じにしないでください」

 冷たく平坦なルーチェの言葉の中に、少しばかりの怒りが混ざる。

「……ルーチェさん」


 汗を零しながら扉を押えるガウェインの横から、ロザミアが進み出た。

「貴女をお作りになられた“お母様”というのは、もしかしてソーマーというお名前ではありませんか?」

 緊張で強張った表情ではあったが、そこには覚悟の意思もあった。

 ロザミアが何をしようとしているのか気付いたリンは「お待ちください!」と声を上げて止めようとしたが、すでにロザミアの口は動き始めていた。


「私はロンバルド公爵家の長女、ロザミア・ドゥヌー・ロンバルドです」

 ルーチェの目が見開き、ドアを押える力が緩む。

「ロンバルド……」

「ええ。ロンバルドの者です。そして、東に向かって飛行したと言う人物は我が兄クラウドです。……どうか、お話を聞いていただく事はできませんか?」


 ギリリ、と音が聞こえて、全員の視線がルーチェへと集まる。それは彼女が奥歯を噛みしめた音だった。

「……中へ」

「ありがとうございます」

 ガウェインはいきなり攻撃される可能性も考え、盾になるつもりでいたが、さしあたって最悪の状況は避けられたらしいと息を吐いた。


 だが、まだ油断はできない。中に入ってからも緊張の時間は続く事になるのだから。


☺☻☺


 クラウドが立ち寄った町は、近くにある川幅が優に二十メートルはある大きな河川から人工の支流を作って生活用水を引き込んでいる。

 本流は大雨の際にしばしば氾濫するので、治水の技術が発達していない時期に作られた町や村の中では、同様の方法を用いて水を引き込んでいる所も珍しくない。


 川は水を得る場所であると同時に、魚介類を得るための漁場でもある。

 支流も充分に水深と川幅があり、本流から入り込んでくる魚も多い。川魚は多少癖があるものの、海が遠いこの地では貴重な食料だ。


「この舟を売ってくれ」

 と、数艘の小さな手こぎ船が並んでいる場所に現れたクラウドは、そこにいた漁民たちに声をかけた。

 指差しているのは長さ四メートル程の二人乗りの舟だ。


 突然の話に、川辺で網の手入れをしていた漁民たちは困り果てた。

 着ている服が上等なものであるのは彼らにもわかるので、若造とは思っても貴族が相手だと変に逆らうのも後が怖い。しかも、棺桶のような大きな木箱と長い棒を背負い、いくつもの鞄を両手に提げた姿は怪しいの一言では足りない。


「あの……舟が無いとおれらも魚が取れねぇんで……」

 と、控えめな抵抗を示すと、目の前に大金貨を突き付けられた。

「うぇえ!?」

「これで舟が買い直せるし、漁に出られない間の生活費にも充分足るだろう?」


 充分すぎるどころか、数ヶ月仕事をしなくても問題無く家族を養える程の大金だ。

 それぞれに顔を見合わせた漁民たちだったが、指名された舟の持ち主だという人物が立ちあがった。

「そ、それならあっちの舟の方が新しいんですが」

「だめだ、あれがいい。俺はあれを選んだんだ。他のを押し付けようとしても無駄だ」


 クラウドは金を押し付けるようにして渡すと、結局漁民とは目を合わせる事せずに、さっさと自ら選んだ舟へと向かった。

 漁民たちはそれを止める事もせず、思いがけない臨時収入でどこか女のいる店にでも飲みに行こうと話している。

「ふん。どうせ穴の開いた不良品でも押し付けようとしたんだろうが、そうはいかんぞ。さりげなく通り過ぎながら観察していて、これが一番しっかりした作りだったんだ」


 とは言いつつも、おっかなびっくり及び腰でそっと荷物を置き、背負っていた箱を舟の中央へと据え付けた。中には緩衝剤代わりに詰め込まれた布と共に、リータが入っている。

 荷物の中にはエリが残した研究報告書も有る。濡れないようにしっかりと布で包み、次に背負っていた棒を箱を土台にするようにして縛り付ける。

 棒は十字になるように汲み上げられ、糊を染みこませて風を通さないように加工した布が帆として張られた。


「……よし」

 クラウドが魔術によってかき集めた風を受け、少し不格好な帆は大きく膨らむ。

 しっかりと固定された箱はぐらつく事も無く、即席の帆船は滑るように水の上を走り始めた。

 その速度は手漕ぎとは比べ物にならず、水の流れに逆らっているにも関わらず川の流れよりもずっと速い。


「す、すげぇ……!」

 海を知らず、帆船という存在を噂程度にしか聞いたことがない漁民たちは、始めて見るセーリングボートを、大口を開けたまま見送った。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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