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11.スラムの教会にて

11話目です。

よろしくお願いします。


※9日18時に前話を更新しておりますので、ご注意ください。

 町に入るにあたって、一つ手前の村で馬を格安で売り払い、馬車も小さな台車と交換した。

 町までは徒歩で三時間程かけて歩き、以前にヴェサト王国の町へ入り込んだのと同様、荷物を抱えて塀を越えて侵入する。

「面倒な事だが仕方が無い。検問の兵に金を握らせても良かったが……どうせ酒を飲んで喋ってしまうに決まっているからな」


 さて、と裏通りに降り立った二人は、クラウドが生命探知魔術で予め確認した通りに誰にも見られなかった。

「まず部屋を借りる。金はあるから、一軒屋をまるごと借りるぞ。作業するスペースもあるからな……おわっ!?」

 言いながら歩き出したクラウドの裾が、リータにグイッと引っ張られた。不意打ちだったせいもあって、クラウドは尻餅をついた。


「なんだよ急に!」

「あっちがにぎやかですから、あっちにお店があるんじゃないですか?」

 部屋を借りるなら、店が多い所に家を扱う不動産屋もいるだろうというのがリータの主張らしい。

 だが、尾てい骨の痛みに耐えつつ立ち上がったクラウドはそれを否定した。


「こういう大きな町だと、まともに家を借りるのに身分証の提示を求められる。普通の業者を通して借りるのは危険だ」

「じゃあ、どこかの家を勝手に乗っ取るんですか?」

「どういう発想の流れだよ」

 荷物を担いで再び歩き始めたクラウドが向かったのは、繁華街の逆の方だった。


 歩けば歩くほど、人気ひとけは少なくなり、周囲の建物は古く貧しい物となって行く。

「このあたりがそうみたいだな」

「……なんだか臭いです」

 リータが言うとおり、周囲は薄汚れた布で塞がれた建物や、ボロボロの布で屋根を作っただけの小屋が並ぶ、見た通りのスラムだ。


「こっそり隠れるならこういう所の方が良いんだよ」

 懐から銀貨を取り出したクラウドは、カビ臭い藁敷きに寝転がっている浮浪者にその輝きを見せながら尋ねた。

「ここの顔役はなんて名前で、どこにいる?」

「……グドワン神父なら、まっすぐ行ったところの教会にいる」


 神父かよ、と内心驚いたクラウドだったが、「そうか」とだけ答えて浮浪者へ銀貨を投げ渡した。

「ふひひ……助かるぜ……」

 久方ぶりに手にした現金の感触を楽しんでいる浮浪者を置いて、クラウドは歩き出した。

 浮浪者が言う“教会”はすぐに見つかった。


「あ~、あの印ということは、“ハット教団”か……」

 名の無い唯一神を崇める一神教であるこの世界の宗教の一つ“ハット教団”は、元々日本人で宗教に関心の薄いクラウドにはとっつきにくい部類であり、彼は他人と同様に神も信じていない。


 しかもクラウドが見上げた目線の先、建物の屋根に立っている円形の中に大中小三つの穴が穿たれた印で宗派がわかるこの教団は、慈善活動を行う傍らで対立する宗教団体には苛烈な対応を行う事で有名であり、国内外で様々な事件を起こしている。

 神父ともなれば、それはそれは敬虔な教徒であろう。

「押し付けがましい奴じゃ無ければいいんだが……」


 古びた教会の扉を開くと、中はホールになっていた。いくつもの不揃いの椅子が並んでおり、その奥にはシンプルな祭壇らしき物がある。

 その祭壇の前、こちらに背を向けて熱心に祈りをささげている人物がいた。

「グレーのローブにあの印がある……あれがグドワン神父だな」

 古くくたびれた衣服ではあるが清潔感は損なわれていないローブは、ハット教団の神父を示す刺繍を背負っている。


「何か御用ですかな?」

 振り向いた神父は見た目六十がらみの男性で、微笑む目じりには深いしわが刻まれていた。

「スラムの中で家を借りたい。といっても明後日の朝までだ。作業をしたいので、広めのスペースが欲しいんだが」

 浄財の用意もある、とクラウドが伝えると神父は大きく頷く。


「なるほど、そういう事でしたら教会の裏にある小屋をお使いください。小屋の中にはベッドもございますし、庭を使っていただいてもかいませんよ」

「助かる」

 短く礼を言い、クラウドは金貨を神父に握らせると、小屋には鍵がかかっていない事を聞いて足早に裏へと向かった。


「その子は」

 リータを指して、神父は言葉を投げかけた。

 クラウドが振り向くと、神父は微笑みのままで言葉を続ける。

「もしかしてホムンクルスですかな?」


 クラウドはその質問の意図が分からずに黙っていると、神父は「ホッホッホ」と笑った。その口からちらりと見えた前歯は多くが欠けている。

「なぁに、若い頃に回ったどこかの村で見かけたように思いましてな。その時は普通の少女が眠っているように見えたのですが、その時の持ち主は未完成のホムンクルスだと言っておりまして……」

「それって! おか……」


 声を上げかけたリータの口を押え、クラウドは神父に背を向けたままで言った。

「……スラムという場所も聖職者ってやつも、他人の過去をあまり詮索しないものだと思っていたが、ここでは違うのか?」

「これはこれは……」

 神父は顎に少しだけ伸びた髭を撫でた。

「気にしないでくだされ。歳を取ると、どうも細かい事が気になるようになって行けませぬな」


☺☻☺


 それなりに広さがある小屋の中に入ると、クラウドはようやくリータの口を押えていた手を離した。

特に息苦しかったわけでもないらしく、開放されたリータは呼吸を乱す事も無くクラウドを見上げた。

「お母様のお話が聞けたんじゃないですか?」

「何十年も前の話を聞いてどうする。それに、二日足らず場所を借りるだけの相手に余計な情報を与えるべきじゃない」


 荷物を下ろした直後、クラウドは小屋の中を点検し始めた。覗き穴や妙な装置が無いかを探しているのだ。

「そんなのがあるんですか!」

「いや、今まで見た事は無いが、念のためだ」

 だが、そこで手を抜いて知らぬうちに詮索をされても居心地が悪い。小屋の周りも入念に確認したところで、クラウドはようやく落ち着いた様子を見せて二つあるベッドの片方へ座った。


「埃っぽいですね」

「二晩だけだ。我慢しろ」

 最高位の貴族家出身ではあるものの、クラウド自身は悪環境での睡眠に抵抗は無い。

散らかった研究室や、この世界に来てからも実地調査と訓練を兼ねた魔物狩りで野外に寝泊まりする事を日常的に行っているので慣れている。


「明日は……」

 と、クラウドは予定を言いかけたところで、リータを見て指を口に当てて黙っているように伝えた。

数秒立って、小屋の薄い木製ドアがノックされた。

「よろしいですかな?」

 先ほどの神父の声だった。


 クラウドは生体感知で誰かが近づいている事に気づいていたのだ。彼はドアに向かって身構えたまま答える。

「なにかあったか?」

「……食事は必要かと思いましてな」

「気遣いは無用だ。食事は全て自前で用意する」


 クラウドが即答すると、ドアの向こうでしばらく沈黙が続き、

「左様ですか。では……」

 と神父の返事があった。

 だがクラウドは気付いている。神父がドアの前にまだ立っている事に。

「聖職者の趣味としては、あまり良くないな」


 クラウドが少し大きめに言うと、神父の反応はそっと小屋から離れていった。それから数十秒構えていたが、戻って来る様子は無い。

「……ったく、碌な奴がいないな」

「あの神父さん、優しい人ですよね?」

 リータの言葉に、クラウドは少し引っ掛かりを覚えた。


 彼女の今までの言動であれば、すぐに小屋を貸してくれた事で「優しい人ですね!」とストレートに評価するところだが、迷いがある。

 神父がしばらく様子を窺っていた事に気付いたわけでもないようで、リータは仕切りに首を傾げている。

「……あの神父がどうしたか?」

「良い人だと思うんですけど……」


 珍しく歯切れが悪い。

「目が悪いんだと思うんですけど、一瞬だけ睨まれた気がするんです」

「俺に向けてじゃなかったのか?」

 クラウドは視線を感じたら即時に「睨まれた」と感じるタイプなのだが、神父からは敵対するような雰囲気は感じていない。


 先ほどの訪問も、よそ者に対する警戒だと思っていたクラウドだったが、リータが人を警戒するのは珍しい。

「なんででしょう?」

「理由はわからん。だが神父と言っても所詮は人間だ。何をされるかわかったもんじゃないからな。……良し」

 クラウドは、リータの肩をポン、と叩いた。

「お前の服を貸せ」


☺☻☺


 その日の深夜、神父はそっと教会を出て裏庭にいた。

 右手にはショートソードを掴み、反対の手には人ひとりがすっぽり入る大きさの麻袋を抱えている。

 昼間とは印象ががらりと変わって、ギラギラした眼つきで周囲を警戒している。靴底に綿を仕込んで足音を消す靴を履き、ゆっくりと小屋へと近付いていく。


 小屋に鍵は付いておらず、簡単なかんぬきだけが付いているだけだ。

 隙間からショートソードを差し込み、かんぬきをずらす手付きはずいぶんと手馴れている。

 金具は普段から油をたっぷり使っているので、早々音はしない。


 注意深く開いた扉から中を覗き込むと、左右に置かれたベッドにはそれぞれ一人分のふくらみがうっすらと見えた。

 扉を大きく開いて月明かりが小屋の中まで届き、片方のベッドの端から、昼間に見た覚えのあるスカートの裾が覗いているのが見えた。

「神の御名において、神によって生み出された我ら人の形を模した邪悪なる存在を誅する」


 小さな呟きが終わると共にベッドへ近づき、逆手に持ったショートソードを突き立てた。

「……これは!」

 手ごたえがおかしいと感じた神父は、剣を抜いて慌てて薄い毛布を払いのけた。

 そこにあるのは丸めて並べられたマントとクラウドの上着、そして上に被せられたリータの服だった。


「そういう事か。ホムンクルスの存在が許せない教義ってわけだな。それとも個人的な理由か?」

 ホムンクルス自体が少ないためにほとんど知られていない事なのだろう。クラウドも初めて知った。

「それじゃ、以前に私を見たと言うのは嘘だったんですか?」


 クラウドの後ろから出てきたリータを見て、神父はベッドから引き抜いたショートソードを握りしめ、麻袋を投げ捨てた。

「真実だとも。あの時は女に邪魔されて取り逃がしたが、神のご意向で再会したのだ。今度こそわしの手で始末してくれるわ!」

 その目は血走っており、リータを見る視線には狂気すら感じる。


「……神様も、そんな事をする理由にされても迷惑だと思うけどな」

 まあいい、とクラウドは戦闘態勢に入った。

「神様でもイワシの頭でも信じるのは個人の自由だけどな。俺の睡眠を邪魔するのは許さん」

 狭い室内で戦闘をするのは避けたいと考え、クラウドはリータと共に庭の広い場所まで下がる。


「睡眠は辛い現実を忘れて心安らげる貴重な時間なんだぞ。リータが神の敵なら、お前は俺の敵だ!」

 ラウンドシールドを構えたクラウドの宣言に、リータも拳を握って構えながら「何を言っているか良くわかりません!」とハッキリ言った。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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