12.狂信者の一念
12話目です。
よろしくお願いします。
本日(10日)0時に前話を公開しておりますのでご注意ください。
「愚かなる者。その魂を神に奉げん!」
「うおっ!? ジジイの癖に馬鹿力だなこの野郎!」
叫び声と共に振り下ろされたショートソードを、シールドで受け止めたクラウドは、神父の腹を蹴飛ばして距離を取った。
「アドレナリン出しすぎだろ。血管切れても知らないぞ」
左手のシールドを飛ばしてさらに追撃を加えようとするが、神父は剣を振って力任せに弾き返した。
さらに、神父の足元から幾つもの小石が飛び出し、クラウドたちを襲う。
「魔術も使えるのか!」
厄介な、と吐き捨てながら右のシールドから魔力を展開して障壁を張り、クラウドは自らとリータを石つぶてから守った。
結構な速度で飛んできた石が立て続けに障壁を叩いているうちに、反撃の糸口を探る。
神父は石つぶてを続けながら再び距離を詰めはじめていた。月明かりに照らされたショートソードは、良く見ると黒っぽい染みが付いている。
「血の跡に見えるな……初犯じゃないって事か」
余裕ぶって喋ってはいたクラウドだったが、近づいて来た神父が障壁に自分の魔力で干渉して打ち消しにかかったところで、焦りに焦った。
「てめ、この!」
左手のシールドで殴りつけたが、血を流しても神父は力を抜くことなく立っている。
「痛みを感じて無いのか!」
障壁がとうとう掻き消され、接近戦となる。
「クラウドさん!」
「来るな!」
近距離戦でも魔術による攻撃はありうる。クラウドだってそれを使う。魔力を持たず魔術への対抗手段を持たないリータでは危険だった。
想像以上に神父が強かった事に歯噛みをしながら、痺れるのを覚悟で右手のシールドを振動させようかと考えていたところで、神父が口を開いた。
「ホムンクルス……あの時は二体とも逃がしたが、ハット教団の信徒として、せめて一体は……」
「二体! 二体だって!?」
神父の言葉に、一瞬だけクラウドの力が緩んだ。
その隙を突かれ、クラウドはショートソードで右手のシールドを弾かれて腕が開いた。
「しまっ……」
「愚か者に死を!」
がら空きになった腹を思い切り蹴り押されて、クラウドは後ろに向かって滑って行った。
ショートソードの方では無かった事と、魔術による身体強化のお蔭で大したダメージは無かったが、馬鹿力で飛ばされて随分と離れてしまった。
そして、慌てて立ち上がるクラウドの視界の端から飛び出して来た人影がいる。
「待て! そいつに近づくな!」
だが、クラウドの制止はリータの足を止めるには間に合わない。
「よくもクラウドさんを!」
リータの拳を顔面で真正面から受けた神父は、首を激しく揺らして二歩ほどたたらを踏んで下がったが、倒れない。
折れた鼻が無惨に潰れた異様な顔面は、顔の下半分が自らの鼻血で赤く染まっている。
「人の形をした偽物の命よ!」
振り回されるショートソードは、リータを捉える事はできていないものの、速度は次第に速まっていく。
「恐ろしき禁忌により人の魂を喰らいし呪われた人形よ!」
「ひゃっ!?」
神父が踏み込んだ足元から、弾けるように土や小石が舞う。
それはリータの視界を奪い、神父の姿を隠した。
「その魂を今、開放する!」
「リータ!」
土埃を突き破るように飛び出した神父の腕が振り下ろされ、ショートソードの刃がリータを襲う。
「大丈夫です!」
腕をクロスさせて神父の手首部分を支えるようにして斬撃を止めたリータは、そのまま両腕で神父の前腕を挟み、折った。
湿った枝が折れたような音が響き、力を失った手がショートソードを落とす。
「ああ、神と同じ形をした人間の身体に、何と言う事を……」
膝をついた神父は、自分の折れた腕を見下ろしながら神への謝罪をブツブツと呟いたかと思うと、地面に顔を押し付けるようにして倒れた。
「やりました! クラウドさんの仇を取りましたよ!」
「死んでねぇよ」
クラウドの元へ走ってくるリータは、ぎこちなく笑っていた。
駆け寄ってくるリータを待ちながら、クラウドは彼女の顔を見て胸を撫で下ろしていた。
彼女が強いのは知っているが、魔術に対して耐性どころか知識も無い彼女が心配だったのだ。
「心配、か」
他人に対してそんな事を考えたのは初めてだ、とクラウドは思う。
「身内ですら、碌な奴がいなかったからな……人間よりもホムンクルスの方がずっと素直で信用できる」
悲しい話だが、と思い出すのはまず殴り飛ばした父親の顔。真正面から見たのは数回だけだが、自分の息子に他人の記憶物質を投与するのはやはり許せない。
次に思い浮かんだのは、母親の顔かと思ったが、なぜか妹だった。
「ロザミアか……今考えれば、アイツしょっちゅう近くにいた気がするな」
物心ついた頃から自室にこもりがちだったクラウドは、妹と碌に顔を見合わせる事も無かったが、トイレや入浴で廊下に出た時に居合わせる事が多かった気がする。
「ん? あの時はなるべく顔を合わせずに離れる事に必死で気付かなかったが、思い起こせば回数が異常な程に多い気がするぞ」
嫌な予感がしていたクラウドの胸に、リータの身体がぶつかって来た。
「おい、何やってんだリータ」
胸に顔を当てたまま、リータは動かない。
そして、そのままずるずると力なく倒れていく。
「おい……?」
支えようとした手が間に合わず、そのままうつぶせに滑り落ちて倒れた彼女の背中にはツララのように先が尖った石の杭が撃ち込まれていた。
「……あ?」
状況が掴めずに顔を上げたクラウドは、そこでニヤついた顔をしている司祭がいるのに気付いた。
「ひひひ……わしは罪を犯したが、これで許される。許されるぞ……」
神父は折れていない左手を前に突き出している。魔力で操作した杭を飛ばしてリータの背中を狙い打ったのだろう。
一瞬で頭に血が上ったクラウドは、全身を魔術強化した直後には神父の前に立っていた。
「愚か者め」
「ああ、俺は愚か者だよ。大切だと実感した直後に傷つけた馬鹿野郎だな」
シールドは使わず、自分の拳を握りしめる。
「だから、これは愚か者が腹いせに振るう身勝手な拳だ」
無防備な顔に全力の拳を叩き込まれ、神父の首は真後ろを向いた。
神父が完全に事切れた事を知ったクラウドは、再びリータの元へ駆け寄る。
「おい、しっかりしろ!」
抱え上げた身体からは、血は流れていない。
ホムンクルスの構造についてはクラウドも門外漢で基本的な事しか知らないが、外的な要因で機能が停止した可能性が高い事はわかる。
「畜生! 畜生め!」
石の杭をそっと抜き、水を使って肉が見える傷口を洗う。
生きた人間なら痛みで震えるなり声を上げるところだが、リータは無反応だ。
「本当の人形になるぞ。目を覚ませ……」
声をかけながら月明かりを頼りに傷口を見るが、暗いので魔術で火を灯した。
「……どうなってるんだ、これは……」
骨格は人間と同じに作られているようだが、それ以外は全くわからなかった。
傷口を切開する事も考えたが、構造が分からないまま手を出すのは危険だと判断した。
「この程度で狼狽えて、何が天才だ……」
自虐の言葉を吐きながら、人間にやるように服を脱がせ、布を当てて包帯を巻きつけた。
「これで治るんなら御の字だが……」
リータを隣に寝かせたまま、クラウドは朝には元気な声が聴けることを願って、一睡もできずにリータを見つめていた。
だが、夜が明けてもリータが目を覚ます事は無かった。
☺☻☺
ホールデッカー侯爵の印が入った立派な箱馬車が道を進むのを見つけると、農作業をしていた人々は顔を上げてにっこりと笑って手を振った。
馭者はそれに応えるように手を振り返し、近くにいた者たちは「お気をつけて」と声をかける。
馭者も慣れた様子で短く言葉を返した。
ロザミアとリンが旅立つにあたって、アーサーは身分を隠しながら探し回るよりは、ホールデッカーの名前を使った方が逆に安全だろうと提案した。
大っぴらにしていれば怪しい者が近づきにくくなるし、各地の領主も協力を受けやすい。侯爵が娘の婚約者を探している、という名目であれば言い訳も立つ。
そう言って、アーサーが用意した馬車と護衛と共に、二人は旅に出た。
「侯爵閣下は平民の方々に人気がありますのね」
その様子を見たロザミアが微笑む。
「お父様は、平民が元気な領地で無ければ経済も文化もうまく行かないとおっしゃられていましたから……」
リンの答えに、ロザミアは「立派な方ですね」と頷いた。
クラウドがイメージしていた、民衆から如何に搾取するかを常々考えている特権意識が服を着て歩いているような“貴族”が大半である事は間違いない。
だが、ホールデッカー侯爵家当主アーサーは「それでは領地は先細りするばかりである」と考え、民衆の負担を減らし、流通に対する緩和策を取った。
一時的には税収も減り、口さがない貴族たちの中にはアーサーを無能呼ばわりする者さえいたのだが、結果として人口も増えて流通も活性化し、最終的には政策を開始する以前よりも税収が増える結果となっている。
「お兄様も、同じようなお考えをお持ちでしたよ」
「ええっ!?」
ロザミアは、傍らに置いていた自分のカバンから分厚い手帳を取り出して視線を落とした。
「お兄様は、政治向きの勉強は特にされていなかったはずなのですけれど、その先見性には目を見張るものがありました」
何かを探しているのか、ページをめくっていくロザミア。その目は真剣だが、口元には微笑みを浮かべている。
「入学の少し前ですから、このあたり……ありました。“平民への税金が高すぎる。五公五民はやりすぎだ。精々三公七民だろう”と自室で言われてますね。翌日には“統一された規格が無いから、こんなに不便なんだ”とも呟いておられます」
「そ、その記録は一体なんですの……?」
「お兄様の観察記録ですわ」
物心ついた頃、すでに天才と言われて澄ました顔をして研究に没頭し、自分を避ける兄を憎たらしく感じていたロザミアは、こそこそとクラウドの後をつけた。
そこで目にしたのは、人間らしくあれこれと思い悩む兄のすがただった。
「公爵家の後継者としてのプレッシャーもあったのでしょう。その反動でしょうか、自室でのお兄様は実に“可愛らしい”人なのですよ?」
「可愛らしい? あの天才児と名高いクラウド様が?」
魔術学園でのクラウドは、人との関わりを避ける孤独な人物と言う印象で、リンにしても同様だった。
「リンお姉様も家族になれば、きっとその素顔を見る事もできますよ」
手帳を捲りながら、ロザミアは兄の記録を語る。
「兄はあまり人づきあいが得意ではありません。慣れない買い物で、慌ててお金を払って帰ってきたのに、お釣りを間違えられていて一人で文句を言っていた事も有ります」
くすくすと笑うロザミアに、リンもつられて微笑んだ。
「ロザミア様は、クラウド様との仲がよろしいのですね?」
「いいえ。ほとんど言葉を交わした事はありませんよ?」
「えっ?」
では、今目の前にある手帳に記されたクラウドの記録は何なのか、とリンが疑問に感じていると、ロザミアの口から答えが齎された。
「お兄様の自室や研究室のドアに耳を当てて聞き取ったり、王国の間諜部門を引退した人物を雇って調べさせた内容です。私の宝物なんですよ」
手帳を胸にしっかりと抱きしめたロザミアに、リンは言葉を失った。
「お兄様はとても勘がよろしくて、部屋に穴を開けたり窓から覗き込んでもすぐに対策されてしまいました。学園入学前は新しい魔術を開発されたみたいで、屋敷の中でも近くに行く事すら大変でした」
「そ、そうなのですね……」
どうにかスマイルを作ろうとするリンだが、自分でもわかる程にぎこちない物になっている。
「移動だけでもたっぷり時間はかかりますから、ゆっくりお話しいたしましょう。リンお姉様」
「ソウデスネ……」
クラウドに対する気持ちは変わらないが、淑女だと思っていたロザミアが義妹になる事に、言い知れぬ恐怖を感じ始めたリンだった。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。