表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/34

13.初めて、誰かの為に

13話目です。

よろしくお願いします。


10日18時に前話を更新しておりますのでご注意ください。

「エリは俺より優秀だったんじゃないか?」

 クラウドは呟きながら、夜明けの光の中、相馬エリが残した荷物からホムンクルスに関する研究報告書を捲って行く。

 骨格は金属製で概ね人間の物と同じ配置になっているが、内臓や筋肉についてはまるで違った。


 一般的なホムンクルスは、哺乳類から切り取った筋肉をそのまま使っているようだが、エリが作ったリータの肉体には培養された筋繊維を魔術によって骨格に繋ぎとめているらしい。

 リータは人間同様に食事をしていたが、それは特殊な分解酵素を使った消化器を内臓する事で、食事から先述の筋繊維を繋ぎ止めたり補修を行うための栄養を補給する構造になっている。


「これか!」

 読み進めていくと、とうとう“ホムンクルスの修復”についての記述に行き当たった。

 基本的には素材の補充やきずの縫合によって自己修復が機能するとされているが、大きな問題があった。

「こんなの、田舎じゃ手に入らないぞ……」


 リータの皮膚は頑丈で、普通の針では通らない。

 その頑丈な皮膚に穴を開ける程の杭を飛ばしてきた神父の信念も凄まじいものだ。恐らくは、クラウドごと串刺しにするつもりだったのだろう。

「要するに、守るつもりが守られたわけだな……」

 ベッドの上で眠っているように機能を停止したままのリータを見て、クラウドは自分が情けなくなった。


 さらには縫合後の皮膚組織をつなぐための接着剤のレシピも記されていたが、材料は魔術的な加工に使われる特殊な鉱物とそれを溶かすための薬剤が必要だった。

 どれも大きな魔術研究所なり軍事施設でも無ければ流通しない類のものだ。

「王都なら、手に入るが……」

 それらの材料をクラウドは見たことがある。魔術にのめり込んで研究していた際に、魔力に反応する物質を片っ端から試した時に見た。


「いや、と言うより実家の研究室にはまだあるはずだな」

 購入の際に、王都にある魔術関連商品を扱う商店を利用したのだが、商品が偽物で無いかを疑うあまりに、釣りを碌に確認しなかったために損をしたという苦い失敗をしている。

「実家、か……」

 行けば捕まる可能性があるが、密かに忍び込めば内側から鍵をかけて中で作業をする事は可能だ。


 何故か壁に穴が開いていたり窓から視線を感じたりした事もあって、鉄板や弾力性のある魔物の皮などであちこちを補強している。

自分の城とも言える研究所は一度中に入ってしまえば、彼の魔術以外では扉が開かないので安全でもある。

「……屋敷への侵入方法はある。王都までの移動が問題だな」


 読んでいた報告書を置き、立ち上がったクラウドはリータの額に触れると、ひんやりとした作り物の冷たさが伝わってくる。

「待っていろ。すぐに人形から人間に戻してやる」

 エリを探す事も考えたが、その方が時間がかかりそうだと判断して、王都を目指す事にする。


 そうと決めたらクラウドの行動は早い。

 神父の死体を目立たない場所に隠し、教会の中を探し回る。移動のための“乗り物”を作るのに必要な材料を集めるためだ。

 当初は町で購入して回るつもりだったが、時間が惜しいと考えたクラウドは主が居なくなった教会から拝借する事にした。


 何かの補強に使うのだろう金属の棒を数本見つけ、教会のホールにあった木製の椅子を何脚か裏庭まで運び込んだ。

 貧しい教会の常として建物は神父自ら補修していると想像したクラウドが、倉庫となっているあたりを探すと案の定、古釘や金槌などの大工道具も見つかった。

「これだけあれば充分だな」


 最後に祭壇に掛けられていた大きな布をはぎ取る。

 手早く布を巻き取って脇に抱えたところで、視界の端に大きな箱が有るのを見つけた。

「……棺桶か」

 この世界で使われる一般的な棺桶は正方形の木箱で、ハット教団も同様だ。そこに体育座りのように膝を折った格好で遺体を入れる。火葬の習慣は無い。


 不謹慎かとも思ったが、美少女が眠っているようにしか見えない今のリータを運ぶのに、まさかそのまま肩に担いでいくという訳にもいかない。誘拐犯と間違えられて衛兵あたりに追いかけられるのが落ちだ。

 神父が抱えていた布袋も人がすっぽりと入る大きさだが、それでもシルエットで人体だと分かるだろう。


「……まあ、腹を立てたなら後でいくらでも謝ってやるさ」

 身体強化魔術を使って大きな木箱を掴むと、クラウドは中庭へと抱えて行った。


☺☻☺


 高級宿に投宿したリンとロザミアは、サロンスペースで夕食後の紅茶を楽しんでいた。

 正午過ぎにホールデッカー侯爵領内の町に到着した彼女たちは、領主を預かる庁舎へ赴いて責任者に挨拶を行い、クラウドらしき人物を見なかったか情報を求めた。

 特に目ぼしい話を得られなかった彼女たちは、案内役を付けてもらったうえで兵士の詰所や魔物を狩るハンターが毛皮を売るような商店を回った。


 馬車による移動は肉体的な疲労を伴い、成果の上がらない探索行は精神を疲れさせる。

 くたくたになった胃に無理やり食事を詰め込んで、ようやくリラックスできる時間を得られた二人だったが、淑女としてソファにぐったりともたれかかるわけにもいかない。

 スカートの形を崩さないようにしながらも、背もたれを利用して極力休める姿勢を取る。


「足が……」

「わたくしもですわ」

 ヒールのまま移動していたせいか、一日目にして二人ともふくらはぎが張っている。

「一日目で成果が出るなどとは考えませんでしたが、想像以上に疲れますわね」


 お互いに気遣いながらも明日の移動に憂鬱になっている所に、ホールデッカー家の執事であるガウェインがやってきた。

 彼は護衛も兼ねた同行者のまとめ役であり、今は夜間を担当する兵士達への聞き込みをしていた。

「リンお嬢様。一つ気になる情報が聞けました」


 ガウェインはロザミアに向かって一礼すると、直立のまま報告を始めた。

「魔術学園卒業式典の当日に、空を飛行する人間を見たという通報が二件だけですが兵士の詰所へ届けられています」

「空を飛ぶ人間……と言う事は!」

 そんな真似ができるのはクラウド以外にいないだろうとリンは興奮気味に叫んだが、ロザミアがそっと窘めた。


「まずはガウェインさんの報告を聞きましょう、お姉様」

「そうですわね。わたくしとしたことが、はしたない真似を……ガウェイン、お願いね」

「はい」

 ガウェインは改めて背筋を伸ばす。

「兵士たちの間では、鳥型の魔物を見間違えたのでは無いかという事で処理されていたようです。偶々、報告を受けた兵士と会えたので聞く事が出来ました」


 魔術学園がある王都方面から、東へ向けて飛行する所が目撃されており、二つの証言は一致している。

「見られた大きさからも成人男性程度という事でしたので、ほぼ間違いはないかと」

「やっぱり……」

 リンもロザミアも、まずは自分たちが目指す方角が定まった事を喜び、これから先のコースを決めていく事にした。


「もう一つ、気になる情報がございまして」

 ガウェインは懐からメモを取り出した。

「東の方へ徒歩で半日程向かった農村からも同様の通報があったそうなのですが……」

町の兵士が話を聞いたのだが、依頼内容が「村にいる人物が空飛ぶ人物の形を聞いて“まるで飛行機だ”と言っていたのだが、それ以上は詳しく教えてくれない。どういう魔物か教えて欲しい」という相談だったらしい。


「飛行機?」

「聞いたことが有りませんわ。ガウェインは知っていて?」

 耳なれない言葉に戸惑う二人の視線を受けて、ガウェインは申し訳ありません、と首を横に振った。

「私も初耳の言葉でございまして……」


「では、明日の行き先は決まりですね」

 と、ロザミアは言った。

「その村に向かって、直接その人物にお会いしましょう。少し寄り道する程度の事ですから、もし大した情報が得られずとも、さほど時間は無駄にはなりません」




 そうして、彼女たちは一泊して翌朝に食事を済ませてから早々に旅立った。

 石で舗装された街道を外れ、ひどく揺れる馬車で三時間程かけてたどり着いたのは、青々とした小麦畑が広がる農村だった。

 小さな家が四十程集まったそこそこの規模がある村で、木製では無く石積みの塀でぐるりと取り囲まれた村は、中央に生活用水として利用しているらしい川が流れている。


 典型的な農村の雰囲気ではあったが、町が近いこともあって左程貧しい様子でも無い。とはいえ、貴族などとは縁が無い村であるため、立派な箱馬車がやってくると村人たちは緊張した面持ちを見せた。

「村長様どちらでしょうか?」

 軽やかに馬車を降りたガウェインが、村の入口にいた青年に尋ねると、怯えた様子で一軒の家を指差した。


「ありがとうございます」

 にっこりとほほ笑むガウェインだったが、二メートルを超える長身の男を前にして、村人は震えている。

「馬車にはやんごとなきお方がおわします。使用人としては村長様のご自宅前まで馬車を乗り入れさせていただきたいのですが……」


 首を縦に振る村人に再び礼を言い、ガウェインは馭者へ指示を出して馬車を進め、自分はその横を歩く。周囲の警戒のためだ。

「ホールデッカー侯爵家のエンブレムですね。領主様がお見えですか」

 不意に、一人の女性がガウェインに声をかけた。


 ガウェインは馬車を先に行かせると、丁寧に頭を下げた。

「お騒がせして申し訳ありません。我が主ホールデッカー侯爵本人ではございませんが、少し調査の為にお伺いさせていただいております。税や夫役などの話ではありませんので、ご安心を」

「そうですか。ご丁寧にありがとうございます」


 どこか虚ろな目をした女性は平坦な声で礼を言うと、ぷいと背を向けて小さな小屋へと入って行った。

 ガウェインは少し気になったが、すぐに馬車を追いかけて走り出した。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。


また、拙作『呼び出された殺戮者3』の発売に関しまして、

活動報告にて表紙と販売特典についてご報告させていただきました。

そちらもどうぞ、よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ